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人間を捨てた  作者: 野生のスライム
盲目なる狂気達
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静寂が残る

 


 たくさんの走る足音が聞こえる。多くの何かが歩いて接近してきていることが聴いて分かる。左右の廊下から複数の足音を立ててこちらへ逃げようと走ってくるその音は追い込み漁という言葉を連想させる。故に他に逃げ場のない魚達は自然とこの教室へやってきた。悲鳴を撒き散らし、助けを求め、逃げ場がもう無いことに絶望した。


 元々この教室の生徒であった数名はやってきた彼等彼女等に問い質そうとする。一体何に対してそんなに怯えているのかと。彼等の様子は明らかに人間から逃げてきたようなものではなかったから、ハッキリ言って複数の不審者と言えどその取り乱し方は異常だった。

 しかし話し掛ける前に、話し掛けようと肩に手を掛けた瞬間、逃げ込んできたその生徒は逃げ出した。


「嫌、助けッ、助けて!」


 逃げる場所がないのに逃げ出した。いいや、逃げる場所ある。目の前に、すぐ近くにある。彼等は、彼女等は、そこに目が掛けて走り出す。誰かが止めようとした。誰かが腕を掴み阻止しようとした。けれど彼等は生き残る為に、生かそうとする者の手を振りほどき、(そこ)から飛び下りた。

 その多くは落ちたと表現するべきだろう。そこからの景色に狼狽えて、足を止め、後方から突き飛ばされた。ろくな体勢も取れないままに逆さまに、落ちたのだ。

 その後に続く者は先に敷かれた赤い絨毯の上に着地した。生暖かいクッションで衝撃を緩和した。けれど中には上から降ってくる誰かに踏み潰されて骨折し身動きが取れなくなる者も居る。自業自得と言うべきか運が悪かったと言うべきか、ともかく彼等は、彼女等は、校舎から脱け出すことには成功した。混沌とした狂気から逃げ切れたかどうかは別として。


 未だ教室には取り残され「早くしろっ!もうこっちに来るぞ!」と叫ぶ者達がいる。必死な形相で目前の人間を押し込むように突き飛ばす者を見て、状況を理解できていない者達は恐怖しか感じない。何が彼等をそこまでさせるのか、何を見たから彼女等はああなったのか。

 その答えはすぐに嫌でも分かることとなった。ゆっくりと走る訳でもなく、しかし怒りを(あら)わに、悲鳴を上げ逃げてきた生徒達を追い、やってきた。


 彼等はまるで誰かに捧げるかのような声で叫んでいた。誰かの為にもならない無意味さで歌っていた。

 長時間、もしかしたら今までずっと声を出し続けていたのかもしれない。声がかすれ、血を吐いて、けれど幸せそうに歌う者。怒りに任せ喉を潰すかのように、聞いているだけで心配してしまう発声をしている者。

 彼等の叫びには、彼女等の歌には、言葉としての意味等ない。羅列も何も考えるだけ無駄な、叫ぶだけの発声するだけの音。


 逃げ惑う者達は彼等が追いついてきたことに動揺し、より必死となって逃げ出そうとする。理解ができていなかった者達は否が応にも理解できた。その獣のような言葉は生物として純粋な恐怖を感じさせる。彼等が教室に入ってきたと同時に声を荒らげたのも恐怖を感じる理由の一つだ。


 彼等は間違いなく人間だった。年齢は様々、老人も入れば同い年のような、いやようなではない。逃げる生徒の中にはその集団の中に知り合いがいた者が居る。友人が居た者がいる。つい先程まで会話していた相手がいる。だがその集団に混ざっている者達は彼等の知っている彼等彼女等ではなかった。

 その瞳から流れて出ていた紅いものは、瞼に隠されていてもその目がどうなっているのかを容易に想像させた。そしてそれは誰か一人の特徴ではなく、その集団全てにおける異常性。狂ったように歌う彼等彼女等は誰一人として例外なくその瞳が潰れていた。


 その光景はまるでホラー映画に出てくるゾンビを彷彿とさせる。唯一の違いと言えば彼等は死んでいないということ、その行動は本能ではなく明確なる意志を持ってその歩みを進めていると感じさせる。その意志が一体何なのか、そこまでは誰も理解することはできないが、少なくとも彼等から追われる者はその意志を踏みにじるような行為をしたのだろう。


 阿鼻叫喚の地獄絵図、次から次へと入ってくる狂気(彼等)から悲鳴を上げて逃げようと足掻く生徒達。けれど逃げられる道は限られており必然と狂気(彼等)に捕らわれる者達が出てくる。

 虫の死骸に群がる蟻を思い浮かべてみてほしい。一人の生徒に対し数人の狂気が取り囲む。一対複数の勝ち目のない力勝負に負けた生徒は床に組伏せられて口を塞がれる。何かを確認するかのような手つきで幾人もの手で顔を撫でられ、そしてそれが目元まで来た瞬間。


