あーもう滅茶苦茶だよ
待たせたなッ!
~あらすじ~
御焚集の手紙鳥統率、鳩胸なる残思がお宅訪問!
大雑把な予定通り、和寛は鳩胸を比較的小綺麗な一室に案内した。そうして掃除や洗い物があるからと言い訳をしつつ、そこから離脱する。
「では飲み物など必要ならば呼んでください。用事を済ませたらしばらく近くの台所に居ますので」
そんな言葉を置いて、心遣いに感謝する鳩胸を部屋に残し、和寛は寝室に歩いていく。
まるで片足で爪先立ちをしているかのような即興の計画。その次の行動は楓花に事情を知らせるというものである。
だから走ることなく、慌ただしい足音を鳩胸に聞かせないようにして、しかし急いで歩いているのだ。だが、その時の思考はおよそ別のものに割かれていたと言えよう。
それはすなわち、楓花が鳩胸に見つかった場合の言い訳。と言う名の設定である。
年端も行かぬ少女と一つ屋根の下、そんな状況を他人が発見すれば九割九分良からぬことがと勘繰ることだろう。だから良からぬ関係ではないと反論できるような設定が必要なのだ。
けれども呑気に落ち着いていられない状況の和寛には、そんな簡単なことが素直には思い付かなかったのである。
急ぎ足であったが故に、納得できる案を考え付くよりも先に、和寛は寝室の前に辿り着く。
襖を開き、中に入るとおよそ最後に見た位置から六回転ほど離れたところで楓花は寝息を立てていた。
それにやや驚きつつも和寛はそそくさと近くに寄って膝を折り、起きてくれと楓花に目覚めを促す。その際、大きく乱雑に広がった黒髪を踏まないようにと手でかき分けて空間を作り、ずれかけているワンピースをそっと戻した行動は言わずもがなであろう。
「……ん、んー……」
体を半回転させて起きたのだろうか、楓花は声を漏らす。だがその様子から見るにこのままではまた夢の中へ逆戻りなのは明白であった。だから和寛は止まず起きてくれコールを続ける。
「今何時ぃ……お兄ちゃん」
その時、和寛の脳内に電流のような何かが走った。衝撃という落雷に打たれたとでも言えようか。
楓花のその言葉は寝惚けて出てきた言葉だが、設定をどうするかと悩んでいた和寛にはこれだ! という決め手の声となったのだ。
そしてこのままでは話にならないと判断するや否や、和寛は楓花の上半身を起こし、無理矢理お目覚め状態にさせる。
「ほら、いい加減起きて、そしてよく聞いてくれ。今日から俺はお前の兄になると決めた」
「……ぁえ? ……えぇッ!?」
話は飛躍し、中継地点からスタートの楓花には眠気も吹き飛ぶ衝撃をもたらした。
一応彼の名誉のためにこの考えを記述するのであれば、家族なら一緒に住んでいてもおかしくないよね、という彼なりの思考の結果がこれなのである。
これは卵が先か鶏が先かの話でしかなく、いつかは収束する再演だ。だから楓花はどうしようもなく残思でしかないのだが、まだ二人はそれを知らない。
混乱する楓花と急ぎすぎた和寛。楓花の困惑具合を見て一旦落ち着かなくてはと和寛は話を整理した。
御焚集という組織が楓花を狙っていること。その御焚集の一人が今屋敷に居ること。もしかしたらこのまま助かるかもしれないこと。もしものときのために家族という設定を通してほしかったこと。
あまり説明に時間を掛けては鳩胸がどう動くか分からないと和寛は必要最低限のそれらを手早く話す。そして説明を聞いて、楓花は和寛の予想に反して素直に頷いた。
「うん、いいよ」
「……本当に?」
「本当に」
今の楓花に暗い面持ちはない。和寛は、もしかしたら昨日のように「私のせいで」と言われるのではないかと考えていたのだが、そんな様子は欠片もなかった。
トラウマの克服と解釈するべきか、気にしなくなった出来事があったというべきか。楓花が一つの成長を遂げたのは、当然として和寛はそれを知らない。
それはともかくとして、楓花は和寛の述べた提案に頷いた。だが一つ、交換条件というほどの強制ではないがこんな話を持ち出した。
「ただその代わり、あなたの名前を教えて」
「……あれ? 言ってなかったっけ?」
「あなたの口からは聞いてない。私は昨日言ったのにずるい。だから教えて」
確かに楓花は昨夜、和寛に自ら名前を名乗った。あぁいや、あれは訂正したようなものだったが、ともかく楓花にとってあれが和寛に対する初めての自己紹介のようなものだった。以前にあった名乗りは絃奈に対してだけということなのだろう。あのときの楓花は手を切りつけてきた和寛のことをかなり毛嫌いしていたようだから、拒絶的にそれの対象から外すのは仕方のないことだ。
早い話、拗ねた子供に話し掛けても「え? 何? 聞こえなーい」と返ってくる。それに近い状態だったということだ。
「そうか、ごめんな。俺は和寛。伊藤 和寛だ。これからよろしくな楓花」
「うん、よろしくね。……和兄」
呼び方を一度考えて、楓花は自らの兄となる彼をそう呼んだ。
一人っ子であった和寛はそんな呼ばれ方が妙に気恥ずかしくて微笑む。
そしてそんな二人を襖の隙間から覗き込む鳩胸。その口には手があてられており、まるで「あらまぁ」とでも言いたげな姿であった。
「もしやこれは私が聴いてはいけなかった内容なのではないでしょうか。ああいえ、御二人にとってという意味で」
「ッ!?」
背後からの声に和寛の肌が粟立つ。
