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僕のくノ一戦姫  作者: ぽっくん
孤独のくノ一
20/26

呪い

「あれ…寝てた?」


冷たいものが頬を触れる感覚で意識が覚醒した。目を開けると空から雪がしんしんと降っている。一粒、また一粒と僕の顔に触れては溶けていく。ちょっとした幻想的な光景であった。そんな景色もさながら、取り敢えず体を起こそうとする。しかし、体に力が全く入らない。動かないというほどではないが、体がだるすぎて言うことを聞かない。足先から指先まで鉛の(おもり)を付けられているみたいだった。


ていうか、そもそもなんでこんなところで寝てたんだっけ…


定かでは無い記憶を辿りながら、なんとかして上体を起こす。そうして見た辺りの景色は既に雪が積もり始めていた。同時に風景の違和感を感じた。理由は森だった場所の一部が焼け野原と化しているからだ。それに周りに生えていた木々も枯れている。まるで、ついさっきまで戦争があったのかと思わせるほどの惨状だった。


辺りを見渡しながら、視線を数メートル先を移した時、横たわる誰かが目に映った。寝ぼけ眼を手で擦り、目を凝らして見る。そして、それが無惨に変わり果てた雪音さんだと気づいた瞬間、勝手に体が動き始めていた。


「雪音さん、雪音さん!」


必死で名前を呼び、動かない体にムチを打って無理矢理にでも動かす。だが、体が思うように動かず、何度もよろけて転けた。たった十数メートルの筈なのに、目の前にいるはずなのにすごく遠く感じる。


「雪音さん!」


あと少し…


最後は匍匐(ほふく)前進のように地を這いつくばって、(ようや)く雪音さんの元へ辿り着いた。


「雪音さん、雪音さん、起きてください」


彼女に積もっていた雪を払いのけ、声をかけながら肩を揺する。しかし、全く反応が無い。それどころか、彼女の体は死人のように冷たかった。


「雪音さん、お願いですから! 雪音さん!」


必死に声をかける。しかし、雪音さんの目は閉じられたまま。何度揺すっても、何度、声をかけても結果は同じだった。


「なんで!……なんで!………こんなの間違ってる。間違ってる。なんで僕なんかのために」


目頭が熱くなり、大粒の涙が目から溢れ出した。


「返せ!…雪音さんを返せ!!」


空に向かって叫ぶ。この世の全てに聞こえるくらい大きく叫ぶ。


「返してよ……」


あふれ出た涙が雪音さんの頬に落ち、そのまま伝っていった。

その時だった。雪音さんの目が微かに動いた。


「しょうた…くん?」

「雪音さん! 今から、おんぶして雪音さんの家まで行きますだから……」

「しょうたくん………まもることが…できなくて…おやくに…たてなくて…もうしわけ…ありません」

「そんなことないです! 雪音さんはちゃんと僕を守ってくれました。だから、一緒に帰りましょう。僕がおんぶしますから…」


捲し立てる僕をよそに、雪音さんはゆっくりと手を伸ばし僕の頬に触れた。焦点の定まらない瞳をこちらに向け、微かに微笑む。


「わたし…なんかの…ために…泣かないで…ください………わたしも………すぐに……いきますか…ら……」


そう言い残したが最後、僕の頬に触れていた手がするりと力なく落ち、静かに目が閉じられた。


「いやです…いやです!……ゆきねさん……目を開けたください…お願いですから!……」



☆☆


宗次郎が木々を抜け河原に出た時、彼の目に映った光景は首にくないを突き立てようとする翔太の姿だった。


「翔太!」


間一髪のところでくないをはじくことができた。くないをはじいたと同時に気を失った翔太を抱きとめる。


「すまない、翔太 本当にすまない!」


抱きしめながら謝罪の言葉をかけることしかできなかった。しかし、もう二度と感じることのできないと思っていた温もり再びを肌で感じることができ、涙が出そうになる。


「そばにいてやれなくて、守ってやれなく……俺はお前の父親失格だよな」 


息子を自害にまで追い詰めてしまうほどの怖い思いをさせてしまったという呵責の念が宗次郎の心を深く抉った。だが、それとは裏腹に息子が生きていたということに対する安堵も大きかった。それゆえに、宗次郎は初めて横たわる人の存在に気付くのが遅かった。


「!!………おい、大丈夫か嬢ちゃん!! しっかりしろ! おい!」


くノ一の嬢ちゃんに声を掛けながら、被せられた翔太のコートをめくる。


「…………」


俺は絶句した。


全身やけどに内臓破裂。あばら骨数本と右足の骨折。普通ならもうとっくに死んでいる。死んでるはずなのにまだ生きていた-生きているというよりは無理やり生かされているという状態に近かった……彼女に掛けられた呪いによって。


