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今日から君の許嫁!!

作者: 柿原みいな


午前中に終業式が終わり今日から高校生初の夏休み


です!


夏の太陽はコンクリートの地面をじっくりと焦がし


ている。


そんな中私、藤野瑞穂(みずほ)は一人家路につ


いていた。


友だちに夏休みの予定を立てようって誘われたけど

そんなのlineでいいよね。


それにせっかく、学校が早く終わったんだから早く


家に帰ってゆっくりしたいよ。


でも、高校でできた新しい友だちだから付き合った


ほうがよかったかな。


そんなことを考えているうちに家に着いた。


「ただいま」

玄関に入りながら声をかける。


今日は平日だから誰もいないと知りながらも挨拶す


るのは習慣だ。


そして、当然返事は返っては来ないはずだ。

そう思いながら自分の部屋がある二階へいこうと階


段に右足をかけた。


「おかえり」


えっ!!


聞こえてきたのは男の人の声。

私は一人っ子だから男性はお父さんしかいない。


けど、今は仕事だし、お父さんより声が若いし、そしてイケボ!!

イケボの知り合いなんていないよ。


私は声が聞こえてきたリビングにむかった。


イケボの正体は誰だ!?


という興味八割


人の家に勝手にいる奴は


もしかして不審者!?


という恐怖二割


を持って、リビングの扉を開けた。



そこにいたのは、


イケボの持ち主である男子がいた!!



いや、いるだろうけど…。



そいつは


私と同じくらいの年で、


そして、イケメン!!!



髪の色は茶色?



うん、茶色、黒ではないから茶色だ。



第一印象は


「こいつ、何、人の家に勝手に


 入ってんだ!?」


でも


「わー、誰?このイエメン!」


でもなく、


「うわー、こいつチャラそー」


だった。







「初めまして、


 藤野瑞穂ちゃん」



ちょ、なんで、私の名前知ってるのー!?



動揺しまくってるど、


落ちついてますよアピールがしてくて、


私は抑揚のない声で聞いた。



「えっと、あなたは誰ですか?


 それと、なんで、私の名前を


 知っているの?」



いやいや、違うだろ!私っ!


一番言いたいのは


何、人の家勝手に入ってんだー!


だろ。







「あー、名前ね。


 なぜなら、俺、瑞穂ちゃんの


 許嫁だから。」



そいつは当たり前のようにそう言った。



いいなずけ…??



許嫁…



「えーーー!!!!


 ちょ、ちょと待って!


 

 許嫁ってあなた馬鹿ですか?


 何かの勘違いではないですか?


 私はよく漫画の読みすぎって


 言われますけど


 あなたこそ、漫画の読みすぎじゃ


 ないですか?」






ハァ、疲れた。



こんな長台詞言うのは


初めてかもしれない…。



「ごめんね、急に。


 知らない人が家にいたら


 驚くのは当たり前だよね。


 俺は山本蓮。よろしくね。」



山本蓮は笑顔でそう言った。



きゅん!



いや、萌えませんよ。



イケメンの「よろしくね」+笑顔に


なんて、萌えませんよ。



「ん?どうしたの?


 顔赤くなってるけど」



「ちがう、萌えてなんかいないっ!」



「えっ、燃え?


 萌え!?


 もしかして、瑞穂ちゃんオタク!?」



山本蓮は驚いて聞いてきた。



しまった…!







「ちがうし、


 私オタクじゃないからねっ!!」



何、言ってんだ自分…。



勝手に許嫁名乗ってるやつに


こんなこと言って…。



まぁ、事実私はオタクじゃないからな!



「そっかぁ、よかった。


 俺の許嫁がオタクじゃなくて」



山本蓮は誰にというか私に


向かって言うわけでもなく


そう呟いた。



「おまえ、今全世界のオタク敵に


 まわしたぞ」



「いいよ、許嫁はいるし


 その瑞穂ちゃんがオタクじゃ


 なかったら俺はそれだけでいいよ」



山本蓮はそう言った、今度は


独り言ではなく、私に向かって。



なんだ!こいつ!!




やっぱり、チャラい!!



ーそれから数分後ー



母がいつもより早く帰宅してきた。



そして、私は母に促されて


あいつの前に着席。



母はこいつと面識があるらしい。



結構仲がよさそうだった。



これは、私が知らないところで


何回か会ってるな。



「瑞穂、ごめんね。


 サプライズにしようと思ったんだけど


 伝えとくべきだったわね」



母よ、何を伝えるべきだったんだ。



伝えるも何も全てにおいて


サプライズすぎたぞ。



「こちらは山本蓮君。


 瑞穂の許嫁です」



母さん、そんな笑顔でみないでよ。



つらい…。



「え、瑞穂?驚かないの!?」



「ごめん、そいつからさっき聞いた…。


 その時に驚いたから、


 もう、驚き疲れちゃった。


 でも、まさか本当の話だったとは


 思わなかったけどね」



母は分かりやすいくらいに


がっかりしている。



きっと、私に驚いて


欲しかったんだろうな。








そして、母は続けて言った。



「今日から蓮君には


 家に住んで貰うことになってるから。


 やっぱり、許嫁の相手のことは


 よく、知っておいた方が


 いいと思うから」



「一緒に住む!?」



いくら、許嫁だからといって


今日初めて会った人と暮らすなんて。



「だいたい、私たち今日


 初めて会ったんだよ」



私が、そう告げると、


今まで黙っていた山本蓮が


口を開いた。



「瑞穂ちゃん、


 俺たち本当は昔会ってるんだよ」



「昔って?


 私そんな記憶ないけど」



「そりゃ、そうよ。

 

 だって、二人が会ったのは


 あなた達が生まれた


 ばかりだったから」



母が今度こそ驚いて欲しいみたいで、


口をはさんできた。



「生まれたばかりって、


 そんなの覚えてるわけないじゃん!」



「俺は覚えてるよ。


 瑞穂ちゃんみたいな可愛い子


 忘れるわけないじゃん」



おい、チャラ本。



お前は今日からチャラ本蓮だ。



「それより蓮君、蓮君の部屋は


 瑞穂の隣だから


 後で瑞穂に案内してもらってね」



「えー、本当に住むのー?」



「仕方ないじゃない。


 お互いのことを知るためでもあるけど」



私は母の次の言葉に本日三回目の


サプライズをうけることになった。








「蓮君、今日アメリカから


 帰ってきたばかりで


 この近所に親戚もいないらしいから」



「アメリカ…?」



つまりは、帰国子女ですか…?



「帰国子女?」



「そう」



母は答えた。



だから、チャラいのか。



アメリカ育ちだから。



勝手に納得。




それから母に「蓮君」について


色々と聞かされ、


気がつくと夜になっていた。



長かったからまとめると



名前は山本蓮。


まぁ、これは本人から聞いた


というより聞かされた。



年齢は15歳で誕生日は11月30日。


なんと、私と同い年!


新学期から私と同じ学校に


通うみたいだから


同じ学年かぁ。


どうか、同じクラスにだけは


なりませんように!



性格はチャラい。


これは母が、言っていた訳ではないけど。


私の山本への第一印象だ。





夕食後、私は山本蓮に


広くもない家を案内していた。



大まかに部屋の案内をし終わって


私と山本は今まで空き部屋だった


そして今日から山本の部屋になる


部屋の前つまりは廊下にいた。



「山本、あんたの部屋は


 そこね。それと、


 許嫁だからって


 勝手に私の部屋だけは


 入んないでよね」



「そんな、酷いな瑞穂ちゃん。


 俺がそんなことするヤツに


 見える?」



はい、見えますとも。


というか、そうみえるから


言ってるんだよ。



「まぁ、いいけど。


 瑞穂ちゃん、なんで


 俺との許嫁承諾したの?


 もっと、自由に恋愛したくないの?」



山本は急に真剣な表情をして


聞いてきた。



そんな顔もできるんだ。



「なんでって、


 特に理由はないけど、


 強いてあげるなら好きな人が


 いないから、かな」



「へー、じゃあ、


 もし、好きな人ができたら


 俺、棄てられるんだ」



そう言って、山本は少し


寂しそうな顔をする。



それに少し罪悪感を覚えた私は、



「私に棄てられたくなかったら


 私を好きにさせたらいいんじゃない?」



なんてことを言った。



「瑞穂ちゃんそれ本気で言ってる?


 俺が、瑞穂ちゃんを好きに


 ならせるってことだよ」



「そうだよ?」



何言ってるんだ?山本は。



だって、今そう言ったのに。



「そしたら、瑞穂ちゃんは


 俺のことを自分から


 好きになれないんだよ?」



「何言ってんの?


 私が山本のこと好きになる


 わけないじゃん」



だつて、山本チャラそうだし。



絶対女の子大好きだよね。



「そうとも、限らないと思うけどね」



山本は言った。



「そんなのわかんないじゃん!


 そんなに言うなら


 もし、私が山本のこと


 好きになったら私の負けでいいよ」



なによ。



そんなこと言って。



山本の言葉になぜか


闘争心が沸いてきた。



「負けってなんだよ、それ」



私の言葉に山本は笑いを


堪えながら言った。




「俺たち許嫁同士なんだよ?」



そうだった。



私こいつの許嫁なんだった。



今日聞かされたばかりだったらか


「許嫁」と言われても


やはり、まだしっくりこなかった。



「まぁ、いいや。


 お休み、瑞穂ちゃん。


あっ、それと、好きになったら


 負けって話、絶対だよ」



返事をしない私をほって


山本は自分の部屋に入っていった。






カチャ。



山本が閉めた扉の音を


合図に私も自分の部屋の扉を開けた。



白を基調とした部屋の壁に


掛かっている時計の針は


8時を指している。



カーテンの閉まっていない


窓からは近所の家の灯りが見えた。



部屋の扉を閉め切ると


部屋は暗闇に包まれた。



私は扉を背にもたれかかった。




わー、


緊張した~。



今日初めてあった男子と


こんなに話たの初めてだよ。



顔、紅くなってなかったかな…。



さっきはあんな強きなこと言ってたけど


本当はめっちゃ心臓ドキドキ


してたんだから。



そう、私は実は人見知りで、


知らない人と話すと


顔が紅くなるの。



顔紅くなるの嫌なんだから。



さっきもそう、


それを隠すために強きな口調に


なってしまうんだから。



絶対さっき変なこと


言ってたよね、私…。



好きになったら負けとか。



なんだそれ。



自分で言っといてなんだけど、


許嫁なんだから


好きとか、嫌いとか…。



というか、好きって何?



思えば私恋愛なんて


したことなかったよ。



そんなやつがあんなことを


言っていたのか…。



なんか、後悔…。



この人見知り治ってくれたら


いいのに。



そしたら、強気になって、あんなこと


言わないのに…。



よし、こうなったら


乗るしかないな。



私が山本に好きって言わせる


訳じゃないから。



要するに、山本を好きにならなかったら


言い訳でしょ?



簡単、簡単。



そう、自分で納得した。



明日から夏休みだ。





時刻は午前9時。



そして、高校生になって一回目の


夏休み初日。



休みの日は目覚まし時計を


かけずに寝るのが好き。



誰にも起こされることなく


自分の起きたいときに起きる。



それが私の休みの日の楽しみの一つ。



カーテンを開けると


もう既に空高くあがっている


太陽の光が部屋の中に射し込んでくる。



「ん、眩しい」



ミーン、ミーン。



寝ている間開けっ放しにしておいた


窓から蝉の声が聞こえてくる。



この声を聴くと


自然と暑さを感じる。



高校生になったからといって


特に去年と何も変わらない


夏休みの初日。



何も変わらない。



そう思って部屋を出た。









「おはよう、瑞穂ちゃん」



っ!!?



部屋を出た瞬間私の視界に


入ってきたのは


イケメンの男子。



去年と何も変わらないというのは


数秒のまやかしだった。



私は昨日山本蓮という許嫁を


紹介されて、


一緒に住むことになったんだ!



いや、忘れてたんじゃないよ。



こんなこと忘れるわけないじゃん。



ただ、頭になかっただけ。



「おっ、おはよう……」



「うん、おはよ。


 瑞穂ちゃん起こしてきてって


 頼まれたから来たんだけど」



寝起きドッキリかっ!



いくら、許嫁でも


寝起きは見られたくないな……。



「あ、ありがと。


 私、まだ顔洗ってないから


 あんまり見ないでほしい……。」



山本が私の顔をじっと見てくるから


恥ずかしくなった。



「あ、ごめんね。


 けど、瑞穂ちゃん。


 昨日となんか態度というか


 言葉遣い違うよね。


 どうしたの?」



それは寝起きだから、


調子がでないんだよっ。



そう反論したかったが、


性格上できなかった。



恥ずかしい……。



「こっちの瑞穂ちゃんも


 可愛いから好きだよ」



その声が聞こえたのは


私の耳元からだった。



山本は私の横を通り過ぎながら言った。



そして、自分の部屋の扉を開けた。



廊下には私だけ。







可愛いから好きだよ。



さっきの山本の言葉が


頭の中を過ぎる。



可愛いや好きなんて言葉


よく言えるよね。



気軽にそういう台詞を


言うからチャラいんだよ、きっと。


 

そう、思いながらも


ほんのり頬が染まっていくのが


自分でもわかった。



可愛いなんて言われ慣れてない


から、顔が紅くなるんだよ。



ほかに理由なんてない。



そう、本当にない。



私は階段を降りていった。







中学校の友だちから


電話がかかってきたのは


朝ご飯を食べ終わり


自分の部屋に戻ってきたときだった。



内容は今日開かれる夏祭りについて。



毎年、この時期に私が住んでいる


地域では夏祭りが開かれる。



そんなに大きい祭りではないが


「たまや~」と叫びたくなるような


花火が上がる。



以前から一緒に行こうね


という約束をしていた友だちからだった。



「えー、


 今日祭り行けないの~!?」



これが私の第一声だった。



「ごめん、本当にごめん!


 彼氏にさ、別の祭りに


 誘われちゃって」



「彼氏出来たんだ」



「うん、


 ごめんね、瑞穂。


 瑞穂と先に約束してたのに」



「いいよ。


 祭りは別の人と行くから」



「ごめんね」



彼女は四回目の「ごめんね」


を言った。



「彼氏と楽しんできてね」



私は決まり文句的な言葉を


言って、電話をきった。



花菜、彼氏出来たんだ……。



花菜は可愛いし、


スタイルいいし、


やっぱりモテるよね。



羨ましいとも思うけど


凄いとも思う。



高校に入ってまだ半分も


経ってないのに、


彼氏つくれるのは尊敬に値する。



でも、いつかは別れるんだろうな


とも思う。



今は楽しくてもまた別の人を


好きになって、新しい彼氏が


出来るのだろう。



それが悪いとは思わないし、


言える立場じゃない。



でも、私だったら、


ずっと一緒にいたいと思える人に


出逢いたいな。




それより、



「お祭りどうしよ」



別に行かなくてもいいんだけど、


やっぱり夏休みに祭りは


外せない。



だからと言って他に誘える


友だちもいなかった。



きっと、みんなほかの子と


約束してるだろうな。



「夏祭り?」



「うん、

 

 友だちと約束してたんだけど


 断られちゃって……


 って山本!?」



流れで返事をしてしまった。



私の部屋の入り口に山本はいた。



いつから居たんだろうか。



全く気づかなかったよ。



「へ~、じゃあさ、


 俺と祭り一緒に行こうよ」



「山本と……?」



「うん。だめ?」



「いや……いいけど」



「けど?」



「えっ、いやいいよっ」



「よし、決まり。


 俺ここの地理よく知らないから


 案内がてらね」



そう言って、山本は


私の部屋から出て行った。





えーー!



なんか断ることも出来なくて


オッケーしちゃったけど


男子と祭りだよー。



初めてだよ。



     ♪



そわそわしていると


あっという間に夕方になった。



母さんにそのことを伝えると


押し入れから浴衣を出してきた。



私に着ろということらしい。



浴衣なんて、家にあったんだ。



しかも、なんか可愛いし。



このために用意していたみたい。



そう私が聞くと


その通りだった。



因みに山本の浴衣も買ってあるそうで。



二人揃って浴衣に着替えた。



私のは薄ピンクを基調とした花柄。



山本のは紺色でストライプ模様。



かっこよかった。



イケメンは何を着ても格好いいらしい。



「山本、格好いい」



と、私が無意識に呟くと



「山本じゃなくて


 蓮でいいよ」



と照れ隠しにそんなことをいった。



だから、私は山本のことを


蓮と呼ぶことにした。



そこに何の躊躇いはなかった。










祭りは神社で行われる。



花火は神社の近くにある


公園のような広場のような


とにかく広い敷地内で上げられる。



神社の境内には


幾つもの屋台が並んでいる。



同時に大勢の人も


屋台に並んでいる。



花火が始まるまでには


まだ時間があるので


花火見物客は屋台の食べ物など


を回っている。



この街にこんなに多くの人が


住んでいたのかと思うくらい


多くの人で溢れかえっている。



私と蓮はただ


人の波に流されながら歩いている。



「何か食べる?」



蓮が私の方に顔を向けた。



周りからは祭りの音が聞こえてくる。



「うん、クレープ♪」



祭りに来たら必ずといっていいほど


食べるものがある。



それがクレープ。



「クレープ?」



蓮は聞き返す。



「うん。


 祭りに来たら絶対食べるんだ」



私は上機嫌で答えた。



横を見るとちょうど


ピンク色ののれんを下げた


クレープ屋があった。



「あ、あそこ行こっ!」



私の頭はクレープに支配されて


男子と祭りに来ていることを


忘れていた。



右手で蓮の左腕を掴んで


クレープの列に並んだ。



「瑞穂ちゃん、


 クレープ好きなんだ」



蓮の声で我に返る。



カァ。



顔が紅く染まる。



「ご、ごめん。


 はしゃぎすぎた……」



「全然、そっちの方がいいよ」



直ぐに私たちの番が来た。






私はいちご。



蓮はブルーベリー。



それぞれ好きなクレープを買った。



蓮がメロンのクレープを


頼もうとしていたけど、


私はすぐに止めに入った。



昔、メロンのクレープを


食べたことがあるんだけど


すごくまずかったから。



これは私の個人的な感想だけど


一緒に食べた友だちも


気に入らなかったから


メロンクレープは人には


薦められない。



それからクレープはいちごと


私のなかで決まっている。



クレープの次は、たこ焼き


その次はかき氷、


その次はわたがし。



祭りの雰囲気に誘われて


屋台を廻った。



そのうちに


花火の時間が近づいてきた。



花火見物客が


花火が観やすい場所へ


移動している。



私たちも


その流れに乗って


移動した。

















ドーーン!



