第一話 「先送りの代償」
ーーー時は2×××年
とある山の頂上に建つ「夕顔の森少年院」。
小学四年生から中学三年生までの少年少女が
収容されるその施設では「懲罰」と呼ばれる、
いわゆるお尻叩きが行われている。
小学四年生のユウマは一年間をここで過ごすこと
を命じられ、二週間ほど前から収容されている。
そして、現在に至る…。
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「ユウマ君?今日はどうする?」
先生のこの質問の意味をすぐ理解できた僕はもう
ここでの生活に慣れたと言えるだろう。
この夕顔の森少年院のルールとして
「300ポイントルール」というものがある。
生のお尻を平手で一回叩かれるごとに
1ポイント消費し、
竹の定規を使用したお尻叩きの場合には一回につき
3ポイントを消費。
金物差しやパドルを使用したお尻叩きの場合は
一回につき5ポイントを消費し、
鞭や竹刀でお尻を叩かれる場合は一回につき、
10ポイントを消費する。
お尻を叩いてもらい、300ポイントを一週間のうちに
消費しなければならない、というのが、
「300ポイントルール」の基本の部分である。
そのほかにもオプションのようなものが付けられるが、
基本的にはこのようなもの。
「今日はどうする?」
という質問は、小学四年生については毎日午後7時に
女性職員が収容者の部屋を訪れ、
「今日は何ポイント消費したいか」を
聞きにくる際にする。
毎日コツコツ消費する人もいれば、
怖くて先送りにし、地獄を見る人もいる。
日曜日にリセットされるので、
土曜日までに消費し切れていない場合は質問ではなく、
「残り叩くから来なさい。」
という、強制の言葉になる。
「今日は…150…にします…先生…。」
この院の職員のことは先生と呼ぶよう指示がある。
今日は金曜日。まだ300ポイント全て残っている。
土曜日に全て消費することだけは避けたい。
「もう。コツコツ使ってかないからよ。
はい、おいで。懲罰室行くよ。」
懲罰室。名前の響きとは裏腹に、明るい雰囲気の小さな
部屋。
お尻叩きの恐怖感を少しだけ和らげてくれる気がする。
気がするだけだったことに気づいたのは
初めてのお尻叩きのとき。注文は平手で30発だった。
あの時のことは忘れない。
第一に、女性にズボンとパンツをおろされ、
お尻を丸出しにされることへの羞恥心。
第二に、予想をはるかに上回る痛み。
部屋の様子なんて第三十くらいだった。
懲罰室へと向かう廊下を手を引かれながら歩く。
壁には院のルールが書かれたポスターがある。
見せしめのように男女の赤く腫れたお尻の
写真が添えてある。相当貯めたのだろう。
今日は使用中の部屋がいくつもあった。
学年によって先生が質問に来る時間が異なるため、
中で懲罰を受けているのは小学四年生のみ、
ということになる。懲罰室を使えるのは、
学年ごとで決まっていて、30分刻み。
時間内に終わらなかった分は、
その日の消灯時間後に行われる。
懲罰室の扉を先生が開いた。もう戻れない。
「さぁ、どうする?ちゃんとお願いするのよ?」
「…平手打ち90回と竹定規20回、計150ポイント分、
僕のお尻を叩いてください…!」
「はい。よろしい。」
先生が平手打ち用の椅子に座った。
条件反射のように先生の太ももの上にうつ伏せになる。
懲罰の態度が悪いと来週のポイントを400や500に
増やされかねない。
手慣れた手つきでズボンが降ろされた。
最後の砦のパンツも今、降ろされ、裸のお尻になった。
お尻が部屋の空気に触れて、少し冷たい。
「もうだいぶ腫れが引いてる。今週貯めてたもんね。
今日また腫れちゃうだろうけどね。」
先生が僕のお尻を撫でながら様子を見ている。
「いくよ?」
バチーン!
久しぶりだからか、余計に痛く感じる。
バチーン!
先週の記憶が蘇る。終わらない痛み。
バチーン!
手加減は一切無し。
バチーン!
一打一打の間隔を少し開けるのは、
痛みを上書きしないためだろう。
バチーン!
それによって一打の重みが増す。
バチーン!
歯を食いしばり必死に耐える。
バチーン!
この先生は…18〜20歳ぐらいか…。
バチーン!
「どう?痛い?」
バチーン!
「とっても痛いです…。」
バチーン!
「なら良かった。」
バチーン!
少し期待した方がバカだった。
バチーン!
バチーン!
30回。節目の一打。
バチーン!
歯を食いしばることは結構使えるということに
さっき気づいた。
バチーン!
思えば注射もこうやって耐えていた気がする。
バチーン!
痛みに意識がむかなくなると、自分の羞恥心に気づく。
バチーン!
恥ずかしい。
バチーン!
この人はどう思っているのだろう。
バチーン!
年齢も性別も体格も違う僕のお尻を叩きながら
何を考えているのだろう。
バチーン!
「ユウマ君はお尻が赤くなりやすいタイプなんだね。」
バチーン!
先生の声を聞いて、再び痛みに意識が集中した。
バチーン!
「痛!」
思わず声が出た。
バチーン!
「好きなだけ声は出していいからね。」
バチーン!
強くなった。今の一打から前より少し強くなった
気がする。
バチーン!
やっぱりそうだ。
バチーン!
腕があったまってきたからかもしれない。
バチーン!
叩かれる側からしたら大迷惑だ。
バチーン!
