影踏み少女
世の中にはこんな話がある。
『影踏み少女』
曰くその少女は夕焼けが世界を照らす時間に現れると言う。
「あ!みーつっけた!!」
「ん?」
少女に見つかると影を踏むために追いかけてくる。
「どうしたんだい、何かあったの────」
「かーげふんだ!」
そして影を踏まれた人達は皆、何処かに消えてしまう。
「あれ?またいなくなっちゃった?どこいったのー?」
消えた人達は未だに見つかっておらず、自力で帰ってくることもない。
「もう、わたしがまたおにやらないとだめなの?」
少女はそれに気づくことなく、ただ誰かを鬼にするために今も影を踏み続けている。
「みんなどこいっちゃったの?」
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「これが『影踏み少女』の話だ。今回こそは本当だからな!!」
「絶対嘘だろ」
とある学校の教室の端で、二人の少年が駄弁っている。
「いや、今回は信憑性が高いんだって!実際、原因不明の行方不明者とかも沢山いるんだよ!」
「別にそれとこれが関係しているとは言えないだろ。それに影踏まれたら消えるんだろ?何でこの話が広まってるんだよ。誰かが話をでっち上げてるだけなんじゃないか?」
『影踏み少女』について熱く語るのは眼鏡をかけた茶髪の少年。
それを嘘だとバッサリ否定するのはだらしない寝癖のある黒髪の少年。
「そ、それは⋯⋯誰かが隠れて見てたとかさ、色々あるじゃんか!!」
「つまり信憑性は何もないわけだ。それで?今回も聞き取り調査とかするつもりなのか?あれおかしい奴を見る目で見られるからやりたくねえんだけど」
バッサリと否定する割には、眼鏡の少年に付き合う気満々な辺り普段の仲の良さが見えてくる。
眼鏡の少年はチッチッチと人差し指を振りながら寝癖の少年を小馬鹿にする。
「いやいや、この前みたいな学校内の怪談ならまだしも、目撃者がいるかも分からない怪談で聞き取りなんてするわけないじゃないか!今回は行方不明者の出た場所とかを調べ上げて次に出る可能性の高い場所を考えるんだよ!と言うことで、今日は帰ってこのまま『影踏み少女』について調べてこようじゃないか!!」
「自分から言っておいてまだ調べてないのかよ。調べてから話せばいいじゃねえか」
「そんなのお前を巻き込むために決まってるじゃないか!!それじゃあ明日に調べたことを話し合おう!それではまた明日!!」
「あ、おい!!待ちやがれ!!」
眼鏡の少年は寝癖の少年の制止も聞かずにあっという間に玄関へ走り去っていく。
それを追いかけることもなく、寝癖の少年は大きなため息を吐いて荷物をまとめる。言いたいことだけ言って去られたにも関わらず、彼の顔には笑顔が溢れていた。
「ふう、ここまでくれば追ってくることもないだろ。さ、早く家に帰って行方不明者について調べないと。今回は大変だ」
眼鏡の少年は学校から出て少ししたところで一人、家までの帰路を歩いていた。
ふと彼は空を見上げる。綺麗な夕日が輝いている。
丁度、『影踏み少女』が現れる時と同じ頃だ。そんなことを考えながら歩いていると、後ろから突然誰かに声を掛けられた。自分ではなく別の誰かだろう。そう思いながらも彼は周りを見るが、人なんて彼以外には何処にもいない。何の用だろうかと聞くため、後ろを振り返った瞬間、彼の姿はここから消えていなくなっていた。
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(あいつ、昨日あれだけ元気だったのに休むなんて珍しいな)
教室の席に座り、窓から外を眺める少年は今日もだらしない寝癖を直さないまま学校に来ていた。
眼鏡の少年は今日、学校を休んだ。黒板の前で今も生徒に話している教師によれば、まだ連絡が来ていないとのこと。
寝癖の少年の脳裏に掠めるのは昨日話していたあの話。嘘だと一蹴したが、なんだかんだ怖がっている。それが彼だ。彼は「そんなわけないか」と怖がりな自分にため息を吐き、眼鏡の少年の無事を願う。
その日の授業、彼はほとんどをぼーっとして過ごしていた。だが、帰宅するために校門を出たところで彼の秒針は急速に狂い始めた。
「あ、あの!!お兄ちゃん何処に行ったか知りませんか!!」
校門を出た彼を待っていたのは、眼鏡の少年の中学生の妹だった。
制服姿の彼女は焦っているような、そんな顔で寝癖の少年にそう聞いた。予想外の言葉に頭がうまく回らず、彼の体は数秒固まった。ようやく言葉を飲み込むと、彼は事の異常を理解する。
「あいつに何かあったのか?」