ヒュルヒュルヒュル~~



ドーーン!



ドーーン!



ヒュルヒュル~~



星や月は雲に隠れて


夏の夜空には


大きな花が咲き誇る。



花は咲いたらすぐに


美しい姿のまま


消えてしまう。



ドーーン!



花火の音が心臓に響く。



これは和太鼓のそれと似ているな


と思う。



心地いい音。



耳で聞こえるというより


心から聞こえてくるような。



そんな花火は


毎年観ても飽きることはなかった。













ドーーン!


どの場所から観ても


同じ形をしている花が


また夜空に咲く。



「綺麗だね、蓮」



私は一瞬蓮の方に顔を向けた。



蓮と目が合ったような気がした。



けど、花火の美しさに圧倒され、


その考えはすぐに消える。



「ヤバ、


 マジで可愛いんだけど」



蓮の独り言が聞こえた。



花火の音で周りの音なんて


聞こえないはずなのに


蓮のその言葉は私の耳に届いた。



でも、本当は聞こえたくなかった。



頬が紅く染まる。



顔が熱を帯びるような。



胸の奥がぎゅっ


ってなる。



ドーーン!



蓮を含め周りの人たちは


花火を観ている。



チラッと


横目で蓮を見てみると


花火の光に照らされた


蓮の顔が見えた。



私はなんだか恥ずかしくなって


ただ花火を観ていた。





ドーーン!



最後の花火が上がり、


夏の夜空から花が消えた。



花火見物客はぞろぞろと


移動し始める。



「俺たちもそろそろ


 帰ろっか、って瑞穂ちゃん


 顔紅いけど、大丈夫?」



「えっ、うそっ」



「ほんと。


 どうしたの?」



蓮が心配そうな顔で


私のほうを見てくるから


黙っているのはいけないかな


と思って言った。



「……男子と花火とか……


 初めてなんだよっ……」



「やっぱ、瑞穂ちゃん


 可愛い」



さっき聞こえた独り言とは


違う感じで蓮は言った。



やっぱり、チャラい。



私はそう思った。



なんとなく、空を見上げた。



いつの間にか雲に隠れていた


星や月が顔を出していた。




祭りから家に帰ってきたのは


午後10時をまわっていた。



家族にお土産の定番である


カステラを渡して


自分の部屋に戻ってきたときには


11時になろうとしているときだった。



さっきまでの祭りの騒がしさは


なく、部屋は静まりかえっていた。



微かに聞こえるのは


蝉の声だけ。



突然、別世界にとんだような


感覚になる。



寝ようと思い、ベットに


入るもなかなか寝つくことは


出来ないでいた。



祭りでの一連のことが


フラッシュバックのように


頭の中に流れてくる。




本当に私、男子と


夏祭り行ったんだ。



誘われたから断る理由もないし


一緒に行っちゃったよ。



よく、漫画で観るから


私も行ってみたいな、


って憧れてたしけど。



実際行ってみると


すごく恥ずかしかったよーー。



私がこんな性格じゃなかったから


男子と祭りに行くくらい


恥ずかしくなんてないんだろうな……。



クレープの一口交換も


してしまったな……。



女友達とはよくやるけど


男子となんてもうやるとき


ないんじゃないのかな。



そのときはそうでもなかったけど


今思うと恥ずかしい。






そういえば、


行き帰りのとき蓮、


何気に道路側歩いてたよね。



そこには少しキュンとしたかな。



でも、そこから


女の子慣れしてることが


わかるよね。



夏祭りでの瑞穂から


蓮への評価は結果、


「やっぱりチャラい」


だった。



同時刻、


隣部屋の蓮は……。



「花火のときの


 瑞穂ちゃん可愛かったな……。」



蓮も眠ることが出来ないでいた。



そのことを瑞穂は知らない。




夏祭りの日から


特に何も起こらず


時は流れ、お盆がやってきた。



毎年この時期は


家族で祖父母の家へ


行くことになっている。



私は毎年この時を楽しみにしている。



もちろん、今年も


楽しみだった。



そんな、私の気持ちを


打ち消すような言葉を


母は言った。



「瑞穂は蓮君と留守番ね」



「えっ」



時間が一瞬止まったかのように感じた。



実際は0,何秒も止まらなかったが。



「留守番?


 おばあちゃんとこ


 行けないの!?」



「ごめん、瑞穂。


 蓮君連れて行くわけにも


 いかないし、


 一人じゃ寂しいかなと」



お盆初日の朝のことだった。






「おばさん、


 俺、一人で大丈夫ですよ。


 瑞穂ちゃん行きたそうですし」



蓮、優しい!



「蓮君、そんなに気を使わないで」



母さんひどいよ、


せっかく蓮がいいって


言ってるのに。



「瑞穂には冬休みに連れて


 行ってあげるから。


 そのときは蓮君も一緒に」



「だったら、今でもいいでしょ」



「もう少し二人が仲良くなったら」



「もう、十分仲いいよ」



私は祖父母の家に行きたくて


しょうがなかった。



毎年恒例行事と言っても過言


ではないから、行かない、


行けないという選択肢は


なかったのだ。



「じゃあ、


 私たちの前でキスできる?」



母は言った。



キス……?



「出来ないわよっ!」



頬がほんのり紅く染まった。



「いきなり何言うのよっ!」



「いきなりじゃないわよ。


 許嫁同士なんだから


 それくらい出来ないと


 おばあさん達に紹介できないわよ」



母は当然のようにいった。






ガタンッ。



隣の席つまり


蓮の方から席を立つ音が聞こえた。



「ごちそうさまっ」



蓮はそう言ってから


すぐさま二階に上がっていった。



顔を紅く染めた蓮が


見えた気がした。



そんなはずないか……。



あの、蓮だもん。



ないよね。



そう、信じたい。



でないと、私まで


恥ずかしくなっちゃう。





結局、私と蓮は留守番になった。



昼食のときには蓮の顔は


紅くなかった。



やっぱり、私の見間違いかな。



「3日間留守番よろしくね」



昼食後、父と母を見送るときにも


蓮の顔は紅くなかった。



けど、何故か私と目を合わせようとは


しなかった。



「お土産よろしく~。」



今日を合わせて3日間


二人だけの生活が始まる。



両親が家を出発してから


蓮の姿を見ていない。



机の上の書き置きに


気づいたのは


夕方になって


夕食の準備をしようと


下に降りてきたときだった。



「夕飯までには帰るから


        蓮」



メモには少し癖のあるでもって


丁寧な字でそう書かれていた。



紙の隣にはボールペンが


置いてある。



家にいないな


と思ったら出かけてたんだ。



メモ残すんなら


直接声かけてくれたら良かったのに。



夕飯は母が作り置きを


していてくれたから


レンジで温めるだけでよかった。



「ただいま」



蓮が帰ってきたみたいだ。



「おかえりー」



二人だけの夕食だった。



蓮と話すのも慣れてきた時期だった。



次の日。



朝食はパンで済ませ、


洗濯機をまわそうとしたが……



私、洗濯機の使い方わかんなかった!



「蓮ー!」



二階にいる蓮に助けを求めたら


すぐに降りてきた。



「どうしたの?


 大声だして」



「せ、洗濯機の使い方が


 わからない……。」



大声で呼んでおいて


恥ずかしくなってきた。



この年で洗濯機が


使えないなんて馬鹿にされるよ。



そして、呆れられるよ。



「洗濯機?


 いいよ。俺がやるから」



蓮は馬鹿にすることも


呆れることもなかった。



それは嬉しいんだけど、


逆に寂しいというか


いたたまれない気持ちになった。



「ねぇ、笑っていいんだよ?」



「なんで?笑うの?」



蓮は意味がわからないように言った。



「だって、洗濯機まわせないんだよ」



「世界中探したら洗濯機使えない


 高校生ぐらいいるでしょ。


 そんな、恥ずかしがること


 ないんじゃない」



そんな、フォローしてもらって


ありがとうございます。



「ついでに使い方教えるね」



「ありがとう……」



男子高校生に洗濯機の使い方


教わる女子高生って


どこにいるんだよ。



……いました。ここに。




朝の出来事から


蓮に会うことなく


時間が流れお昼になった。



昨日と違って今日はお昼を


自分で作らないといけない。



何か作ろうかな~。



冷蔵庫を開けた。



が、冷蔵庫の中には


何も入っていなかった。



あるのは


調味料くらい。



嘘でしょっ。



時計の針は11時30分を


指していた。



まだ時間あるし、


買ってくるかな。



「蓮、お昼ないから


 何か買ってこようと思うんだけど


 何か食べたいものあるー?」



私は一階から二階にいる


蓮に聞こえるように声をかけた。



がちゃ。



蓮が部屋から出た音がする。



とんとん。



階段を降りながら言った。



「だったら、外食べに行かない?


 ついでにデートしよっか♪」



蓮いや、チャラ本は言った。





私は今、許嫁の蓮と街にいる。



蓮とお昼を食べることに


なったからだ。



けして、「デート」ではないよ。



適当なファミレスに入って


昼食をとった。



夏休みそして、お盆だから


店内は人でいっぱいだった。



もちろん、街中も人であふれている。



何食べよっかな~。



私の前に座った蓮を見ると


もう決めたみたいだ。



決めるのはやいな。



こういうの決めるの


遅いから即決出来る人が


羨ましい。



よし、決めたっ。



ミートグラタン。



ハンバーグメインのファミレス


なのにグラタン。



いや、ハンバーグメインだからこそ


別のものが食べたくなる。



蓮はハンバーグを


頼んだみたいでこの気持ちは


わかってもらえなかった。





混んでるからか


料理が運ばれてくるのに


少し時間がかかった。



「そうだ、瑞穂ちゃん


 この後どこ行く?」



運ばれてきた料理を


食べながら聞いてきた。



前から観てみたい映画が


あった私は言った。



「映画でもいい?」



「いいよ。どんなの?」



「少女漫画の実写版なんだけど」



その少女漫画は私が好きな作品で、


好きな俳優さんも出演してるものだ。



でも、男子高校生って


少女漫画の実写版って観るのかな。



「いいよ」



即答だった。



「いいの?


 少女漫画だよ」



「いやいや、俺も


 この漫画読むし好きだよ」



「そっかぁ、よかった」



杞憂だったかな。



数時間後。



予定通りに私たちは映画を観た。



「映画、おもしろかったね。


 めっちゃ、きゅんきゅんしたよ~」



「そうだね、


 というより俺は瑞穂ちゃんと


 映画観たことのほうが


 楽しかったよ」



でたよ、チャラ本。



やめてよ、この映画みた後に


そんなこと言うの。



「瑞穂ちゃん、何。


 真に受けちゃった?」



「そんなわけないじゃん」



「だよね(笑」



語尾が少し弱々しかった。



「それより


 帰りにスーパー寄ってく?」



「なんで?」



「なんでって、


 夕飯はどうするの?」



「本当だっ!


 忘れてた。蓮が言ってくれなかったら


 夕食もなくなるとこだったよ」



映画に興奮していて忘れていたよ。



「ありがと、蓮」



帰りにスーパーに寄ったけど


荷物は蓮は持ってくれた。



別にたいした荷物は買ってないのに。



「男子がいるのに


女の子に持たせるなんて


出来ないよ」



だって。



言葉はチャラいのに


さっとああいうことを


やってくれるから


きゅんってくる。



そして、やっぱり私に道路側を


歩かしてはくれなかった。



イケメンめ。




蓮との二人だけの生活も


今日で最終日。



両親は夕方くらいに


帰ってくる。



夏休みも半分が過ぎようとしている。



昨日は思ってもいなかった予定が


入ったから夏休みの課題が


出来ていないんだよね。



ということで


今日は勉強デーになった。



蓮は二学期からうちの


学校に転入だから課題ないんだろうな。



エアコンをつけ


机に向かった。



蓮は何してるのか知らないけど


静かだった。



蝉の声とエアコンの動く音だけが


交互に聞こえてきた。




二人だけの生活最終日は


特に何も起こらずに終わった。



因みにお土産はしっかり


貰った。



お菓子だった。



そして、夏休みも後1週間となった。



今日は高校で新しくできた


友だちである花音と


遊ぶ約束をしている。



遊ぶといっても


プリクラを撮ったり


街でウィンドウショッピングを


するんだけどね。





午後1時になった頃


私と花音は


チェーン店のカフェで


駄弁っていた。



「こないだ、瑞穂


 ファミレスにいたよね?」



花音は唐突に言った。



私にとっては唐突だったが、


花音にとってこのことは


一つの会話にすぎなかった。



「えっ、うん。いたよ」



もしかして、蓮と居てたとこ


見られたかな。



「花音、いたんなら声かけてくれたら


よかったのに」



「ごめん、ごめん。


 でも、なんか、カッコいい人と


一緒にいたから


声かけづらくて」



やっぱり、見られてたよ。



「一緒にいた人誰?


もしかして、彼氏?」



「違うよ~!


蓮は許嫁だよーー」



「いいなずけー!!?」



周りの人の視線が


ここに集まるのがわかる。



「花音、声大きいよっ」



「だって、許嫁だよ。


ねぇ、瑞穂その蓮くんのこと


好きじゃないの?」



花音がわくわくしているのが


わかる。




「ううん、別に好きじゃないけど」



「えー。許嫁って言ったら


だんだんひかれあうのが


王道じゃん」



「って言われてもね。


まぁ、元がイケメンだから、


胸きゅんするときも


あるけど、違うかなーー」



「今は、そうでも


絶対好きになるね。


好きになる方に一万かけてもいいよ」



「えー(笑)


でも、一万円も払いたくないから


好きにならないかもね」



「それは


嫌だな~(笑)」



花音は私に蓮を好きになって


欲しいようだった。



40日という長いようで


短い夏休みが終わり、


今日から二学期が始まろうとしていた。



夏休み、あっという間だったなーー。



許嫁だっていう蓮が


家にいたときは


ビックリしたし、


一緒に住むっていうから


倍に驚いたよね。



夏休みが終わったからと


いっても蓮はこのまま


一緒に住むし、


同じ学校に通うことになる


んだよね。



蓮、格好いいから


一緒に登校したら噂がたちそうだな。



時間をずらして行こうにも


今日は学校まで道案内しないと


いけないから


少し憂鬱な気分になった。




「蓮、学校行くよー」



「えっ、もう。


早くないか?」



確かに学校行く時間としては


早かった。



「転入生だから


遅れたらだめでしょ」



というのは表の理由で


本当は人に見られたくないから


ってのが本当の理由だった。



「もしかして、


俺といるとこ


見られたくない人が


 いるからとか?」



蓮はいたいところをついてきた。



その通りなんだけど。



見られたくない人ってのは


全校生徒とくにクラスメイト


なんだけど。



「もう、いいから行くよ」



私が先に玄関に向かうと


蓮もついてきた。





早く着いたからか


学校にはほとんど生徒の姿は


なかった。



よかった。早く来て。



蓮は転入生だから


職員室に行ったので


私は一人ホームルーム教室に


向かった。



当然のごとく、


教室には誰もいない。



他の生徒が登校してくる時間まで


30分もあった。



私はスクバから漫画を取り出した。



一冊は必ずスクバに入れている。



いつでも、読めるように入れているが、


今日みたいに突然時間が


空くときにも読める。



因みに漫画は一週間おきに


変えている。



漫画も終盤にさしかかろうと


しているうちに一人、二人と


生徒が登校してきた。



同時に教室に音が生まれていく。



夏の太陽に焼かれて


肌をくろくした生徒もいたし、


ずっと家にこもっていたのか


前と変わらず白い肌をしている


生徒もいた。



夏休み明けに人の肌の色を


観察してみると夏休みに


この人が何をしていたのか


なんとなくだがわかる。



「おはよー、瑞穂」



花音が登校してきた。



花音の肌は夏休み前と


変わらず白い。



家でずっと乙女ゲームを


していたことが


みてとれた。



「おはよー」



「昨日でやっと課題が


 終わってさ、寝たのが1時だよ。


 だから、今すごく眠い」



「最後まで残しとくからだよ」



花音は夏休みの課題を


最後まで残しておく派みたいだ。



私は一週間前には


終わらしておく派だ。



キーン、コーン、カーン、コーン。



そこにSHR開始のチャイムが鳴る。



花音は自分の席へ行った。



私は読んでいた漫画を


カバンにしまった。



担任である新米男子教師が


教室に入ってきて、


他の生徒たちも急いで


席に着き始めた。




「始業式の前に


 新しく転入してきた生徒を


 紹介する」



「えー!


 転入生!?どんな人かな」



「男子かな?女子かな?


 男子だったらイケメンが


 いいな」



「美人かな」



担任が言うと


お決まりの反応を生徒がする。



私はというと


転入生は知ってるけど


まさか同じクラスになるとは


思っていなくて驚いた。






ガラッ。



教室の前の扉が開いて、


転入生が入ってきた。



周りの生徒にはそう見えた。



私には蓮が入ってくるように


見えた。



「あっ、男子」



「ねぇ、格好良くない!」



「えー、男子かよ。


 美少女じゃな」



などの声が教室のあちこちから


聞こえる。



「山本蓮です。


 よろしく!」



蓮は先生に促され、


廊下側の一番後ろの席に着いた。



私は蓮とは反対側、


窓側の一番後ろの席だ。



私は横目でチラッと


蓮の方を見た。



ぱちっ。



目があった。



うっ、こっち見ないでよ。



SHR後、蓮は男子からというより


女子から質問責めにあっていた。





そして、始業式が終わった。



今日は始業式だけで、


ほとんどの生徒は


部活か家に帰っていた。



が、私のクラスには


今、教室には蓮と


蓮に本日二回目の質問を


している女子と


私と花音が残っていた。



「やっぱり、山本君、


 近くでみると格好いいね」



花音が言った。



「でも、チャラいよ」



「そーなの?