それとも僕が何かしたのか?
バチーン!
このままだとやばいな。
バチーン!
バチーン!
60回。平手打ちも終わりがけ。
バチーン!
この頃になるとこれからの自分を想像してしまう。
バチーン!
そう。まだ竹定規30発も残っている。
バチーン!
思い出したくなかった。
バチーン!
でも、今はこっちに集中しなければ…。
バチーン!
お尻が熱を帯びているのを感じる。
バチーン!
叩かれた回数を聞くととても多く聞こえるが、
時間にしてたった5分ほど。
バチーン!
体感との差が大きすぎる。
バチーン!
痛いことに変わりはないのだが。
バチーン!
先生のスラッとした右手が僕のお尻に飛んでくる。
バチーン!
先生は黙ってひたすらにお尻を叩き続ける。
バチーン!
背中を押さえつける左手にも常に力が入っていて
抜けようにも抜けられない。
バチーン!
まあ、そんなことをしたら来週のポイントが
増えるだけなのだが。
バチーン!
先生の太ももと僕の太ももとの間が少し汗ばんできた。
バチーン!
先生の手も少し濡れている気がする。
バチーン!
お尻が揺れるのでズボンとパンツが床に
落ちてしまった。
バチーン!
同時に太もも付近も狙われるようになった。
バチーン!
皮膚が薄いため余計に痛い。
バチーン!
先が思いやられる。
バチーン!
バチーン!
「ラスト5回叩くよ?」
「はい…!」
できれば終わらないで欲しいと思っていた頃だ。
バチーン!
まだ残っている。
バチーン!
竹定規が。
バチーン!
選んでも後悔するが、選ばなくても懲罰の時間が
長く、そして痛みが続く時間も長くなり後悔する。
バチーン!
楽な道なんてないんだ。
バチーン!
「ああっ!」
最後だから思いっきり叩いたのだろう。
「ごめんね。私ちょっと休憩するから、竹定規は
少し待ってて。」
先生の膝から降りる。部屋にある大きな鏡で
お尻の状態を確認してみる。
数日の間に回復したのにもう真っ赤に腫れている。
部屋の扉についたガラスから廊下が見える。
同い年の男子と他の先生が通った。見覚えがある。
あの子は…追加罰を受けた子だ。
原則として自分の部屋に帰るまではズボンとパンツは
没収である。
その子のお尻が見える。
皮膚が剥がれて、ボロボロになり、
至る所に赤や赤紫の細い線がある。
追加罰のポイントを一気に消費したいがために、
何十回にも及ぶ鞭打ちを申し出たのだろう。
学んだ。
もし鞭打ちを受けるなら少しだけにしなければ。
自分なんて良い方だと思った。
「よし。準備OKだよ。定規打ち始めようか。」
あの子には悪いが少しだけ気が楽になった。
前にも一度選択したことがあるので、
素早く四つん這いになる。
今まで何人もの汗や涙を生んだであろう竹の定規が
準備された。
「始めるよ。」
ベチィィーン!
平手打ちとは違う、乾いた音。
ベチィィーン!
比べ物にならない激痛。
ベチィィーン!
もう歯を食いしばるのは効かない。
ベチィィーン!
思い切り振り上げられた定規が風を鳴らして
お尻に当たると、体が拒絶する。
ベチィィーン!
だからといって避けることはできない。
ベチィィーン!
目から涙が出てきた。
ベチィィーン!
「泣いてるの?」
ベチィィーン!
「男の子でしょう?しっかりしなさい?」
ベチィィーン!
四つん這いという姿勢がさらに羞恥心を煽る。
ベチィィーン!
痛みと羞恥心が心の中でせめぎあっている。
ベチィィーン!
先生の左手には平手打ちで脱げたズボンと
パンツがある。
ベチィィーン!
自分が情けなくなってくる。
ベチィィーン!
そのせいでさらに涙が出る。
ベチィィーン!
ふと先生の方をみると、僕がさっきまで乗っていた
せいか、太ももが白くなっている。
ベチィィーン!
きっと先生も辛かった。重かったに違いない。
ベチィィーン!
いや、絶対こっちの方が辛い。
ベチィィーン!
勝手に勝った気分になった。
ベチィィーン!
ベチィィーン!
「さあ、ラスト5回よ。頑張って!
最後は本気でいくよ! 5!」
ベチィィーン!
「ああっ!」
「4!」
ベチィィーン!
「先生!」
「3!」
ベチィィーン!
「痛い!」
「2!」
ベチィィーン!
「うっ…!」
「ラスト、1!」
ベチィィーン!
最後の一打は不思議と声が出なかった。
その場に崩れ落ちた。
「はい。よく頑張ったね。終わりだよ。」
鏡を見る。白かったお尻。今や面影はない。
大量の手形や、太い線。まだ赤色で済んで
よかったと思った。
叩かれた後もずっとヒリヒリして痛む。
部屋に帰るまでが懲罰。
お尻を出したまま、扉を開け、同時に懲罰を終えた
男子や女子とすれ違いながら先生と部屋へ帰る。
「はい。これがパンツで、こっちがズボンね。」
懲罰が終了した。
「じゃあね。ユウマ君。」
ズボンとパンツを履いて次は…お風呂か。
ここの院は大浴場があるから、
みんなに見られちゃうな。腫れたお尻。
ああ、だいたいみんな腫れてるか。金曜日だし。
自分の中で軽くツッコんでみた。
気持ちが少し晴れた。