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人間を捨てた  作者: 野生のスライム
盲目なる狂気達
9/24

命の対価

 


 そこにはやはり誰かが居た。三人だ。和寛は見覚えこそないが、放送を使い、生徒達に避難を呼び掛けていた彼であろうと直感する教員。恐らくはこの学校と全くの無関係である一般人であった男。そしてきっとあの苦痛の声を聞いて正義感に突き動かされたと思われる、帰ってこなかった委員長の姿があった。

 言わずもがな皆その目は潰されており、何か意思のようなものを感じる仕草は見受けられない。三人が三人、指示を待っているかのように棒立ちで壁際に立っていた。


 彼等を見て和寛が今さら何か感情的なものに心が揺さぶられることはない。それは見慣れたというよりも麻痺しているといった方が適切な反応である。強いて何かしらの感想を言葉にするのであればいつ襲われるのか不安、そんな恐怖でしかなかった。


「一つ聞きたいんだけど、いいか?」

「なぁに? ふふ、友達だもんね、分からないことは私が教えてあげる」


 この場に似つかわしくない明るげな声で、とても上機嫌な子供のように少女は返答する。少女の目が見えていないことから誘導の為手を引いてこの部屋に入った和寛。今その手は痛くもないが力強く、分かりやすく言えば見た目通りの精一杯で握られていた。


「この部屋に居るあの三人、あれをやったのは君かな?」

「えー……私は知らないよ? 近くに居たから色々手伝ってもらったの」


 相も変わらず和寛の手は握られたままだ。逃げる素振りすらしない。しかし少女の口調は逃げていた。どちらかというと隠しているであろうか。見えていない顔を少し和寛の方から逸らしたのもそれを分かりやすく強調していた。


「本当に?」

「ほ、本当に……」

「友達に嘘はつかない?」

「う、う、うぅぅ…そです。ごめんなさい、友達止めるとか言わないで」


 本当に感情が転がるように変わっていく。何か演技をしているような感じではなく、素の姿を晒しているようで、そんな少女は嘘がバレたと同時に背けていた顔を和寛へ向けて弁解する。


「でもほんとに私がやったんじゃないんだよ? 知らない内に知らない人がああなって、よく分かんないけど言うこと聞いてくれるみたいだったから一緒にここまで来て、そしたらいつの間にか、その、えっと、いっぱい増えちゃった……みたいな」


 必死に、誤解がないように説明する様は、昂に質問した後のときのように嘘臭さなんて何処にもないように和寛は思えた。少女の声が最後の方になるに連れて消えていくように小さくなったのは和寛から何も言われない不安からだろうか。焦りに言葉が引っ掛かる少女は見えない顔で、縋るような態度で和寛を見上げる。しかしそれは媚びを売っているような様子ではなく気落ちしている、申し訳なさそうな気配が漂っていた。


「……治せたりは、やっぱり無理か」

「うん、どうしてああなったのか私にも分からないから」


 一通り話してみて和寛は分かったことがあった。それは本当に子供なのだということ。この子は純粋に、何か心の底で策略を練っているとかではなく、ただ周りが異常なだけという子供。以前の不法侵入少女はガワを取り繕った怪物のような存在だったが、この子はそうではないと感じた。つまり会話だけでも対処はできるかもしれないと和寛は考える。


「それなら、あいつらに言うこと聞かせられるんなら……」


 人を襲わないように言ってくれないか? 和寛はそう言おうとした。それができたのならこれで話は済んでいたのかもしれない。けれどどうも現実は話が上手く進むことがないらしい。


先輩(せんぱーい)、遠いですけどあいつらがこっち来てます。早くしてくださーい」


 昂のものと思われる小さな声が和寛には聴こえた。忍ばせるような声は気持ち語尾が延びている。注意していなければ聞こえていなかったかもしれない声だったが、それは反せば確かに聴こえてしまう声だった。つまり必然的に少女にもその声は届いてしまっているのだ。