 そんな風には見えな……


 見えるか(笑)」



私たちが話している間


蓮は女の子たちに囲まれていた。



知らない女子もいるな


と思ったら別のクラスの


女子も来ていた。



さすが、イケメン。



「瑞穂、そろそろ帰ろっか。


 早く帰ってゲームの続き


 したいんだよね」



「いいよ。蓮は……いっか」



花音が教室を出たので


私も後を追いかけようと


教室の扉を通ろうとした。



が、できなかった。



「あっ瑞穂ちゃん帰るの?」



女子に囲まれていたはずの蓮が


声をかけてきた。



もちろん、今も蓮の周りには


沢山の女子がいる。



もう、なんで声かけるかな。



イヤだよ、許嫁だってこと


この女の子たちに知られたら


と思うと……。



無視してそのまま行こうと


したが、今度はその女の子たちに


よってできなかった。



「蓮君、藤野さんと


 知り合いなの?」



蓮君って。



女の子たちのなかで


リーダーみたいな気の強そうな


子が言った。



「うん。


 知り合いというか


 許嫁だよ」



いや~~!



言っちゃったよ。



バレたくなかったのに~~。



蓮のいないところで


呼び出されて何か


言われたりするのかな……。



あっ、でも


そこに王子様が助けに来るっていう


のもありかも。



きゃーー。



想像しただけでも胸きゅん。



「えー、藤野さん


 蓮君の許嫁なんだ。


だったら早く言ってくれたら


よかったのに。


ねー」



「そうだよ。


別の子が蓮君のこと


好きになっちゃうかも


しれないよ」



あれっ。



思ってたのと違う反応だ。



そういうもんなのかな。



漫画の読みすぎかな。



「でも、彼女とかだったら


別だけどね」



やっぱり、女子怖い!




「それじゃあ、俺らは


帰るね。


また、明日、バイバイ」



蓮がイケメンスマイルで


言ったので女の子たちは


帰っていった。



私と蓮も教室を後にした。




花音と校門でわかれた後、私は蓮に怒っていた。



「なんで、許嫁のこと言うのよ」



「えっ、秘密だった?」



「女子は怖いんだよ。


 さっきの見たでしょ。


 彼女だったら別だけどね


 って。ギラついた目で」



「いや、ギラついてはいなかったと


 思うけど」



蓮は知らないんだよ。



漫画でよくあるじゃん。



イケメンの王子様は


みんなのものだから


好きになったらダメだって。



「とにかく。


 学校ではあんまり


 話しかけないで欲しいな」



「俺は瑞穂ちゃんと


 話したいな」



そんなこと言って。



どうせ、誰にでもいってるくせに。



私は騙されないからね。



「んー、話すくらいならいいけど


 一緒に住んでることは


 絶対に誰にも言わないでよね」



「オッケー」



その言い方信じられないんだけど。



「瑞穂ちゃんと話せるっ」



蓮は本当に嬉しそうな顔で言った。



声が小さかったから私には


聞こえなかったけど。



その笑顔は見えた。



私と話せるのが


そんなに嬉しい?



私はあまり関わりたくないのに。



そう思うとなんだか


蓮に申し訳なく思った。



夏休み明けのテストが


終わったら2週間後に


行われる文化祭と体育祭の


準備が少しずつ始まっていった。



1週間前になると


文化祭と体育祭の準備期間として


授業は一切なくなる。



文化祭が2日、体育祭が2日あり、


合わせて4日間続けて行われる。



文化祭は学年ごとに出し物が


分かれていて、


1年生はHR教室でできる出し物


2年生は劇


3年生は模擬店をする。



私も模擬店をやってみたかったな~。



私のクラスは


定番のお化け屋敷をする。



体育祭は全学年で


7つの団に分かれて競技の点数を


競い合う。



体育祭の終わりには


フォークダンスもあるみたい。



フォークダンスやったことないから


少し楽しみ。



花音から聞いたんだけど


学園祭期間中に


告白する人が増えるんだって。



こんな少女漫画みたいな


ことが現実にもあるなんてね。



文化祭1日目は花音と、


2日目は蓮に誘われたから


蓮と一緒にまわった。



楽しい時間はあっという間に


過ぎていくもので


文化祭2日目が早くも


終わろうとしていた。



さっきまでは蓮と一緒に


いたんだけど


今は私一人。



蓮は男友だちに連れて行かれた。



「藤野さん。


 話し、いいかな」



話しかけてきたのは


よくクラスで見かける


別のクラスの男子だった。



蓮よりとは言わないけど


見た目は普通に格好いい


しかも背が高い。



クラスも名前も知らないし


話したこともない。



そんな人が私になんの用だろう。



ついてきて的なことを


言われたから彼の後を


ついていき、


人目のつかない中庭の一角に来た。





何、言われるのかな…。



私は少し緊張した。



それはこの場所のせいなのか


祭りの雰囲気のせいなのかは


わからないけど


私の周りには糸が張り詰めたような


緊張感が漂っていた。



「藤野さん、一応聞くけど


 俺の名前わかる?」



私は首を横にふった。



「だよね。


 じゃあ、俺が藤野さんのクラスに


 通ってた理由は?」



ん?通ってた理由?



友だちとバカやりにきてたんじゃないの?



なんてことを口にはせず、


何も言わずに


首を横にふった。



「俺、藤野さんのこと


 見るために行ってたんだよ」



そして、彼は言葉を続けた。



「俺、藤野さんのこと……」



しかし、その言葉は


別の人によって遮られた。



「瑞穂ちゃんっ!」



ぎゅっ。



いや、「がばっ。」


という効果音のほうが適切かもしれない。



私は声の主に


後ろからぎゅっと抱きしめられ、


すぐに放されたと思うと


また声が聞こえた。



「ごめん、


 瑞穂ちゃんは俺の許嫁だから


 告ったりしたら駄目だよ」



許嫁……。



声の主は蓮だった。



許嫁っていう言葉よりも


声で蓮ってわかったけどね。



私、耳はいいから。



蓮はそれだけ言うと


私に告ろうとしてきた男子を


置いて私の腕を掴んで


歩いていった。



「ちょっと、どこまで行くの?」



私が聞くと蓮は歩みを止めた。



蓮に連れてこられたのは


人目の少ない渡り廊下だった。



今は文化祭の最中。



ほかの生徒たちの騒ぐ声が


聞こえてくる。



「さっき、私告られそうだったのに、


 なんで邪魔するのよ」



すると、蓮は掴んでいた私の腕を


放して言った。



「許嫁である俺の許可なしに


 告るとか駄目でしょ」



「初めての告白だったのに~~。」



「えー、瑞穂ちゃん


 今まで告白されたことないんだ」



「そーだけど」



どーせ、私はモテませんよ。



何回も告られるイケメンには


わかんないよ。



「かわいそ」



「何、私が!?」



いくらイケメンだからって


それはないでしょ。



酷すぎたよ。



「違うよ」



蓮は慌てて否定した。



「瑞穂ちゃんの魅力に


 気が付かない男子がだよ。


 そいつら、人生半分損してるね。


 瑞穂ちゃんの可愛さに


 気付かないなんて」



っ!!



なになになに!?



そんなこと真面目な顔、声で


言わないでよ。



本当に蓮だよね。



いつも言ってる「可愛い」


と違うじゃん。



冗談ぽくないから照れるよ。



私は照れを隠すために


声を荒げて言った。



「お世辞はいいよっ。


 じゃあ、私先戻るねっ」



蓮に背を向け歩いていく。



「お世辞じゃないよ、


 瑞穂ちゃん」



蓮が一人呟いたのが聞こえた。



私は


蓮の言葉をかき消そうと


頭を左右に振った。



その日の夜。



私は学校での蓮の言葉を


忘れられずにいた。



『瑞穂ちゃんの可愛さに

 

 気付かないなんて』



『お世辞じゃないよ、瑞穂ちゃん』



頭の中でリピートされている。



しかもイケボで。



この台詞を言った張本人は


今隣の部屋にいる。



そう思うと


なんか、変な気持ちになる。

 


もーう!



全然頭から離れないよ~~。



それより、


名前くらい聞いておいたら


よかったな~~。



蓮がいきなり引っ張っていくから


何も言わずに行ってしまったんだよね。



気を悪くさせてしまったかな……。



これからも私のクラス


来るのかな。



このままだったら


顔合わせずらいよ。



ずっとこのままってわけにも


いかないし、今度会ったら


謝っておかないと。




蓮が来なかったら


こんなことにならなかったのに。



待ってよ。



私、蓮に


後ろからぎゅっ。ってされた!?



されたよね。



よく少女漫画で見かけるあれを!



一瞬だったけど。



蓮の体温が背中から


伝わってきて…


って、


何考えてるんだよ。



漫画で見てるだけだと


普通に胸きゅんするけど


実際されると恥ずかしさの


ほうが勝ってたよ~。



時計をみると


12時を回っていた。



けど、なかなか眠ることが


できなかった。



これも全部、蓮のせいなんだからね。



いつの間にか寝てしまったみたいで


目を覚ました時には


朝になっていた。


体育祭1日目!



天気は快晴。



9月半ば、夏真っ盛りという


気温の高さだ。



体育祭は一日中外で行われるから


インドア派の私の体力が


持つかどうか……。



今日私が出場する競技は


玉入れと大縄跳びの2種目。



明日は応援のみだから


やることはないんだよね。




各団の団長さんの宣誓で


体育祭は始まった。



中学校とは違う高校の体育祭の


盛り上がりように


驚いた。



声のそろった応援が


運動場全体に響き渡る。



私も応援に参加しようと


テントを出て、


団の人たちが集まっている


ところに行こうとした。



わたしの視界に


入ってきたのは


一番会いたくない人だった。



「あっ、藤野さん……」



昨日私に告ろうとしてきた人だった。



思い切り目があってしまった。



さすがに無視してそのまま


行くことは出来ないよね。



「あの、昨日は


 勝手にいなくなってしまって


 ごめんなさい」



「いいよ、気にしなくて。


 藤野さん許嫁いたんだね。


 知らなかったよ」


 

「うん、そうなんだ……」



「あっ、俺は鎌田旭輝カマタアサヒ。


 ごめんね、自己紹介遅れて。


 俺は5組だから、


 今はライバルだね」



鎌田君は笑って言った。



よかった。



微妙な空気にならなくて。



鎌田君かぁ。



見た目はなかなか格好いい。



蓮ほどじゃないけど。



「じゃあね」



そう言って鎌田君は


私の横を通って行く。



「俺はまだ諦めてないから」



鎌田君は私の横を通り過ぎるとき


耳元でこう言った。



っ!!



えっ、嘘でしょう!?



そんなことを思ったが


心臓はドキドキしていた。



鎌田君の声が耳元に!



きゃーー!



しばらく、


ドキドキはおさまらなかった。





「諦めてないから」


つまり、


私のこと好きでいるってことでしょ。



でも、私まだ告白も


ちゃんとされたわけじゃないし、


断ってもいないのに。



もしかして、


私に許嫁がいるって知ったから?



許嫁ってそういうものなのかなぁ。       




その後は


特に何もなく


体育祭が進んでいった。





体育祭2日目。



昨日と同様に気温も高く、


青空がどこまでもひろがっていた。



昨日で出場する競技が


終わった私は


団席で応援にせいを出していた。



今は棒引きが行われて


花音が出場している。



「頑張れ~~!!」



周りの雰囲気につられて


私も大声で応援した。



今までこんな大声で


叫んだことあったけ?


ってくらいの大声で。





歓声が響きわたるグラウンドに


上からじりじりと


大陽が私たちを


焦がそうとする。



眩しいというより


暑い…。



「……ちゃん……瑞穂ちゃん!」



暑さでボーとしてた。



隣で応援していた


蓮の声で我に返った。



「はいっ、」



「はい、って


 瑞穂ちゃん本当に大丈夫?」




「大丈夫だ……よ……」



あれ、なんか視界が


クルクルと回って……。



バタンッ。



全身に痛みがはしった。



そう思うと同時に


私は意識を失った。




「瑞穂ちゃん!


 俺の声聞こえる!?」



蓮が瑞穂に呼びかける。



瑞穂の周りにさっきまで


応援していた人たちが


集まってきた。



「誰か、倒れたみたい」



蓮は瑞穂の意識が


ないと判断し


瑞穂を抱き上げた。



いわゆる、お姫様だっこだ。



現状が現状なだけに


周りは何も言わなかった。




あっ、おでこが冷たい……。



しかも、涼しい。



さっきまで暑かったのに……。



「あっ、瑞穂ちゃん、気がついた?」



目を開けてみると


白い天井が目に入った。



ここは……?



目を横に向けると


心配そうな蓮の顔が見えた。



どうやらここは保健室みたいだ。





私は体を起こそうとしたが


蓮によって止められた。



「まだ、起きない方がいいよ。


 俺、ちょっと先生呼んでくるか」



蓮はそう言って


カーテンの外に出ていった。



なんで、私保健室に……?



思い出そうとしていると


カーテンが乱暴に


開いた。



「瑞穂!!」



声の主はいきなり


私に抱きついた。



「花音……?」



「もう、倒れたって聞いたから


 心配したんだよ!」


 


「倒れたって……


 私が?」



「そーだよ。


 覚えてないの!?


 頭打ってない!?


 私の名前は!?」



花音が本気で心配している。



あー、そう言えば


蓮に声かけられて


それで……意識がなくなったんだ。



「大丈夫だよ。花音。


 覚えてるから」



私は花音を安心というか


落ちつかせたくて


優しくいった。



花音がよかった、と


息をはく。




すると、再びカーテンが


開いた。



「藤野さん、


 目が覚めた?」



保健の先生だ。



隣には蓮が立っていた。



「はい、えーと私……」



瑞穂、記憶喪失!?と脇で


花音が騒いでいる。



「太陽に少しあぶられたみたいね」



保健の先生は優しく言った。



その一言で私はやっと


状況を理解できた。




横にいる蓮をみると


まだ心配そうな表情をしていて、


何か言いたげだった。



「保護者の方に


 一応連絡はしたから


 迎えが必要だったら


 連絡するわよ」



「先生、俺が送ってきます」



「そう、だったら任せるわね


 もし、何かあったら


 連絡すること」



「はい」




えっ、ちょっと待って。



話が勝手に進んでるけど……



「体育祭はどうなったの?」



「もう、とっくに終わってるよ」



花音が呆れながら言った。


 

時計を見てみると


夕方の6時をさしていた。



私、結構長い時間寝てたんだ。



確か、あの時は午後の部が


始まっていたから


軽く半日は寝ていたことになる。




気をつけて帰ってね、


と先生に言われて


私たちは保健室を出た。



花音とは昇降口で


別れて、私と蓮は


家まで歩いた。



9月でもこの時間は


まだ明るくて


西の空から夕日が


私たちを照らして


長い影をつくっている。



「瑞穂ちゃん、ごめん」



唐突に蓮は言った。



「えっ」



何がごめんなんだろう。



「俺がもっと早く瑞穂ちゃんの


 不調に気づいていたら……


 俺が隣にいたのに……」



その声はまるで自分、


蓮自身に言い聞かせている


ように聞こえた。




蓮、なんかテンション低いな。



保健室に居たときも


あんまり喋らなかったし。



「そんな、謝らないでよ」



「でも、瑞穂ちゃんっ。


 半日も目を覚まさなかったんだよ!


 心配したんだから」



蓮は声を荒げて言った。



「ありがとう。心配してくれて」



蓮……。



心配してくれたんだ。



申し訳ない気もするけど


そうやって誰かに思われてる


ってやっぱり少し嬉しいな。


 


「瑞穂ちゃんは


 やっぱり優しいね」



蓮は少し明るい声で言った。



「それと、もう一つ


 謝らないといけないことが


 あるんだ」



「ん?何?」



もう一つの謝らないといけないこと……?



全く心当たりがない。



「いや、わかんないなら


 いいんだ。


 けど、ごめんね」



「えー、何?


 謝らないといけないことって。


 何かしたの?」



本当にわからないんだけど。




「秘密」



秘密って。



そんな笑顔で言われても


困るんですけど。



何だよ、気になるよ~~。



「えー、教えてよ」



「ヤダよ」



蓮のいじわる。



けど、よかった。



いつもの蓮に戻って。




家に帰ったら


倒れたことについて


両親に心配された。



迷惑かけてしまって


ごめんなさい。



けど、自分が


大切にされているんだなって


改めて思った。




文化祭、体育祭が終わってからの初めての学校。


今日からまた授業が始まるのかと憂鬱になりながら


登校した私、藤野瑞穂は見られていた。周りの生徒


にチラッと見られてコソコソとささやかれる。


何!?

私、何か悪いことした?

