アバン
薄暗い部屋の中。部屋全体がかろうじてわかる程度の灯りしか無いその部屋では複数の武装した男達が、手足が無い俗に言う『達磨』姿の2人の男を囲んでいた。その集団から少し離れた所には3人ほど人が居り、その内のソファーに座った1番偉そうなスキンヘッドで左目が動物の爪みたいなもので引っ掻かれて見えなくなったであろう厳つい男が口を開く。
「さて、なんで自分達がこんな状況になってんのか、改めて説明しなくてもわかるよな?」
囲まれている2人の男に向けられた問いは、しかしマトモな返答は無く、代わりに『カチカチ』という歯と歯が打ち付け合う音のみが返ってくる。
「なんだ、本当は人の言葉も話せないほどの無能だったのか?だったら最初から自分を大きく見せず、その無能っぷりを俺達以外に披露していろよ」
厳つい男がそう言うと、2人を囲んでいる他の男達が2人との距離を詰め始めた。
「やる気の有る有能は最高だ。やる気の無い有能はまぁ使いようだ。やる気の有る無能は始末に終えない。が、これも使いようだ。やる気も無い無能はもはや生きる価値は無い。論外だ。それ以外の何者でもない。ゴミだ。
だがやる気の無い無能よりも論外なゴミ以下の奴。それは仲間を裏切る奴だ。仲間を裏切る奴は何に置いても信用も出来ないし、信頼なんて論外だ。人と人との繋がりは信用と信頼で基本的に成り立っている。
金や貴金属も繋がりなんて言うが、アレも要するに金や貴金属なら信用出来るって感情から生まれる金貴金属から生まれる信用信頼だ。
だから仲間は絶対に裏切るな。俺を絶対に裏切るな。裏切れば地の底まで追い掛け拷問の末必ず殺す。
確か、お前等が組織に入るときにちゃんと伝えてた筈だよなァ?」
2人へと距離を詰めていた男達は、厳つい男の言葉が終わると同時に各々の武器を構えて攻撃態勢に入った。
「まだだ。まだ殺すな?まだソコのゴミ以下共への絶望は足りていない。
ゆっくり、ジックリ、良い女を優しくエスコートするかのように、そのゴミ以下共を甚振れ。いつでもお前達は殺せるのだと、しっかりその魂にまで刻み付けろ。
後悔する時間はその姿になるまでにたっぷり与えてやった。ならあとは、死ぬまでその肉体と精神を甚振れ。
だが心を完全に失くすほど追い詰めるな?そうすれば死が救いになってしまう。ゴミ以下の存在に救いなんてものは与えてはならない。んなもんここまでタップリ時間と手間隙をやったのにやっては全部無駄だ。無駄になってしまう。
ゆっくり、ジックリ。恐怖を煽れ」
厳つい男が言い終えると共に、武装した男達は『達磨』の2人それぞれに各々の武器を刺した。
しかし厳つい男の指示通り、刺したら簡単に死んでしまうような位置には刺さず、筋肉と皮の間に刃を射し込むように刺して行く。
その度に痛みにより絶叫が起こるが、しかし厳つい男を含めそんなものを気にする者は、刺されている男達を含めて此処には居なかった。
死んだのか、それとも気絶したのか。BGMが鳴り終わると、音源に武装した男達の何人かが何かを掛ける。掛けると傷事態が瞬時に回復していきすぐに傷口は音源から無くなった。
武装した男達は各々の武器で音源を刺し、協力して武器越しに音源を持ち上げる。
刺して持ち上げたのがきっかけなのか、音源は再びBGMを奏で出す。
「連れていけ」
厳つい男がそう言うと、武装した男達は音源を武器越しに持ってその部屋から出て行った。
武装した男達を見送った厳つい男はため息混じりに『なんで裏切り者なんていう馬鹿は絶えないんだろうな?』と呟く。
厳つい男の後ろに立つ男達はそれに返答をせず、静かに立っている。
厳つい男が呟きが今回だけの事ではなく、毎度今回のようなことがある度に言っているのだろう。故に彼等は厳つい男の呟きがただの独り言だということをわかっていた。
「部屋に戻る」
厳つい男はそう言って立ち上がり、ソファーの後ろに有る扉へと入って行く。