「誰かあれを静かにしてきて」


 先程とは打って変わって急激に少女の声のトーンが低くなる。とても感情豊かな声だったはずなのに、今それから読み取れるものは喜びでもなく怒りでもなく、とてつもない不快感を拭うような冷たい感情だった。


「待て、俺が静かにさせるから」

「駄目! ただでさえ私達のお話の邪魔をして、それであなたがお話を止めたら意味ないもん」


 少女は隠しているつもりなどなかったのだろう。本当に反省はしていたし、和寛に申し訳なく思っていたのだろう。だからそれはただ和寛が今まで見えていなかっただけだ。

 それは度の過ぎた独占欲、粘ついた孤独感と暗闇が生み出した子供のように自分勝手な感情。この少女は確かに子供なのだろう。必要なこと以外であればその他はどうでもいいといったところなんて特に我が儘な子供そっくりだ。

 嫌われたくないと本気で思っているからこそ反省し、嫌われまいとする態度があった。しかし何事にも優先順位というものがあり、少女の中でそれは会話よりも優先されることだった。つまり会話の邪魔をされた今の少女には友達(和寛)に嫌われようが嫌われまいが関係なく、大切な大切な時間を邪魔した誰かを鎮静化させる、それだけが最も優先される事柄であった。

 そうこうしている間にも部屋にいた、動く気配すらしなかった三人は声も発さずに動き出す。彼等に許されていたのは呼吸だけであり、それだけでも少女にとっては煩わしい雑音だったのだろう。だがそれも今終わる。

 仲間を作れ、彼女を守れ、見えない道の邪魔をするな。彼等に思考と呼べるほどの知能はもうないのかもしれないが、けれど共通意識は明確に存在していた。


 当然和寛はそれを傍観しているつもりなどなかった。今すぐにでも少女の手を振りほどき、三人の足を止めなければならないと動こうとする。けれど、手が離れなかった。別に少女の手を離したくなくなったわけではない。接着剤があったわけでもないだろう。しかしやはりどういうわけか和寛の手は少女から離れなかった。


「離してくれ!」

「嫌、そう言って何処かに消えちゃうんでしょ? 私を独りにするんでしょ?」

「しない、しないから早く!」


 正確には和寛は手を離している。けれど少女がその手を離さないのだ。握力も体重も何もかもが和寛に勝ってはいないのにその手はビクともせず、少女はまるで地面に固定されているかのように動かなかった。


「山下ッ! 逃げろ!」

「へ? なぜっ!? なんでそっちからも来るんですか!?」


 幸い彼等は走ろうとはしていない。しかしこのままでは確実に挟み撃ちになるのが目に見えている。もしかしたら隙をついて逃げることができるかもしれないがそれはあまりにも不確定な未来だ。


「ワッ……ちょ、やめ、止めて、いやいやそんな……待って、目なんて何処にもありませんって! 探しても無駄ですので!」


 和寛からでは見えないが昂は捕まったらしい。訳の分からない苦しい言い訳が耳に入ってくる。今動かなければ本当に昂は目を潰される。彼等の仲間にさせられる。死ぬわけではないが死んだも同じ。気紛れで助けてこんなところで見捨てる。和寛にはそれがどうしてもできなかった。


 ──残思に襲われそうになったら取り敢えずそれで刺せばいい。


 心に残る言葉にすがり、和寛は握られていない手で懐のナイフを取り出した。そうして気持ちが変わってしまわないようそのまま勢いを殺さず布を払い取り、それと同時に離さない少女の手の甲を切りつけた。

 やはり心の何処かに戸惑いがあったのだろう。少女を突き刺すことはできず、手の甲を真横に一線。それで少女は手を離す。切られた箇所を残りの片手で押さえつけてその場にしゃがみ込んだ。


 罪悪感が体中に絡み付くがそれで動きを止めてしまっては何のために傷つけたのか分からない。だから和寛は急いで昂を助けようと走った。しかし、次に聞こえた叫び声で足を止めさせられる。手遅れかと思いかける和寛だが、声色が、声の数が違うことに気がついた。

