出発
目覚めると薄暗く閑散とした洞窟内。出口から白い光が差している。頭にはクリスマスプレゼント…では無く、柔らかく弾力のある極上の感触。
そうだ…昨日は立花さんと洞窟で一夜を過ごしたんだった。昨夜の事を思い出すと、少し恥ずかしい。
「おはようございます、陽影くん。気分の方はどうですか?」
色々思い出していると、不意に立花さんの優しい声が響く。
「おはようございます立花さん。立花さんのおかげで元気です」
「そうですか。良かったです」
「これからどうするんですか」
「そうですね…取り敢えず朝食を食べましょうか。この洞窟の周辺で何か食べれそうなものを探してきますね」
「それなら僕も手伝います」
立花さんにばかり頼るのも申し訳ないので、少しくらい手伝いたい。
「気持ちは嬉しいのですが、陽影くんはこの洞窟に残ってて下さい。その代わり、火の準備をお願い出来ますか?」
「分かりました」
そう答えて立花さんの体から離れる…少し名残惜しいけど。
立って背伸びをした。慣れない体制で寝たせいか背骨がポキポキと小気味好い音を立てる。加えて、地面に接触していたお尻が痛い。
それに、洞窟の中でも冬の寒さは健在なので寒い。今いる山の標高に関係しているかもしれないけど。
立花さんの方も少し体を動かした後、籠手や肩当てなどの装備を素早く身に纏い、長いポニーテールを結び直していた。ポニーテールと相まった立花さんの凛々しい姿と仕草にちょっと見惚れてしまう。
「それでは行って来ますので少し待ってて下さいね」
「…お願いします」
準備の整った立花さんが洞窟の出口付近で僕に声をかけてくれるが、いざその瞬間になると、不安感が押し寄せる。やっぱり一人になるのは不安だ。嫌な妄想が頭をよぎってしまうから。例えば、立花さんが洞窟を出ている間に昨夜のナニかが襲ってこないか…とか。
「大丈夫です。この洞窟は私の張った結界で守られているので安心してください。外に出るより安全ですから」
僕の顔を見た立花さんは柔らかい笑みを浮かべ、僕の不安を宥めてくれる。そしてゆっくりと僕に歩み寄ってきて、どこからか長方形の紙切れを一枚取り出す。
見た目からして御札みたいに見える。
「何ですか? これ」
「護符です。陽影くんを守ってくれるようにおまじないがかけてあります。だから大丈夫です」
立花さんが護符を僕に手渡してくれる。
「ありがとうございます…」
紙切れ一枚なのにすごく気が楽になる。同じ護符でも立花さんからもらった護符じゃないとこんなに胸騒ぎが落ち着かないと思う。さっきまでの不安を押し除け、じんわりと胸の奥が温もりを持つのが分かる。
「それでは行ってきますね」
そう言ってもう一度僕の顔を確認した立花さんは颯爽と洞窟から出て行った。
「よし、僕も火の準備をしよう…」
洞窟の中で一人ごちる。
あれ?…どうやって火をつければ良いんだろう、…付け方が分からないんだけど…
出鼻を挫かれ、洞窟の中で護符を持ったまま一人取り残されるのだった。
☆☆
あの後、焚火用の木の棒を擦り合わせて原始的に火をつけようと躍起になって試行錯誤したけど、僕の力では無理があった。何度もトライしたせいで既に手が痛い。でも、煙が出る所までは行けた…煙が出る所までは。後もう一息で行けそうな気がしなくも無い。よし、頑張るか。
「只今戻りました」
しかし、無情にも僕のチャレンジは唐突に終わるのだった。体感時間にして約二十分程度。
「おかえりなさい、立花さん」
「オニグルミが取れたので炙って食べましょう」
笑顔でクルミの入った袋を見せてくれる立花さん。しかしながら、僕は残念なお知らせをしなければならない。
「すみません…火が」
「あっ!」
立花さんがしまったという顔をしていた。僕の勝手な推測だが、立花さんのこの顔は珍しいかもしれない。
「すみません。火をつける道具を陽影くんに渡すことを忘れてました」
とどのつまり、立花さんに火をつけてもらった…ライターで。現代の道具って便利ですね。
人類の知と血の結晶に感動するのだった。
☆☆
立花さんが取ってきてきてくれた食材は二種類。この洞窟周辺で探したとなると、こんなものかもしれない。では紹介していこうと思う。
No.1 オニグルミ
一般的なクルミだ。スーパーに売ってある中身だけの奴と違って硬い殻に覆われていた。殻ごとローストすると殻が少し割れ、その割れ目からクルミを真っ二つに割り、中をほじくって食べる。
クルミということもあってとても食べやすい味だった。
