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牽制の声が食堂に響く。
「か、海様……」
夜叉の当主である天霧海が食堂の入り口に佇んでいる。
白髪交じりの短めの黒い髪、口元の髭。灰色の瞳は威圧的に物を捕える。
「数馬。女を捕らえよ」
「……わかりました」
数馬は、無表情に頷き、右手を水平にあげる。
「縛布雷光」
「数馬! それは!」
染が叫ぶ中、黄色の閃光が女を縛る。
「ぐあああああああああああ!!」
悲鳴が食堂中に響き渡り、女は気を失った。
女の首元の印は消えていた。
「数馬様が民に術をお使いになったぞ」
「しかし、女はすでに人ではなくなっておったぞ」
周りがざわめきだす。
「染大丈夫か」
染の上に倒れている女を担ぎながら問いかける。
「……うん」
「気を付けるんだぞ」
染は、重い何かを背負う数馬の背中を見送った。
一体何が起きているのだろう。
「……し、忍! ……あれ?」
忍はいつの間にか姿を消していた。
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「千尋! ほら!こっちおいで!」
目の前に草原が広がる。
10歳くらいの幼い千尋は声のする方へ。
「っはあ……」
いくら走っても追いつくことができない。
「姉ちゃん待って……」
「ほらほら早く来ないと置いて行っちゃうよ」
姉の笑顔が脳裏に焼き付いている。
「捕まえた!」
その瞬間、姿は消え、葉が一枚舞い落ちる。
「えっ……」
姉は砂になって消えた。
「うわあああああああああ!」
目覚めた千尋は汗が噴きでていら。息も荒い。
いつも姉がいなくなったときの夢を見る。
鵺との戦いに積極的に参加するようになったのは、姉がいなくなってからだ。
まだ幼いながらも千尋は姉がいなくなったのは鵺が原因だと感じていた。
「姉ちゃん……ねえちゃ……」
呻いていると、突然腹部に重みを感じた。
目を開けると目の前には緋色の瞳。
「そ、染!?」
「あはっ。千尋くんどうしたの? なんかうなされてたよ。また、灯さんの夢……」
「……うるさい」
千尋は染を払い退け、起き上がる
「なんで俺の部屋に来た?こんな夜中に……」
「あーあのね。最近千尋くんと話す時間なかったからさ。どう? 元気?」
染の話しながら髪を触る癖。何か相談したいことがあるのだろうか。
「今日ね。憎獣になった人を見たの。……噂には聞いてたんだ。最近、増えたなって。でもまさか人をバケモノに変えてしまう力があるなんて……私、なにもできなくて……ただ震えてた」
「人が憎獣に……。憎獣は昔からいる存在だよな。人間とは違う存在なはず……」
「憎獣のことは、夜の森にいるバケモノっていうことしか知らないし、普段は私たちの周りにはでてこないから実際に見たこともなったんだよね。」
「染が今日見た憎獣に変えられていた女は今どこにいるんだ?」
「地下牢だと思う……。数馬が術を使ったからどうなってるか……」
「数馬にも話を聞く必要がありそうだな」
「とりあえず今日は遅いしもう寝ない? 私眠くなっちゃった」
染は思い切り伸びをすると、千尋を見つめた。
「千尋くん。一人で抱え込まないでね。……じゃあおやすみー!」
小走りに部屋を出ていく染。
千尋は、染を目で見送った後、寝床に倒れ込んだ。