「んーッ!んんんーッ!!」


 誰かがそれを見た。狂気が一人増える瞬間を。床には血痕が作られ、耳に侵入する新たな歌が増えた一瞬を。次第にそれは増えていく。恐怖が伝染するように狂気もまた数を増やしていった。


 本当に一分もしないうちに状況が姿を変えていった。床には血が流れ、知り合いが知らない何かに成り果てる。

 伊藤和寛はその光景を心拍を高めながら目に入れていた。傍観しているわけではない。楽しんでいるわけでもない。何をすれば助かるのか、どうすればこの状況を変えることができるのか、それを必死に頭を働かせながら考えていた。確かに和寛にとって彼等は命を掛けてまで助けようとは思えない程度の仲だ。だがだからと言って、目の前で誰かに助けを乞いながら意味の分からない何かに成り果てていく彼等の姿を無感情に眺められるほど冷徹にはなれない。けれど、助けたいからといって考えなしに突っ込んでいけるほど馬鹿にもなれない。だから教室の隅で考えを巡らせる。


 これは見て分かる狂気だ。非現実的な光景は昨日知った一つの存在を思い起こさせる。

 これは残思なのだろう。周りの人間全てが彼等を見ることが叶っていることから狂気を感じさせる彼等は間違いなく人間である。ならば残思は彼等ではなく彼等をこんな風にした何か、もしくは誰かだ。


 それで一つ和寛は気づいた。なぜか自分は彼等に襲われていないということを、それどころか見向きもされていないということを。何か特別なもの、例えば少女から受け取ったナイフのお陰だろうかとも思ったが、よくよく観察してみれば他に逃げ遅れた、教室の角で頭を抱えて怯えている男子生徒にも彼等は手を出そうとはしていない。

 つまりあぁそういうことなのかと、ようやく和寛はあの紙に書かれていた内容が、一々面倒な書き方をしたものだと理解する。そして恐怖を感じていたからだろう、こんな簡単なことすら思い浮かばなかった自分を一度でいいから殴りたいと思った。


『静寂が明かりを手にし、反するは日を落とす。彼等は元には戻らない』


 理解した上で読み直してみればこれはそのままを書いてくれたのだと分かる文章だ。落ち着いてきた今だからこそなのかもしれないが当たり前の、この紙が無くたって対処できたかもしれない事実。だが分かっていなければ被害が出てからではないと理解できないというところが嫌らしい。性格が悪いと言った方が良いのかもしれないがどちらにしたって同じことだろう。


 もう全員を助けるなんてことはできないが、一人くらい助かる方法を教えることはできる。恩を売る為、死なれると夢見が悪くなりそうだから、偽善に酔いたい、理由はなんだっていい。和寛自身よく分かっていないのだ。ただそうしたいと思ったからそうした。それだけだ。


 教室の角に居る男子生徒の側までそっと近づいた和寛はポケットに仕舞っていた紙の『静寂』を指差して目の前の彼に見せた。こんな状況で誰かが自分に近づいてくるというだけでも恐怖となりえる。怯えていた彼は驚いて声を漏らしそうになり、和寛は咄嗟に彼の口を手で塞いだ。周りの狂気は和寛等に気づく様子はなく、紙を持っている残りの手の人差し指を立てて彼に静かにしていろとジェスチャーで伝える。

 すると目の前の和寛に襲われないと分かり、男子生徒は幾分か落ち着いたのだろう。首を上下に動かして取り敢えず黙っておくという意思表示をした。


 もし仮にあの少女が特に意味のない、意味ありげなだけのメッセージを残していたのなら、和寛はここで狂気の仲間入りを果たすこととなっていただろう。だがあの少女はそんなことはしない、そんなつまらないことはしないと、短い間ながらも中途半端ではない性格の悪さを和寛は知って、だからこそある信頼がそれを保証している。やるのであれば夢の中での左腕のような今回と同じく被害が出てから分かるもの、決して無意味ではないが意味があるからこそ意地が悪いことをしてくる。和寛にとってあの少女はそういう印象なのである。


 しばらくして歌が、歌だけが教室に満ちた。他に雑音はない。邪魔する者はもう居ない。彼等は満足そうに不愉快な笑みを浮かべ不気味に歌う。彼等の道を阻む者は彼等と同じ道を歩むこととなった。明かりが溢れる、行く先が輝く、彼等はまだ照らし続けなければならない。それが自分の在り方なのだからと動いているから。

 ──もうここに居る意味はない。また新たな道を照らさなければ。

 彼等は意味のある言葉を喋らない。だがまるで全ての意思が一つであるかのように、一人を皮切りに次々と教室から去っていく。


 こうしてこの教室に静寂が残った。








文法の拙さと言いますか、ひっちゃかめっちゃかに入り乱れる描写苦手だなぁって改めて思い知りました。

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