うっ、痛い皆の視線が痛い。


私は早くこの状況から逃げたしたくて急いで教室に


向かった。


私は視線の痛みに耐えながら教室に入ってすぐさま


花音のところにいった。


「ねぇ、花音。私、何か悪いことでもしたかな? 」


「どうしたの?いきなり」


「ここに来るまでいろんな人に見られてコソコソされて。なんで、私に何かついてるの? 」


「大丈夫、何もついてないよ」

花音はゆっくりと言った。


「じゃあ、なんで」


「それはね。瑞穂、倒れたときに蓮くんにお姫様だっこされたんだよ」


「え、お姫様だっこ」

少女漫画だと憧れのシチュエーションが自分に当て


はまるなんて驚きだった。


「何、担架の方がよかった?」


そう、横から話しかけてきたのは蓮だった。

今登校してきたみたいだ。


「いや、担架は嫌だけど……」

担架もそれはそれで目立ちそうだし。


「いいな、お姫様だっこ」


「全然よくないよっ。そのせいで噂になってるし、


学校来るときいろんな人に見られたし。最悪」


「人の噂も七十五日、だよ。瑞穂ちゃん」と、蓮が


フォローするけど、そんなフォローいらないんだけ


ど。


「だったら、私はその間学校休みます」


「冗談やめてよ、あたし一人になっちゃうじゃん」


私と花音はクラスで唯一の友だちだから、どっちか


が休んだら一人になってしまう。


けど、そんなの気にしてられるか。

許せ、花音。


「じゃあ、瑞穂ちゃんがいない間、水谷さん独り占めするよ」


「どうぞどうぞ、イチャイチャでもラブラブでもしといてください」


「そんなこと言わないでよ。あたし、山本くんと一緒とか嫌だよ」

花音は本人の目の前で本当に嫌そうな顔をしていた。


「なんで俺、こんなに嫌われてんの」


蓮はなんで嫌われているのか分かっていないようだ。


「だって、あたしチャラいのは嫌いだもん。あたしが好きなのは俺様なイケメン!」


花音は何を隠そう俺様大好きっ子なのだ。(チャラ


い人が嫌いなのは初めて知ったけど)乙女ゲームを


プレイする際に絶対、俺様なキャラを選択するほど


に。


花音にとって俺様以外のキャラは乙女ゲームにおい


てオマケなのだとか。


「そうだよ。花音はチャラいヤツは嫌いだから」

そう言って、花音の肩にぽんっと手を置いたのは学


園祭のときに私に告白してきた鎌田旭輝くんだった



そして、鎌田くんはそのまま花音に話しかけた。


「てか、花音。先一人で行くなよ」


「起こしたけど、旭輝が起きなかったんだよ」


「お前のせいで寝坊しそうになったし」


「あたしのせいじゃないし。てか、わざわざ文句言


いに来たの」


「違うよ。誰がお前に文句言うために来るかよ」


「そんなこというなら、もう、起こさないよ」


二人は私と蓮を無視して、二人だけの世界を作って


しまっている。


まさか、鎌田くんが花音の知り合いだったなんて、


世界は案外狭いのかもしれない。でも、二人が話し


ている様子を見ると、知り合いというより、友だち


なのかな。いや、友だちよりは距離が近いかもしれ


ない。


花音と話している鎌田くんは想像とは少し違ってい


た。

鎌田くんと話したのは少ししかないけど、花音には


心を許している感じがした。


私が二人の関係について考えていると蓮に話しかけ


られた。

「瑞穂ちゃん何、考えてるの。もしかして、あいつ


が水谷さんと仲いいことに嫉妬してる? 」


「な、わけないじゃん」

鎌田くんは告白されただけで(本当は告白未遂だけ


ど)私はなんとも思ってないし。


「俺以外のヤツは見るの禁止」


「何、言ってんの。蓮」


花音に言われたことを気にしてチャラ男から俺様に


転身ですか。


「なんて、冗談」


ですよね。

蓮に俺様は似合わないよ。

なんか、すごい違和感を感じる。

蓮=チャラいとしか考えられないから、やっぱり、


蓮は俺様じゃない方がいいね。


「俺様、似合わないよ」と、だけ言った。


「バレた?」


バレバレ。


「じゃあ、俺様はやめとく。俺は水谷さんじゃなくて、瑞穂ちゃんに好かれたいからね」


最後の一言はいらない。

そういうことは心の中で思いなさいっ。

そうじゃないと、心拍数の増大で早死にしてしまう


「あっ、照れた? 紅くなってる」

蓮はそう言って私の頬をつまんだ。


「照れへなんてなひ」

そう言って、蓮を睨む。

それなのに蓮は「可愛い」と言って手を離した。


照れてないし紅くなってなんかない。

けど、最後の「可愛い」は素直に受け取っとく。


「藤野さん、おはよう」


「おはよう」


花音とのやり取りは終わったのか、それとも、やっ


と私たちの存在に気がついたのか鎌田くんが言った



「あれ、旭輝、瑞穂と知り合い?」と、花音が不思


議そうな顔をしている。


そういえば、まだ、花音には鎌田くんに告白された


ことを言っていなかったんだ。

別に秘密にしてたわけじゃないよ。


体育祭では倒れちゃったし、家帰ってからもすぐ寝


ちゃったから知らせることが出来なかっただけ。


鎌田くんに告白してされた、と言えばいいのだけど


、なんだか恥ずかしくて言いよどんでいた。


すると、鎌田くんが驚きの発言をした。


「花音。俺、藤野さんの彼氏になったんだ」


今、何て言ったの。

鎌田くん、あなたは今、何語を話したのですか。


鎌田くんは冗談めかしてではなく、真面目なトーン


で言ったので花音はその言葉を鵜呑みにしている。


私が誤解を解こうと口を開こうとするが、蓮の声に


遮られてしまった。


「嘘言うなよ」

蓮は鎌田くんを睨む。


「えっ、嘘なの。旭輝に春が来たと思ったのに」と、残念そうに花音が言う。


「嘘じゃないよ。俺の言葉信じてよ」

今度は冗談めかして鎌田くんが言うから花音が混乱している。


「えーー、結局どっちなの」


「花音。私、鎌田くんと付き合っていないよ」


私の言葉で花音は納得した顔をしていた。

「水谷さん、こいつとどんな関係なの」

不機嫌そうに蓮が聞く。


「どんな関係って、ただの幼なじみだよ」


幼なじみかぁ。

私には幼なじみという存在がいないからうらやまし


い。

許嫁ならいるけど。


「そういえば、昨日の体育祭で藤野さんお姫様だっこしたんだってね。許嫁の蓮くん」


うわ。鎌田くんも知っているのか、このこと。

やっぱり、今すぐに帰りたい。


蓮と鎌田くんが険悪な空気になっているからこっそ


り抜けられないかな、と考えていると花音に捕まえ


られた。


私、何も言ってないし、動いてもいないのに。


花音には考えていることがバレてしまった。


「俺なら、藤野さんの異変にすぐ気づいたけどね」


と、挑発的に鎌田くんが言った。


「その場にいなかったくせに。何、言ってんの」


二人はただ向き合って話しているだけなのにとてつ


もなく嫌な空気が流れている。


私のことを好きだという鎌田くんと許嫁の蓮。

この状況で言うべきことはこれしかないよね。


「私のためにけんかしないで!」


時間が止まったかのように感じた。

私の言葉によって二人が静かになった。

教室にいる他の生徒は自由におしゃべりをしている


けれど、ここだけが時が止まったかのように静かになった。


「瑞穂ちゃん」


「藤野さん」

二人は私のほうを見て、同時に私の名前を呼んだ。


なぜ、呼ばれたのか分からずとりあえず、返事をする。

二人は怒っているようにも、呆れているようにも見えた。


そして、鎌田くんが何かを言いかけたときにチャイムがなった。


「あっ、チャイム」と、花音が言った。

鎌田くんは花音に言われて、自分の教室に帰っていき、蓮も自分の席に着いた。私も席に着く。担任が教室に入ってきて学級委員長が号令をかけた。

二人の様子の意味が分からなかったけど、まぁ、いっか。

なんてことはなく、二人のあの反応が気になって午前の授業はまったくといっていいほど頭に入ってこなかった。


もしかして、あの台詞はまずかったのかな。

でも、あれを言う場面は絶対あのときしかないし、


これから先あんな場面が私にめぐってくるとは考え


にくいから言うしかなかったし。どうすればよかったのかな。


なんて考えても終わってしまったことは変えられない。

そこは考えても仕方ない。


問題なのは蓮と鎌田くんの反応だよ。

蓮は呆れているような気がしたし、鎌田くんはなん


だか哀しそうなそれでいて怒っているような。なんで、あんな顔するの。


授業中ずっと考えても結論は出ず、昼休みになって、花音に聞いてみることにした。


「花音、朝のことなんだけど」


「朝のこと?何かあったかな」と、花音はあくびを


しながら言った。


これは授業中寝てたやつだ。


「あれだよ」

私は小声で言う。


「あー、あれね」

花音は伸びをして続けた。


「私のためにケンカしないでって、やつだ」


「もう、声に出して言わないで」


「瑞穂が言ってたことだよ」


「そうだけど」


朝のことを思い出すとよくこんな台詞が言えたもの


だ。

今になって恥ずかしくなってきた。


「それより、聞いてほしいことがあるんだけど」


「何? 」


「朝、なんで2人があんな反応をしたのか、なんだ


けど」


「私にわかるわけないじゃん」

予想を裏切る花音の返事。


花音ならわかると思ってたんだけど。


「ほら、あそこに珍しく女子に囲まれてない山本君


がいるから、聞いてみたら」


花音が指さした方に目を向けると一人で席に座って


いる蓮がいた。

いつもなら、女子に囲まれているのに、休み時間に


一人でいる蓮は確かに珍しい。


まぁ、こっちの方が話しかけやすいし今の私にとっ


ては好都合。


「そうする」


「じゃあ、いってらっしゃい」と花音に言われ、蓮


のところに行く。


昼休みも半分は過ぎていて、ほとんどの人がお昼を


済ませて雑談に興じているから教室は騒がしい。け


ど、蓮の周りだけ普段との比較もあり異様に静かだ。


「蓮」


朝のことがあるから机にうつ伏せになっている蓮に


恐る恐る声をかける。

蓮は顔を上げて起き上がった。


「どうしたの? 瑞穂ちゃん。珍しいね、昼休みに


話しかけてくるなんて」


それは蓮がいつも女子に囲まれているから話しかけ


ずらいからで、なんてことは言わないで「珍しいと


いえば、蓮だって一人でいるの珍しいよ」と言った。


「なぜだろうね」

蓮は含みを持った言い方をした。


そんな言い方をされると余計に聞きづらい。でも、


やっぱり、朝のことがあったからだよね。ちょっと


、不機嫌なのかな。


「それより、どうしたの」


渋っていてもしょうがない。聞かないと私のモヤモ


ヤが消えないから。


「朝のことなんだけど、私の発言で何かこう、雰囲


気? 空気? が悪くなった気がしたから」


「あそこであんなこと言うのは瑞穂ちゃんらしいよ


ね」


「えっ」


私らしい。これは褒められているのですか。違うよ


ね。どういう意味か分からない。これはもしかして。


「怒ってる? 」


「俺は瑞穂ちゃんのこと大好きだし、瑞穂ちゃんの


ことよく知ってるから怒ってはないよ」


笑顔で言う蓮。その笑顔が何だか怖いんだけど。

しかも、「怒っては」って、「は」って。


「けど、あいつはどうだろうね」と言ったあと、「


……って、なんで、俺ライバルのことなんか気にし


て」と呟いた。


「あいつって、鎌田くんのこと? 怒ってるの? ど


うしよう。てか、なんで。ねえ、なんで。ちょっと


した出来心だったんだよ。よく漫画で見かけるから


、試しに言ってみたかっただけなの。もしかして、


自惚れし過ぎた?」


「それだよ」


ん?


「あいつは瑞穂ちゃんのことが好きなの。告白こそ


、俺が阻止してやったけど、あいつの気持ちを瑞穂


ちゃんは知ってる」


うん。だって、告白されそうになったから。蓮のせ


いでなかったけど。初の告白が。


「あいつは告白してないけど、瑞穂ちゃんがその気


持ちを知っててそれを当たり前のように受け入れて


る瑞穂ちゃんに」


「私に……怒ってる」


「なんで、俺があいつの気持ち代弁してるんだよ。


そんなに気になるんだったら、後は本人にでも聞い


たら」


「そうだね」


うん、そうするよ。

鎌田くんが怒ってるんじゃないかって、気にしてた


から本人に聞く気になれなかったけど、蓮にそう言


われたら、なんか聞く気になってきた。


蓮にだって、最終的には聞いてるんだしね。そうと


決まれば早速聞いてこよう。鎌田くん、教室にいる


かな。確か、五組だったよね。


そう言って、蓮に背を向け教室を出ようとした。が


、右腕を誰かに掴まれた。誰かというか蓮だろうと


いうことはわかっているんだけど。なんだろうと思


い、後ろを振り返った。


「あいつのことばっか気にしすぎ。俺のことはどう


でもいいの」


机にうつ伏せ気味で蓮は言った。掴まれた腕はまだ


そのままだった。


私は立っていて、蓮は座っているから蓮は上目遣い


になるんだよね。

上目遣いって、女の子がやるから可愛いんじゃなか


ったのか。男子がやっても可愛いものなんだね。可


愛いどころじゃないよね。イケメンの上目遣いって


悩殺ものだよね。そして、突然のデレ。いただきま


した。何、蓮は私を殺したいのかな。きゅん死に確


定だよ。


「どうでもって。さっき、怒ってないって言ってた


から」


「じゃあ、怒ってる」


じゃあって、じゃあって何。怒ってるの。怒ってな


いの。どっちだよ。しかも、ちょっと拗ねたような


言い方は。


「もしかして、ヤキモチ。私が鎌田くんのことばっ


か気にしてるから」


蓮はあーあと言いながら、顔を腕に埋めてまた私の


方を見た。


「瑞穂ちゃんって、なんでそういうところは鋭いの」


さあ。なんででしょう。首を傾げた。


「そうだよ、ヤキモチ。だから、あいつのところな


んて行かないで」


か、可愛い。あのチャラ本蓮が可愛いだと。

ずるいよ、私にはこれに素直に答えられるスキルは


ない。


「でも、鎌田くん怒らせちゃったんなら謝りに行か


ないと」


「じゃあ、俺も一緒に行く」


「え、なんで」


「もう、昼休み終わるから放課後一緒に行こう」

そう言われて、黒板の上にかかっている時計を見る


ともうそんな時間だった。

結局、昼休みは蓮に対するモヤモヤが消えただけで


鎌田くんにたいするモヤモヤは残ったままで午後の


授業を受けることになった。もちろん、授業に集中


なんてできなかった。


考えてみれば、って考えなくても分かることだけど


今日一日一つも集中して授業受けてない。その原因


は自分にあるんだけどなぁ。もし、この原因が自分


じゃない他の誰かにあったらその人のせいにできる


のに。


なんか、朝からずっとモヤモヤしていて一日損した


気分。楽しみにしていた漫画の発売日の日にだって


こんなに授業に集中できなかった日はないのに。せ


めて、授業が終わる六時間目のときにそわそわして


気がそぞろになるくらいなのに。


鎌田くん、怒ってるのかな。この間知り合ったばか


りだから、怒らせたとしたらやっぱり聞きにいくの


は気まずい。その点においては蓮が一緒に行くって


言ってくれたことは心強いかもしれない。本人には


絶対言わないけど。


「瑞穂ちゃん」


「蓮? 」


「なんで、疑問形。もう授業終わったよ」


いつの間にか終わっていたみたい。全然気が付かな


かった。


「もしかして、気づいてなかったの。ぼーっとしす


ぎ。そんなにあいつのこと考えてたんだ」


正解です、考えてました。


「もしかして、好きなの?」


「そ、んなわけないじゃん」

慌てて首を左右に振る。


心臓に悪い事聞かないで欲しい。


「じゃあ、俺のことは?」

真っすぐに目を見つめて聞いてくる。


何、この質問のコンボは。

いままで、こんなこと聞いてきたことなかったのに。なんて答えれば正解なの。


「嫌いじゃないけど」


「けど? 」


けど? 蓮のいじわる。


「早くしないと鎌田くんが帰ってしまうよ」


「そうだね」


あれ、素直に諦めた。もっと、粘ってくるかと思っ


たけど。


「後でもう一度聞くからね」

蓮はいたずらっ子のように笑った。


「ええー」


「ほら、聞きに行くんでしょ」


行くけども。


蓮に背中を押されながら鎌田くんのクラスに向かった。


教室後方のドアからこっそりと鎌田くんの姿を探し


た。蓮と無駄話をしていたけど幸運なことにまだ鎌


田くんは教室にいた。


よかった。まだ、鎌田くん残ってた。


「瑞穂ちゃん、入らないの」

入り口で躊躇している私に蓮が問いかけた。


「行くけど」


入り口でとどまっていると「藤野さん、どうしたの


」と、鎌田くんが話しかけてきた。


いきなりだよ、心の準備がまだできていないのに。


「俺のことは無視かよ」と蓮が呟いたのが聞こえた



「誰か探しているなら呼んでこようか」


「えっと、鎌田くんです」

謎に敬語になってしまった。


「俺? 」


頷く。

「朝のことで」と、小声かつ控えめに話を切り出す



「もし、気を悪くしたのなら謝りたいと思いまして


またしても、謎に敬語になってしまう。


「なんで、そんな改まってるの」といって鎌田くん


は笑った。


人に謝るときは腰を低くしないと。


「気を悪くって、藤野さん何かしたの」


「怒ってない? 」


「怒ってないよ」


「だって、蓮が」


蓮の方を見ると蓮は目をそらした。


「山本くんが俺が怒ってるって言ったの」


「うん」


鎌田くんも蓮の方を見た。

すると、しぶしぶ蓮は口を開いた。


「もし、俺がお前の立場だったら自分の気持ちを知ってて告白の返事ももらって

ない状況であの言葉を言われたらもてあそばれてるんじゃないかって思うって話だよ」


そういうことか。納得。


鎌田くんも理解したようで頷いた。


「残念ながら、俺は山本くんのように心の狭い人間


じゃないからそんなことは思ってないけど。ちゃん


と告白したかったとは思ったよ。山本くんのおかげ


で伝えることができなかったから。だって、山本く


んはもう藤野さんに告白しているんだろ」


蓮は鎌田くんの最後の言葉を聞いて沈黙した。

この様子を察した鎌田くんが「まさか、まだ」と驚


きの表情を見せる。


「俺と瑞穂ちゃんは許嫁同士だからそんなことしな


くても平気なんだよ」

蓮が苦し紛れの言い訳を放つ。


「山本くんは別に藤野さんのこと好きじゃないんだ」


おっと、さっきの質問コンボはまだ続いていたのか。


急に黙り込む蓮。


この空気は何。朝のときとは少し違うけどなんかい


やだ。速くこの場から立ち去りたい。なんで、この


話題になるのかな。私はただ、モヤモヤを無くすた


めに来ただけなのに。


何か言った方がいいのだろうけど、また朝みたいに


失敗したら嫌だから今は黙っていることが最善策だ


ろう。


しかし、今回は朝とは違って口をはさんだほうが良


かったと後で後悔した。


「藤野さん、今度の土曜日空いてる?」


鎌田くんは蓮じゃなくて私に聞いてきた。


「空いてるけど」


「俺とデートしてくれないかな」


でえと?デートぉ!?