 それは怒りだ。校舎から、グラウンドから、全てのまともではない人間が一斉に怒りだけを乗せた叫び声を放ったのだ。


「ッ! 先輩大丈夫ですか!? てかなんですかこれ!?」


 拘束を脱け出した昂は、いや拘束が解かれた昂は和寛の下へとやってきた。先程まで必死の抵抗をしていたのだろう。息を切らし周囲を確認して和寛に問い掛ける。


「お前こそ捕まってたんじゃ」

「なんか知りませんけどあいつら急に叫び出して、押さえてる手とか退けたんで逃げてきたんです。先輩何か知らないんですか?」


 知っている。和寛は知っている。どうしてそうなったのか、タイミングを考えれば何が原因かなんて簡単に想像がつく。結果的にそれは昂を助けたことに繋がったが、しかしそれは和寛にとって自分を許せなくなるような行動だ。

 未だ彼等は叫ぶだけで何かをする様子は見受けられない。そんな中で後方から声が聴こえる。一人だけ違う、怒りではない消えてしまいそうな声。


「いた、いよ。なんで皆……なんで……」


 和寛に絡み付いた罪悪感はそれを聞いて膨張した。体中に圧迫感が押し寄せる。息苦しく生き苦しく、和寛という存在を侵食する。

 少女の手からは血が流れていた。当然だ。切ったのだから血が流れることは何らおかしくない。しかし、それでも傷は浅かったはずだ。だというのに少女の周りには既におびただしい量の紅い血溜まりが広がっている。傷口に対して出血量が比例していないのだ。

 ──いや、そもそも。


(これじゃあただのナイフで女の子を切っただけ……は、箱は? 封印は? あれはなんだったんだ)


 このままだと少女は死んでしまう。それは見た目の衰弱具合だけでも和寛は理解できた。その手から流れる血は止まる気配がない。ふらつく少女の体はついに前へ倒れそうになる。けれどそれは、それだけは和寛が滑り込むように阻止することができた。


「どっち?……ううん何も……せめて一緒にいて、独りは寂しい」

「お前、目が……なーんて」


 少女の声に答えたのは和寛の声ではあったが和寛自身ではなかった。聞こえるのは背後から、声の主は何処からともなく現れたいつぞやの少女(かいぶつ)。わざと声色を真似て喋る一芸は芸と呼ぶのも腹立たしい。そのふざけた態度は和寛の怒りを沸き立たせた。


「これ、どういうことだよッ!」


 おちゃらけた少女(かいぶつ)に向かって和寛が投げたのは怒声だけではなく、彼女から受け取ったナイフもだった。素人が投げたナイフなのだから真っ直ぐ飛ぶわけではないが、確かにそれは少女に刃を突き立てんと向かっていった。けれどもそんな些細な怒り(ナイフ)は無意味のように無価値のように少女(かいぶつ)に掴まれて傷すら負わすことができない。


「いきなり叫ばない方がいいよ? 私が昂君を眠らせていなければ君は頭がおかしくなったと思われていたところだ」

「なぁ! お前言ったよな? そのナイフは箱だって、残思が手を出せなくなる封印だって!」

「うーん? あぁうん! 言ったね、確かにそう言った」


 まるで覚えていないことを、どうでもよかったことを思い出したかのように。それが演技なのか本気なのか、どちらにしたって神経を逆撫でる態度に違いはなかった。


「じゃあなんで、今こいつは死にそうに」

「そりゃ君が切ったからだろう? ……あぁ、何か勘違いしてるのかな?」


 この場合、和寛が勘違いをしていると言っても彼女としては間違いではないのだが、より正しくには勘違いさせた、だろう。しかし彼女にその違いはどうでもよく、また指摘したところで無意味なものだった。だってそうだろう。


