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人間を捨てた  作者: 野生のスライム
鍵と特訓と研究と
22/24

助っ人は遅れてやって来るものだ

いつも通り時間の流れの早さに驚きながらの投稿。

 


 頭部以外はおよそ人間のものと変わりのない鳩胸と名乗った男は、しかし一目見るだけでも偽物ではないと分かる人間大の鳩頭を動かして玄関を視界に入れていた。


「さて、突然で大変申し訳ないのですが一つ、貴方にお伺いしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」


 和寛は答えなかった。答えられなかったのである。状況から見ても相手は楓花を探しているのだろう。その足掛かりとして和寛の居場所を見つけ出した。夢の中での出来事が、より詳しく言うなれば絃奈の言葉が真実であるのならば今の状況はそれだ。つまり、楓花がこの場所にいることを相手は知らない可能性が高いのである。だってそうだろう。知っているのならばわざわざ和寛に接触する理由がないのだから。勿論これが和寛を引き付ける陽動だとか、和寛の対処が楓花よりも優先されただとか、可能性としては様々だが、職務質問された悪人の如く慌ただしい心境の和寛には思い至らない可能性でもあった。

 思い至らないだけで、可能性が低いだけでそれがありえないことにはならないのだが、見えているものしか見えていないのだからやはり、和寛の思考もそれに沿っていた。

 それはともかく、一つの質問があると言った鳩胸は、それに続くようにしてその問いを和寛に向けた。


「ここはどこで、貴方は誰なのでしょう?」

「……はい?」


 和寛の目が何を言っているんだこの鳥頭は、とでも言いたげな目にシフトチェンジした瞬間である。真面目な話、鳩胸が「私は誰なのでしょう?」とでも言っていたのならば、一欠片程度には記憶喪失したのではと和寛は疑ったのであろう。その前に自分から自己紹介をしてるくせに随分と都合のいいタイミングの記憶喪失だなと大部分で思うのだろうが、しかし、貴方は誰だと聞いてくるのはおかしいのではないかと和寛は疑問視した。

 想像してみてほしい。無遠慮な人間が初対面の相手にお前の名前はなんだと単刀直入に聞いたとする。これはまだ百歩譲って自然だ。ナンパだとか、職質だとか、決して珍しい場面ではない。けれどもお前は誰だ、だとか、お前は何者だ、だとか。そんな言葉は正体を隠していたり、変装していたり、相手の私有地に勝手に入って見つかるぐらいしないと早々聞く言葉ではない。つまるところ鳩胸がそう言った言葉は和寛にとって違和感しかなかったのである。

 そんな和寛の反応は鳩胸に引っ掛かりを覚えさせ、首を傾げさせた。


「おや? もしかして私と貴方は初対面なのでしょうか? もしくはそれほど親しい間柄ではない?」

「えぇっと、初対面ですけど」


 いつでも玄関の戸を閉められるような位置から動かず、和寛は差し障りのなさそうな言葉で様子を見ることにした。少なくとも問答無用で悪夢を見せるようなどこかの誰かよりかは会話ができそうだと感じていたからだ。


「あー、なるほど道理で。少々勘違いをしておりました」

「勘違い?」

「はい。というのも実は私、興味の持てないものは一切合切忘れてしまうんですよ。何分このような顔立ちですので、初対面の方とそうでない方との違いは、この顔を見せれば覚えずともその反応で見分けられるのですが、少々貴方の反応が薄かったものでして」

「それで誰なのかを聞いたと」

「えぇ、私がこの付近に派遣されたということは何かしらの仕事があった。こんな山奥で一人、私を見ることのできる方がいるとなれば明らかに関係者。いくつかその筋の家名は覚えておりますので一応確認をと」

「そうでしたか」


 高鳴る胸を押さえつけて、緊張していることを悟られないように和寛は言葉数を少なくする。平然を装い、楓花が起こした事件の、ではなく、鳩胸(御焚集)側の人間のように振る舞う。幸いにして鳩胸は興味がなければ仲間とて忘れるような相手であった。だからこそ多くを語り尻尾を見せないようにと言葉を短く切り上げる。そうすれば面倒事を回避できるかもしれないと思い至ったからだ。

 だが、ここで名乗らなければ鳩胸に不信感を与えるのも明白であった。咄嗟の偽名を名乗るか、もしくは本名を名乗るか、二つに一つの賭けではあるが、和寛は鳩胸の言葉から一つの考えが浮かび上がっていた。


「えっと、遅くなりましたが俺は伊藤家の者です。記憶の中にありますかね?」

「伊藤家……ふむ、いくつか覚えがありますね。いやはや伊藤家の血筋の方々はこと残思に関して皆優秀でいらっしゃる」


 伊藤家と聞いて一瞬黙った鳩胸にヒヤリとさせられる和寛だったが、どうやら家名を思い出していただけのようだと分かり、内心で落ち着きを見せた。絃奈から聞いた御焚集はどうも巨大組織らしいぞと知った和寛は、それだけ大きいのなら関わっている人間も流石に一人や二人だけではないだろうと判断し、名字だけを名乗ったのだ。

 ここで本名を名乗ったのは嘘をついたときのデメリットが大きいからである。一度偽名を使えばそれで突き通さなければならなくなるし、最悪バレてしまえば隠し事があると明言したようなものだ。そして鳩胸は「何かしらの仕事があった」と言ったのだから仕事内容事態に興味を持てず忘れてしまった。つまり和寛の名前も知らない可能性の方が高かったのである。無論覚えていた場合も考えて和寛は本名の名字だけを名乗った。それならば鳩胸が覚えていたとしても同じ家名の別人であると言い訳が立つからだ。


