ただ会いたいだけなんだ 思い出の場所で再び君と
第五章 ただ会いたいだけなんだ
瞬は卓達の存在に気づいた。
「卓…、どうしてここに…?」
「お父さん…。」
卓は父親に掛ける言葉がまだ分からなかった。
「なんで自殺しようとして…、諦めて事故死してしまったんだ…。どうして、僕には何も言わなかったんだ…?」
瞬の周囲に冷たい風が渦巻いて、部屋はどんどん寒くなっていく。
「今は…、駄目かも知れない。」
卓達はそっと部屋から出て、一階に降りて行った。
「どうして、あんなふうになったんだろう……。」
卓は『風見の少年』の事が書かれた本を見ていた。
「あのお父さんが、こんなふうになるなんて……。」
亮也は卓の方にそっと近づいた。
「なんとなく気持ちが分かるから辛いよな……。」
卓は頷いた。
「うん・・・・、」
あんな父親を見たくないと思う一方で、何処か同情してしまう自分も居る。卓は自分の気持ちに板挟みにされた気分だった。
その後、優月と亮也は帰ってしまい、とうとう卓とエマだけになってしまった。
瞬はその日も夕飯の時間に降りてこなかった。卓は寝るまでエマと一緒にさっきの事を考えていた。
「瞬さんの能力って強力な霊感と極端な霊媒体質だったよね?」
「霊媒体質?」
卓はその事をあまり知らなかったので調べてみた。すると…
「霊を寄せ集める体質、か……、しかもそれは負の念に陥ってると更に強くなるらしい。」
「ねぇ、それって今の瞬さんみたいじゃない?」
「お父さんが霊を寄せ集めていた…?」
それを考えると卓にしか感じなかった風や、さっき部屋が寒かったのも納得がいく。
恐らく卓は、瞬が作っていた霊の流れを『風』として感知していたのだ。
「とりあえず、今日は寝よう。」
エマと卓は二階に上がって行った。
翌日、いつもよりも遅く起きた卓は一階に居る由香に話しかけた。
「お母さん、お父さんは降りてきた?」
「それが…、こんな天気なのに、突然外に出てしまって、」
「ええっ?!」
窓の外を見ると灰色の雲から土砂降りの雨が降っている。
「どうして、こんなことに......」
卓は朝食を早々に済ますと、レインコートを着て外に出ようとした。
「何処に行くの?」
エマがこっちを見ている。
「お父さんを探しに行くんだ。」
卓はこの雨の中、エマと一緒に走っていく、その途中の道で優月と亮也に出会った。
「お父さん見てない?!」
二人は顔を見合わせた後、首を振った。
「どこ行ったんだろう・・・・・。」
卓は瞬が行きそうなところを思いつく限り考えた。
「ひょっとして、『光の樹』に?」
「そこって、晴人さんが亡くなった場所・・・・。」
「とりあえず、行ってみよう!」
卓達は大雨をかき分け、海辺に向かって走っていった。
「俺、言わなきゃいけない事があるんだ」
「えっ…?」
『光の樹』は眩しいくらいの木漏れ日が降り注いでいる。
「俺、もう瞬には会えないや」
「えっ…?!どうしてだよ!」
「俺…、ずっと瞬と一緒だったよな?だから…といってはなんだけど俺はなんとなくずっと自分を見失っているような気がする。
だから、探しに行くんだ。全て終わったら必ず会いにいくから。」
「そんな……だからなんで僕には!」
瞬はある人の過ちを思い出した。
「茂さんみたいになっても良いのか?あの人は…、大切な人を犠牲にしてまでも夢を叶わせようとしていた。晴人も同じような過ちを繰り返す気なのか?!」
「良いんだ」
きっぱりとした言い方だった。
「俺は俺の道を行く、瞬は瞬の道を行け、もう二度と会えないかも知れないけど、俺は瞬の事を絶対に忘れないからな……」
「晴人…………」
瞬は晴人を引き留めなかった、いや引き留めようとも思わなかった。
ただただ呆然として見ている瞬の心の隙間を、風が吹き渡って行った。
「なぁ…晴人どうしてだよ…。」
瞬の小さな叫び声は、風の音で消えていく。亡き友の為に流した涙も大雨の中に混じり、頬を伝っているのは雨粒なのか、涙なのかも分からなくなった。
「全て終わったらまた会おうといったよな?どうして僕を置いて…、行ってしまったのか…?」
海は灰色の波を立て、大きく荒れ、『光の樹』はその名に似合わない程に黒い雲の中で揺れていた。
「ねぇ…晴人、もう一度会いたい。会って話をしたい!
