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僕のくノ一戦姫  作者: ぽっくん
孤独のくノ一
12/26

道中

雪へと変わる雨。


しんしんと降る雪。


闇と静寂の支配する森


止む雪。


訪れる彼誰時(かわたれどき)


徐々に白ずんで行く森。


完全に明けた夜。


真っ白な霧に包まれた淡い世界。


そんな中を駆け巡る一つの影。


陽影宗次郎。


彼は木々の合間を縫いながら稲妻のように疾駆(しっく)する。当てもなく。ただひたすらに。

一晩中飲まず食わずで走り続けても、その速度が落ちることなく、(むし)ろ速くなる一方だ。

それでも尚、物の怪の痕跡すら未だに見つけられない。

無論、周囲への観察、警戒をなおざりにしているわけでは無い。通り過ぎる木々一本一本と周囲の地形に細心の注意を払い続けて、この結果だ。

仕方がないと言えばそれまでだが、広大な()(らく)()山と数々の最悪の偶然によって引き起こされた悲劇とも言える。

そんな彼を助ける人間は誰もいない。妻も、立花の人間も、昔の仲間も。頼れるのは己が力のみ。その力さえも自然が相手となると他勢に無勢。


「情けねぇ」


息子一人守ってやれない()()なさから後悔を多分に含んだ言葉を漏らす。

もう既に彼の瞳はモノを写しているのか、いないのか分からない程に(よど)んでいた。



昨晩が雨でさえなければ…


場所が火楽離山じゃなければ…


昨晩の翔太を見張っておけば…



空虚な思考が彼の頭を()いずるように侵食していくーー頭が理解しろと訴えかける。

それは何度も何度も拒絶した思考。

心が理解を許さない思考。

それらから逃げるように宗次郎は走る…否、遁走(とんそう)する。

宗次郎は考えないように、無心になるように走る速度を上げた。


その時だった。長方形の白い物が瞳に映っのは。


「これは…!」


木の幹に引っ付いている白いそれを急いで確認した宗次郎は驚嘆(きょうたん)の声を上げた。

やっと見つけた手がかりに、期待すらしていなかった希望に、彼の瞳には再び光が差し始めるのだった。



☆☆



現在、白い息を吐きながら(ちょう)急勾配(きゅうこうばい)を登っている。僕の周囲には倒れて(こけ)の生えた木があったり、無作為に転がった大きな石か沢山あったりと、ワイルドな山そのものだ。

