異世界に降り立つ
次に目を覚ました時には僕は周りは緑で覆われた場所に居た。少し横を見れば水が綺麗な小川が流れており、遠くの方を見れば大きな壁に囲まれた街のようなものが見える。緑で覆われたと形容したけど、この場所は少し拓けている。
服装を確認してみると、元々着ていた服装だった。ただ足下を見れば、折り畳まれた質素な服と革で出来た鎧のような物とか革製の手袋とかブーツが置いてある。その上にはベルトを通して使うであろうポシェットと背負うタイプのバッグが有り、服や鎧の隣には1本の剣が有った。
僕はまず、取り敢えずポシェットの中身を確認した。
すると、中から1枚の紙が出てきた。内容は日本語で、
『まずはその服と鎧に着替えてください。現在着ている服は自由になさって結構ですが、あまりその世界の者に見せない方が良いでしょう。狙われます。鎧と剣とバッグは餞別です。その場所は貴方がそこから出ない限り安全な場所です。貴方は転生する際にその世界に適応した体になっているので、しばらくの間はそこで魔法の練習をしても良いかもしれませんよ。
食料についてはバッグの中を確認してください。その世界基準の3日分ほどの食料が入ってると思います。
手助けするのはここまでです。では頑張ってください』
と書かれていた。
取り敢えず指示に従い、外で着替えるのは恥ずかしいけど、着替える。そして鎧は不馴れながらも四苦八苦しながら着込んだ。鎧はまるで、長年ずっと着ていたかのように凄く馴染んでいて、初めて着たにしては着心地が良かった。
紙に書いてあったことを確認するためにバッグの中を確認してみる。中には干し肉が全部で9つとフランスパンみたいなパンが3つ、それに砂漠の有る国の方で使われてそうな麻袋の水筒が3つ入っていた。
……3日間の3食分……?
もう1度中身を確認してみるも、それ以外に食べ物も飲み物も無かった。
つまりこの量が3日分の食糧と飲料という事になる。
「モナ・リザさん、いきなりハードル高くないですか?」
思わずそう呟かずにはいられなかった。
閑話休題。
食べ物は有限だけど、取り敢えず水辺は有るから水の心配はしなくて良い。腹が減れば水を飲んで誤魔化そう。
それより今は、安全な場所らしい此処で、この世界で生きていくのに必要な術を磨かなければ。
剣を持ってみる。思ってたより重たい。ダンベルを持った時みたいに重い。ダンベルは手元だけだけど、剣はダンベルの重さが均一に剣の形にあるって感じ。……若干重心が手元寄りかな?
剣を剣道の素振りみたいに振ってみる。確かマウンテンフォレスト君曰く、刀は上から下へ竹を割るようなイメージで引きながら斬る素振りで、剣は上から下へ薪を割るようなイメージで押し込みながら斬る素振りをするのが正しい素振り……なんだっけ?
マウンテンフォレスト君から聞いたやり方を意識しながら振ってみる。
これが案外、難しい……。元から中学の授業で剣道の授業が有ったから、それで木刀は振った事はあったけど、木剣なんてものは振った事は無い。ましてやこれは本物の剣みたいだし、尚の事経験なんて無い。唯一わかるのは居合の動きとフェンシングの動きだけど、この剣じゃ居合の動きもフェンシングの動きとも相性が悪そうだ。
マウンテンフォレスト君の教えてくれたこの剣に合っているであろうやり方を元にやってみてるけど、なんというかやりにくい。
30回ほど振ったところで、剣を振るのをやめる。
「次は…、魔法でも試してみよう」
魔法。僕からすれば未知のもの。未知の技術。モナ・リザさんが知識をくれたから、どういうものかは知識としては知ってる。でも、実際に使ってみるまでわからない。
まずは被害が少なそうなものから試そう。
えっと確か、魔法は詠唱ってのをやって、そこに魔力を込めることで使えるんだっけ?
