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安堵


 「……………。…………!!?」


 暗い水中から勢い良く水面へと浮かび上がるような浮遊感に似た感覚と共に目が覚める。


 自分が意識を失っていたという感覚と記憶は確かに有り、だから今自分がどういう状況なのかを理解するために起き上がった。


 起き上がり周囲を見ると、何処かの部屋らしい。この世界に来てから1ヶ月、ずっと寝食をしていたあの洞穴ではない。普通に人が住む民家の一室。

 勿論、元々住んでいた世界の建造物とは比べ物にならないほど素人目にもわかるレベルで古い造りではあるものの、それでも中はとても綺麗で埃1つ無さそうな部屋だった。


 寝ていたベッドの横にはベッドテーブルが有り、その上には木製の水の張られた桶が有る。その桶の縁には布が掛けられている。

 ベッドから少し間を開けた所には丸テーブルと背凭れののある四角い椅子が1脚ある。ベッドの足下側には物を入れておく為の棚なのか、見覚えのある物が置いてあった。


 そこまで認識した僕は、すぐに自分の体を見た。

 上半身には腕も含めて包帯が巻かれていて裸で、少し分厚いシーツが掛け布団代わりに掛けられていた。


 自分の体を見るため頭を下へ向けた事で、目に強い光が射し込んだ。

 眩しく思い、すぐに顔を上げて光の在処を探すと、それはすぐ左隣で、そこには窓があった。

 窓、と言っても、木製の扉の下部分に作られたペット用の通り道のような造りの窓で、内側に開いて棒なんかを窓と壁につっかえさせるタイプの窓だった。


 その窓の隙間から射し込んだ光が僕の目に入って来たらしい。


 窓を開ける為にベッドから出て窓を開けようと試みる。


 「いッ!!」


 だけど体は言うことを聞かず、激しい痛みを発する事で僕の体をベッドに縫い止めた。

 その痛みを自覚した事で、そもそもこうやって腹筋の力だけで起き上がった事が相当体に負担の掛かる事だったと僕に教えるように、特に腹筋の辺りから激しい痛みが僕の意識を支配し、強制的にベッドに沈められた。


 ただ唯一首はまだ自由に動くらしく、首だけを動かして改めてこの部屋の構造を見ると、窓の有る方とは反対側の壁に扉があった。これも木製で、しかしアンティーク調で『高そう』という印象を受ける造りだった。


 その後も出来る事を考えては実行し、今の自分の状況を把握する為に頑張ったけど、それ以上出来る事は無いらしく、ぼぉーっと天井を見上げる。


 程なくして体が回復に全エネルギーを回したいらしく、僕は意識を手放した。




 ☆   ☆   ☆   ☆   ☆




 次に目覚めたのは、何かが体に触れる感触だった。

 僕は急いで目を開け周囲を確認する。


 すると、僕の体に巻かれた包帯を取ろうとしている見知らぬ女性が視界に入った。

 女性、とは言ったけど、たぶん僕と同い年か僕より年下っぽい。

 彼女の格好は所謂『メイド服』と呼ばれる物で顔立ちは普通に可愛いと思った。


 「だ、れ」


 どうやら体の負荷は咽にも来ていたらしく、上手く言葉を口に出来ない。だけど意味の有る言葉を紡ぎ出せたらしく、そしてそれは目の前の少女に届いたらしく、僕の声を聴いてか僕の方へと顔を向けた。


 「気付かれたのですか?!」


 「う、ん」


 「少しお待ちください!」


 彼女はそう言うと僕の返事を待たずにほったらかして扉の方へと行き、そのまま出て行ってしまった。


 包帯が中途半端に解かれて身動きの取れない成人間際の半裸の男が取り残された訳だ。

 どうにかしたいけど、どうにも出来ない。だから僕は、次に誰か来るまで数でも数えて待つことにした。



 そろそろ600に届きそうな頃、扉が開く音が耳に届いた。

 数を数えるのを止めてそちらを向くと、さっきのメイドとスーツ姿(燕尾服って言うんだっけ?)をした男性が入ってきた。男性は僕と視線が合うと此方へ寄ってきて、目の前で指を2本立てて横に振り始めた。


 「何本に見えますか?」


 その言葉で彼の意図を察した僕は、声が出ないなりに頑張って『2本』と答えた。


 「ではこれはどうでしょう?」


 今度は親指だけを曲げて振り始めた為『4本』と答える。


 「では、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」


 「ゆ、ず、き、の、ぞ、む」


 「ご年齢は?」


 「じ、ゅ、う、は、ち、っ、て、き、お、く、し、て、ま、す」


 「此処が何処だかわかりますか?」


 「わ、か、り、ま、せ、ん。た、だ、ベ、ビ、リ、オ、・トー、マ、ン、さ、ん、か、ま、ち、の、へ、い、し、さ、ん、に、か、か、わ、る、た、て、も、の、の、い、っ、し、つ、だ、と、お、も、い、ま、す」