本当に心から会いたいと思ってる人程会えないのはなんでだろう……。」
波は更に荒く大きくなっていく。
「お父さん!」
卓達が瞬の元へ駆け寄った。
「卓………」
「お父さん、落ち着いてよ!」
瞬は虚ろな目をして『光の樹』を見つめた。
「卓、あの樹の記憶…そこに答えはあるのかな…」
「えっ?」
「卓が見ている記憶って僕も見れるのかな…?」
卓の能力で見たものは物や場所の記憶、通常は卓にしかみれない。だが、瞬のように能力があるのなら…ひょっとしたら出来るのかも知れない。
「…分かった、やってみるよ。」
「本当に出来るのか…?」
「分からない、でもこれでお父さんの気持ちが少しでも落ち着くのなら…やってみるよ。」
それから亮也の方を見た。
「亮也、俺達を支えといてくれないか?この能力は心身共に負担をかけるんだ。しかも、使う時は自分の意識も感覚も全部なくなる。」
亮也は頷いて背後から瞬と卓を支えた。
「それじゃあ行くよ?どうかこの力がお父さんを救ってくれますように……」
卓は右手で瞬の手を握り、何も持っていない左手を『光の樹』の幹に当てた。目を閉じると音も光も無い闇の世界が広がっている。
しばらく経つと、強力な力が流れるとともに、自らの意思が闇に引きずり込まれた。それがあってどれ程時間が経ったのだろうか……、『光の樹』で二人が語り合っている映像になった。瞬と晴人は笑い合っている。
それからアナログテレビの砂嵐を挟んで次の映像に切り替わった。そこでは晴人が首吊り自殺を図ろうとしている。
その顔はぐしゃぐしゃになっていた。
「馬鹿だな、俺って。全て終わらすまでは戻らないって思ったのに、戻って来るなんて。だけど、俺には瞬達に会う資格は無い。だからせめてこの場所で死のうとしたんだ。
ハハハ、どうして俺って往生際まで悪いんだろ…、もう良いんだ。俺はこのまま死出山に行って存在もろとも消えるさ…。」
そして晴人は紐から首を取り、右手に巻いた。そして、車に乗り込もうとする所で映像は途切れた。
「晴人…そうだったんだね。本当は僕に会いたかったけど、約束を果たせなかったから会わずに死んだんだ。
晴人、もう自分を責めなくて良いんだ、だから…………、もう一度僕の目の前に現れてくれないか?」
瞬はまだ気が朦朧としている中でそう呟いた。卓達は何も言わずに見守っている。
瞬と晴人の絆は誰も間に入る事は出来ない程に深いものだった。
「晴人………、僕はただ、君に会いたいだけなんだ。もう一度話をしたいだけなんだ。だから、どうか晴人を………」
その時だった、土砂降りの雨が一瞬で止み、黒い雲の隙間から一筋の光が差し込んだ。その元に、瞬が今まで求めていた者が居る。
「晴人!」
瞬は目を覚ましたように立ち上がり晴人の元へ駆け寄った。
「瞬…」
二人は二十年振りに再会し、涙を流していた。
第六章 思い出の場所で再び君と
「晴人!ずっとずっと会いたかったんだ。会って話をしたかったんだ。」
「ごめんな瞬、本当は行きたかったけど、自分の強い未練に縛り付けられて、瞬の霊媒体質でも動けなかったんだ。」
瞬は手を伸ばしたが、晴人は首を振った。
「もう、この姿だから…」
晴人の身体は水晶のように透けている。それに今更気づいた瞬は慌てて手を引っ込めた。