「火よ、我が手元を照らせ"トーチ"」
手の平を上にしながら貰った知識の中に有るライターぐらいの手元だけを照らす魔法の呪文を唱えると、体から何かが抜けていく感覚と共に手の平にライターの火ぐらいの火が点いた。
おぉ、これが魔法か。なんだか感慨深い。まさに僕は今、ファンタジーの世界に居るのだと実感出来る。
その後も同じように、一通り魔法を試してみた。
魔法には属性というのが有るらしい。
火属性魔法、水属性魔法、土属性魔法、風属性魔法、光属性魔法、闇属性魔法、無属性魔法と7つの属性が有るみたい。それぞれ火は風に、水は火に、土は水に、風は土に強くて、光と闇は互いが互いに強くもあり弱くもあるようだ。それぞれ赤、青、茶、緑、白、黒の色をしているらしい。
無属性魔法は、他6つに当て嵌まらない色の無い属性なんだって。
ただ、不思議な事に、モナ・リザさんから貰った知識にある魔法は、何故かモナ・リザさんの言う魔法とは呼び方が違うらしい。よくわからないけど、モナ・リザさんから貰ったこの世界の知識には魔法は実際存在していて、モナ・リザさん達神様と呼ばれる人達やこの世界のごく一部の存在は魔法を使えるらしい。だから呼び方も魔法らしい。
だけど、この世界の一般常識に関する知識の中には『魔法』という言葉が一切出てこない。
あ、いや、正確には出て来るけど、それこそ夢幻の空想上の力って認知されてるらしい。代わりに『魔術』というのがこの世界に於ける地球で言う『魔法』のようだ。実際、トーチを始めとした他の魔法も正確には『魔術』という扱いだった。
この違いは、何か意味が有るのかな……?取り敢えず違いの意味がわかるまでは魔術で統一しておこう。
脱線したけど、それで、魔術には得意不得意があって、得意なら使える。不得意なら使えないみたい。それで僕の使えた属性なんだけど、なんと全部使えた。その中でも風と光との相性が良かった。
全部の属性を使えるのは珍しいらしいし、これは隠しておいた方が良いかな?
色々知識にある魔術を試していく内に、取り敢えず使えそうな魔術として風属性魔術のウィンドカッターと光属性魔術のライトレーザーって魔術が使いやすそうということがわかった。
ウィンドカッターは目に見えない透明な風の刃を前方に飛ばす魔術で、ライトレーザーはそのまんまレーザービームだった。
これでモンスターも出るらしいし、対抗手段は手に入れた。あとは近寄られた時の為の剣術だな。
でも正直、剣術は専門の人に習った方が良いだろうから、見えてる街に行くまで使わないようにしよう。変な癖とかついたら矯正するのが難しいとかって聞くし。それに対人なら、お父さんから色々仕込まれたから、それである程度はどうにかなるだろうし。
時刻はもう夕暮れ時で、空が紅く染まってきていた。
この拓けた場所の地面は僕が練習した魔術でデコボコしている。
……夜は危なそうだな…。明日の朝になるまで今日は此処で休もうかな。
そう思いその場で寝る準備を始めようとする僕だったけど、此処には布団が無い。寝袋も無い。むしろ外。テントすら無い。その事実に改めて気付いた僕は、仕方なく地面のデコボコを全部土属性魔術で直してから最初に着ていた服を掛け布団代わりに体に掛けて地面に寝た。背中がゴツゴツしていて冷たい……。
そのまま何時間も寝れない時間が続き、途中何度か意識を失っていた気がするけど景色が変わらないから本当に気を失っていたかわからないけど、それでも気が付けば徐々に明るくなり始めていた。
起き上がる。
体がバキバキと音を立てて痛い。街に着いたら、まずは寝袋なりテントなりの野営用の物を買わねば。
そう決意をし、体に付いた土を払い、水筒パンパンに川の水を入れて、服をバッグにしまってポシェットを腰に装備してバッグを背負い、腰に剣を差し、
「よし、行こう」
僕はモナ・リザさんに安全と言われた此処から出て行く事にした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
山を下りてしばらく歩くと街道に出た。草が踏まれて出来た道のようだった。それを記憶にある街の方へと向かい歩く。
歩いている途中、怒号のようなものや悲鳴が聞こえてきた。
僕は慌てて声のする方へと駆け寄り茂みから様子を伺った。見てみると、どうやら人が人に襲われているらしい。馬が2頭に大きな馬車が1つ、なんか僕の服と比べたら豪華な服を着ている人とその家族だと思われる人達が3人、僕と似た格好の人が5人、あとは手入れのされてなさそうな髭面の僕の格好より粗雑な感じの格好をしている人達が12人居た。
僕と似た格好の人達が豪華な服装の人達を背に守るように戦ってるから、たぶん護衛の人達だと思う。
ただ多勢に無勢なのか、かなり苦戦してるみたいだった。
んー、これ、助けた方が良いよね?明らかに髭面の人達が馬車の人達を襲ってる構図だし。襲ってるって事は悪い人達って事だろうし。
よし、助けよう。
実際、刀と剣の素振りの違いってなんなんですかね?海外の人は自然と剣の素振りで、日本人は自然と刀の素振りになるって聞いたことが有りますけど、その辺どうなんでしょう?
刀は引きながら斬る、剣は押し込みながら斬るとはよく聞きますが。
生きてる剣なんて現存してないだろうから、その辺の違いがわからない……。