「実は、昨日から一度も家に帰ってきてなくて⋯⋯もしかしたらふらっと帰ってくるかもって待ってたんですけど、一日経っても全然帰ってきてないらしくて、お兄さんなら何か知ってるんじゃないかって」
「いや、一応あいつは最後まで学校にいたが、帰りは別々だったからそれ以降は知らない。取り敢えず、俺も探すの手伝うよ。見つけたら家の方に連絡するから」
「分かりました。ありがとうございます」
「じゃあ暗くなる前に探そうか。またね」
そう言って二人は互いに眼鏡の少年を探すために走り出す。
寝癖少年は焦っていた。あの眼鏡の少年が家出なんてするはずがない。であれば彼は誘拐、または事故にでもあったのではないか。そんなことを考えながら走っていた。
考えつく場所にとにかく急いで向かって眼鏡の少年がいないか確認する。それの繰り返し。
だが一向に彼は見つかる気配もない。
気が付けばもう辺りは夕焼けに染まってきて、夜も近くなってきた。暗くなってしまえば今より一層眼鏡少年を探すことが難しくなってしまう。
寝癖少年もだんだんと焦りが表情に出てくる。走り回ったせいで汗も流れ、息も上がってきている。
少しだけ休憩しようと考え、彼は公園のベンチで少しだけ休むことにした。
ベンチに腰を落とし空を見上げながら息を整える。ふと、彼は思い出した。そういえばあの話も今のような夕暮れだったと言うことを。まさか、一瞬それが本当なのではと考えるが、ありえない、そんな筈がないと、変なことを考えてしまったと、自嘲気味に笑う。
だがそれとほぼ同時に、少女の声が聞こえた。
「あ、やっと見つけた」
すぐに声のした方を向いた。
そこには寝癖少年の方を向いて笑顔で佇む少女。だが、その姿はやけに古臭い雰囲気を感じる。まるで彼女の周りだけ何十年か前に戻ったかのような。
訝しげな顔で少女を眺める寝癖少年。彼女に心当たりはない。だが彼の脳はそれ故に警報を鳴らし続けていた。今すぐ逃げたほうがいいと。
数秒、少女は寝癖少年を眺めていたかと思うと、少年に向かって走り始めた。
それを認識した瞬間、寝癖少年は彼女から逃げるためにベンチから急いで立ち上がって走り出す。
「あっ、まてー!!」
少年を追いかける少女の声は何処か楽しげだった。
しかしそれとは裏腹に、少年の頭は混乱していた。
あれは誰だ。どうして追いかけてくる。何でそんなに楽しそうなんだ。そんなことを何度も何度も考え続ける。
だがふと脳裏に過ぎる『影踏み少女』の話。もしかして彼女がそうなのではないか。そう考えるが、ずっと逃げ続けているため、落ち着いて考える暇もなく、寝癖少年はただがむしゃらに走り続ける。
彼女が『影踏み少女』なのだとすれば、影を踏まれれば消えてしまう。どうやってやり過ごそうかと考えながら走り続けていると、少年の走っていく先に、いつかの頃から使われなくなった小学校があるのを見つけた。彼はすかさずそこに逃げ込み、教室の中で息を潜める。
散々走り回って疲れていたのに、さらに追い討ちがきて寝癖少年の足はもう歩くことすら嫌だと言うように悲鳴を上げる。それに顔を顰めながらも、彼は息を潜めて少女が諦めてくれることを願う。
少しすると、少女のものだと思われる足音が聞こえてきた。だがそれ以外にも、何か音が聞こえてきた。寝癖少年はその正体を探るために耳を澄ませる。
少女のすすり泣く音がした。
聞き間違いではない。確かに彼女は泣きながらとぼとぼと歩いていた。
寝癖少年の頭はさらに混乱するが、答えはすぐに聞こえてきた。
「なんで、なんでみんないなくなっちゃうの?ひとりであそんでもたのしくないよ⋯⋯もう、やりたくない」
少年はその言葉を聞いて理解した。彼女はただ誰かと遊びたいだけだったのだと。
だがそれを知ったからと言って自分に何ができるのか、それが思いつかない内は、少年は彼女の前に立つことすらできないだろう。
どうすればいいのか。頭を抱えていると、また声が聞こえてきた。
「どこにいるの?遊ぶのもうおわりでいいから、みんなでてきてよ。ねえ。どこいっちゃったの?」
少年は少し彼女について考える。そもそも彼女はどうして人の影を踏み続けているのだろうか。結局眼鏡の少年が彼に教えたのは、少女が人の影を踏むとその人は消える、ただそれだけだった。
どうして少女は人の影を踏み続けるのか。それは全く分からない。
少年は少女の言葉を思い出す。影を踏む遊び。影踏み鬼。そんな遊びが頭の中に浮かんだ。
寝癖の少年が影踏み鬼で遊んだのはもう随分と前のことで、あまりルールを覚えてはいないが、影を踏んで鬼が交代することは覚えていた。
そこから推測するに彼女は─────
(いじめられてたのか?だが単純に周りがガチだったって可能性も⋯⋯低いか。まあ、もう覚悟は決まった)