「別にあれは例え(・・)なのだから言い換えてもいい。『箱』は『棺』、『封印』は『墓石』……とかにね」


 和寛自身がその間違いを意味が無いと言い捨てているのだから。いや、そもそもがあの時この少女(かいぶつ)はなんだかんだ言いながら最終的に刺せばいい(・・・・・)と言ったのだ。こんな鋭利なものを突き刺したらどうなるかなんて考えればすぐ分かるのに。確かに死ねば手は出せない。動くことすらできなくなるのだから。難しく考える必要がないほど単純な真理だ。

 改めて言おう。彼女は性格が悪い。無意味ではないが意味があるからこそ意地が悪い。気づいてからではもう手遅れなのだ。


「……一つ頼み事を聞いてくれるか?」

「なんだい? 取り敢えず聞くだけ聞いてあげよう」


 歯を食い縛り怒りを抑え、和寛は抱き抱えている女の子に目を移す。

 少女は既に喋る余裕すらないのだろう。浅い呼吸を繰り返し、いつ事切れてもおかしくない状況だ。この子が仕出かしたことはとてもではないが善行と言えるものではないけれど、本人が望んでそうしたわけでもない。間接的にそうなってしまったというだけだ。勿論昂に対しては違うが、だから生きていれば再び同じことが起きるかもしれない。それでも和寛はこんな女の子を殺したくはなかった。


「この子を助けてくれ」

「苦しませず、一思いに、というやつかな?」

「違う、分かって言ってるだろ。それ」

「ハハハ、つまり、私に無償で治せと。……随分と都合の良い命令なことだ」


 空気が凍りつく。時間が、思考が、心臓が、一瞬だけ止まったかのように錯覚する。怖がらせたいのか、はたまたそれが本性なのか。以前となんら変わりのない少女の声のはずなのに和寛の全身は押し潰されそうになる。


「……言ったろ頼みだって。対価は払う」


 そんなプレッシャーを紛らわすように、声を震わせないように、和寛は口角を吊り上げて平然を装う。端から見れば少女を抱き抱えている手の、僅かに震えているそれが虚勢だと表しているのだが、怯えながらも反抗的な、その子犬のような態度が少女はどうも少し気に入ったらしい。


「冗談だよ、冗談さ。ただ君の言うように何事にも働きに対する対価が必要だ。私は約束を絶対に守るけどそれに見合った対価があるからこそ守るんだ。だからね、その子の命を私が保証する代わりに君は私に何を受け渡す?」


 命を救う対価。対等で、平等で、釣り合った、命と等価値の何か。そんなものはこの世には無い。価値は当人が決めるものだから路傍の石でも紙切れでも、それを等価値だと決めれば等価値となり、無価値と言えば無価値となる。

 所詮価値というものは主観でしか決めることはできず、少女(かいぶつ)の価値観というものを和寛は知らない。だから和寛は己が受け渡すことのできる最も価値あるそれを、まるで悪魔とでも取引するかのような面持ちで少女に渡すことにした。


「……俺の人生全部やるから、この子を助けてく……れ……」


 そこで意図的にやってきた猛烈な眠気によって、不意打ちを喰った和寛の意識は深層へと落ちることとなる。直前に見えたのは少女(かいぶつ)の僅かな笑みのみであり、それが何を意味するのかなんて分からないが、少なくとも約束は守ってもらえそうだと和寛は一抹の安心感に身を任せるのであった。


~妄想~

見えていて且つ気絶していない場合の昂「先輩、それ告白に使う台詞です」

黒幕兼謎に満ちたおふざけ大好き少女「等価交換だから私の人生を彼にあげなくちゃいけないね」

見えていて且つ気絶していない場合の昂「いえこの場合あの女の子の一生の為に使いましたから」

黒幕兼謎に満ちたおふざけ大好き少女「……!つまり交換されるのはあの子の人生、和寛君は幼女に告白したことになるね!度しがたい変態だ」

見えていて且つ気絶していない場合の昂「事案ですね!」

黒幕兼謎に満ちたおふざけ大好き少女「事案だね!」

ー以下前回と同じー


……あ、次回時間を巻き戻して日曜日から黒幕少女と盲目少女視点でお送り致します。一体黒幕は誰なのかッ!?(迫真)

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