厳つい男の後ろに立っていた男達は何も言わず、深々と厳つい男へと扉が閉まる音が聴こえるまで頭を下げ続けた。
扉の先は、どうやら厳つい男の私室らしく、ベッドにソファー、衣装箪笥にシャワー室のようなものと水洗トイレのようなものが備え付けられている。
厳つい男は着ていた物を脱いでシャワー室へと入る。
そしてシャワーを浴び終えると、バスローブのような物を羽織ってベッドへと倒れ込んだ。
「自分で決めた途とはいえ、やっぱり何度経験しても慣れないな…」
男から発せられる声は、しかし先程までの厳つい男のものではなく、声だけ聞けば好青年を連想させるような声で、そしてその口調も先程までと比べても柔らかいものだった。
「『自由に生きる。それを邪魔する者はなんであろうと排除する』。あの日の誓いは絶対に色褪せず、僕が死ぬその時まで貫き続ける。
あぁでも、やっぱり心苦しいなぁ……」
口から出て来る言葉は、恐らく本心なのであろう。演技掛かった様子は無く、本当に口から自然に漏れ出た言葉なのであろうことはその声色とだらけ切った格好から、その様子を見れば誰でも容易にそう感じるだろう。
しかし、だからこそ違和感や矛盾や薄ら寒いものを感じずにはいられない。
本当に心を痛めているのであろうその心情とは裏腹に、最もその心情が形を成す顔は、恐ろしいまでに『狂喜』に歪んでいた。瞳に光は宿っておらず、本当に生きているのかさえ怪しいまでに『人』を感じられない表情になっていた。
そんな、自室のベッドでリラックスしている男の耳に、こんな声が届く。
『なぁ、知ってるか?』
『何が?』
『俺達のボスのあの姿って、本当のボスの姿じゃないらしいぜ』
『おまっ、馬鹿、やめろ!それ以上話すな!!
『ボスの詮索は裏切りを意味する。破れば待つのは死のみ』って掟だっただろ!!この間もそれで2人ほど姿を見せなくなった奴等が居ただろ!!』
『いや、でもよぅ、どんな魔術を使えばそんな事が出来るんだ?それにこの、ボスが用意したっていう武器や防具もおかしいだろ?見るからに安物なのに、その辺で売ってる物より断然性能が良い。こんな物、ボスは何処から仕入れたってんだ?』
『もう喋るな!誰かに聴かれてたらどうする!そのままボスに告げ口されたらどうするってんだよ!!』
『いやいや、仮に告げ口されたとして、ボスが居るのは此処とは離れた街だろ?今すぐどうこうなる筈が無いんだから、ここで少し話すくらいどうってこと無いっての』
『俺は知らないからな!!俺は忠告したからな!!絶対に捲き込むんじゃねぇぞ!!』
『ビビり過ぎだって』
「………1つ片付けばまた次か…」
厳つい男はため息を吐き、衣装箪笥から服を取り出して着替えた後、扉から顔を出して『ちょっとズエロの街に行って来る。また出やがった』そう部屋の前に待機している部下に声を掛けてこの場から姿を消した。
「よぉ、組織の掟ってどんなのだったか俺に教えてくれよ」
厳つい男が次に姿を現したのは、先程彼の耳に入ってきた『掟を破った者とそれを諌めていた者』達の会話の発生源、掟を破った男の真横だった。
厳つい男は軽く掟を破った男の肩に腕を回し、彼の顔は見ずにこう続けた。
「あー、なんだったか?『俺達のボスのあの姿って、本当のボスの姿じゃないらしいぜ』だったか?それに武器についてもなんか言ってたな?
おいどうした、急に震え出して?それに体温も上がってるなァ?顔は見えないが、汗ビッショリなんじゃねぇか。何か怖いことでも、ア ッ タ ノ カ ヨ ?
あ、君。このゴミ以下を諌めてた君。今すぐ此処に、今すぐ来れる1番偉い奴呼んできて。概要は、そうだな…。『タブーを犯した者が出た』かな?」
こうして再び、先程のやり取りが行われる事が確定した。
此処は異世界。異世界の国という国と切っても切れないほどまでに大きくなった組織『デスペア』。
この物語は、『デスペア』を作り、この異世界の地をディストピアへと変えた男、柚木希望の物語である。