☆☆


蟲毒(こどく)だ」


朝日が差し込み始めた部屋の中で陽影宗次郎は開口一番、くノ一の嬢ちゃんの母親である立花(たちばな)聡美(さとみ)にそう言い放った。目の前の立花聡美は妙に落ち着いていた…娘が瀕死であるにも関わらず。あの後、俺は立花雪音にできる限りの応急処置を行い、立花家へ来ていた。


「蟲毒ですか。でしたら、すぐに解呪を…」

「無理だ。あいつに掛けられている呪いはただの蟲毒じゃない」


蟲毒自体はそこまで強い呪いではない。その場で解呪できる程度の呪いだ。だが、今回はただの蟲毒じゃない。


「まさか…」


立花聡美の瞳が一瞬だけ揺らいだ。


「あぁ『蟲』から始めた蟲毒だ」


通常、蟲毒とは壺の中にムカデや毒蜘蛛などの害のある虫を数種入れて共食いさせる。そして生き残った一匹の虫が「蟲」として生まれ変わる。「蟲」に変化した虫は人を死に至らしめる毒を持つされ、人の体内にその毒が入ることで呪いが作用する。これが蟲毒の一連の流れだ。立花雪音の場合、蟲毒の塗布された刃で切られ、呪いが作用したとみて間違いない。だが、立花雪音に掛けられた蟲毒は通常の蟲毒ではないのだ。それが「蟲」の殺し合いから始めた蟲毒。この蟲毒は「神滅蠱毒(しんめつこどく)」とも言われ、神をも殺める毒だと言い伝えられている。そのような呪いが今の彼女には掛けられているのだ。この時点でもう俺にはどうすることもできることはなかった。


「そうですか……」


立花聡美は徐に振り返り、窓の外を向く。今だけは彼女の考えていることが顔を見なくても理解できた。俺はその背中に更に語りかける。


「たが、この蠱毒のおかげであんたの娘は生きている。上位の呪いの特徴は呪いが終わるまでの惨たらしさにあるからな」

「…そのことと娘が生きていることにどういう関係にあるのですか?」

「本来呪いとは相手を死に至らしめるために存在するもの。つまり、上位の呪いは術者が呪術をかける対象をできるだけ苦しめながら殺すために生まれた呪い。だから、上位の呪いは呪いでもって被呪術者を殺そうと作用する。だから、呪いを受けた者はどんな致命傷を受けたとしも呪いが作用している限り死なない。だがら…」

「もう結構です!」


続けて説明しようとしたが、その前に低い声で遮られる。


「一つ、私のお願いを聞いてくださいませんか?」

「……」

この質問に対し、肯定も否定もしない。次に来るお願いが何かを分かっているから。分かっているからこそ、肯定も否定もできない。

なにも答えない俺の反応を肯定と取ったのか、立花聡美は後ろを振り向き俺の目をまっすぐ見つめた。


「娘にかけられた呪いを私に移してください」


この願いが来ることを予想していた。予想していて尚、俺には残酷な回答しかできない。


「残念だが……『神滅蠱毒』の呪術遷移は無理だ。成功の保証ができない」


呪術遷移-いわゆる呪い移し。今回のような強力な呪いに使う禁呪に近い術だ。しかし、この術はリスクが大きい上に、呪いが強くなればなるほど呪術遷移に膨大な魂力が必要になる。それに、恐ろしいのは失敗した時だ。最悪の場合、呪術遷移を行なった人が同じ呪いがかかってしまう可能性がある。「神滅蠱毒」は最強クラスの呪い。呪術遷移を行うにはあまりにもリスクが大きすぎる。


「そうですか…」

初めからこの答えを分かっていたのか、眉ひとつ動かさず再び窓側へと振り向いた。


「俺もいま探している。なんとか呪いを解呪する方法を」

「ご協力、感謝致します。申し訳ありませんが、少し一人にさせてください」

「分かった。解呪は約束できないが、俺の方でも全力を尽くす」


そう言い残し、素直に部屋を後にする。もう少し話したいこともあったが、今はそれどころじゃないことも分かっている。

あの勇敢なくノ一を死なせたくないのは俺だって一緒だ。息子を救ってくれた恩人でもある。それに、後ろめたさもある。あの日、立花聡美の前で啖呵(たんか)切っといて、結果がこのザマなのだから。そして何よりも、彼女を死なせてはならないと直感が俺にそう言っている。残された時間はもう一週間もない。その間に俺は俺のできることをするしか無い。


廊下を早足で歩く彼の拳は(きし)む音がなるほど力強く握り締められいた。

誤字脱字、表現の誤りがあれば報告宜しくお願いします。

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大学の方が忙しく不定期更新になります。申し訳ありません。

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