脱出
作戦を立案してから更に15日が経った。つまり、今日でちょうどこの世界に来てから1ヶ月が経った事になる。
人間というのは苦境や絶望の中に居ても、何かしらの希望や目標額有ると自分が設定した限界を越えられるらしく、僕はなんとかこの1ヶ月を生き延びた。
これ以上は流石に本当に無理だから期間を延ばす事は出来ないけど、『こんな軟禁生活から脱け出す』その想いで必死に生き延びた。
それもこれも今日実行する作戦の為だ。
そう、今日こそが半月前に立てた作戦を実行する日になる。
この半月もの間、全てをこの日の為の準備期間に充てた。
失敗は許されない。だからもう1度、作戦を振り返っておこう。
まずこの半月の間に、『狩りに出掛ける』『水を汲んでくる』『仕事は手伝えないけど僕に出来ることをする』そう言って何度もアジトを脱け出して、準備を進めた。
内容はこう。まずアジトから出る口実として今までは自己的な理由で出てたけど、この半月の間は『カラス』の為に動いて、僕があたかも彼等の仲間に本気でなろうと頑張っている姿勢を見せる。勿論、物凄く嫌だけど、彼等の用意した食べ物や飲み物も口にする。彼等に仲間になるという姿勢を見せるためアジトの外に出た時、モナ・リザさんから貰った知識を基に薬草と少量の毒草、それに適当な木の葉を拾っておく。
拾った葉っぱそれぞれの種類に付与系創造の力で『回復力微上昇』『遅効睡眠毒』|『遅効性モンスター吸引』《その辺の葉》の能力を付与して能力が付与された葉の数を増やす。
増やしたら、薬草は『良い効能してそうな薬草を拾った』と言って、毒草は『焼いたら良い匂いがして疲れが取れやすい香に使える葉』と伝えながらローラン達『カラス』に渡して、その辺の葉はアジトを中心に徐々にアジトに近付くような配置でアジト周辺に放置した。
薬草は実際に採取した物を使うより効能が高くなり、毒草は一種の睡眠薬として使える。これを『カラス』の為と言いながら渡すことで両方の効果を今日の決行に合わせて発揮されるように調整しながら渡したり効能を実感してもらって、これ等の葉へ対する違和感を拭うような動き方をする。
そうやって刷り込みながら、森に置いてきた|その辺の葉《『遅効性モンスター吸引』》を使って時間を掛けながら徐々に集めたモンスターにアジトを襲ってもらう。
襲ってもらうタイミングは出来るだけ深夜になるようにして、実際に交戦した時に乱戦になるようにとにかく時間を掛けて数を集める。
『森がザワザワしている』と素人でもわかるほど森の中を荒らしてもらったら、アジトの寝床に『即効性モンスター吸引』の能力が付与された葉を焼いて放置して外に出る。
あとはその場その場で場を混乱させて、どさくさに紛れて逃げ出す。
逃げ出す時は、痛いけど、ヘタしたら死ぬかもしれないけど、実際にモンスター達に体や服を血とか引っ掻き傷とかでズタボロにしてもらって、それをその辺に敢えて破棄して、破棄し終わったタイミングで元々この世界に来たときに着ていた服に着替える。
あとは街を目指す。これで彼等達僕が逃げたのではなく、最悪殺されているかもと連想させる。
彼等は非常に人間関係が歪でドライだ。『ユズキの為』と言いながら、本気で相手が喜ぶと思って内臓を抜いた死体を5人分も僕に渡してくる[自主規制]だ。だけどその悲劇が起きた理由は彼等なりの本気で僕と仲良くなろうという気持ちからだ。何を相手に贈れば喜ぶとか、そういう一般的な常識が明らかにブッ壊れてるけど。
でも、反対に、もし仲間が危なくなったり死に掛けたりしても、決して助けることはない。正確には『助けようとする素振りを見せる』だったり『倒された仲間を理由に激昂してるように見せて相手を油断させるため』に、仲間を心配したり助けようとする素振りをすることはある。
1度狩りに出始めた最初の頃、動物とはいえ慣れない殺しで体を震わせていて、殺した後の無防備な所を他のモンスターに襲われて死に掛けた事が有った。その時、彼等は僕を助けようとすることはなかった。僕が必死に抵抗して、それでも死にそうになったから助けを求めた時、その時初めて彼等は動いた。
つまり助けを求められれば助けるが、そうじゃなければ基本助けないか無視する。それが彼等のスタンスだ。
だからこそのこの作戦だ。この作戦なら自然に彼等から僕の存在を消すことが出来る。
存在を消して、ボロボロになりながら街へと駆け込む。そうすれば、晴れて僕は彼等から解放される。
うん。モンスターにどれだけボロボロにされるか、ボロボロにされて死なないか、この2つが懸念材料で博打的だけど、概ね良い作戦のように思う。
あとは、夜になるのを待つだけだ…。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
遂にその時が来た。
周りは全員寝ていて、見張りもアクセロとルキアスの2人だけ。今日の日中に最終チェックとして散々能力を付与した葉を散りばめといた。あとはこの『即効性モンスター吸引』の能力が付与された葉をこの中で焼くだけ。焼いて煙たくなれば、自然と誰かが起きる。起きて外に出るか魔術で煙を外に出せば、臭いに釣られてモンスターが寄って来る。そこで上手く行けば……。