突然のことで頭が回らないかつ、蓮を問い詰めてい


るときとは違い柔らかな口調で言ってくるから私は


自然と頷いた。


「やった」


鎌田くんの喜びの声をきいてデートを了承したこと


に今更ながらに気が付いた。


「ちょっと、待てよ」

蓮が間に入ってきた。


「何かな、山本くん」

勝ち誇ったように鎌田くんが言う。


「告白は許嫁特権で邪魔されたけど、個人的に遊び


に行くことも許嫁の了解がいるとか言い出したらそ


れはもう俺だけじゃなく藤野さんにも迷惑だよ」


この言葉に蓮はぐうの音もでない。


「鎌田くん、私デートなんてしたことない」


「俺もしたことないよ」と、驚きの言葉を鎌田くん


が言う。


こんなかっこいい鎌田くんが一度もデートしたこと


ないなんて絶対嘘だ。

鎌田くんと二人きりなんて心臓が持たないよ。みん


な忘れてるかもしれないけど、私の性質人見知りだ


からね。最近知り合ったばかりの鎌田くんと二人き


りなんて。


「変に意識しちゃうから無理だよ」


「俺的には意識してほしいんだけどな」


いや、そうかもしれないけど。


そうだ、いいこと思いついた。いいアイデアだけど


きっと否定されそうというか非難されそうだから鎌


田くんの表情をうかがいながら提案する。


「蓮も」と言い、蓮の腕をつかむ。


「何」と言いたげな蓮をちらりと視界の端に映る。


「蓮も一緒に行ったらダメかな」


言った、言ったよ。


私のことを好きだという相手にデートの誘いを受け


たというのに、そのデートに

許嫁を誘うなんて馬鹿げたことを提案してやったよ。


本当に自分がバカなことを言っていることはわか


っている。これこそ、蓮が言っていた「もてあそば


れている」に当てはまるよ。


ごめんなさい、鎌田くん。こんな私を好きになんて


なってくれなくていいから。というか、なんで私の


こと好きなんだろう。クラスも違うし会ったことも


ないしどうして。正式に告白されていないのにわか


るわけない。


なんてことを考えながら、どうせ断られるだろうと


そんな現実から目をそらそうと物理的に目をつむっ


ていると聞こえてきたのは想像とは反対の答えだっ


た。


「いいよ」

なんてあっさりした答えだった。拍子抜けした。

「え、いいの」


「ちょっと、俺の意見は」と蓮が横から口をはさん


できた。


一応、デートにつき合ってくれるのか蓮に尋ねると


二つ返事でオッケーだった。


「瑞穂ちゃんの頼みを断るわけないじゃん」とのこ


と。とんだ茶番だった。


「俺の方も一つ提案してもいいかな」と鎌田くん。


どうぞ、どうぞ。断るわけない。


「藤野さんが山本くんを誘うなら二対一になるから


俺も花音を誘ってもいいかな」


花音も誘うの。わぁ、楽しみ。

そう思っていると蓮に頭をチョップされた。


痛い。チョップされたところを手でおさえながら、


蓮を軽くにらむ。


「瑞穂ちゃん、考えてること違うから」


私、何も言ってない。


「どうせ、水谷さんも来るやったーとか考えてたん


でしょ」


当たりです。


「瑞穂ちゃんとダブルデートできるのか、鎌田ナイ


ス」


「違うから。俺と藤野さん、山本くんと花音だから



「俺、水谷さんに嫌われてるんだけど。その人選は


ないわ」


「だったら、ダブルデートじゃなくていっそのこと


四人で遊びに行く方向は」と言いつつ二人の表情を


うかがう。


「ないですよね」


もう、どうしてこうなっちゃうのかな。私は日々何


事もなく平和に過ごしたいのに。


鎌田くんをもてあそんでいるわけではない。それに


、鎌田くんの気持ちも分かるし一緒に遊ぶくらいな


らいいけど、二人きりは私の精神的に無理だし結局


蓮と花音につき合ってもらうしかないのかな。


「あーさひ、瑞穂がいつの間にか帰ってたから今日


一緒に帰ろ」

やって来たのは花音だった。


「って、瑞穂。それに山本くんも。どうしたの」


タイミングがいいというのか悪いというのか。


「花音、いいところに」


鎌田くんの言葉に花音は怪訝そうな表情を見せた。


「なに、嫌な予感しかしない」


「水谷さん、俺と一緒にデートなんてしたくないよ


ね」

蓮が先手をうつ。


「どういう風の吹き回しなの。デートなら瑞穂と行


ってこれば? 」


「ほらな」

蓮がどや顔で鎌田くんを見る。


「花音、幼馴染の俺の頼み聞いてくれるよね」


今度は鎌田くんのターン。


「おごってくれるんでしょ」


「当たり前」


それはずるくないか。幼馴染の頼みというより賄賂


じゃないの。


「そんなのありかよ」

蓮がぼやいた。


「花音、幼馴染ってそういうものなの」


「瑞穂は幼馴染にどんな理想を抱いてるのよ」


「どんなって」


あれだよ。子どものころからいつも一緒でなくては


ならない存在でいつの間にか恋に落ちてるっていう


感じ。


「そんなわけあるか」


おっと、今日二度目のチョップをいただきました。


痛い。


「確かに気づいた時にはいつも一緒にいたし、お互


い必要とするときは助け合うけどいくら幼馴染だか


らって無償でなんでも頼みを聞くわけじゃないよ。


それに恋に落ちるって旭輝は瑞穂が好きみたいだし


そんな家族のように育ってきた奴に簡単に恋に落ち


るわけないよ」


そうなのか。


「少女漫画の読み過ぎだよ」


はい。


「でも、じゃあ蓮がおごる代わりに頼みきいてって


言ったらどうするの」


「え、それは一応旭輝優先かな。だって、山本くん


はタイプじゃないもん」


今日二回目も花音から振られた蓮は落ち込んでいた


「ひどいなぁ、水谷さん。そんなにばっさり言わな


くても。まぁ、俺にとっては瑞穂ちゃんが好きって


言ってくれたらそれでいいんだけど」


まさか私にも攻撃が来るとは思わなかった。

よし、ここは無視だ。いい加減蓮の言葉に惑わされ


ないようにしないと。


「じゃあ、花音と一緒に遊びに行くということでい


いよね」


「瑞穂ちゃん、スルー」と、蓮の声が聞こえたがこ


れも無視だ。


「え、なに。三人で遊びに行く予定だったの。旭輝


と山本くんなんて意外なメン

バー」と驚いている花音。


「違う、違う」

慌てて否定したのは鎌田くんだ。


「違うの」と、花音は面白くないという顔をした。


「俺が藤野さんをデートに誘ったら、こいつがつい


てくるって言うから。花音を

誘おうと思って」


鎌田くんは蓮を指さして言った。


「俺はついていくなんて言ってないけど。瑞穂ちゃ


んの頼みに応じただけだから」


蓮の言葉に花音は鎌田くんを見て「そうなの」と問


いかけた。


「信じて、水谷さん」と蓮の思いもむなしく「ごめ


んね、山本くん。旭輝が言ってること信じるわ」と


花音が言った。


二人の幼馴染の信頼関係に蓮はあっけなく負けたの


だった。

朝のときもそうだったけど、花音は鎌田くんのこと


を第一に信じているようだ。


しかし、鎌田くんと花音の二人を見ていると幼馴染


というものが余計にわからない。


一般的な幼馴染というのは二人のようなものなのだ


ろうか。私の周りに参考にできる幼馴染がいないか


ら比べようがない。とりあえず、どんまい、蓮。


「つまり、ダブルデートね」

花音はことの内容を理解したようだった。


「もしかして、私と旭輝がペア」


「なんでだよ。なぜ、その組み合わせになるんだよ


少しキレ気味の鎌田くんからのツッコミが入った。


「冗談だよ。私と山本くんね……え、山本くんかぁ



「水谷さんが相手かぁ」

わざとらしく残念な素振りを見せる花音をまねて蓮


が言った。


「嫌なら来なくてもいいんだけど」

二人をみて鎌田くんが言った。


その言葉に二人は声をそろえて「いきます」と勢い


よく言った。

まるで、事前に打ち合わせをしたかのようにその声


はぴったり重なったのだった。


デートは明日。行先は遊園地。提案したのは鎌田く


んで、「定番すぎるかな」といって照れたときのギ


ャップが可愛かったことは内緒だ。

ダブルデートといっても私にはそんな考えはなく、


ただ四人で遊びに行くんだとわくわくしていた。事


実ダブルデートとしてペアをつくったけど、花音と


蓮ペアだ。素直に二人で仲良くやるとは思えないし


ね。蓮の方は特に問題ないだろうけど、花音が蓮を


嫌っているからどうなることだか。いくら女の子な


ら誰でもいいチャラ男の蓮でも花音相手では本領発


揮できないだろう。だからといって、仮にもデート


に普段と変わらない服装で行くほど鈍感ではない。


だてに少女漫画で育ってきてない。

「れーん」

私は明日着る予定の服に着替えて蓮の部屋のドアを


ノックした。夕飯も終わって下のリビングにいなか


ったからお風呂でも入ってないかぎり部屋にいると


思うんだけど。

なんて考えているとすぐに部屋の中から蓮の声が聞


こえてきた。

「入っていいよ」

ドアを開けたけど中に入らずにドアの間から顔を出


す。蓮はベッドの上に座っていた。横にはスマート


フォンが置いてある。

「どうしたの」

なかなか部屋に入ってこない私を見て蓮は言った。

「明日着ていく服の意見をもらおうと思って」

私はそう言ってドアから出て、じゃーんと腕を開い


た。

白のブラウスにデニムのジャンパースカートだ。正


直、デート服なんてわからないけど、可愛かったら


それでいいと思っている。だけど、さっかく家に男


の子がいるから聞かない意外の選択はないよね。手


持ちの駒は全て使うスタンスだ。デートなんだから


男の子の意見も聞いた方がいいしね。

「どうかな」沈黙が怖くてそう聞くとすぐに「可愛


い、似合ってる」と蓮が言った。

いつものノリでありがとうございます。

おいで、というように蓮が手招きするから私は蓮の


隣に座った。

「けど、これ、あいつのためなんだよね」

ん?鎌田くん?まぁ。確かにそうかもしれないけど


「俺のためだったらよかったのに」

憂いを含んだ切なそうな声が聞こえた。

こんな声は聞いたことがなかった。

「ごめんね。私のわがままで付き合わせちゃって」

やっぱり、嫌だよね。申し訳ないことしちゃったな


蓮なら私の頼みを断らないと思って甘えていたのか


もしれない。

「もし、嫌だったら――」

ムリして来なくてもいいよ、と言おうとしたとき、


口に蓮の人差し指を当てられて言えなかった。

「もし、瑞穂ちゃんが誘ってなくても俺はついてい


ったからね。瑞穂ちゃんがあいつとデートなんて考


えられないから、邪魔しに行ってやるから」

そこにはさっきの憂いな声はなく、いつもの蓮に戻


っていた。

邪魔しにって。明日のダブルデートが嫌なんじゃな


くて、私と鎌田くんがデートすることが嫌なのか。


見当違いだった。でも、そしたらまともなダブルデ


ートなんかできないよね。絶対、邪魔してくるよね


。まぁ、私にとっては鎌田くんと二人でっていうの


は心臓に悪いから願ったり叶ったりなんだけど。

「だから、瑞穂ちゃんが謝る必要はないよ。気にし


ないで」

いつもと同じようなノリでそう言った。

「うん」

蓮のきらきらな笑顔にやられた。だから、ただ頷く


しかできなかった。

やっぱり、顔がいいというのは正義だよ。普通の台


詞でも様になるし、普通でないかっこいい、しかも


優しさを含んだ今の台詞だと余計に胸に刺さってく


る。

首をこてんって、傾けるとかも反則だよ。

でも、蓮のおかげで心にひっかかっていたもやもや


が溶けてなくなった。


ダブルデートの集合場所は駅前で、八時に集合だ。

昨夜、七時にセットしておいた目覚まし時計は規則


正しく七時に起こしてくれた。そして、昨日蓮に「


可愛い」をもらった服に着替える。

いつもは下ろしている髪を一つにまとめた。絶叫マ


シーンとかに乗ったときに髪がぼさぼさになるのは


嫌だからね。

もうそろそろ家を出た方がいいかな、と思い蓮に声


をかけると「瑞穂ちゃん、今日は全力でダブルデー


トを演出するから」と言った。

思いがけない言葉だった。

昨日は邪魔するから、とか言ってたのにどういう心


境の変化だろう。

なんで、いきなりそんなこと言うの。なんて聞く暇


もなく、「じゃあ、俺先行くね。水谷さんと待ち合


わせだから」と言って先に家を出ていった。

はやい。え。え、なに。てっきり、一緒に駅まで行


くと思っていたのに。

まぁ、冷静に考えてみればダブルデートで違う相手


と一緒に待ち合わせ場所にいくなんておかしなこと


だよね。でも、花音と待ち合わせっていつの間に。


鎌田くんは駅前集合って言っていたのに。二人で連


絡し合っていたのかな。私の知らないところで。

あれ、なんか、またもやもやが。昨日のもやもやは


なくなったはずなのに。

考えていても仕方がない。約束の時間に遅れてしま


う。私は急いで家を後にした。

時刻は八時十分前、つまり七時五十分。駅に着いた


ときには鎌田くんの姿はなかった。

よかった、まだ来てないみたい。

「藤野さん」

後ろから声がした。

振り返ってみると立っていたのは鎌田くんだった。


もしかして、私より先に来ていたのかな。ぜんぜん


気づかなかった。それよりも後ろからなんて心臓に


悪い。

学校でしか会ったことがないから初めて鎌田くんの


私服を見た。

男の人のファッション事情は詳しくないけど、かっ


こよかった。とにかく、かっこいい。イケメンは蓮


で見慣れていると思っていたのに、鎌田くんは蓮と


は違う種類のイケメンで、チャラくなくてどちらか


というと爽やかな印象を彼の服装からも受けた。

「おはよう」という声もかっこよくて頭上に広がる


青空も手伝ってきらきらなオーラを漂わせる鎌田く


んに見とれていた。

さっきから「かっこいい」を繰り返しているのは鎌


田くんの容姿のよさに語彙力が追いついていないか


らだ。

鎌田くんのかっこよさを堪能して「おはよう」と返


した。

あまりのかっこよさに「鎌田くん、かっこいいよ…


…」とこぼした。

無自覚だった。

「惚れた?」

はい、惚れました。

頷くと鎌田くんは嬉しそうに笑った。

でも、きっとこの「惚れた」は鎌田くんが求めてい


るものとは違う。そのことを思うと心が少し痛んだ


が、鎌田くんの嬉しそうな笑顔を見ていると訂正す


る気にもなれなかった。

「藤野さんも可愛いよ。制服姿でも可愛いけど、今


の私服姿もすごく可愛い」

「それは褒めすぎだよ」

素直に褒められると照れる。