 「貴方が意識を失う前の記憶は?」


 「あ、り、ま、す。『カ、ラ、ス』、か、ら、に、げ、て、き、ま、し、た」


 「貴方の仰ったベビリオ・トーマンという方と貴方との関係は?」


 「お、ん、き、せ、が、ま、し、い、い、い、か、た、で、す、け、ど、い、の、ち、の、お、ん、じ、ん、に、な、る、と、お、も、い、ま、す」


 「何故貴方の仰るベビリオ・トーマンさんの名前が今この場に出て来るのですか?」


 「た、す、け、た、さ、い、ぼ、く、は、ぼ、く、の、み、が、ら、と、ひ、き、か、え、に、トー、マ、ン、さ、ん、た、ち、を、み、の、が、し、て、も、ら、い、ま、し、た。

 そ、の、と、き、に、トー、マ、ン、さ、んに、『もし、彼、ら、から、にげ、ら、れた、ら、たずね、て、く、だ、さ、い』、と、い、われ、た、から、です」


 男性と話す内に僕の喋る力も戻ってきたようで、一語一語ずつしか話せなかったのが徐々に回復していった。


 その後もいくつか質問をされ、それに頑張って答えていく。

 そうして一通り聴きたいことを聴き終えたんだろう男性は、そこで初めてニコリ笑い、好意的な態度をしてきた。


 「喋るのも大変でしょうにお答えいただきありがとうございました。

 凡そ貴方が主人から聞かされていた『ユズキ』という人物で間違いない事がほぼ確定しました。


 重ねてお詫び申し上げます。我等が主人の恩人にも関わらずご無理をさせてしまい誠に申し訳ございません。


 (わたくし)は主人であるベビリオ・トーマン様に執事として仕えさせていただいておりますユリーオ・ベルベベスタと申します。ユリーオ、ベルベ、ベスタ、お好きにお呼びください。

 以後お見知りおきを」


 ベルベベスタさんはそう言うと、その場でお辞儀をした。


 「こちら、こそ、いきな、りのこと、で、驚かれ、たでしょ、うに、丁寧、な対、応、ありが、とうござ、います」


 「主人にはユズキ様が目覚められた際はすぐに知らせろと我々ベビリオ様の部下は命令を受けております。ですのでもうまもなく主人もお越しになるかと思いますので、もうしばらくお待ちください」


 ベルベベスタさんのその言葉に返事をするために口を開こうとした際、この部屋の扉がノックされた。


 「私だ。ユズキ殿が目覚めたと聞いて急いで来たが、今は起きておられるか?」


 ベルベベスタさんがこちらに向いて来たので頷く。


 「トーマン様、ユズキ様が問題無いとの事です」


 「わかった」


 返事と共にトーマンさんが入って来る。

 彼の格好は初めて会った時より豪華な造りの服で、『ちょっとした』程度で収まりそうにない様子だった。


 「おぉユズキ殿!目覚められましたか!」


 「なんとか、逃げて、来れま、した」


 「ユズキ殿、声が……」


 「大丈、夫です。話せば、話すほど、喋りや、すく、なってきて、いる、ので」


 「………そうか」


 トーマンさんはそう言うと口を閉ざした。

 沈黙が僕達の間に漂う。


 この空気に居たたまれなくなった僕は、僕から話題を振ることにした。


 「ところで、僕が来てか、ら、どれだけ経ち、ましたか?」


 「ん?あぉお、そうでしたね。今は貴方が優先でした。


 貴方が私の所に来て、明日でちょうど1週間になります」


 「そんなに、ですか」


 「余程劣悪な環境で過ごされたのでしょう。その上怪我もされていましたからね。体がその分休養を求めたのでしょう」


 思わずトーマンさんから視線を外して天井を見上げる。

 思っていたより眠っていたらしい。


 ………………。


 「……やはり来るのは早かったようですね。


 ユズキ殿。何かあれば使用人に声を掛けてください。そして動けるようになってからまたお会いしましょう」


 「…………」


 「…お前達。ユズキ殿の事を頼むぞ」


 「畏まりました」


 扉が開き閉まる音が聴こえる。だけど僕は天井を見上げる事しか出来なかった。

 しばらく経つとまた扉が開き閉まる音が聴こえる。それでも僕は、天井を見上げる事しか出来なかった。


 あぁ、本当に、本当にあの地獄から脱け出せたんだ……。


 ボヤける視界で、それでも僕は、静かに天井を見上げる事しか出来なかった。



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