「さて、それで話を変えると言いますか、最初に戻らせていただくのですが」


 さながら峠を越えた気分であった和寛は、鳩胸の言葉に差し障りのない相槌を打ち、再び峠越えの覚悟する。

 この時点で和寛が一番聞きたくない言葉は「ここはどこなのか」という質問の再来だ。絃奈に半ば無理矢理連れてこられたこの場所が一体どこなのかなんて、和寛自身もよく分かっていないのである。だからその質問に答えるとなると多少なりの違和感を鳩胸に与えるかもしれない。嘘をつくなり、誤魔化すなり、本当のことではないのだからどこかで不備が生じる可能性がある。

 だからこそ先程と同じような緊張感が和寛に舞い戻った。名前のやり取りであやふやにできたかな? という考えはここで一度瓦解した。

 しかし、この質問に関しては実をいうと鳩胸自身で自己完結をしていた。といっても帰るときに考えればいいか程度の解決でしかないので、ここがどこなのかを鳩胸はまだ知ることはできていない。

 ともなれば話はどこまで戻るのか。それは会話が始まる以前、文字通り一番最初ということになる。


「お宅に上がらせてもらえないでしょうか?」

「……え? あれ? 最初って」

「えぇ、はい。仕事が分からない以上、仕事ができるまで私はこの付近で待たなければならないのです。するとどうでしょう。そこには立派なお屋敷があるではないですか。もしも無人なら勝手に上がらせてもらおうと思っていたのですが、貴方がいましたからね。なので今、許可を頂こうかと」

「そう、ですか」


 和寛の中では今、二つの意見で議論されていた。すなわち、鳩胸を招き入れるか、否かである。選択権は完全に和寛の側にあり、どちらを取っても鳩胸は文句を言う立場にない。であるのならば、鳩胸を屋敷に上がらせた場合と断る場合の二つを和寛は考えなければならなかった。

 とはいえ話はそこまで難しいものでもない。上がらせた場合は玄関付近の一室を使わせて、万が一も考え楓花にはそこへ近づかせなければいいだけだ。鳩胸の態度からも人様の家の奥へと意味もなく探検に行くようには思われない。そんなことをするのであれば始めから在宅確認などしないで上がり込んでいたことだろう。

 そして断った場合なのだが、ここで一つ和寛は気になったことを鳩胸に問い掛けた。


「ちなみになんで待たなければならないか、聞いても?」


 そう、鳩胸は仕事ができるまで「待つ」ではなく、「待たなければならない」と言ったのだ。自由意思ではなく絶対意思。そうしなければならないという確固たる理由がある証拠であった。


「えぇ、別に隠すような話でもありませんから」


 和寛への返答を平然と言って、言い切って、一息分の余白を置いて鳩胸は話し出す。


「もうすぐ迎え(・・)が来るはずなのですよ。私には普段から行動を共にする部下が二名ほど居りまして、今はいないということはここに私を置いて別件でどこかへ出向いているのでしょうね。それが片付き次第、私の下へと報告に来ることでしょう。どちらも優秀ですからそう時間が掛かるわけもなし、無闇に動いて部下を困らせたくないので私はこの付近から動いてはならないのです」


 聞き終わって、和寛の中から迷いが消えた。屋敷に入れるか、入れないかの二択は実質一択となったのだ。


「まぁ、もうすぐとは言ったものの何時間待つかも分からない中、日差しの下に居たくはないのでできればお邪魔させて頂きたいのですが」


 確かにその黒いスーツのまま外に立っていれば、日陰に居ても暑そうだ。そんな感想を抱きながら和寛は実質一択の選択肢を答える。

 さて、ここで断った場合の話だが、当然鳩胸はこの付近の外で待つこととなる。そうすればすぐにでも後からやって来ると言う部下二名が鳩胸を見つけられることだろう。問題はその後だ。

 仮にその部下が鳩胸よりも記憶力がよかったとき、また楓花の事件を探っている場合。鳩胸と合流後、高確率でこの人が住めそうな屋敷を調べようとすることだろう。鳩胸がこの付近に派遣されたということは、ある程度の予測がついていると言っているようなものである。それが和寛のことであれ、楓花のことであれ、怪しげな屋敷が近くにあるのだから調査しないわけがない。

 で、あるのならばもう調査させたことにすればいいのではと和寛は考える。これは連鎖的に後から思い至った考えだ。まず鳩胸を外に放置は駄目。ならば家に入れようか。とすれば外からすぐには見つけられないだろう。始めに怪しむのは屋敷だろうからそこで鳩胸に出て行ってもらえば屋敷の中には問題などなかったと思わせることができる。

 和寛の心の声がこれだッ! と名案を見つけたかのような喜びを上げた。決して安全な橋とは言い難いが、和寛にはもうこれぐらいしか思い浮かばなかったのである。

 だから、鳩胸の言葉に返した和寛の答えとは実質一択のようなものなのだ。


「えぇ、いいですよ。最近引っ越したのでやや散らかっていますけど。それでもいいのならどうぞ」


 僅かしか開いていなかった玄関の戸が、内から静かに開かれた。

助っ人は遅れてやって来るものだ。

……遅れてやって来るものだっ!

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