でも、僕は不器用でクルミを一個食べるのにかなり時間がかかってしまい、立花さんに全部やってもらった…
そして、立花さんがかなり器用だということが分かった。僕が不器用すぎるのかもしれないけど。
No.2 ガマズミ
こちらは豆粒ほどの赤い木の実だ。偶にケーキに乗っているのを見かける。味は記憶通り、酸味が強かった。唾液が吸い取られるような酸っぱさだ。何個も食べられないが、口の中はさっぱりするので寝起きの僕にはいい刺激となった。
これが今日の僕の朝食だ。たまにはこういうサバイバルな食事も悪くないかもしれない…あまりお腹は満たされなかったけど。
☆☆
「そういえば立花さん、僕たちは今どこにいるんですか?」
木の実を食べ終え一息つきながら立花さんに尋ねる。
「そう言えば、伝えてませんでしたね。私たちは今、火楽離山にいます」
「火楽離山!」
今年一番驚いたかもしれない。だって火楽離山はこの地域で知らない人がいないほどの有名な心霊スポットだからだ。噂によると、大量の人魂が出たり、遠くから鉄砲の音が響いたり、仮面を被った人が夜な夜な儀式をしたりしているらしい。
そんな噂に加えて、森が深いらしく方向感覚が失われると聞く。まるで富士の樹海だ。そのために、地元の人々は滅多にこの山には入らないらしい。因みに山頂の標高は1500メートルくらいである。
「はい。火楽離山です」
「なんでまたそんな所に…」
僕からポロッと溢れた言葉を聞いた立花さんの顔が翳る。
「申し訳ありません。私の力であの物の怪を撒くには火楽離山の深い木々を利用する方法しか思いつかなかったのです。私の力不足で…」
「違うんです、驚いただけで、立花さんを責めてるわけじゃないんです。寧ろ立花さんには助けてもらって感謝してます。だから謝らないで下さい」
深く頭を下げる立花さんに慌てて弁明する。出会った時にも思ったが、立花さんは少し自分を責めがちだと思う。
僕を無傷で守り抜いた立花さんが力不足なわけないのに。
「いえ、本当は昨晩の内に物の怪を撒いて私の家に行く予定だったのです…それがまさかあそこまで凶暴だとは思わず…」
このままだと立花さんが負の坩堝にハマってしまう。無理矢理話をを変えないと。
「それで、僕たちは今から尾篠美に戻るんですか?」
「あっ…失礼しました。話が逸れましたね。その通りです。ですが、来た道を戻ると物の怪に鉢合わせするかもしれないので、一度この山を越えて遠回りしてから私の家に戻る予定です」
「分かりました」
「それではここで過ごした証拠を出来るだけ隠滅してから、出発しましょう」
「はい」
この後、焚き火、コート干しに使ったワイヤーなどを片付け出発の準備を整えた。といっても、僕は殆ど何も持っていないので、準備という準備は無かったけど。
☆☆
「それでは出発しましょう」
「はい」
洞窟内の証拠隠滅も終わり、やっとこの洞窟から出られる。洞窟といっても小さい洞穴だけどね。
洞窟の入り口に立って深く息を吸う。
昨夜はすごく長く感じたから、久しぶりにを朝を味あう感覚を覚える。
「いいですか、陽影くん。ここから先、絶対に私から離れてはいけませんよ」
立花さんが真剣な目を向けて、僕に強く言い聞かせる。そんな事は僕も重々承知だ。
「はい」
僕も強く返事を返した。
そして強く歩みを進める。
そう言えば、今日は終業式だったな…
風見くん…傘返せるのもう少し先になりそうだ。ごめん。
☆☆
暗闇の中に二人の人影。一つは小面の面を被ったモノ。もう一つは忍びの装いをした男。
「やぁ、やぁ。例の計画はうまくいってるかい?」
鼻につくような口調の小面の面の前で忍びの装いをした男が片膝を立て跪く。
「いえ。獸を使って殺そうとしたのですが、封印派のくノ一に邪魔されて…」
「くノ一? なんかつい先日も邪魔になりそうなくノ一を殺したような…まさかあの怪我で生き延びたんかいな? まぁそのくノ一がもし生きとったとしても、多分もう長くないからダイジョーブ。君は奴を殺す事に集中してくれればいいさ。直接君が殺せば手っ取り早いんだけど、君はそれを嫌うからね…」
「それは我々の正体がバレる可能性があるので」
「まぁええけど…でも、もし君が裏切るようなら…分かってるな?」
「はい。承知しております」
「ほいじゃあ、引き続き頑張ってねー」
そう言い残し、小面の面は闇に消え去った。
「クソッタレが」
誰もいない空間で忍びの装いをした男の憤った声がこだまする。
誤字脱字、表現の誤り等が有れば報告よろしくお願いします。
ではまた次のお話でお会いしましょう。




