邂逅
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雨、雨、雨、私の体は冷たい雨粒に打たれ続ける。体は寒くて震えているのに未だに出血の止まらないお腹の傷はとても熱い。私は理解している、ここで死のだと。もう動く気力すら無い。路地裏のコンクリートの壁に背中を預け、白い息を吐きながらゆっくりと終わりの時を待っていた。
「・・・ぶですか?」
意識が朦朧とする中、誰かに声をかけられたのを最後に私は意識を暗闇に落とした。
☆☆
僕の名前は陽影翔太。高校一年生。僕は寒い冬の雨の日に満身創痍のくノ一を拾った。家の近くの路地裏で血を流しながら倒れていた。急いで救急車を呼ぼうとしたが、すんでのところやめた。理由は単純。切り傷などでボロボロのぴっちりした服に血のついた刀、その他刃物を身につけていたからだ。怪しさ満点だ。傷が治ったら即刻警察で事情聴取コースだろう。格好と所持品からして救急車を呼ぶのは相手に迷惑かもしれない。くノ一みたいだから、警察から逃げられるかもしれないが。
取り敢えず一度深呼吸をして落ち着く。
「すーぅっ、はぁぁぁ、よし。」
先ずは家に運ぼう。お姫様抱っこは非力な僕では無理なので、おんぶして急いで家に運んだ。結構重かった。それに僕もびしょ濡れになった。
家に入りタオルで彼女を拭いてあげ、リビングで使っている昼寝布団に寝かせた。
もう一度彼女をよく観察する。所々破けた服の下には切り傷や赤くなった肌。特にお腹の傷が深そうで、今も血が多量に出ている。
取り敢えず止血をしなければ。
スマホで調べながら震える手でお腹の傷の止血を行う。
顔色も真っ青なのでかなり危険な状態かもしれない。
今更ながら救急車を呼ぶべきか真剣に悩む。でも、もう決めた事だ。
押し入れから持ってきた毛布を彼女に被せる。ネットには出血多量時に体を温めても大丈夫だと書いてあったので大丈夫だと信じたい。
同時進行で父さんにスピーカーで電話をかけた。もちろんその間も止血は止めない。
「翔太どうした?」
掛けてすぐ父さんが出てくれた。
「今すぐ帰ってきて!」
「どうした何があった?」
「いいから早く帰ってきて!」
結構語気が強くなった。ここにきて自分が思っている以上に焦っている事に気づく。
「落ち着け、落ち着け。深呼吸だ」
父さんに促され深呼吸した後、事の顛末を手短かに話していく。最初は半信半疑の父だったが写メ送ったらすぐ帰ってきてくれることになった。
彼女のお腹の傷口に当てたタオルを両手で力強く押さえ続けながら父さんが帰ってくるのを待つ。時計の秒針が時を刻むのが鮮明に聞こえてくる。
"早く、早く"
祈っても何も始まらないのは分かってる。それでも祈らずにはいられない。
体感では結構時間が経った感じがしたが、実際には五分もしないうちに息を切らした父さんが帰ってきた。そして「後は任せろ」と言って僕を部屋から追い出した。
その後、僕は自室のベットに転がり思い悩む。
先に父さんに電話をすべきだったか、処置は正しかったのか、他に何かできたのではないか、と言った色々な思考で頭がいっぱいだった。とにかく彼女が心配だった。眠れるはずもなく、ただ、無機質な天井を眺める。
一時間程した後、父さんが彼女をお姫様抱っこして僕の部屋のベットに寝かせた。
「翔太の応急処置が良かったから彼女は助かった。よくやったぞ翔太。」
そう言って父さんは僕の頭を撫でてくる。久しぶりに父さんに頭を撫でられる。
「よかったー」
安心して安堵の息を漏らした。もし彼女がこのまま死んでしまったら、ショックで食事も通らなくなったかも知れない。父さんは僕のせいじゃないと言ってくれるだろうけど。
ベットに横たわる彼女の顔は先程より血色が良くなっていた。というか、傷そのものが無くなっていた。やっぱり。父さんなら彼女の傷を治せると思った。これが救急車を呼ばなくても助けることの出来るアテだったりする。父さんが思ったよりも早く帰ってきたのは僥倖だったが。
「お父さんの傷を治す力はやっぱり凄いね」
素直に思ったことを口にする。父さんには傷を元通りに治す力がある。幼い時に父さんと一緒に登山をして、その時に擦りむいた傷を治して貰ったことがある。どんな感じだったかは遠い昔の事で記憶が曖昧だけど、念を押して秘匿にする様に言われた覚えがある。
「いや、俺の力は傷を塞ぐだけであって失った血の量はどうにもならない。もし応急処置も何もしていなかったら、今頃彼女はこの世にいなかっただろう」
今頃彼女が居なかったのかもしれないと思うと、微力ながらも彼女の延命に助力できて本当に良かったと思う。
「でも、お父さんが思ったより早く帰ってきてくれて驚いたよ」
「俺も急いで帰るのが無理だったら、すぐに救急車を呼ぶように言ったぞ」