鎌田くんの言葉には裏がないように聞こえる。本当


に思っていることを言っているような。事実、そう


なんだろうけど。だから、余計に照れる。

蓮に言われたときは特に何とも思わなかったのに。

まぁ、蓮の場合はいつもあんな感じだからかな。ど


うせ、周りの女子にも言ってそうだし。

そんな私を知らず鎌田くんは顔を近づけてきた。

「照れてる藤野さんも可愛い」と耳元で言われ、ど


きどきが最高潮に達した。

この調子だと今日一日持たないよ。

はやく、蓮たち来てよ。

そんな私の心の叫びを聞いたのか「お待たせ」とい


う蓮の声が聞こえた。

恥ずかしくて鎌田くんから素早く離れた。

【未更新】2月27日

蓮の隣には花音も一緒だった。花音はフレアスカー


トにガーリーなピンクのスニーカーを履いている。


デート仕様だ。だからなのか、蓮と花音が本当の恋


人同士のように思えてきた。花音は私よりも背が高


いから高身長の蓮と並ぶとまさにお似合いカップル


だ。空は雲一つない快晴なのに私の心には雲がかか


っていた。

「おはよ、瑞穂」

花音は手を振って言った。動きに合わせてスカート


が揺れた。これきっと男の子がどきっとするんだろ


うなぁ。なんて考える。どきっとまではいかないけ


ど、素直に可愛いと思った。

「花音、おはよう。今日の服可愛いね」

「ほんとに。さっき、山本くんにも言われたんだ」


と嬉しそうに花音が言う。

蓮に可愛いって言われたって、まさかね。いや、蓮


ならあり得るけど、花音が喜ぶなんて意外だった。


でも、誰でも褒められたらうれしいよね。いくら、


タイプじゃなくても。

「もう行かないと電車出るんじゃない」スマートフ


ォンを見ながら言った蓮に従って駅に向かう。けど


、私は考えごとをしていて気が付かなかった。

「どうしたの、藤野さん」

鎌田くんの声で我に返った。

「ううん、なんでもないよ」

せっかくのデートなんだから鎌田くんに心配かけた


くない。

「山本くんが花音に可愛いなんて言わないと思って


た?」

図星だ。なんでわかるの。けど、ここで肯定したら


鎌田くんに悪い気がして言えない。

「まさか、あの蓮だよ。可愛いくらい誰にでも言っ


てるよ」

「そう。なんか藤野さん、浮かない顔してたから気


にしてるのかと思って」

浮かない顔なんてしてるつもりないのに。やっぱり


、気持ちが表情に出やすいのかな。

「全然気にしてないよ」

手を振って否定する。

先に行った花音が手を振っているのが見えて私たち


もホームへ向かった。



電車に揺られること約一時間で目的地に着いた。開


園時間前だというのにチケット売り場にはすでに多


くの人が並んでいた。私たちの番が近づいてきたと


ころでカバンから財布を取り出そうとした。すると


、鎌田くんに止められてしまった。

「いいよ、ここは俺が払うから」

「いいの?でも……」

遊園地のチケット代って何気に高いから。

「ここはおごられといて。俺が誘ったんだし」

おそらく、ねばって断っても鎌田くんは引き下がら


ないんだろうなぁ。

「ありがとう」

「どういたしまして」

そういって微笑んだ鎌田くんにはイケメンオーラが


纏われていた。

隣のチケット売り場では蓮と花音が同じようにチケ


ットを買っていた。

「水谷さん、チケット代出してあげようか」

「え、いいの。山本くんのくせに優しい」

「そんなこと言う人にはやめとこうかな」

「だったら別にいいよ。あとで旭輝に請求するから


「ちょっと、水谷さん」

蓮は何かを花音に耳打ちした。

何を言ったのかは聞こえなかった。

そんな二人を見ていると鎌田くんに声をかけられた


「気になる。二人のこと」

「いや、別に」

「ならいいけど。ね、藤野さん。今日はデートなん


て気負わないで純粋に楽しもうよ」

「ありがとう」

鎌田くんは優しいな。

「どうせ四人で回るから二人のこと気にしなくても


大丈夫だよ」

二人のことって。私、今否定したのに。

そこへチケットを買い終わった「二人」がやって来


た。さっき鎌田くんに声をかけられたから見ていな


かったけど、結局チケットは蓮が花音の分も出した


のかな。蓮は花音に何を言っていたのだろう。気に


なる。鎌田くんに「二人のこと気になる」とか聞か


れたから余計に気になってきた。なんだか気分が晴


れない。モヤモヤするなあ。

いや、でも悩んでばっかりいたら楽しめないし。せ


っかくのデートだから楽しまないと鎌田くんに悪い


からね。

深呼吸する。

よし、大丈夫。たぶん。

「空いてる今のうちに人気のアトラクションから行


く?」という鎌田くんの提案によって一番人気かつ


それなりに怖いジェットコースターに向かった。

待ち時間は約十分。開園と同時に入場したけど、人


気な遊園地だからしかたない。最後尾に並んだ。一


番初めに入場してアトラクションまで走らないと待


ち時間なしで乗ることは難しいだろう。

今さらだけど、と鎌田くんが言った。

「藤野さんって絶叫系大丈夫?」

「平気だよ。そうじゃなかったら普通来ないでしょ


「確かに」と鎌田くんは笑った。

「男子から見て絶叫系苦手な女の子の方が可愛いと


か思うの」

「人によるんじゃないかな。でも、俺は藤野さんが


絶叫系苦手じゃなくてよかったよ。今日、一緒に来


れたのはそのおかげだからね」

ああ、笑顔が眩しい。こんなふうに一々ドキドキし


て今日一日持つのかな。鎌田くんのキラキラにやら


れないかな。

「まぁ、俺は遊園地じゃなくても藤野さんと一緒だ


ったらどこでもいいんだけどね」

ほら、早速きたよ。爆弾発言。

「遊園地でいいです……」

「なら、よかった」

鎌田くんのキラキラにやられているうちに十分経っ


たようで私たちの番がきた。スタッフの人に案内さ


れてジェットコースターに乗り込んだ。安全バーを


下ろすと、心の準備をする間もなくトロッコは坂を


上っていく。

そう言えば、鎌田くん結構きわどい発言、もとい蓮


のセンサーに引っかかりそうな発言をしていたけど


、一回も蓮が絡んでこなかったな。珍しく静かだな


ぁ。一応にもダブルデートだから気を遣ってくれた


のかな。

なんて考えているうちにトロッコは頂上に来ていた


。きれいな景色だと感動する間もなくトロッコはス


ピードを上げ、レールに沿って落ちる。

「きゃーーー」

ひたすら叫ぶ。声を出すと少し恐怖がまぎれるとど


こかで聞いたことがある。嫌いじゃないけどやっぱ


り怖いよー。

内臓が浮くような気持ちの悪い感覚をどうすること


もできず、安全バーを握った。

体感では長い様に感じられたのは実際のところ数分


で終了した。スタッフの人に「おかえりなさい」に


促されるままトロッコから降りた。

まだ、変な感じがする。浮遊感。

怖かったけど。

「楽しかったー」

との私の声は「気持ちわるー」という声にかき消さ


れた。

アドレナリンが出まくる私に声をかぶせてきたのは


苦汁をなめたかのような表情の花音だった。

「花音、大丈夫」

慌てて花音に寄り添う。

「水谷さん」とデート相手でもある蓮も心配そうに


駆け寄る。

「もしかして、絶叫系ダメだった」

「ううん、平気。久しぶりだったから少し酔っただ


けだよ」

花音は否定したけど、辛そうな花音を見ていると信


じきれないな。

私たちを気遣ったんじゃないかって。

「本当に大丈夫」と再び聞く。

「大丈夫だよ」そう言ったのは花音ではなく鎌田く


んだった。

「花音、絶叫系大好きだから」

幼馴染の鎌田くんが言うから本当なんだろう。

「とりあえず、どこか座ろっか」と蓮が言うので私


たちは近くのベンチに向かった。

花音が真ん中に座って、私はその隣に腰を下ろした


。男子二人は立ったままだ。

「水谷さん、飲み物買ってこようか」との蓮の言葉


に「いい、自分のあるから」とぶっきらぼうに答え


る花音。

これは相手が蓮だからなのか、それとも気分が優れ


ないからだろうか。後者、いや両方かな。

花音はカバンから水筒を取り出し、一口飲んで息を


吐いた。

花音平気か、と鎌田くんが聞いた。

その言葉に花音は頷いた。

「ありがとう。だいぶ落ち着いた」

花音はそう言ったけど、まだ顔色が優れないみたい


。ジェットコースター以外の軽いアトラクションだ


ったら一緒に乗れるかな。

そんなことを考えていると蓮に名前を呼ばれた。

「二人は遊んできなよ。俺、水谷さんと一緒にいる


から」

蓮が私と鎌田くんを二人きりにするようなことを言


うなんて驚きだった。今日の蓮はやっぱり変だ。

ん、待って。二人って。私と鎌田くんだよね。

二人きりだと緊張するから蓮たちに来てもらったの


にそれじゃ意味ないじゃん。

「でもさ」と小さく呟いた。その声は鎌田くんにか


き消されてしまったけれど。

「藤野さん。花音は山本くんがいるから大丈夫だっ


て。二人で回ろう」

鎌田くんは私の方に右手を差し出した。まるで王子


様のエスコートのように。

鎌田くんは爽やかイケメンに加えて王子様要素も持


っているのか。これはときめきポイント高い……っ


て違う。鎌田くんと二人とか無理だよ。

けど、それ以上に鎌田王子の手をとらないという選


択はできない。

私はうん、と頷き、鎌田くんの手をとったのだ。



「二人のこと気になる」

鎌田くんがそう聞いてきたのは花音と蓮と別れて二


つ目のアトラクションに並んでいるときだった。

「全然、そんなことないよ」

「じゃあ、俺の眼見て答えて」

鎌田くんにじっと見つめられる。

さっと目線をそらした。

これはやましいとかじゃなくて、単に鎌田くんの顔


面が綺麗すぎるからなのだけど。

「いいよ、隠さなくて」と、鎌田くんは言った。

案の定、誤解された。

「隠してないよ」

「別行動してから藤野さんあまり楽しそうじゃない


から。山本くんのこと考えてるんじゃないの」

楽しそうじゃないなんて嘘だよ。そう見えるのはき


っと鎌田くんと二人という状況に緊張しているだけ


だから。

「別に、蓮のことなんか考えてないよ。蓮、今日、


様子変だし。鎌田くんもそう思わない。蓮が何も言


ってこないんだよ。昨日はいつも通りに軽かったの


に――――」

「あいつのことなんか考えないでよ」

さっきと違う真面目な声だった。びっくりした。鎌


田くんのこんな声は初めて聞いた。少し怒りを含ん


だ声だった。何も言えなかった。

少しの沈黙の後、鎌田くんが言った。

「なんてね、ごめん。困らせるようなこと言って」

「え、うん」

全然、困ってない。むしろ、私が鎌田くんを困らせ


ているし、振り回している気がする。謝らないとい


けないのは私の方。鎌田くん優しすぎるよ。

「けど、言ったことは本当だよ。俺……藤野さんの


こと好きだから」

正真正銘の告白だった。真っ直ぐな言葉だった。こ


の間は蓮の邪魔が入ってちゃんと聞くことができな


かった。けど、本当は最後まで聞くべきだった。今


初めてわかった。鎌田くんの想いが真っ直ぐに伝わ


ってきた。今日、ちゃんと最後まで聞くことができ


てよかった。

「ありがとう」

これ以上もこれ以下も言えない。何を言えばいいの


か、何て言えばいいのかわからなかった。だって、


私には鎌田くんの気持ちに答えることができない。


こんな爽やかイケメンに告白されて思ったより戸惑


っていないのは文化祭での告白未遂があったから。


あれがなかったら今、一言も言えなかった。

「どういたしまして」

肩の荷が下りたように、ほっとした表情。それでい


て私に向けてくる笑顔はとても優しくて。女神いや


、イケメンの神だ。ありがとうございます。

こんな風にイケメンに笑いかけられたら好きになっ


ちゃうんだろうなあ。実際「こんな」状況にいるん


だけど。

鎌田くんはこれ以上何も言ってこなかった。「付き


合って」と、言われるかと思ったのに。

蓮に邪魔されたことを考えると、二人きりの今言っ


てくると思っていた。言われたら言われたで返事に


困るのだけど。

「ねぇ、いいの」

思わず聞いてしまった。

「何が」

「……い、告わなくて」

「いいよ」

鎌田くんはなぜか嬉しそうにそう言った。

「俺は自分の気持ちを伝えただけ。藤野さんの気持


ちはまだ聞いていないし、振られてもいない。これ


って、まだ藤野さんを好きでいていいってことだよ


ね。俺……諦めないって言ったでしょ」

なんだ、これは。胸が苦しい。心の臓がドキドキで


やられる。そして、なぜ「俺……」で溜めてから「


諦めない(以下略)」を耳元で言ったの。何ですか、


そのフレーズは人の耳元で言わないとダメとかある


のですか。耳元で呟くとか鎌田くんの声が直接耳に


入ってくるから本当に心臓に悪いのだけど。「あわ


わわわ」状態でショート寸前だよ。しかも、言い逃


げとかありですか。いや、逃げてないけど。むしろ


、迫ってきてるけど、あれか、私が逃げられないや


つか。

思わず「ずるいっ」と、声が出た。

「ときめいてくれた」

鎌田くんは笑顔で聞いた。

「ときめかないよ。ドキドキするだけだから。心臓


に悪い」

「ドキドキって十分ときめいてるから、それ」

「知らないよっ。もう、先行く」

列が前に進んだので鎌田くんに背を向けて列を詰め


た。

「待ってよ、藤野さん」と後ろから鎌田くんの声が


聞こえた。

二つ目のアトラクションに乗り終わった頃には⒓時


過ぎになっていた。ジェットコースターによるアド


レナリンと鎌田くんのかっこよさによるどきどきで


時間なんて気にしている余裕なんてなかったのに、


ふっと目に入った時計で今の時間を知って急にお腹


が空いてきた。

鎌田くんに名前を呼ばれた。

「何」と鎌田くんの方を振り返る。

「今、花音から連絡来てさ」と、鎌田くんはケータ


イを手にして言った。

「いったん、集まらないかって」

「そうだね」

花音のことも気になるし。

花音に指定されたフードコートに向かうとお昼時だ


からか人であふれていた。

花音と蓮を探していると鎌田くんに先を超された。

「藤野さん、あれじゃない」

鎌田くんが指さす方を見ると、場所取りをして座っ


ている花音と蓮が見えた。声をかけようとしたけど


、周りが騒がしいので諦めた。とりあえず、手を振


ってみる。こっちに気づく様子はなく、二人は楽し


そうに話しているのが見えた。

まるで恋人同士みたい。

乙女ゲーム好きな花音だけど、何気に美少女だから


蓮とお似合いじゃん。

羨ましいなあ。

羨ましい?

