交渉成立
「テメェ等ガキ1人になんて体たらくだ!!帰ったら覚悟しとけ!」
ボスさん(仮称)はそう叫ぶと、今度こそ彼自身が斬り掛かって来た。
これまでの仲間達の様子を見てなのか、それとも元からそういう動きをするのかはわからないけど、横薙ぎの攻撃をしてきた。
ボスさん(仮称)の武器は大きな剣だ。斬馬刀と呼ばれる類いの剣だ。そのぐらい大きな剣の横薙ぎの圧力は相当なもので、いくら震えが止まった僕だったとしても容易に踏み込めないほど力強いものだった。それに加えて剣速は相当早く、まるで僕の居合の先生のような速さだ。今の僕ではどうしようもない。
だから避けた。後ろに跳んで避けて、そこから続く袈裟斬りや振り下ろしに斬り上げ、およそこの規模の剣の剣速とは思えないスピードで奮われるそれを、とにかく避け続けた。
「おいどうしたどうしたクソガキ!さっきまでの威勢はどうしたァ?!」
ボスさん(仮称)が見ているだけで嫌悪感を覚えるような凶悪な笑みを浮かべて僕を嘲笑するように何度も何度も斬り掛かって来る。
枯れの発言は明らかに挑発であると同時に、確かに僕は攻める手立てが現時点で無い訳で、どうする事も出来なかった。
避けながら視界の端に映る襲われていた人達は、最後の護衛さんが倒れたところで、先程まで僕に斬り掛かって来てた他の人達は襲われてた人達の方へジリジリと寄っていた。
ボスさん(仮称)にこれ以上構ってる余裕は無くなった。
どうしよう。完全に手詰まりだ。
「お?どうやらお前が助けたかったらしい奴等はそろそろ大詰めらしいぞ。
………なぁガキ。お前、俺達の仲間にならねぇか?」
どうしようか考えていると、ボスさん(仮称)が突然そんなことを言ってきた。
「……なんの冗談?」
「冗談じゃねぇよ。あぁ、仲間になるなら荷物は奪うが奴等の命までは奪わないでおいてやる。
いやな、テメーは見るからに人を斬った事の無い、本当にただのクソガキのようだ。だが、それでも俺の仲間を4人も無傷で、しかもほぼ一撃で沈めた訳だ。その腕は相当なもんだ。
だからよクソガキ。テメー、俺達の仲間になれよ。テメーが入れば、俺達はもっと大きくなれる。」
急な提案に言葉が出なくなる。僕からすれば思ってもみなかった提案だったから。
もし仮に、ボスさん(仮称)の言葉を信じるのなら、護衛さん達の事は手遅れかもしれないけど、少なくとも助かる命が有る。そうなれば僕の『助ける』という目的は達成される事になるし、これ以上争わなくてよくなる。
でもそれは、僕がこの人達の仲間になるという事で、つまりこれから悪いことをさせられるかもしれないという事だ。もしかしたら人殺しを強要されるかもしれない。
「あぁ、考える時間が必要か?なら待ってやるよ。
おいテメー等!ちょっと獲物に手を出すのは待っとけ!今大切な商談中だ!」
僕が答えないからかボスさん(仮称)はそう仲間達に叫んだ。お仲間さん達はその声を聞いて互いに顔を見合わせたあと、肩を竦めて護衛されてた人達を囲むように陣取ったあと、コチラの方を見て動きを止めた。
「これでアイツ等の動きは止めてやった。テメーが仲間になるなら、少なくともあそこの冒険者達に護られてた奴等の命は助かる。仲間にならないのなら殺す。
ただ早めに決断することだ。今ならまだ、もしかしたら助かる命が有るかもしれないという事は頭に入れとけよ?」
……………。
「……出来る限りの事はしたい。だから少し、あなた達に斬られた人達を癒す為の時間だけは貰えないか?」
「交渉成立だな」
ボスさん(仮称)の言葉が決め手となり、僕は要求を呑んだ。
ボスさん(仮称)達は交渉内容通りに護衛されてた人達には一切手を出さず、彼等の乗っていた馬車の中身をそれぞれが運び出し何処かへと運んで行った。僕が寝かした人達もボスさん(仮称)に蹴り起こされて、荷物の回収作業へ戻って行った。
僕はというと、彼等が回収作業をしている傍らで手持ちには薬の類いの物が無いから、斬られた護衛さん達を回復させるために改めて付与系創造の力を使った。
使ったのは水嚢に対してで、能力は『回復力上昇』と『治癒能力上昇』。効果は『今現在この水嚢の中に入っている水に回復力を上昇させる効果を付与。この水嚢から傷口または経口から中の水を摂取することでそのものの回復力を上昇させる』『今現在この水嚢の中に入っている水に治癒能力を上昇させる効果を付与。この水嚢から傷口または経口から中の水を摂取することでそのものの治癒能力を上昇させる』だ。
1つの物に2つの効果を付与出来るか不安だったし、付与出来たとして望んだ効果が発揮させるのかもわからなかったけど、何もしないよりはマシと思ってそう想像して重ねたら左手袋みたいに文字が浮かび上がった。だから付与事態は成功したと思う。
僕はそれを護衛していた人達の傷口にそれぞれ掛けて、少し口を湿らせる程度に口からも飲ませて、取り敢えずの応急処置だけ済ませた。
後は彼等がちゃんとした治療を受けて、生き残る事を祈る。
終わったあと、襲われてたのに僕に逃げるように言ってくれた人に挨拶をした。
「……すみませんでした」
「気にしなくて良いですよ。命有っての物種です。
それより、こちらこそすみませんでした。そして助けてくださりありがとうございます。
もし、もし彼等から逃げられて、この近くの街まで逃げきる事が出来たら、『ベビリオ・トーマン』という名前を訪ねてください。私の名前です。この近くの街でちょっとした店を営んでいます。ですので寄ってくださるのであれば、その時にはきちんと今回のお礼をさせていただきます」
「柚木希望です。……どうなるかわかりませんが、もし実現したらその時は寄らせていただきます。
…………では」
「えぇ……」
治療と挨拶を終える頃には、襲っていた人達はボスさん(仮称)だけを残して、後は全員何処かへと行っていた。恐らくアジトに帰ったんだと思う。
そして、今から僕も……。
ボスさん(仮称)は僕が挨拶を終えたのを確認すると、顎をクイッとして僕を呼び走り出した。
僕は改めてトーマンさんに頭を下げたあと、ボスさん(仮称)の後を追い掛けた。
当初予定していた展開と少し違うのは何故なのでしょう?
『回復能力上昇』と『治癒能力上昇』の能力の明確な違いは『HPを回復する』か『状態異常を回復する』ぐらいの違いだとお思いください。
『回復力上昇』
付与した対象またはその対象内に有るものを身に付けるまたは摂取することで基礎回復能力を向上させる。付与した対象とは別の対象を用いない限り効果を重ね掛けすることは出来ない。
『治癒能力上昇』
付与した対象またはその対象内に有るものを身に付けるまたは摂取することで治癒能力を向上させる。付与した対象とは別の対象を用いない限り効果を重ね掛けすることは出来ない。