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人間を捨てた  作者: 野生のスライム
悪夢
2/24

部屋からの目覚め

 


『26610108』


 和寛の手の中にあるその数字は、十中八九金庫のパスワードだろうことが察せられた。いよいよ終盤といったところかと。もうすぐ終わってしまうという喪失感と達成感に和寛の胸は高鳴る。

 しかし結局のところ、あの絵本はなんだったのだろうか? そんな喉に何かつっかえたような心残りが和寛の胸の内にはあった。けれども他に調べるような場所など本棚くらいしか残っておらず、強いて何かしらの可能性を挙げるのならば金庫の中にあるものくらいだろう。


 そんなこんな考える和寛は、早速金庫の下へと歩き、テンキーを押して紙に記されている数字を入力する。するとピッという如何にもな電子音を立てた。それをあと七回、彼は八桁全てを間違えることの無いように、ゆっくりと確認しながらパネルに触れた。

 金庫は最後の8を打ち込むとピボォと今までとは違う音を鳴らして解錠された。期待を胸にその中にあるであろう鍵を取るべく、和寛は金庫を開ける。しかしそこにあった物は間違えても鍵と呼べるものではなかった。

 それは小型の懐中電灯。ただそれだけがポツンと一つ、固く閉ざされていた金庫に守られていたのだ。スライド式のスイッチをONにしてみるとどうやら電池は生きているらしく、ほんのり薄暗い金庫の中を照らしてくれる。

 スイッチをOFFに戻して疑問に思う和寛は、僅かに考えるような素振りをすると、もしやと懐中電灯の電池ケースの蓋を外して中を見る。しかしそこを見てみても当たり前だが電池しかない。ここに鍵が隠されているのでは? と疑った和寛の気持ちもそれを見てすぐに失せる。果たしてこれは何のためにあるのかと、思考は振り出しに戻ってしまったわけだ。


 そこからうーんうーんと首を傾げながら和寛が悩むことどれほどか、きっとそう長くはない時間が過ぎたのだろう。だからそれは歯車の如く噛み合ったと語ることも可能で、予期していたと(うそぶ)くことも許されるのかもしれない。詰まるところ、また何処からともなく声が聞こえたのだ。心なしか声が先程よりも嬉しそうにしている気がしないでもない。


「さぁ君が行動を始めて丁度一時間半が経過した。ところで利き腕はどちらかな?」


 まるで繋がりの分からない質問。もうそんなに経過したのかという時間への驚き。そこへ意図していることがまるで理解できない質問を投げ掛けられたのだ。和寛の脳は一瞬思考を停止し、次の言葉(情報)を求めた。しかし答えなければ他の話はしないらしい。数秒の沈黙の後に和寛はそれに答える。


「右……ッァ!!」


 答えたと同時に和寛は膝をつき体を丸めた。左腕があった場所を押さえながら苦悶の表情を作る。いや作ってしまうのだ。山のように跳ね上がる痛みを起点とし、継続的な痛覚に顔を歪めずにはいられない。今の和寛はそんな状態だ。


「残り時間も半分を過ぎたからね、これからペナルティをつけていこう! それじゃあまた後で」


 原理は分からない。しかし何が起きたのか、何をされたのか、それだけは嫌でも和寛は理解する。

 歯を食い縛り荒い息を整えようと酸素を求める。呼吸が雑になり噛み合った歯の僅かな隙間から空気の行き来する音が耳の奥に突き刺さる。けれどそんな音に耳を傾けていられるほどの余裕は今の和寛にはないようだ。


(何が起きた? あの声に答えて、何が起こった?)


 分かっていることを和寛は自問する。左腕はもう存在しない。左腕だったものは金庫の下、壁沿いに転がっていた。血は流れていない。左肩の断面は元からそうであったと言わんばかりに肌色が見えた。そこには予想とは相反して血も骨も顔を覗かせてはいなかった。

 そのあまりにも現実離れした光景、意味の分からない現象に、和寛の熱された感情は一周回って冷静なものへと換わっていった。すると、ありえないと認識した途端に、冷静さと入れ替わるように痛みが消えていったのだ。急速的ではなく緩やかにではあるが、これなら多少不自由だとしても動くことはできるだろうと思えるほどにだ。


 全く意味の分からない出来事。しかしなぜそうなったのか程度は和寛にだって分かる。制限時間、あの声はペナルティをつけると言っていたのだ。それが左腕なのだろう。利き腕を聞いた上で左腕を飛ばしたのはあの声なりの温情か、それとも聞いたところで左腕を飛ばす予定だったのか。流石に今の和寛ではそこまで知るよしはない。

 そしてあの声はこうも言った。「これから」と、その言葉を考えれば少なくともあと一回以上はペナルティが付与されると和寛は悟る。今回が左腕なら今度は何だ? などと、そんなことを考えてる暇は目に見えて無く、そもそも和寛はそれを考えたくもなかった。