なぜここにいる? という純粋な疑問も後回しに、和寛はそっと手をポケットに落とす。そこから僅かにはみ出した布に巻かれているナイフの柄、それに手を掛けて鳩胸から目を離さない。
楓花も驚いていた。まさか音もしないところから声が聞こえるとは思っていなかったからだ。しかし、前例がある以上それは不思議でもなんでもない事柄であった。
「手紙鳥は諜報も兼ねておりますので、えぇ、怪しいものにこっそり近づくのも当然の理」
鳩胸は襖から完全に身を出した。和寛らの逃げ道を塞ぐためだ。そしてそこから一歩も動く気配も見せず、彼の瞳は日の光を背に鈍く光る。
「むしろ何を驚いているのでしょう? 小綺麗な玄関、廊下。その割には庭の雑草やその他の部屋が杜撰過ぎる。引っ越したばかりというのはそれで分かりましたが、このような場所であなたが一人だけで住んでいるとは思えませんでしたから、失礼ですが後をつけさせていただきましたという次第です」
ポケットのそれも気掛かりでしたからね、と鳩胸は付け加え、自らも懐に手を入れる。
「私の思い違いでなければ、あなたは私と同じようなものを携帯なされているはず。どうでしょう、ここは一つ、彼女を賭けて私と一騎討ちをしてはみませんか」
「いやぁ、お誘いはありがたくもないんですが、断れば手を引いてくれますかね?」
鳩胸の提案に和寛は拒否を返した。絃奈から預けられたナイフがあるとはいえ、やはり和寛は一男子高校生でしかなかったからだ。だから勝てる見込みのない話をそう易々とは受けられなかった。
楓花も己の置かれている立場は和寛から聞いている。そして自らが投降するでもなく、しかし恐怖からか声も発さずに、楓花は和寛の後ろへと体を寄せた。言葉ではなく、行動による鳩胸への拒絶の意思表示だ。
「いえいえ、御焚集が狙っているのです。ならば手紙鳥の獲物ということでしょう? 私は仕事は忘れど放棄はしない主義ですので」
鳩胸は襖に忍ばせた手を外に出す。そこには輪として纏められたワイヤーのようなものがあった。両端には留め金の代わりとして分銅のような小さな鉄の塊がつけられている。
それは残思捕獲用ネットを流用して作られた特殊なワイヤーだ。素材に残思を使用していることからもそれは対残思として破格の性能を持ち合わせていた。
そんなワイヤーをフックのように曲げた左腕に掛けて、鳩胸は楓花へと目を向けた。
「別に一騎討ちをご所望でないのなら、大人しくしていただければ捕縛のみで済ませますが、どうでしょうか?」
優しげな言葉遣い。それとは裏腹に鳩胸の性格は攻撃的といえる。ただし、それは戦うことが好きであるが故のことであり、しかし極度の戦闘狂いというわけではかった。
仕事との分別はつけられ、そして鳩胸が優先するのは仕事であった。つまり、今ここで無駄に時間を浪費することを鳩胸は良しとはしないが、和寛がどうしてもというのなら戦うぞと、鳩胸はこう言っている。
「……それ、わざわざ聞く必要ありますかね?」
黙って鳩胸の話を聞いていた和寛は、やや苛ついていた。意味のない問い掛け、しかも表情こそ変化はしていないものの、鳩胸自身、和寛から返ってくる言葉をある程度予測しているかのような声の調子であった。すなわち、最後の質問は鳩胸からしても取って付けただけの飾りであったのだ。
「それもそうですね。あなたがその子を差し出していないというだけで、返答は目に見えている」
鳩胸は曲げていた左腕を下げた。当然、だらしなくワイヤーは床へと落ちて、その端を鳩胸は握っている。その様は蛇を掴んでいるというよりも鞭を握っているという方が適切であり、もし素早く振られたそれに当たれば擦り傷では済まないのだろう。
そんな想像ができてしまった和寛は、覚悟を決めてもなお震える手でナイフを取り出し、巻かれていた黒一色の布を雑に剥がした。
和寛からの言葉はもうない。そんな余裕を見せた時点でワイヤーが和寛目掛けて飛んでくる。そんな想像が簡単にできるほど、場は静まり返っていた。
「では、あなたが動かないのであれば、私から始めさせていただきましょうか」
鳩胸はそう言うや否やワイヤーを持つ左腕を後ろへと下げて、右足を前へと踏み出す。それの次の行動なんて一つしかなく、身構えようとする和寛だが、それでも遅く隙だらけであった。
「一撃で沈まないでください、ねッ!」
およそ常人には理解できない速さで、真っ直ぐに和寛を捉えた左腕はワイヤーを前へと飛ばす。その先端についた重りも相まって、和寛が対応できない速度で愚直にもそれは彼の腹に穴を開けんとしていた。
当然、それを見た彼は即座に動いた。和寛へと向かう一直線のワイヤーを掴み、引いて、送り主へと投げ返す。その場にいる誰もそれを見ることは叶わず、そして一瞬の内に何もかもが覆ったと誰もが遅れて気がついた。
「大丈夫か? 若人よ」
ほぼ同時に起きた二つ轟音と共に、廊下から外へと吹き飛ばされた鳩胸は砂埃に包まれていた。夜には月明かりが廊下を照らすそこは、本来大きな窓ガラスがはめられていたはずなのだが、現在は和寛の記憶と形状が変わっていた。
まず、鳩胸が飛ばされた衝撃で砕け散った惨状が一つ。そしてもう一つ、なぜか内側にガラス片が飛び散った残骸が一つ。計二つ分の大きな穴が開いていた。
突如として現れた彼は衣類にガラス片を纏い、にこやかに微笑む。そんな彼と窓ガラスとを見比べて和寛は両手で顔を覆った。
「割りと大丈夫じゃないです」
ネクスト助っ人ヒント!
~片付けのできない助っ人さん~