そうだよね。僕も直前まで「119」かお父さんのどちらに電話を掛けるか迷っていた程だ。結果論だけど、どちらに電話しても彼女は助かっただろう。
「それじゃ俺は行くから後のことは頼んだぞ」
そう言って部屋を出ていこうとするお父さんの背中に声を掛ける
「あれっ?もう行っちゃうの。今日も家に泊まっていかないの」
実は父さんが帰ってくるのは一ヶ月ぶりぐらいだったりする。
「俺は忙しいからな、まぁ、またなんかあったら電話しろよ」
肩越しに振り返りそう言ってから踵を返して行く。と思ったら何かを思いついたかのように立ち止まり振り返ってこう言った。
「翔太、彼女はまだ安静な状態にしていないといけないから襲っちゃいけないぞ」
「そんなこと言われなくても分かってるよ!」
いやらしい笑みを浮かべながら、いかがわしいことを宣う父さんに少々興奮気味に返した。そちらの方面に全く興味が無い訳ではないが…
「それじゃぁな」
そう言って今度こそ部屋から出て行った。
しんと静まり返った部屋に残された僕。もう一度彼女の方を見ると寝息を立てながら安らかに眠っていた。
☆☆
翌朝、今日は金曜日だ。普通に学校のある日。昨日あんなことがあったが世の中はそんなことで待ってくれたりしない。
いつも通り五時四十五分に起きた僕は部屋で寝る彼女を確認する。流石にまだぐっすり眠っていた。因みに昨晩は僕自身リビングで寝た。
彼女の確認を終えた僕は顔を洗ってから朝ごはんと弁当の準備をする。弁当の殆どが昨日の残り物だったりするが。朝ごはんは一応二人分作っておいた。
朝ごはんを食べた後、制服に着替えてから彼女が寝ている自室に書き置きをして登校する。
☆☆
八時半に教室に着いた。道中は冬ということもあって風がとても冷たかった。
「よーっす、なんか今日はうかない顔してんな」
自分の席に着くと同時に声をかけられる。中学からの友達で何かと縁のある風見伊織くんだ。
「まぁ色々あってね」
「彼女でもできたのか?」
「そんなんじゃ無いよ」
こんな調子だが根は良くてとても良い友達だ。よく遊んだりもする。
「そう言えば、知ってるか、昨日の事件」
「何か起こったの?」
事件? 何のことかさっぱり分からない。
昨日は件のくノ一さんが寝た後、リビングの後片付けをして寝てしまった為、そのような出来事は何も知らない。
「嘘だろ、あんなに大事件になってたのに、朝もニュースになってたじゃん」
風見くんが心底驚いた表情をしていた。因みに朝もテレビを付けていない。
「近くで殺人事件でも起きたの?」
「違う違う、近所の公園で獣が暴れ回った様な跡が発見された奴だよ。俺も朝そこ通ってきたけど凄かったぜ。木が根本から薙ぎ倒されてたり、地面にクレーターみたいな穴があったり。後は獣の様なぶっとい爪の跡とか。ほらこれ写真」
矢継ぎ早にそう言って近所のそこそこ広い公園の写真を僕に見せてきた。その写真の様子はまさに凄惨そのものだった。鉄棒なんか使えないくらいにぐにゃんぐにゃんに曲がっていたし、公園の所々に血痕もあったりした。
「凄いねこれ」
「だろ。だかな、不思議なことに公園の近隣住民の誰も騒音を聞いていないらしい。普通ならこの惨状になるまでに物凄い轟音がするはずなんだけどな」
確かに。地面にクレーターができるくらいの衝撃なら音で誰かが気付いてもおかしくない。
「変な事件だね。というか詳しいね」
「まぁな、こういう珍事件は好きだからな。じゃ、先生が来たからまた後で」
そう言って風見くんは自席に帰っていった。同時に先生も教室に入ってきた。自席に残った僕は窓の外を眺めながら昨夜の事件と昨夜拾ったくノ一を関連付けずにはいられなかった。
☆☆
学校も終わり、四時過ぎに家に着く。鍵を空けて玄関の扉を開いた瞬間に誰かの視線を感じた。振り返るが誰もいない。
「気のせいか…」
気にせず家に入って扉を閉めて鍵をかけた。
取り敢えず、くノ一の彼女を確認するため手を洗ってから自室に移動する。
ドアノブに手をかけて開けて徐に中を確認する…
そこには上半身をベッドから起こし窓の外を静謐に眺める一人の少女のシルエットがあった。
少女が僕に気付いたのか、顔をこちらに向ける。少女とばっちりと目があった。
見つめ合うこと数秒、僕は扉から顔だけを出して一言こう言った。
「きょっ、今日は良い天気ですね」
僕自身、馬鹿だと思った。咄嗟に出てきた言葉だとしても、目覚めた怪我人への第一声としては酷すぎる。穴があったら入りたいです。
そんな僕の葛藤も梅雨知らず、少女はキョトンとした顔から一変、クスッと微笑みながらこう言った。
「そうですね」
その微笑に僕の胸の痞えが取れるのだった。
誤字脱字、表現の誤りなどがあればコメントをよろしくお願いします。
タイトルは現時点で未定です。(決まり次第、変えます。)
それでは次の話でお会いしましょう。




