くノ一
前話に引き続きこのページを開いて頂きありがとうございます。
「私の名前は立花雪音と申します。この度はなんとお礼を申し上げたら良いか…」
あの後、リビングに移動した僕たちはダイニングテーブルに向かい合うように座っていた。目の前には頭を一向に上げない少女。開口一番、彼女のお堅い謝礼から始まった。椅子から降りて土下座をしそうな勢いだ。もう過ぎた事だしお礼なんて良いんだけど。
「頭を上げて下さい立花さん。お礼なんていいですから。困った時はお互い様です」
そう言って諭すのだが、一向に収まる気配がない。
「そういう訳には参りません。命を救われた以上、この恩に報いなければ私は人としても、忍としても生きる資格は無いのです。ですから、私に何でも仰って下さい。必ず貴方の力になることを約束しましょう。」
この言葉を聴いて少し卑猥な妄想が脳に過ぎってしまった僕の心はとても汚いのかもしれない。とは言え対応に困っているのも事実。多分、このまま僕が断り続けると埒が開かなくなるかもしれない。まずは、この会話の方向性を変えよう。
「分かりました。では、最初のお願いをします。」
そう口にすると立花さんは下げていた頭を上げ、一言一句逃さないという面持ちで僕の目をその大きな瞳で真剣に見つめた。美人なため、見つめられると気恥ずかしくて僕の顔が少し熱くなる。もしかしたら赤くなっているかもしれない。
「はい」
真剣な立花さんの声音。彼女の誠実さが声、姿勢、目、通してありありと伝わってくる。
そんな彼女に最初のお願いを切り出そうとした時、僕の顔を見つめながら何かに気づいたのか、立花さんの顔が急に真っ赤になり伏目がちになった。どうしたのだろうか?
「わっ私もその、はっ初めてですので出来るだけ優しくして下されば、私も………ゴニョゴニョ」
モジモジしながら蚊の鳴くような声でつぶやく立花さん。よく聞き取れなかったので、僕には何のことかよく分からない。というか、僕はまだ何も言ってないのに何をそんなに狼狽えているのだろうか。
"ぐぅぅぅう”
そんな時、大きめの音が鳴った。僕のお腹じゃない。立花さんの方を見ると、赤かった顔を更に茹で蛸のように耳まで真っ赤にしていた。
「最初のお願いの前に先に夕ご飯にしましょうか。立花さんは何か食べたいものはありますか。」
「そんな、気を遣って頂かなくても。私は厄介の身ですから」
“ぐぅぅぅう”
再びなる立花さんの腹の虫。昨日からなにも食べてないからかなりの空腹なのだろう。
「では、僕が何か作ってくるので待っててください」
こうして僕は夕食の準備に取り掛かった。
☆☆
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
結局、素早く出来る野菜炒めを多めに作った。誰が作っても同じ味のような気もするが、立花さんは「とても美味しいです」と言って食べてくれた。とても良い食べっぷりを見て、僕も作った甲斐がある。
立花さんにも手伝ってもらい夕食の片付けを終えた後、再びダイニングテーブルに向かい合い本題に入る。
「では、最初のお願いを言います」
とても既視感のある状況に違和感を覚えるが気にしない。
「はい、覚悟はできています。」
強い眼差しでこちらを見つめる立花さん。はて?何の覚悟だろうか。先程と違って彼女の顔は据わっている。出来ないようなお願いをする訳でもないのに。
「昨日、何があったのかを聞かせて下さい」
「はい!承知いたしました…えっ?」
僕が言い終えるや否やすぐに即答が返ってくる。そして、すぐに鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして聞き返される。
「どうかしました? あっ、話したくないのであれば別に無理して話されなくても大丈夫ですよ」
「いえ、そういうわけではありません」
立花さんの反応がイマイチ掴めない。
「では、僭越ながら忍びの事を少し織り交ぜながら昨日の経緯をお話しさせて戴きます」
「その話俺にも聞かせてくれないか?」
突然の第三者の声。振り返ると父さんがリビングの入り口に立っていた。
「お父さん!」