羨ましいって私もそうなりたいと思っているってこ


と。

誰と。

自問自答してもその答えは出なかった。

花音たちがやっと私たちの存在に気づいた時にはも


う二人の近くに来ていた。

「お待たせ」と二人に声をかける。

「遅いよ」

花音が頬を膨らませた。

「ごめん。メール気づくの遅くて」

鎌田くんが手を合わせる。

「なんてね。私たちもさっき来たところだから」

ねっ、と花音は蓮と顔を合わせる。

「瑞穂ちゃんは気にしないで」

蓮は言いながら鎌田くんを一瞥した。

花音、冗談言うくらい元気なようでよかった。

息を吐くと誰かの手が肩に乗った。横を見ると鎌田


くんが微笑んだ。

「お昼、どうしよっか」

花音の問いに蓮が答える。

「なんでもいいよね、買ってくるよ」

「藤野さん、食べれないものとかある」

鎌田くんが聞いた。

聞き方が紳士すぎる。普通、食べたいもの聞くでし


ょ。そう聞かれたらなんでもいいって言うけどね。

特にない、と言おうとしたときに蓮が 「瑞穂ちゃ


んの苦手なものは俺がわかってるから」鎌田くんに


向かって言った。

今日初めてのことだ。蓮の鎌田くんへの険悪な態


度は。いつもの蓮が戻ってきたように感じた。安定


の蓮だ。

蓮の言葉に鎌田くんは何も言わずに私に向かって


微笑んで二人で歩いて行った。

大丈夫かな。あの二人で。私も言ったほうがいい


かな。

一人おろおろしていると花音に大丈夫だと言われた


大人しく椅子に座って二人が戻ってくるのを待った


「お待たせ」

二人は安定なホットドッグを買ってきてくれた。

「これ瑞穂ちゃんの。マスタード苦手だったよね」

と蓮が言って渡してきた。

わぁ、さすが蓮。よく知ってるね。

お礼を言って、蓮からホットドッグを受け取った。

「瑞穂ちゃんの許嫁だからね」

そう言って笑った。

いつもの蓮だ。

「花音はこっち」と鎌田くんが花音にケチャップ抜


きかつマスタード多めのホットドッグを渡していた


あんなにマスタードがかかったもの私には食べたれ


ないな。

少し驚いた様子の花音は鎌田くんからホットドッグ


を貰った。

ホットドッグを一口食べて気づいた。

あれ、逆になってるじゃん。 デート相手を完全に


間違ってる。

花音の驚いた様子の意味がわかった。 男の子の考


えることはよくわからない。


午後からはみんなで回った。

「やっぱり締めは観覧車でしょ」という花音の言葉


に賛同して、観覧車に乗りに行くことになった。

夕日が差し込む時間帯。閉園時間にはまだ早いが、


家族連れなどはそろそろ帰る時間なのかな。観覧車


の順番待ちの列は長く、私たちもその最後尾に並ん


だ。

「みんな考えることは同じだね」

「だねー。でも、この観覧車から海見えるんだって


「海! 楽しみ」

観覧車から海見えるなんて知らなかった。

観覧車は最高で四人乗車できるみたいだけど、みん


なで乗るとか言ったらまた怒られるかな。

「藤野さんは俺と、だよ」

鎌田くんが念を押すように私の隣に来た。

うっ。やっぱり、そうだよね。別に嫌じゃないけど


。狭い個室で二人きりとか緊張するし。

まだ、観覧車に乗っていないのに、来たる二人きり


を想像してどきどきしていたら、すぐに私たちの順


番が回ってきた。

「藤野さん、先どうぞ」

鎌田くんにそう言われ、ゆっくりと回転する観覧車


に乗り込む。

うわ。思ったより中狭いな。

落ち着け、私。いつも通りだ。例え、個室だろうが


何も起きるわけない。ただ、鎌田くんのかっこよさ


に耐えるだけだ。

向かい合わせの座席の片側に座る。

次に乗り込んできたのは鎌田くん。ではなく、私の


前に座ったのは。

「蓮だ」

呆けた声が出た。

「うん。俺だよ」と、蓮が言う。

「どうして、鎌田くんは? 」

観覧車はゆっくりと回り続ける。

次に花音と一緒に乗っているのかと下を見ると二人


の姿は見えなかった。

もしかして、二人は観覧車乗らなかったのか。

「俺よりあいつの方がよかった? 」

そんなことない。むしろ、鎌田くんとの二人きりを


避けられたからよかった。

蓮とのほうが緊張しなくて済むし。

ううん、と首を横に振ると蓮は嬉しそうに笑った。

「そっか、よかった」

何、その嬉しそうな顔。反則だよ。

「瑞穂ちゃん」

蓮の声しか聞こえない。

「何」

「そっち、行ってもいい? 」

蓮は私の隣を指さした。

私が頷くと、蓮はそっと私の隣に移動した。

ち、近い。

蓮との距離は十センチメートル。

もっと、隣空いてるのになんでこんなに近いのよ。

前言撤回。蓮との方が緊張するよー。

ちょっと動かせば手が触れてしまいそうな距離。

こんなに近くに蓮がいるなんて初めてかもしれない


。家での食事のときだって、もう少し離れている。

心臓の鼓動が早くなる。

なに、このどきどき。こんなの知らない。

一度、意識してしまうともう止められない。左手に


重みが加わる。目をやると蓮の手が重なっていた。


蓮の体温が伝わってくる。外の景色なんて気にして


いられない。

「瑞穂ちゃん、こっち向いて」

蓮の声がいつも以上に近かった。

重ねられた手が私の手を握った。驚いて、蓮の顔を


見る。

蓮の顔が思ったより近くにあって。瞬きをすると目


の前に蓮の顔があった。

唇に触れるやさしさを感じた。

え、私。今、キスされた。

蓮にキスされたの。

突然のことで頭が回らない。顔が熱い。

なんで、なんで、なんで。

「れ、蓮。今、なんで、キス」

「俺さ、今日一日結構我慢したと思わない? あい


つと瑞穂ちゃんのデート邪魔しなかったでしょ。け


ど、もう限界だった。可愛い瑞穂ちゃん見てたらキ


スしたくなっちゃった」

確かに今日の蓮はおかしいくらいに静かだったけど


てか、可愛いからキス? 意味が分からない。いつ


も可愛いって言ってくるのは単なる蓮にとって挨拶


みたいなものなんじゃないの。それなのに。どうし


てキスしたいにつながるのよ。

「ばか、意味わかんない」

「嫌、だった? 」

「別に、嫌じゃ」

って、何言ってんの私。

「嫌じゃなかったなら、もう一回する? 」

「ばかー」

ちょうど、観覧車が地上についたときだったから、


蓮を押しのけて逃げるように降りた。

花音たちを探していると少し離れたところから手を


振っている二人が見えた。花音の元へ走る。

「花音ー」

「おかえり。海見えた? 」

そういえば、海見えるって言ってたな。そんなの気


にしてる余裕なかった。

「なんで、二人乗ってないの。それに鎌田くんじゃ


なくて蓮だし」

「山本くんが俺を押しのけて乗ってしまったんだよ


。俺は藤野さんと二人で乗りたかったんだけど」

花音ではなく、鎌田くんが答えた。

後半の言葉は無視しておこう。一々反応していては


身が持たない。

「あんなカレカノの乗るようなリア充アトラクショ


ンに誰が好き好んで幼なじみと乗らないといけない


のよ」

花音がとげとげしく言う。

「瑞穂ちゃん、先行かないでよ」

後から蓮の声がする。

振り向いてはいけない。振り向いてはいけない。

蓮が私の隣まで来た。

蓮の顔を見ては思い出してしまうよ。頬が熱気を帯


びていくのを隠すように手で顔を覆った。

「どうしたの」

鎌田くんが心配そうにする声が聞こえる。

「な、なんでもない」

言えないよ。観覧車で蓮にキスされたこと思い出し


て照れてるなんて。

「観覧車も乗ったことだし、帰ろっか」

花音の言葉で私たちは家路についた。

帰り道、まともに蓮の顔を見れない私は花音とばか


り話していた。

「そういえば、瑞穂。知ってる? 二人が乗った観


覧車、頂上でキスした二人は結ばれるっていうジン


クスがあるんだって」

「なに、それ」

そんなのあるんだ。

「こないだ、ネットで見たんだけどねー」

「へー、知らなかった」

知らなかった。蓮はこのこと知っていたのかな。知


っててキス、してきたのかな。

「瑞穂?どうかしたの?」

花音が不思議そうに聞いてくる声が遠くから聞こえ


ていた。

気付いたら私は家に着いていた。

帰りは蓮と一緒に帰ったんだ。鎌田くんが送るって


言ってくれたけど、蓮が「俺、瑞穂ちゃん送ってい


くね」と言って。なんだよ。朝は別々だったのに。


帰りは一緒に帰るんだ。ちょっと、うれしかった。

ぼーっとしたまま食事が終わってお風呂も済ませて


、ベットに寝転がった。

そっと、唇に触れる。

「き、す」

観覧車の頂上でキスした二人は結ばれる。

花音が言っていたことが頭をめぐる。

蓮がこのことを知っていたら。知っていたとしたら


、蓮は私のこと――。

あーもう。なんでこんなにモヤモヤするの。

ため息をついた。ドアをノックする音が聞こえる。


その後に蓮の声が続いた。

「瑞穂ちゃん。入っていい? 」

「いいよ」

私は起き上がって、ベットに座りなおす。

「帰るときから心ここにあらずって感じだったけど


、大丈夫? 」

蓮はドアを開けて一歩中に入ったけれど、入り口か


らそれ以上は入ってこない。

それは蓮のせいだよ。

「蓮はあの観覧車のジンクス知ってたの? 」

「知ってたって言ったらどうする? 」

質問を質問で返さないでよ。無言でにらむと蓮は続


けた。

「観覧車の頂上でキスした二人は結ばれる。俺たち


許嫁でしょ。結ばれるのは確定事項だから。ジンク


スとか関係ないでしょ。それとも、瑞穂ちゃん期待


した? 」

「期待って何よ。別に」

別に、蓮が私のこと好きだとか思ってない。

思ってないけど、少しさみしいと感じてしまった。


蓮の顔を見ないように視線を下に落とす。

「瑞穂ちゃん」

さっきより声が近くなってふっと顔を上げると蓮が


すぐ側まで来ていた。

蓮の顔が近づいて二度目のキスをされた。

力が抜けて後ろに倒れる。蓮の腕が横にあった。

「な、んで」

顔を手で隠す。蓮の顔を見れなかった。蓮に見られ


たくなかった。だって、今絶対顔紅くなってる。

「瑞穂ちゃん、嫌じゃないって言ってたし」

「ばか」

観覧車のジンクスのこともはっきり答えないし、ジ


ンクス関係ないのにキスしてくるし。

わけわかんないよ。

月曜日学校に行くと、蓮が花音と一緒にいた。花音


はノートを広げて、蓮は花音の前の席の椅子を借り


て座っていた。

珍しい組み合わせだ。ダブルデート以前は二人のペ


アは見たことがなかった。私を含めた三人はあった


けれど。この間のダブルデートで仲良くなったのか


な。デートのときも二人仲良かったみたいだし。

「おはよう」と二人に声をかける。

二人も返事をしてくれた。

「二人が一緒にいるの珍しいね」

「あ、瑞穂ちゃんヤキモチ? 」

いつものノリで言ってくる蓮に「ちーがーうー」と


返す。

「もうすぐ中間テストだから、山本くんに勉強見て


らってるの」

「蓮って勉強できるの? 」

「ひどい、瑞穂ちゃん。俺賢い方だよー」

自分で言うか。

「まあ、英語だけだけどね」

花音がツッコむ。

「あー、帰国子女だったね。蓮」

「英語だけって水谷さんも何気にひどい。今は英語


してるけど、他の科目もできるから」と、蓮は自慢


げに言った。

「ふーん」

「あ、信じてないな」

「嘘うそ。じゃあ、私にも勉強教えてよ。数学」

「藤野さん、数学苦手なんだ」

後から聞こえたその声の主は鎌田くんだった。

いつの間に。

「俺、数学得意だから教えてあげようか」

「横取りずるい。瑞穂ちゃんは俺に頼んできたんだ


から」

鎌田くんの申し出に蓮が突っかかる。

「山本くんは英語専なんでしょ」

「俺だって数学くらいできるし」

「藤野さんはどっちに勉強教わりたい? 」

私は正直、教えてくれるならどちらでもいいんだけ


ど。なんて言ったら怒られそうだし。

「瑞穂は旭輝に教えてもらいなよ。私は英語専に教


えてもらうから」

返事に困っていると花音が提案してくれた。

「英語専の俺は英語できない人を教えてあげるよ」

蓮が思いのほかすぐに引き下がったので、私は鎌田


くんに数学を教えてもらうことになってしまった。

部活がなくなるテスト一週間前から鎌田くんと放課


後、図書室で勉強することになった。

「そういえば、聞いてなかったけど藤野さんって好


きな人いるの? 」

隣に座る鎌田くんが言った。

今、私数学の問題解いているんだけど。全然関係な


いこと聞いてくるじゃん。

ただでさえ訳の分からない数学が今の一言で余計に


分からなくなった。

もう少しで解法が見えそうだったのに。

「ノーコメント」と、一言返す。

「藤野さんが俺のこと好きじゃないのはわかってる


から、ちゃんと告ったらフラれる気しかしないんだ


けどさ。でも、藤野さんに好きな人いないんだった


らまだチャンスあるよね? 」

これもまた「ノーコメント」だ。

「藤野さんって山本くんのこと好きなの? 」

「鎌田くん私に数学教えてくれるんだよね」

「ん、そうだよ。けど、その前に今の答えて」

「ムリだよ。わかんないもん」

見えかけた問題の解放は闇に消えていった。問題を


にらむのをやめてノートに落書きを始める。

「可愛いって言ってくるし、俺のこと好き? とか


聞いてくるし、キスしてくるし。私ばっかりどきど


きしてるのに。それなのに最近花音と仲いいし」

「藤野さん」

不意に名前を呼ばれ鎌田くんのほうを振り向いた。

「え」

目の前に広がる鎌田くんの顔のアップ。唇に触れる


柔らかい温もり。

「ごめん」

すぐに顔を離して、鎌田くんは申し訳なさそうに謝


った。

「けど、今のは藤野さんが悪いからね。そんなに山


本くんの話されたら俺嫉妬でどうにかなりそう」

あー、とうなりながら、鎌田くんは机に顔を伏せた


「藤野さんを困らせるつもりはないんだ」

苦しそうに笑った鎌田くん顔が私の胸を締め付けた


。そして、彼はごめんね、ともう一度謝った。

結局その日は勉強に集中できなかった。家に帰って


から挽回しないと。

家に帰ると蓮の靴があった。

花音と勉強しているはずじゃなかったのかな。

「ただいま」と呟くと「おかえり」と声がした。

玄関横のリビングから蓮が顔を出した。

「蓮、花音と勉強してたんじゃないの」

「んー、それより瑞穂ちゃんも勉強できた? 」

「英語専で数学もできる蓮さん、私に勉強教えてく


ださいっ」

頭を下げた。

「どうしたの? あいつの教え方下手だったとか」

そんなんじゃないけど。

「まあまあ、夜も頑張ろうと思って。私がさぼらな


いように見張っててくれるだけでもいいから。ね」

手を合わせてお願いする。

「俺が瑞穂ちゃんのお願い断る訳ないじゃん」

ありがとう、蓮。優しい。神さま。

自室では集中できないだろうと言うので、蓮の部屋


ですることになった。

自分の部屋から椅子を持ってくる。蓮の勉強机を借


りて、蓮は私の椅子に座る。

なんだか家庭教師みたいだな、と思いながら問題集


を開いた。誰かに見られているだけでも緊張感がで


てさぼろうという気は起きないものだな。

たまに問題に詰まると横からヒントを出してくれる


からすらすら解くことができた。

「英語専とか言っといて、数学もできるんだね」

「それ言ったの俺じゃないし。数学もできるってい


ったよね」

「ごめんって。怒ってる? 」

問題を解く手を止めて蓮を見る。

「別に」

それはよかった。問題に再度向き合う。

「俺かあいつ。どっちに勉強教わりたいって聞いた


とき瑞穂ちゃん迷ってたから。瑞穂ちゃんの中で俺


はあいつと同等なのかと思うとむかついた」

「むかついた、え、怒ってるじゃん」

問題は解けなかった。

「怒ってるのベクトルが違うから。さっきの質問に


対しては怒ってないよ」

結論、怒ってるに変わりはないから。

「だったら、私だって怒ってるよ。放課後勉強でき


なかったの蓮のせいなんだからね」

「なんで、俺のせいなの」

「だって、んー、間接的には蓮のせいだよ。そのせ


いで私鎌田くんにキスされ――」

そこまで言ってとっさに口を手で覆った。

これは言わない方がよかった。聞こえてたよね。

「瑞穂ちゃん、あいつにキスされたの」

驚きの声が上がる。

本能的に逃げるように部屋の隅にあるベッドまで駆


けようとしたが、蓮に腕を掴まれた。

「ちょっと――」

抗議しようと開いた口は蓮によってふさがれた。

力が抜ける。そのままベッドに押し倒された。

あ、デジャブ。

こんな数日間でデジャブがあってたまるものか。

ドサッと、蓮は私の横に倒れて顔をこっちに向ける


「瑞穂ちゃん、隙多すぎ」

距離が近くて、大きくはないのに蓮の声が直接脳内


に届く。

反射的に「隙なんてない」と言おうとしたが、考え


てみるとそんなことはなかった。ダブルデートの時


とか、その夜とか今日の放課後とか今とか。

「隙なんて……なくはないかも」

「正解」

「ん、いや違う。私の隙とか関係ないよね。き、キ


スしてくる方が悪いよね」

考えなおして起き上がる。ベッドの上に座り直すと


蓮も起き上がって私の正面に座った。

「俺の瑞穂ちゃんに勝手するやつが悪い」

蓮はスッと腕を伸ばしてきたかと思うと私の髪を触


り始めた。

「蓮だって、してきたじゃん。三回も」

「え、俺は特別枠でしょ。許嫁だし」

「あー、はい。じゃあ、そういうことで」

相変わらずの答え。許嫁ってキスしてもいい関係な


のか。てか、キスしていい関係って何。

「そんなんで、あいつに襲われたときどうするの?