 残った時間は声を信じるならば一時間半。それまでに和寛はこの部屋を抜け出さなければならなくなった。

 取り敢えず和寛は痛みで投げ捨ててしまった懐中電灯をポケットに仕舞い込んで鍵を探す。疑わしいのは、と言うよりも残ったのは本棚だけだ。全ての本の中身を確認したわけではないからきっとあの中に手掛かりがあるのだろうと、和寛はそう願う。


 本を一冊ずつ手にとって、重要そうでない図鑑などはページを流しながら本棚を空けていく。そうして床に本の山を作りながら五段ある内の一段を空にした。

 引き出しのこともあり、もしかして本棚の奥に何か隠されているのでは? と感じた和寛は一段目を確認した後に、本の内容を確認しながら二段目を注意して作業を進めていった。すると予想通り、作業の途中で本達が隠していた小さな何かを和寛は見つける。

 手を伸ばし、指で摘まんで影から明かりのある方へと持ってくると、それは何かの錠剤が一つ入っている袋だということが見て取れた。よくよく見れば袋には小さく『痛み止め♪』と目を凝らさないと分からない程度の大きさで文字が書かれている。

 和寛の心境からしてこの場合はなんと言えばいいのだろうか。もっと早くに欲しかったとも思えるが、気遣いを無駄にしたような気がしないでもない、などという何とも複雑な気分だとでも言えばいいのだろうか。


 さて、気持ちを切り替える為に和寛は中断していた二段目を調べる。そこは各国の歴史やら神話に関した資料のようなものが並べられていた。しかしここにも特にこれといった手掛かりは見つからず、本棚の奥に薬以下の何かがあったわけでもなく、和寛は無駄だったかと思わされた。


 三段目は童話、『人魚姫』や『赤ずきん』などの有名どころが揃えられていた。だが統一性はあっても全体的な法則性はなく、もしかしてこれらは数合わせに揃えられただけなのではないだろうかと、ここで思うようになる。引き出しの白紙同様、目眩ましのようなものなのかもしれないと疑い始めたのだ。

 そして三段目の半分まで読み終えて和寛が次の本へと手を伸ばそうとしたとき、またあの声が部屋に響いてきた。


「さぁ! あれから更に一時間経過した。二度目のペナルティだ! 残り僅かな時間、充分に楽しんでくれ」


 声は明らかに嬉々としているものだった。面白くてしょうがないと。何に対しての感情なのか分からないが、必ずそう思っていることだろうと感じさせるものがその声にはあった。


(一時間が早い……これじゃあ時間が足りない)


 本棚に残っている、つまりはまだ調べられていない本は未だ半分。現状を鑑みればどう焦ったところで全てを調べることはできない量だ。しかし、和寛が頭を悩ませているところでも声は言葉を止めはしない。


「では最後にまた会おう」


 そう言って、言い切って、部屋は暗転(・・)した。声が消えて、それに連れ去られたかのように光も消えた。しかしこれが正常な姿なのだ。今までが気づけなかっただけで異常だったのだ。なぜ明かりもなかったのに部屋が明るかったのか、どこから声は聞こえてきたのか、和寛はそんなことを一切考えていなかった。夢だろうと決めつけて考えることを投げ捨てていたのだ。

 だが今は何よりも脱出のことを考えなければいけない。部屋が暗転した? だからどうした、腕が飛ぶよりマシだろうと、この事態に和寛は然程怯んではいなかった。

 和寛がこの状況でも妙に冷静なのは腕が飛ぶ以上のペナルティに身構えていたからだろう。だから部屋が真っ暗になったところで大して精神への負担が大きくなかったのだ。それにこれには懐中電灯を持っているという心の余裕も貢献している。


 視界を奪われたところで懐中電灯が取り返してくれるのだから大丈夫、とするならば問題は本ということになるだろう。残り時間は三十分。どうにかしてここから鍵、もしくは手掛かりを見つけ出さなければならなくなった。