思わず、驚きが口から漏れる。さっきまでいなかっなのに、なんでいるの? それに、声をかけられるまで父さんの気配にまるで気付かなかった。
立花さんも驚いた顔をしている。
「よう翔太。昨日ぶりだな。俺の夕飯残ってる?」
「もう全部食べちゃったよ」
「なに! お前には父さんの分も残しておこうと言う精神はないのか」
「だって、いつも帰ってこないじゃん」
「そう冷たいこと言うなよ。ほいで、くノ一の嬢ちゃん。俺も話を聞かせてもらってもい良いかな?」
僕の頭をガシガシしながら立花さんに確認を取る父さん。
「問題ございません」
こうして二対一での対談が始まった。
☆☆
「私の家は代々、忍の一族で物の怪を封印する事を生業としております。」
いきなり物の怪とか言うパワーワードが出てきた。多分この話、僕の理解できる次元の話ではない…多分。
「ちょっと待って下さい。物の怪ってなんですか?」
「翔太、物の怪も知らないのか。hey,s○ri.物の怪って何?」
“テテン”
『物の怪は、日本の古典や民間信仰において、人間に憑いて苦しめたり、病気にさせたり、死に至らせたりするといわれる怨霊、死霊、生霊など霊のこと。妖怪、変化などを指すこともある』
「だそうだ」
父さんがスマホを取り出してからs○riを起動して物の怪について検索する。別に「物の怪」と言う単語の意味がわからないわけじゃないんだが…僕の語彙力が小学生並みだと思われているのかな。
「言葉の意味は知ってるよ。僕が聞きたいのは、現実に物の怪が存在しているのかどうかだよ」
「公にはされてませんが存在します。普通は人に見えませんが」
立花さんが即答してくれる。そんな物がこの世に本当に存在していたのか…俄かに信じがたい。でも、そうだとすると、近所の公園の事件も説明がつくかもしれない。風間くんが飛びつきそうなネタだ。
「物の怪の姿形は様々です。蜘蛛でしたり百足でしたり。蟲ばかりでは無く、獸や人型のものも存在します」
「それで、立花さんも昨日は物の怪に襲われたんですか」
淡々と物の怪について説明してくれる立花さんに一番気になっていたことを聞いた。僕の言葉を聞いた立花さんは眉間に皺を寄せ、次の言葉を放つ。
「いえ。私は昨日、物の怪に襲われたわけではないのです…はっ!巻物、私の持ち物に巻物はございませんでしたか。」
思い出したかの様に焦った声を出す立花さん。巻物なんてあったかな…全然思い出せない。
「これのことか?」
父さんが懐から巻物を取り出した。
「それです。良かった…」
張り詰めた表情から一転、安心したのか一気に表情が緩む。
「この巻物そんなに大事なものなんですか?」
「はい。この巻物を持ち帰る最中に何者かに襲われたのです。そのくらい重要な巻物です。無事で本当に良かったです。」
立花さんは重要だと言う巻物を両手で受け取り大事そうに両手で握った。なんて物騒な巻物なんだ。
「それで、立花さんを襲ってきたモノはどんな見た目だったんですか」
「…申し訳ございません。逃げる切ることに手一杯で、よく思い出せないのです。物の怪の気配では無かったと思うのですが」
「そうですか」
そうだとすると、公園の事件とは全く関係無いのかな…
「あの、私からも一つ宜しいですか」
「もちろん、いいですよ」
「私の怪我は一日で完治するようなものでは無かった筈なのですが、どのような治癒を私に施して下さったのですか」
立花さんからの質問。父さんは力を隠してるからどう答えるのだろうか。
「あぁ、それについてはここでは答えられない」
単刀直入。表情を変えずに言い切った。もう少し誤魔化した表現をしてもいいような気もするが。
「そうですよね。不躾な質問をお許し下さい」
「いや、別に気にしてねーよ」
本当に申し訳なさそうに謝る立花さんに父さん手を横に振って応えていた。
「それより嬢ちゃん、今日はもう遅いしウチに泊まって行くだろ」
「よろしいのですか…では、お言葉に甘えてさせていただきます」
少しの間逡巡した後、立花さんがうちの家に泊まる旨を伝える。
明日にはもう帰ってしまうのかと思うと少し残念な気もするが、彼女には彼女の役割があるから仕方ないのだろう。そう割り切る僕だった。
誤字脱字、表現の誤りがあれば報告よろしくお願いします。
それではまた次話でお会いしましょう。