「爽やかイケメンの鎌田くんがそんなことするわけ


ない」

間髪入れずに返した。

「いや、されたでしょ。キス」

「あ」

「あ、って」

「グーパンして逃げる」

「本当にできるの? 練習」

練習って何。と考えていると蓮の顔が近づいて来て


キスされる。とっさに目をつむった。

「いったーい」

やって来たのはおでこへの刺激だった。凸ピンされ


た。おでこを撫でる。目を開けると、蓮がいたずら


っ子のように笑った。

「キスされると思った? 」

「思ってない」

キッとにらんだ。

「怒ってる瑞穂ちゃんも可愛い。あ、でもキス待ち


顔のほうがもっとよかったけどね」

「うるさい」

「ごめんって、機嫌なおして」

痛かったおでこにチュッとキスされた。痛みが一気


に引いた。

蓮はすでに椅子に戻っていて「勉強再会しよっか」


と言った。

翌日の放課後はすぐにやってきた。

本当なら鎌田くんと勉強する予定だけど、昨日のあ


んなことがあったからどんな顔をして会えばいいい


のか分からなくて私は椅子から立ち上がれずにいた


「瑞穂ちゃん。一緒に帰ろう」

そう言って私のもとに来たのは蓮だった。

「でも、今日は鎌田くんと」

「会いたくないんでしょ」

「会いたくないというか、会いづらいというか」

言い淀む私を見かねて蓮が言う。

「あいつには瑞穂ちゃんはもう一緒に勉強したくな


いって伝えといたから」

「嘘でしょ。そんなこと言ったら鎌田くんが誤解し


ちゃうじゃん」

訂正してくる、と私は鎌田くんのクラスに急いで向


かった。

よかった、鎌田くんまだいる。

怒って帰ったかと思ったが、鎌田くんは教室に残っ


ていた。

「あれ、瑞穂? 」

鎌田くんのそばにいた女子が振り返った。花音だっ


た。

教室に入り、二人のそばに行く。

「鎌田くん、蓮が言ってたこと誤解だから。一緒に


勉強したくないとか思ってないから」

勢いで言ったが、鎌田くんは不思議そうな顔をして


いる。

「山本くんが言ってたことって? 」

「え」

鎌田くんの言葉に私も意味がわからなくなる。

すると、後ろから笑い声が聞こえた。振り返ると蓮


が私のカバンを持って立っていた。

「瑞穂ちゃん、さっきの冗談だよ」

「えー」

なぜか、花音も一緒に笑っていた。

「どういうこと? 」

「瑞穂ちゃん、俺はあいつに何も言ってないよ。で


も、まさかあんな必死に走っていくなんて思わなか


ったけど。なんか妬ける」

蓮はそう言って、後ろから私の肩に腕を回した。

「自分から仕掛けて、勝手に妬いてる意味がわから


ない」

じゃあ、今日の勉強会はなしになっていないってこ


と。鎌田くんが怒っていなくてよかったけど、この


状況は喜んでいいのか。

「藤野さん。やっぱり、勉強会なしにしよっか。二


人の仲の良さを見てると俺に勝ち目ないなーって思


えてくるから」

鎌田くんは花音を連れて帰っていった。

「よし、ライバルが一人減った」

「何、ライバルって」

「なんでもなーい」

カバンありがとう、と蓮から荷物を受け取る。蓮は


そばにある机に座った。

「帰らないの? 」

「瑞穂ちゃんさ、あいつのこと好きだった? 」

「鎌田くん? 」

「あいつに嫌われたくなさそうだったから」

「友だちに嫌われたら嫌じゃん」

「友だちね。あいつは瑞穂ちゃんのこと友だちとは


思ってないみたいだけど」

なんで、そんなこと言うの。私が鎌田くんのこと好


きになるわけないのに。

「蓮だって、最近花音と仲いいよね。花音、蓮のこ


と嫌ってたのに。もしかして、花音蓮のこと好きに


なってたり。私そんなこと聞いてない」

「絶対ない」

花音から信頼されていないのではとおろおろしてい


るときっぱりと否定された。

「じゃあ、蓮が花音のこと」

「それもない。だって、俺瑞穂ちゃんしか興味ない


から」

「私はそんなんでほだされないんだから」

捨て台詞のように言って、一人教室を出た。

私の早歩きはすぐに追いつかれた。諦めてスピード


を落とすと、手を握られた。

男の、蓮の体温に心拍数が上昇する。握られた手を


一瞥し、蓮の顔を見る。

「何」

「瑞穂ちゃんが逃げないように」

なぜか嬉しそうに言った。

「あと、さっきの嘘じゃないから」と耳元でささや


かれる。

握られた手と耳元に残る蓮の声でどきどきが止まら


なかった。

中間テストが終わって落ち着いた頃、放課後に鎌田


くんに呼び出された。勉強会が中止になってから、


鎌田くんとは会っていなかった。

一人で行こうとしたら、蓮が「見張り」と言って付


いてきた。鎌田くんのクラスに二人で向かった。

「山本くんもいるんだね」

私の隣にいる蓮を見て鎌田くんが言った。

「ごめんね、勝手についてきちゃって」

「大丈夫だよ。彼に聞かれて困る事じゃないし、一


応山本くんも関係あるから」

蓮も関係ある話ってなんだろう。もしかして、勉強


会のことでやっぱり気を悪くしたのかな。

「俺、藤野さんのこと諦めるよ。藤野さんと山本く


んを見てたら、俺の入る隙間ないなーと思って」

一応、ちゃんと伝えようと思って。これ以上藤野さ


んのこと困らせたくないし。と鎌田くんは続けた。

鎌田くんの言葉を聞いて少しさみしく感じた。

「じゃあ、話終わりってことで。帰ろ、瑞穂ちゃん


蓮に腕を掴まれて連れていかれる。私は振り返って


足を止めた。

「遊園地、楽しかったから。これからも友だちだよ


ね」

「山本くんに何かされたらいつでも俺のとこ来てい


いよ」

全然諦めてないじゃん。そう突っ込まずにはいられ


なかった。



「で、旭輝にフラれて。山本くんと上手くいってる


と」

昼休み、食べ終わったお弁当を片付けて花音が言っ


た。

「いや、フラれてないし」

「まさか、旭輝があっさり身を引くとは。これじゃ


あ、山本くんと進展ないと旭輝が報われないなぁ」

何も答えない私を見て花音が驚きの声を上げる。

「嘘でしょ、何もないの。遊園地のときだってあれ


だけ協力してあげたのに」

がっかりと怒りの混じる声で花音は言った。

「協力って何」

「これ言ってもいいのかな。口止めされていないし


、いいか」と花音は続けた。

「遊園地行ったとき、山本くんおとなしかったでし


ょ。あれわざとなんだよ。山本くんに相談されてさ


。名付けて、押してダメなら引いてみろ作戦」

私の気を引くためにわざとおとなしかったのか。

「観覧車のジンクスも教えてあげたのに。何の役に


も立ってないじゃん」

花音は不満そうな声で言う。

ジンクスって蓮知ってたんだ。知ってて私にキス。

思い出して恥ずかしくなる。

「あれ、瑞穂。顔紅くなってる。もしかして、進展


あった感じ」

花音は楽しそうに「キス、されたんだ」と聞いてき


た。

素直に頷いて、その後何回かされたことも流れで話


してしまった。花音はキャーキャー言って、顔を赤


く染めた。

「山本くんのくせにやるじゃん」

「自惚れてもいいのかな」と小声で聞く。

「自惚れって。どっからどう見ても瑞穂のこと好き


だよ。瑞穂は好きじゃないの」

すぐに答えられなくて言いよどんでいると、可愛い


声がした。

「何なにー。恋バナー? 」

横には知らない女子が立っていた。彼女はこの学校


ではない制服を着ていた。金髪でロングヘアーの彼


女は楽しそうに笑っている。

「だれ、この美少女」

花音の言葉に美少女が自己紹介をしようとすると、


「サラさん、勝手にいかないでよ」と言って鎌田く


んがやって来た。

「サラ」と呼ばれた美少女は今日から始まった一か


月間の交換留学でアメリカから来ている留学生らし


い。鎌田くんは彼女のお世話係だった。

「ごめんねー。そうだワタシ、レンに会いに来たん


だ」

「蓮? 」

美少女が聞きなれた名前を言っていて驚いた。

「あなた、レン知ってるの? 」

嬉しそうに彼女は言った。

「え、サラ? 」と、驚きの声が上がる。

その声の主は蓮だった。

「わー、レンだー。久しぶりー」

美少女は振り向いて駆けだすと勢いよく蓮に抱き付


いた。

「久しぶりだね」

「レンに会いに来たんだよー」

美少女は抱き付いたままそう言った。

金髪美少女と蓮の熱い抱擁にクラスメイトの注目が


集まる。

「何、山本くんの元かレ? 」「藤野さんって許嫁


だったよね」とこそこそと話す声が聞こえる。

蓮の元カレ? そんなの私が知りたいよ。蓮もなん


だかうれしそうだし。

二人が楽しそうに話しているうちに予鈴がなって、


美少女は鎌田くんに連れられて自分の教室に帰って


行った。

美少女と蓮の関係が気になって仕方がないまま放課


後になった。

「瑞穂ちゃん。今からサラに街案内してくるから帰


り遅くなるかも」

帰る準備をしていると蓮に言われた。

「そっか、わかった」

蓮と美少女の関係を知りたかったけど、言葉がでな


かった。

「ごめんね」

「なんで、謝るの。久しぶりに会ったんでしょ。あ


、ほら迎え来てるよ」

入り口に美少女が手を振っているのが見えた。

「ありがと」と、蓮は一言言って美少女の元に行っ


た。

「サラ、準備早い」「楽しみで、急いで来た」そう


笑い合う声が耳に残った。



夕食の時間に蓮はいなかった。

蓮はあの美少女と一緒にご飯食べているんだろうな


私は早々にお風呂に入って、蓮の部屋に向かった。

さっき、聞けなかったからあの美少女のことを聞き


だしてやろうと決意し、蓮のベッドに腰を掛けた。

今から帰るね、というラインをさっきもらったから


もうすぐ帰ってくるはず。

そんなことを考えていると下が騒がしくなった。帰


って来たみたいだ。

トントンと階段を上る音が聞こえる。電気はついて


いるから普通に気が付くだろう。

足音が止んで、扉が開いた。

「え、瑞穂ちゃん」と蓮の目が開く。

「おかえり」

「ただいま。瑞穂ちゃん、機嫌悪い? 」

不機嫌そうな声を出した自覚はあった。

蓮はカバンを置いて、私の隣に座った。

「サラちゃんとはどんな関係なの」

「サラは幼なじみだよ。言ってなかったっけ」

「聞いてない」

「瑞穂ちゃんが心配になるような関係じゃないから


安心してよ。ただの幼なじみ」

ただの幼なじみ、か。あんな可愛い子が近くにいた


なんて好きにならないわけないじゃん。

「もう、そんな不機嫌な顔しないで。せっかくの可


愛い顔が台無しだよ」

ぽん、と頭を撫でられた。

さっきまで美少女と会っていたくせにと思うけど、


「可愛い」と言われて機嫌を治してしまう自分がい


た。

「あ、瑞穂ちゃん。俺のシャンプー使ったの」

「え」

「瑞穂ちゃんから俺の匂いがする」と嬉しそうに私


の髪の香りをかいだ。

考え事していたから間違えて蓮のシャンプーを使っ


てしまったのかもしれない。

「間違えて使ったのかも。気づかなかった」

「じゃあ、俺は瑞穂ちゃんのシャンプー使っていい


? 」

「なぜ」

「いつでも瑞穂ちゃんを感じられるでしょ」

「変態」と言い放って、蓮の部屋を出た。

あれ、つまりは私の髪から蓮の匂いがするってこと


だよね。

髪に触れると、蓮と同じ匂いがした。ぎゅっと胸が


締め付けられる。

「私も変態じゃん」

そう呟いて、廊下に座り込んだ。


それから連日のように美少女、サラちゃんは教室に


来て蓮に絡んでいた。


「瑞穂、最近元気ないね」


そんなことない、と花音の言葉を否定した。


「うそだよ。美少女ちゃんが来てから。美少女ちゃ


ん、すごく日本語上手いよね」


「ハーフなんだって」

そっけなく答えると花音が言った。


「もしかして、山本くん取られると思ってる? 」


「思ってないし」


「素直じゃないなぁ」


教室の前の方が騒がしくなる。今日も「美少女ちゃ


ん」が来たみたいだ。蓮の席に目をやると、そこに


蓮はいなかった。


どこか行っているのかな。


「あれ、山本くんいないじゃん。よかったね、あの


二人のいちゃいちゃ見なくて」

花音も同じことを思ったみたいだ。


「別に」と返す。


入り口から蓮の不在は分かったはずなのに、サラち


ゃんは教室に入ってきて私たちのところに来た。


蓮の居場所でも聞きにきたのかな。


「どっちがミズホ? 」


「私、だけど」

突然の問いにそっと手を挙げる。


「あなたがレンの許嫁なのね」


何なに。美少女の真顔怖い。


「そうだよ、瑞穂が山本くんの許嫁、婚約者、将来


結婚を決められた二人」

答えない私に代わって、花音が丁寧に説明する。


「そこまで丁寧に言わなくても」と小声で抗議する



「だって、許嫁の意味わかんないと思って」

親切心だと花音は主張した。


「けっこん」とサラちゃんが呟いた。

彼女は何かを理解するように俯いてから私の目を見


た。


「ミズホはレンのこと好きなの? 」


直球の質問に戸惑う。

今、昼休みだし。サラちゃんは注目の的だし、こん


なところで答えられるわけない。


「答えないってことは、好きじゃないのね。じゃあ


、私レンと付き合ってもいい? 」


蓮に会いに来たと言っていたし、やっぱり蓮のこと


が好きなんだ。


「私に聞かれても。蓮が決めることだし」


なんて余裕なことを言ったのは蓮が彼女と付き合う


とは思っていないから。


だって、そうでしょ。それ以上に信じたかったのか


もしれない。蓮が私以外の誰かと付き合うことはな


い、と。


けれど、数日後聞こえてきた噂は「美少女に彼氏が


できた」というものだった。そして、その相手は私


の許嫁。蓮だった。

美少女を狙っていた男子の残念そうな声が聞こえた



夢かもしれない。こんな現実あってはいけない。


「花音、頬っぺたつねって。夢覚まして」


花音は容赦なく私の頬をつねった。


「痛い」

自然と涙が出てくる。


「え、ごめん。そんなに痛かった」

私の顔を見て、慌てたように花音が言う。


「いや、痛かったけど。そっちじゃなくて」


蓮がサラちゃんと付き合ったという現実が目を潤ま


せた。


私が心配になるような関係じゃないから安心してっ


て言ったよね。


私にしか興味ないとか言ったよね。


もっと、もっと、思わせぶりなこと言ってたよね。


昨日だって。

「学校ではあんまり瑞穂ちゃんと話せないから充電


」とか言ってぎゅって抱きしめてきたのに。


でも、結局は思わせぶりでしかなかったのかな。


だって、「好き」なんて言われたことないし。


全ては私の思い込みで。勘違いで。自惚れで。


「蓮のばか」

机にうつ伏せてぼやいたその言葉は誰にも届くこと


なく消えていた。



放課後。


「蓮、帰ろう」と声をかけそうになって思いとどま


る。

そうだ、サラちゃんと帰ったんだ。誰もいない蓮の


机が現実をつきつける。


もう、蓮なんか知らない。


踵を返し、教室の外に走り出す。


前を見ていなかったせいで、ドアのところで誰かに


ぶつかった。


「ごめんなさい」と謝って足を進めようとする。


今すぐ家に帰りたかった。


「待って」と腕を掴まれる。


私、急いでるのに。


そう思って振り返る。鎌田くんだった。


「藤野さん、俺のところに来なよ」


掴まれた腕を引っ張られて、気づくと鎌田くんの腕


の中にいた。


抱きしめられてる。


鎌田くんの温もりになぜか胸が苦しくなった。


「諦めるって言ったけどさ、泣いてる藤野さん見た


らほっとけないよ」


泣いてる、私が。


そう言われて頬に涙がつたっていることに気が付い


た。

涙をぬぐおうとしたのに、止まらなかった。


「俺なら泣かせたりしないのに」


鎌田くんの言葉はまるで甘い誘惑のようで、彼の腕


にすがってしまう。

鎌田くんが求める気持ちを返すことはできないのに


、彼のやさしさを求めてしまう。


けど、この温もりは。このやさしさは。

私が欲しいものじゃない。


そう気づいた。


私が欲しいのは彼の温もりじゃない。彼のやさしさ


じゃない。彼の「好き」じゃない。


私は蓮からの「好き」が欲しいんだ。


「あ、りがと。でも、私蓮じゃなきゃダメみたい。


蓮が好きなんだ」

顔を上げて、鎌田くんの目を見て言えた。


彼は静かに頷いて、私の涙を指でそっと拭いた。


「やっと認めたね」と横に花音が立っていた。


さっきはいなかったのに、いつの間に。

花音にはすべてお見通しだったみたいだ。


「賭け、私の勝ちだね」


「賭けって? 」

状況に合わない単語に疑問を浮かべる。


「夏休みに言ってたじゃん。瑞穂が山本くんのこと


好きになったら一万円だって」


「記憶力良すぎ」


この状況でお金をねだってくる花音に笑いが止まら


なかった。空気を読めているのか、いないのか。よ


くわからない花音に鎌田くんが呆れていた。


その日の夜。

蓮の部屋に突撃して、前置きもなしに聞いた。


「サラちゃんと付き合ってるの? 」


「なんで、瑞穂ちゃん」

蓮からサラちゃんと付き合ったことを聞いたわけで


はないから驚いた様子だ。


「噂になってるよ」


「俺、誰にも言ってないのに。あー、サラが言いふ


らしたのか」


「何でもいいから。答えて」


「付き合ってるよ。一週間限定で」


「一週間? 」


「サラに告白されたけど、俺は瑞穂ちゃんがいるし


って断ったんだよ」


私がいるって。期待させること言うな。どうせ、許


嫁のことなんだから。


自分で否定するけど、少しだけ体温が上がる。


「そしたら、一週間だけ付き合ってって言われて。


サラはすぐアメリカ帰るからその後は諦めるって。


一応幼なじみの頼みだし断れなかったんだよね」


黙ってて、ごめん。蓮はそう言って、腕を広げた。


「瑞穂ちゃん、おいで」


その言葉に抗えなくて、蓮のもとに飛びつくと、ぎ


ゅってされる。

彼女のこと好きなのかという不安は消えて行った。


「なんだか、瑞穂ちゃんといるの久しぶりな気がす


る」


「サラちゃんとキス、したの? 」


「一回、だけ」

目をそらして蓮が答える。


私は背伸びして蓮にキスした。


「上書き」とそっけなく言う。

自分でしたくせに急に恥ずかしくなって、俯いた。


「瑞穂ちゃん、もっかい」と蓮が調子に乗るから「


ばか」と返した。



次の日、花音に昨日蓮から聞いたことを話した。

「一週間限定って何よ。瑞穂のこと好きなくせに美


少女とつきあうなんて許せない」

花音はキッと蓮のほうをにらんだ。

「なんのためにダブルデート協力したと思ってるの


よ」と不満を口にする。

「そういえば、なんで蓮に協力したの? 」

蓮のことをあまり良く思っていない花音が協力する


からには何か裏があるのではと思って聞いた。

「山本くんは好きじゃないけど、瑞穂のことは大好


きだから。私は瑞穂が幸せになるように結果的に山


本くんに協力したの」

今にも泣き出しそうなそれでいて、怒り交じりの声


で言う。

「ありがと、花音」

花音のやさしさを無駄にしないように、私も頑張ら


ないと。

「大丈夫だよ、花音。私もちゃんと行動するから」

鎌田くんも花音も本心を伝えてくれた。私だけ立ち


止っているわけにはいかない。

美少女に立ち向かうのは怖いけど、蓮をとられたく


ない。

そう決意し、放課後蓮を迎えに来た美少女の前に立


ち塞がったのだ。

光り輝く髪の毛を揺らしながら、美少女は言う。

「なに、どいてくれない」

「蓮は私のだから、渡さない」

「こないだはレンのこと好きじゃないって言った。


付き合ってもいいか聞いたら良いって言った」

「好きじゃないなんて言ってないし、付き合ってい


いなんて言ってない」

「そうだった? 」

とぼける美少女。

「ミズホはレンのこと好きなの? 」

確かめるようなサラちゃんの言葉に迷いなく頷いた


「レンもミズホのこと好きだよ。ワタシといてもミ


ズホのこと見てるし、いつもミズホの話するし」

サラちゃんは今にも泣きそうな声で言った。

私たちの会話を聞いていたのかいつの間にか蓮がそ


ばに来ていた。

「ごめん、サラ。まだ、一週間経ってないけど別れ


よう」

「ワタシの一番はレンだけど、レンの一番はワタシ


じゃないんだね」

サラちゃんはそう言い残して教室を出て行った。

「あ、待って」

一人去っていく彼女を見て、なんだか悪いことをし


た気分になった。とっさに追いかけようとすると、


蓮に引き留められた。

「瑞穂ちゃん。大丈夫だよ。サラはそんなに弱くな


いから」

「でも」

サラちゃんを追いかけて、何をすればいいのか分か


らないけど、彼女のことが心配だった。

「もとから期間限定だったし、サラもそれを分かっ


ていたから」

蓮の言葉に安心して頷いた。

「瑞穂ちゃん、帰ろっか」

蓮はそう言って私の手をとった。



家に着いても、その手は繋がれたまま。

玄関の戸を閉めたと同時に、蓮に口をふさがれた。

背中にドアがついた。息をつく暇もなく、キスが降


り注がれる。

「ちょっ」

いきなりすぎる。

「瑞穂ちゃん、俺のこと好き? 」

聞きなれたその言葉の答えはもう決まっていた。

答える隙を与えることなく、角度を変えて何回もキ


スされる。

「そんなの」

言わなくても分かるでしょ。

「ちゃんと言ってくれないと、もっとキスするよ」

すでにたくさんしてるし。

「す、き」

「俺も瑞穂ちゃんのこと大好きだよ」と、耳元でさ


さやかれた。

嬉しすぎて心臓がどうにかなりそうだ。



それからもサラちゃんは毎日のように蓮のところに


来ていた。

交換留学の最終日。明日サラちゃんは帰国する。

「ミズホに飽きたらいつでも帰って来ていいからね


別れの挨拶に来ていたサラちゃんは蓮にそう告げた


「俺が瑞穂ちゃんのこと嫌いになるわけないから」

「こんな可愛い幼なじみがいて惚れないなんておか


しいよ」

サラちゃんは自分で言った。けど、私もそう思う。

あんな可愛い美少女が幼なじみなんて、出会ったと


きから恋は始まってるものでは。

「大丈夫。私もイケメンと言われる旭輝が幼なじみ


でも惚れたことないから」

不安になっている私の肩にぽんと花音が手を置いた


さすが、花音の言葉は説得力が違う。

「つまんないの。でも、おかげで一ヵ月楽しかった


」と、最後は笑ってサラちゃんは帰国したのだった




「そういえば、瑞穂ちゃんの負けだね」

夜、一緒に勉強をしていると蓮がペンを止めて言っ


た。

「何が」

「初めて会ったとき言ってたよね、忘れたの」

何か言ったかな。

「好きになったら負けってやつ。瑞穂ちゃんが言っ


てきたんだよ」

あー、そんなことを言った気がする。あのときは本


当にどうかしていた。てか、なんで覚えてるの。黒


歴史並みに恥ずかしい。

「忘れてください」

「ムリです。あのときの瑞穂ちゃん可愛かったし」

ひどい。

「てか、蓮も負けだよね」

「先に好きって言ったのは瑞穂ちゃんだよ」

あれは言わされたの方が正しい気がする。

「負けた方は罰ゲームだった? 」

「潔いね。罰ゲームより俺のお願い聞いてくれる?


「わかった、なんでもこい」

どんな無理を言ってくるのかと構えていると、蓮が


いつにもなく真剣な表情で見つめてきた。

「瑞穂ちゃん、この先もずっと一緒にいてくれる?


プロポーズともとれるその言葉に胸が高まる。

そんなの当たり前。

「だって、私たち許嫁でしょ」

仕方なくでも、妥協でもなく、私は蓮と許嫁になっ


て良かったという思いを込めてそう言った。


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