卓達三人はずっと二人のやりとりを見ていた。いや、厳密に言えば霊が見えない人にとってはただただ独り言を言っているようにしか見えないのだ。それでも卓達は見守っていた。
「あの人が、叔父さんなんだ……」
エマにはどうやら晴人の姿が見えるそうなのだ。
「卓!」
すると、背後から由香と真海が駆けつけて来た。
「あれ、姉さん、どうしてここに?」
「それはこっちの台詞よ、晴人。何も音沙汰なしに死んで…どうしろっていうのよ!」
普段はおでこに着けている眼鏡を掛けている真海はいつになく真剣な表情をしていた。それを見て晴人は肩をすくめた。
「それは…、ごめんなさい…。」
霊は霊感がある者以外に、霊である人物と深い関わりがあった者にも見えるそうだ。
「俺は…、ずっと、生きる意味を探していた。ずっと姉さんや瞬を頼りきっててそんな自分が嫌だった。それに、両親には捨てられたようなものだったから、自分が果たして何をすればいいのか分からなくなった。だから、大切な人から離れるために旅に出たんだ。だけど…、旅に出ても分からなかった。むしろ、瞬達がどれ程大切な存在なのかを思い知らされるばかりだった。…自分一人で何も出来ないなんてどうかしてるよ…。」
瞬は晴人に返す言葉が分からなかった。
「瞬…、せっかくここまで頑張ったのに、結局何も変わらなかった。俺はもう瞬に会う資格なんてないんだよ。瞬…、俺の前ではどんな時でも笑顔だったよな?それでいつも冷静に考えていた。俺はどんなに頑張ってもそんな風にはなれないんだよ。」
瞬は震える手で拳を作った。
「何言ってんだよ.......、僕達、親友だろ?高校生で別れるまでずっと一緒に居ただろう?僕だって、晴人の気持ちは分からないし、晴人にはなれない。それに、僕だって、僕なりの苦しみを抱えながら、それでも生きてるんだよ!!」
晴人は、はっとして、瞬から目を逸らし、さっきよりも小さな声で呟いた。
「瞬との日々は楽しかった、だけど、それと同時に苦痛でもあったんだ。だから…、ごめん。」
「そんな…、謝るのは僕の方だよ。僕の存在が晴人を苦しめていたんだろう?本当にごめんよ…。」
瞬は体全体を震わせながら、抑えきれない涙を静かに流しながら、笑っていた。
「ありがとう、最期に二人でこうして話せて良かったよ。瞬、俺みたいになるな、瞬は自分の道を行ってくれ。」
晴人も泣きながら微笑んでいる。
「うん…、晴人、本当にありがとう。ちゃんと幸せになって戻ってこいよ・・・・。」
そう言って、瞬はもう一度晴人に向かって手を伸ばした。すると・・・、晴人は光の粒子となって、空に舞い上がった。
「晴人・・・・」
それと同時に瞬の霊媒体質によって纏わり着いていた霊達も一斉に空へと舞い上がった。
晴人と霊達の魂の光は、七色の光となって昇天していく。それは樹の枝の隙間から漏れ出し、七色の葉を抱いているように見えた。
美しかった、ただただ美しかった。瞬はその光景を見て、涙が止まらなかった。
卓達もその光景に見とれていた。
「そうか、『光の樹』って、そういう事だったんだ・・・・」
卓には瞬の呟きがそうはっきりと聞こえた。そして、あの時見た二人が瞬と晴人である事に気づいた。
卓達は、ようやく瞬が元気になったことが嬉しかった。