聖なる夜に3
頑張った…
夢を見ている。明晰夢というものだ。真っ白な世界に一人で立ってる。前も後ろも右も左も同じ世界が広がっていた。遥か先の地平線の境界も曖昧だ。
取り敢えず歩みを進める。
変わらない視界が延々と続いていく。そのせいで、自分の位置が元の場所と変わらないような錯覚を覚える。
どれくらい歩いただろうか…未だに景色が変わらない。体感では結構歩いた筈だけど、変わる様子がまるで無い。途中走ったりしたが、案の定、疲れなど微塵も感じない。夢だから。
何日かぶりに見る変な夢だ。
歩くのも飽きたから寝転がって寝よう。夢の中で寝るのもなんか変な感じがするけど。
悠然と仰向けになって真っ白な空を見上げる。勿論、太陽なんか無い。その割には世界は明るいけど。
そんな風に意味もなく真っ白な空を暫く眺めた時だった。
" ピキッ "
空間全体に不快な音が響いた。見上げていた空に罅が入るーー真っ白だった空の一部に無数の黒い線が雷のように伸びた。
" ピキッ ピキッ バキッ "
入り始めた亀裂はものすごいスピードで広がって行く。
" パリーン "
ある程度亀裂が広がった時点で、ガラスの割れるような音が世界に響き渡り、空だと思っていた一部が崩壊した。
穴の中から真っ黒い何かが覗く。それでも、空の崩壊は止まらない。
更に、空の亀裂からドス黒い瘴気のようなものが漏れ始めた。
このままでは明らかにヤバい。
急いで立とうとするが体が地面にくっ付いたまま離れない…なんで?
かろうじて動かした頭で体の方を見ると手首と足首が黒い枷のような物で地面に固定されていた。
駄目だ、全く身動きが取れない。
再び上を見上げると、空の大部分に大きな穴を開けて崩壊は止まっていた。
だが、巨大な穴の中に漆黒の球体が姿を現していた。瘴気を纏ったそれはゆっくりと回転していて、まるで真っ黒い太陽だ。禍々しさが半端じゃ無い。
漆黒の球体から溢れ出るドス黒い瘴気がだんだんと纏まっていき、黒さを増しつつゆらゆらと揺れる一本の帯を形成していく。
僕はそれから目を離さず、必死に体を捩る。逃げたいのに逃げられない。
その間も帯はより黒くより太くなって揺蕩っていた。
そして、それは一瞬だった。
瞬きをして次に目を開けた時には黒い帯が高速で僕の方に向かって来るのが見えた。
直後、僕の胸に直撃した衝撃が走る。
" ゾク ゾク ゾク "
真っ黒なナニカが僕の体の中に入り込んでいく。形容し難い生々しい感覚が襲った。
ガシガシと体を動かして逃れようとするけど黒い枷が逃れる事を許さない。
"うわぁぁぁぁぁぁあああ"
気持ち悪い感覚に泣き叫んで抵抗するも、黒いナニカは止まる事なく僕に入り続けた。
☆☆
「ハァ、ハァ、ハァ」
気がつくと僕は上体を上げて荒い息を吐いていた。目も涙で滲んでいる。
胸部には夢と同じ嫌な感覚が残っていた。
急いで自分の胸を確認する。
特に変化は見られ無かった…
と思った時だった。
"ドクン"
心臓が妙な脈打ちをする。咄嗟に胸を押さえた。痛みは特に感じない。妙な脈打ちをしたのは一回だけで、心臓の通常の鼓動に戻る。
しかし、体を内側から蝕むような薄寒い感覚が滲み始めた。
落ち着くために深呼吸を試みる。
しかし、深く息を吸おうとするも空気を上手く吸えない。浅く早い呼吸しか出来ない。
胸を押さえた腕が震え始める。
"大丈夫、今のは夢"
僕の心に言い聞かせた。でも、夢と重なった物の怪からの恐怖は簡単には拭えない。
"大丈夫大丈夫"
同じ言葉を何度も何度も反芻しているのに、僕の心は言うことを聞いてくれない。
得体の知れない感情が徐々に溢れ出して込み上げていく。視界が黒く染まって行き、可視域が狭まっていく。自分の呼吸の音さえも聞こえなくなっていった。
抑えられない。
溢れた感情が心臓から胃、食道を通って、上へ上へと出て行く。もう止めることが出来ないし、それは止まる事を知らない。