逸る気持ちを必死に抑えながら、僕は行動を起こした。
食堂に移動して食糧が置いてある場所に火が燃え拡がるように能力の付与された葉をバラ撒く。
バラ撒いたら"トーチ"の魔術を使って指先に火を点け、バラ撒いた葉に引火させて、何事もなかったように自分の寝床に戻る。
そして誰かが起きるのを待つ。
少ししたら焦げ臭くなってきた。
そうして最初に起きたのはドルドルンデだった。
「………?」
薄目を開けてドルドルンデの動向を目で追う。彼は食堂の方へと歩いて行った。
しかし少し経ったらすぐに戻ってきて、慌てたように叫んだ。
「おい起きろ!!火事だ!!」
盗賊という生き方をしているからか、はたまた地球の人と比べて危機管理能力がしっかり働いているのか、『カラス』のメンバーは即座に起き上がった。
『カラス』が全員起き上がって準備をし始めたタイミングで僕も今起きた体で体を起こす。
「……皆慌ただしいけどどうしたの?」
「ユズキ!火事だ!!」
「……………、…!わかった!すぐに出る!!」
寝惚けた演技をしつつ、自分の物を全部持って外へと向かう。
火を点けた食堂はもはや煙の霧が火の光で赤く照らされている火と煙でなければとても幻想的な状態になっていて、臭いはキツく、煙はモクモクと立ち込めていて周りは正直見えない。
そんな中を口に手を当てながら必死に出入口へ向け走る。
『カラス』達も当然『我先に』と走っていて、結局外に出れたのは最後だった。
外に出る。外に出て新鮮な空気を肺一杯に掻き込む。でもその空気は血生臭く、吸いたいと思えない味をしていた。
周囲を見れば、アクセロやルキアス、ローランやマルクスが、アジト周囲を奥が見えないほど大量に押し寄せたモンスター達と戦っていた。
「全員無事か!無事だろうが無事じゃなかろうがどうでも良い!何故か集まってきたモンスター共を一掃するぞ!!
武器が無い奴は体張って囮になれ!!一刻も早くモンスター片付けて、火事の後処理するぞ!!」
ローランが叫ぶ。彼の命令を聞いた『カラス』のメンバーは、本当に指示通りに動き出した。
つまり、普通に囮になり行った。
当然僕としては怖いししたくないけど、当初の目論見通り、むしろ自然にモンスターの前に出て怪我出来る状況になった訳だから喜ぶべきなんだけど、如何せん怖い。
それでも命令だし、計画通りのため、僕はモンスターの注意を引くべく叫んだ。
「来いよウスノロ!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
空が白んで来た頃。僕は『カラス』の拠点から遠ざかるべく、必死に足を動かしていた。
モンスターの囮になるべくモンスターに立ち向かった訳だけど、数が多かった。多過ぎた。そのため普通に真剣に避けようとして、何度か痛い攻撃を何度も受けた。
だから今の僕の姿は正にボロボロだ。計画通りと言って良い。
ただ、着替える元気が残っていなかった。というか、あの狂騒の中を生存本能に従って必死に生き残る事だけに必死だった。あの狂騒の起こした張本人は僕だけど、流石に命を張り過ぎた。
おかげで着替える予定だったにも関わらず、着替えることは出来ず仕舞いで、ただただ『カラス』から離れて必死に街へと逃げる事だけを考えて走り続けた。
まぁ、あの場から逃げる際、徐々にアジトから離れていったのと、匍匐前進のように這ったりもしてたから、たぶんモンスターに喰われて死んだと偽装出来ただろうと思っておこう。
いくらか走って、自分がどれだけ走ったのかわからなくなるほど走った頃、ようやく街を囲う壁が見えてきた。1ヶ月前に見た壁だ。
壁を見て、僕の中に『助かる』という希望という余裕が生まれる。
そのせいで意識が飛びそうになったけど、それでも必死に堪えて走って、門だと思える場所を視認したところで体力と気力が限界を迎えて倒れてしまった。
それでも意識はまだギリギリ残っていて、僕を見付けたであろう門番をしている人達が駆け寄って来るのが見える。
僕の許に辿り着いた彼等が僕に何かを叫んでくる。
何を言ってるのかもうわからないほど意識は朦朧としているけど、なんとか呟けた。
「柚木…………。ベビリオ……………」
僕はそこで、完全に意識を手放した。
[自主規制]の中身はキて始まりイで終わる4文字のあの言葉です。
【ネタバレ】
作戦決行前に作戦内容を話す=フラグ。
つまり、あとはわかるな?
『回復力微上昇』
付与した対象またはその対象内に有るものを身に付けるまたは摂取することで基礎回復能力を気持ち程度向上させる。付与した対象とは別の対象を用いない限り効果を重ね掛けすることは出来ない。
『睡眠』
付与した対象またはその対象内に有るものを身に付けるまたは摂取することで眠らせる。付与した対象とは別の対象を用いない限り効果を重ね掛けすることは出来ない。
『モンスター吸引』
付与した対象またはその対象内に有るものを身に付けるまたは摂取することでモンスターを引き寄せる。摂取した場合付与された対象を消化される前に体から排出するか『モンスター除け』の能力が付与された対象を使わない限りモンスターから逃げることは出来ない。