寝癖の少年は小さな声で「よし」と呟くと、教室から出て少女の前に出る。
「ひっ⋯⋯あっ!!おにいちゃんどこいってたの!!ずっとさがしてたんだよ!!」
突然目の前に出てきた少年の姿に少女は少しだけ驚くも、すぐ調子を取り戻す。
寝癖少年は彼女が自分のことをはっきりと認識していることに少し驚くが、すぐに彼女の会話の流れに合わせる。
「⋯⋯ご、ごめん。ちょっと本気になりすぎたみたいだ。もう、帰ろっか」
そういって寝癖少年は少女の手を伸ばす。
「うん!!⋯⋯あ、でもまだみんなにあそぶのおわりっていってないよ?」
少女はその手を取って寝癖少年の隣に立つ。幸い、少年の影は彼女に踏まれることはなかった。
「みんな?」
「うん、みんなかげふんだらどこかいっちゃったの」
「⋯⋯じゃあ、俺がみんなを呼んでくるから、ちょっと俺の影踏んでくれないかな?」
「なんで?おにいちゃんもいなくなっちゃうの?」
「⋯⋯俺はいなくならないよ。少しだけここで待ってくれるだけでいいんだ。すぐに皆を連れて戻ってくるからさ。約束するよ。君をほったらかしたりはしないから」
「⋯⋯わかった。じゃあおにいちゃんのかげふむね?」
そういって少女は少年の影を踏む。
するとそこにはだらしない寝癖のままの少年はおらず、ただ少女がひとり佇むだけだった。
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「ここは⋯⋯」
「あれ!?なんでお前が!?」
突然の大声に、少し耳を押さえながら少年はその声の主に返事をする。
「お前達を呼びにきたんだよ」
「はあ?でもここから出ることはできないぞ?この学校の敷地内から全然出られない」
「ここには全員で何人いる?」
眼鏡の少年の言葉を無視し、寝癖少年は辺りに見える人々の数を聞いた。
寝癖少年の眼前に広がるのは古ぼけた学校。眼鏡少年とそれ以外の人々。皆あの少女に影を踏まれてここにきたのだ。
「えっと、確か三十二で、お前がきたから三十三だな」
「そうか」
眼鏡少年の言葉に短く返事をすると、寝癖少年は木の影で一人蹲っている少女の元へと歩き出した。眼鏡少年はそんな彼を訝しげに見つめながらもその後ろを追いかける。
「おい、どうしたんだよ。なんかお前おかしくなってないか?」
「どこもおかしくなんてなってない」
「いや、どう見てもおかしいって。⋯⋯ってお前さっきからどこに向かってるんだよ?木の方に向かっても何もないぞ?」
「は?あそこにちっちゃいこいるじゃねえか。何もなくはないだろ」
「⋯⋯お前本当に大丈夫か?あそこ誰もいないだろ幻覚でも見えてるんじゃないか?」
寝癖少年の目には確かに木の下で蹲っている少女が確かに写っている。だが眼鏡少年はそんな子なんていないという。少し疑問に思いながらも寝癖少年はそう深く気にすることではないと、木の下にいる少女に向かう。
蹲っている少女の前に立ち、寝癖少年はしゃがんで話しかけた。
「さ、家に帰ろう?」
その声に反応して、少女は少しだけ顔を上げ、元気のない暗い声で呟く。
「もう、むししたりしない?」
「しないよ」
「ひとりにしない?」
「うん」
「わたしのまえからいなくならないでね?」
「うん⋯⋯うん?」
少女は先程とは打って変わって元気よく立ち上がる。そして寝癖少年をさっさと立たせて、少年の手を握る。そばにいる眼鏡少年は何が何だか分からないといった顔で寝癖少年を見るが、彼がそれについて反応する暇もなく、周りの景色が古ぼけた学校から、先程まで寝癖少年と少女がいた小学校へと変わっていく。
周りの人達は突然変わっていく景色に皆一様に驚きが隠せなかった。そんな中、寝癖の少年と眼鏡の少年は二人落ち着いて会話をしていた。
「何で戻ってこれたんだ?」
「さあな」
この小学校は二人の通っていた小学校。見たことのある景色が自分達があの場所から帰ってきたことを実感させてくれる。
「まあ、とにかく帰れたからよかったよ。じゃあ俺はあの人達にもとの場所に帰れたこと教えてくる」
「ああ、分かった」
眼鏡少年を見送りながら、少年は自分も家に帰ろうと、一息つく。
「じゃあ、おうちにかえろっか」
「そうだな⋯⋯あれ!?」
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『影踏み少女』
それは寂しがりな普通の少女。
最初ここまで長くするつもりじゃなくて、登場人物に名前をつけなかったんだけど予定より長くなって名前つけた方が良かったと後悔してる。
でもつけるの面倒だったからやらなかった。
でも書いてる間ずっと迷ってた。