そして何よりも、所々にある凍った地面が非常に滑りやすく危険だ。

だから、この傾斜で一度でも足を滑らせようものなら、命が危ういかもしれない…

一回だけ落ちそうになったけど。

あの瞬間は本当に死ぬかと思った…


このように、今の火楽離山が非常におっかない状態のため、木や地面に手を着いてやっと登れている感じだ。時々、立花さんの手を借りているけど。

それに、意外と疲れる。結構ゆっくりと進んでいる筈なのに。

人の手が加えられていない場所を登ることがこんなに大変だとは思わなかった。

登山道の有り難さを身に染みて感じる。


それでも、悪いことばかりでは無い。朝の火楽離山は濃霧に包まれて、なんとも幻想的な雰囲気を(かも)し出していた。

加えて、昨日の雨が途中から雪に変わったのか地面の所々でうっすらと雪化粧をしている。

まるで御伽噺(おとぎばなし)の世界に居るような感じだ。


なんでこんな時に限ってスマホが無いんだろう…写真撮りたかったのに。


そんな幻想的な霧も遭難と隣り合わせだったりするから、一概に良いことは言えないんだけどね。

現に、数十メートル先の木々は白い(もや)に隠れていて、進めど進めど似通った風景ばかりが流れていく。

その為、僕は既に現在地からあの洞窟に一人で戻れる自信が無い。

そんな状況でも、前を行く立花さんは迷う様子なく進んで行くから凄い方向感覚である。


「立花さんは火楽離山の地理に詳しいんですか?」

「そうですね。一般的な山よりは詳しいと思いますが…どうしてですか?」

「いや、こんなに霧深いのに迷うことなく進んでいくから、詳しいのかなと思っただけです」

「いえ、そんな事は無いですよ。私もこのような場所に来るのは初めてですから」

「えっ! そうなんですか?」

「はい」


それって、結構マズイような…


「じゃあ、方向とか大丈夫なんですか?」

「大丈夫ですよ。ちゃんと火楽離山を越える方向に向かっていますから」


立花さんがそう言うなら大丈夫だろう。なんというか、立花さんの声音とか雰囲気から伝わってくる確然としたものは僕にとって不思議と説得力があり、納得できてしまう。


「これを登り切れば少し楽になりますから、頑張って下さい。あと少しです」



よし、あと少し頑張ろう。



☆☆



「やっと終わったー」


達成感から歓喜の声が漏れる。

遂に道っぽいところに出たのだ。やっと斜面に並行なMgsinθの力から解き放たれたんだ。

振り返ってさっきまで登っていた斜面を眺める…

よくこんなのを登れたな、僕。


「お疲れ様です」


立花さんも労いの言葉をかけてくれる。


「少し休憩しましょうか」


結構疲れたから休憩はありがたい。近くの大きめな石に腰を下ろす。


「少し待っててください。お水を取ってきますから」

「それなら僕も一緒に」

「いえ。陽影くんは疲れてるでしょうから休んでいてください」

「…じゃあ、お願いします」

「はい。任せてください」


そう言って立花さんは何処かに行ってしまった。朝から立花さんばかりに働かせてしまって申し訳ない。水を汲みに行くくらいなら、僕でも出来るのに。

なんというか、立花さんは頑なに僕を手伝わせてくれない気がする。僕の身を案じてのことだと思うけど。

なんか腑に落ちない…



あっ…分かった。お花を摘みに行ったんだ。



そう言う事だったのか。なんで今まで気づけなかったんだろう…

僕の考えが至らなかった事に悶々とする。

あっ…僕も急に尿意が…



☆☆



「アッ……ハァ、ハァ、うっ……くっ………ハァ、ハァ」


腹部を押さえ苦悶の声を上げる。

つんざくような痛みが腹部を襲う。まるで焼鏝(やきごて)を当てられたかのように。


「ハァ…アッ……んンン……んンンンンンン……」


一際強い激痛に呻き声を上げ、涙目になりながら耐える。強く強く、お腹を押さえて。押さえていないと今にも腹部が張り裂けそうだった。

集点のままならない視界に、歪んだ枯葉がゆっくり、ゆっくりと落ちていく。

やがて痛みはゆっくりと鳴りを潜めていった。元々、何も無かったかのように。


"ドサッ"


「ハァ…ハァ…ハァ…」


丸くしていた上体を地面に倒し、仰向けになる。耳に響くのは自身の荒い息遣い。

視界を埋め尽くすのは純白の霧。

早くなった心臓の鼓動。

視界を遮るように額に手を当てた。


あの日、私にかけられた強力な呪い。気づいたのは帰宅した日の夜。私は直感的に気づいた。解くことの出来ない呪いだと。おそらく、あの日切られた時に呪いが作用したのだ。

私はもう長くない。動けるのは精々あと二日。私の体のことだから、私自身が一番よく分かる。

初めは腹部を針で少し刺された程度の痛みだった。でも、その痛みは日に日に増して、今ではもう普通に立っていられないほど。

正直、もう耐えられそうにない。


「ごめんなさい」


込み上げてきそうな涙を堪える。

妹の笑顔が、母の顔が脳裏を過った。


「早く戻らないと。陽影くんが待ってるから」


一通り呼吸を整えた彼女は思考を払拭して、その体を持ち上げるのだった。

誤字脱字、表現の誤り等があれば報告お願いします。


ではまた次のお話でお会いしましょう。

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