そして、内側から外へ出ようと最後の砦を破ろうとした時だった。
" ギュッ "
体全体を温かく柔らかいもので包まれた。
「大丈夫です。私がいますから」
聴覚を失ったと思っていた耳に響く安心させるような声。立花さんの優しい声だ。聞こえた瞬間に視界が一気に広がった。
「大丈夫、大丈夫」
立花さんの口から放たれた穏やかな声の「大丈夫」は僕の心へ瞬く間に広がっていく。
ようやく深い息を吸えるようになった。
立花さんに背中から抱きしめられ、ギリギリまで込み上げていた感情が緩和されていく。
しかし、今度は目頭が熱くなって、視界が潤んでぼやけていった。着ていたコートの袖で拭って泣かないように我慢する。
「我慢しなくてもいいんです。全て吐き出して下さい。私が受け止めますから」
その一言で我慢していた全てのものが堰を切ったよう溢れ出した。
「僕は…僕は…」
でも言葉にならない。物の怪への恐怖、死への恐怖が綯い交ぜになった感情が一人歩きして涙となって出て行くだけだ。
同時に立花さんの抱擁もより強くなる。
「怖かったですよね」
「辛かったですよね」
「苦しかったですよね」
立花さんの軟らかい言葉は僕の体全体に溶け込んでいき、心の均衡を保ってくれる。
「安心してください。私があなたを守りますから」
泣いた。
ここ数年分くらい泣いた。
立花さんの腕の中は不思議なほど居心地が良くて、まるでお母さんに抱かれている様だった。
あんなに冷え切っていた心と体は今ではもうすっかりポカポカになっている。
結局、僕は僕が思っている以上に弱くて脆い存在で、誰かに依拠しなければ生きることができない事を認識するのだった。
☆☆
「いろいろ迷惑をかけてごめんなさい」
「いいんです、私もこれくらいの事しかできませんから」
あの後、立花さんは泣きじゃくる僕を子供をあやす親のように「大丈夫、大丈夫」と抱きしめ続けてくれ、抱きしめられたまま現在に至る。
「そろそろ、離れますね」
立花さんに抱かれたまま肩越しに言う。背中上部に立花さんの胸が諸に当たってるから否が応でも意識してしまう。流石にこのままではいけない。
「いえ、今日はこのまま寝ましょう」
えっ!?………このまま寝るの?
「でも…」
「私は構いませんから。それに、こうしている方が暖かいですし」
「それはそうですけど…」
「後、陽影くんの体が冷えて、また悪夢でうなされてはいけませんから。もし陽影くんが嫌なのでしたら無理は言いません」
立花さんが良い人すぎる。本当にこのまま寝てしまっても良いのだろうか…? 正直、立花さんに抱かれるのはとても安心する。
だとしても、女性に抱擁されながら寝るのは…
「本当に良いんですか?」
一応、最終確認を取る。
「良いですよ」
「……では、お言葉に甘えさせて頂きます」
ちょっと間を置いてから答えた。
・・・・抱かれている方が暖かいからであって、断じて立花さんに長く抱きしめられたいとかじゃない!
それに、立花さんはチビで弱虫の僕を男として見ていないはずだから…・・・
脳内で繰り広げられる言い訳の数々は僕の内部へのダメージが中々大きい…
「はい。では、お休みなさい」
「おっ…お休みなさい」
立花さんに耳元で囁かれ、耳にかかる吐息にドキッとした。
心臓の鼓動が早くなったのが分かる。今夜は目が冴えて寝れないかもしれない。
抱くより抱かれたい…変態型理論破綻作家のぽっくんです。
膝枕<<抱かれ枕
だと考えています。
……作者も立花雪音さんに癒されたいです。(作者はイカれています)
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誤字、脱字、表現の誤り等があれば報告よろしくお願いします。ではまた次の話でお会いしましょう。