 光源が一つしかない中、和寛は明かりを付けた懐中電灯を口に咥えて本を取る。それはもう賭けだった。本棚にはもう何もない、そう仮定して動くことにしたのだ。

 調べるのは『暗い部屋』わざわざこんな題名の本が用意されて実際に部屋が暗くなる。どうしても現状と無関係とは思えないこの本に和寛は残りの時間を費やすことにしたのだ。


 さて、最初和寛は気づかなかったがこの本、隅の方に小さく文が書かれていた。見開きなので一ページ目と二ページ目に分かれて小さく。


『明るいお部屋、皆で楽しくお絵描きしよう』


 と、こうある。絵は床に置かれた絵の具と筆を持った子供達。部屋一面彼等彼女等にとっての大きなキャンパスとなっていた。

 他のページにも色々あるが必ず最初は『明るいお部屋』で始まっている。そして最後、真っ黒なページ。ここに何かしらの手掛かりがあると信じて和寛はページを捲る。

 しかしそこで和寛の記憶と今ある光景との差違が生じた。そこには真っ黒なページなどなく、あるのは真っ白な部屋、黒い扉と開いた金庫、三段目だけ開いた引き出しに本が詰まった本棚、そして転がる左腕。まるでこの部屋のような、いやこの部屋そのものが描かれていたのだ。しかも不思議なことにこのページは懐中電灯の光が当たらない部分は真っ黒なまま。暗いから見えないのではない。一定の光が触れている真円だけが見えるようになっていたのだ。故に影によるグラデーションは存在せず、きっとこの懐中電灯に何かしらの秘密があるのだろうと和寛に思わせた。

 しかし、これを見る限り左腕を切り飛ばすことは確定していたと言える。勿論、状況に応じて絵が変わらない限りはの話だが、まぁあの声はいい性格をしていると和寛は思う。無論一欠片も褒めてなどいない。

 けれど何かおかしいと和寛は感じた。小さな文字で『暗いお部屋、一人で寂しく本を読む』と書かれていることがではない。この絵本に描かれている左腕、これは人の腕というよりも、関節の描き方からして義手や人形のものと言われた方がしっくりくるようなものだった。

 そこで和寛はまさかと思い、振り向けば、金庫の下、壁際に落ちたそれは和寛の左腕とは全く違う左腕()に置き換わっていた。

 銅、もしくは橙色をしたそれは腕の断面にハッキリとした突起物が存在した。形状からして、一般的に鍵と呼ばれるそれは正しく和寛が求めていたものに違いなく、頭の部分は腕に溶接されていて外すことはできそうにない。持ち運びには最悪と言っていい形の鍵。だが鍵穴に差し込む分には充分だった。


 やっと終わる。二度とやろうとは思えない脱出ゲーム、それがついに終わる。そんな事実に和寛は意図しない笑みを浮かべる。本来の左腕と鍵とが入れ替わったタイミングはおよそ部屋が暗転したと同時か、もしくはその後だったのだろうが今の和寛には関係のない話である。

 そうして高揚した気分で左腕()を持ち上げ扉に近づけば、口に咥えた懐中電灯の光が黒い扉を和寛に見せた。これで鍵穴に鍵を入れて捻れば、それで全てが終わるのだと言うかのように。

 だが最後の最後で懐中電灯の光が途絶えた。まだ三十分も使っていないはずなのに電池が寿命を迎えたのだ。もしかしたらという疑念ではなく、妙な確信が和寛の中に湧いた。それは絶対に死にかけの電池を使っていたんだろうという予想であった。しかし、わざととかそうじゃないかはともかくとしてこれで和寛の視界が奪われた。とはいえ、もうそれは必要ないかもしれない。だってあとは手探りで鍵を壁に這わせながら鍵穴を探すだけなのだから。

 だからそこへ聞こえてきたあの声に、和寛は無意識にありえないと否定してしまう。聞こえるはずがない、明らかに三十分など経っていないと分かるほどに早すぎる声が。


「突然ごめんね? 気分変わっちゃったから制限時間縮めようと思うんだ。後十秒! カウントダウンいくよー!」


 ふざけるなと抗議したくなる彼は、しかし今は口よりも手を動かさなければならないわけで。それが理性を支え、声に耳を貸さず、落ち着かせて行動をさせる。


「十!」


 声が終わりを数え始める。つい先程まで鍵穴は見えていたのだ。今はただそこに合わせてひたすらに、和寛は鍵を動かせばいい。


「九!」


 当然視界は黒一色でしかない。それに伴い、片腕の和寛は鍵の先端の感触だけに意識を集中しなければならず、プラスチック同士がぶつかるような軽い音、つまり左腕()の指が揺れる度に鳴るそれは果てしなく邪魔でしかなかった。


「八!」


 そもそも丸々一本の腕の大きさのあるそれは、動かすことで横腹に触れる鬱陶しさがあったのだ。そこに指の音とカウントダウン、限りなく冷静になれたとしても完全に冷静になれるわけがなかった。


「七!」


 カツッと鍵先が何かに触れて外れた。和寛はこれを鍵穴だと予想する。外れたとはいえ大体の見当が付いたのは和寛にとって大きかった。


「六!」


 金属の合わさる音が和寛の手元で鳴る。先端が鍵穴に入ったのだ。だが向きが合わなかったのだろう。上手く入らない。


「四!」

「てめっ、ふざけんな!」


 ごくごく自然に五を飛ばす声とついに漏れた和寛の心の声。しかしそれにも耳を貸さずカウントは無情にも続けられる。


「三!」


 急いで鍵を鍵穴から外し、左腕()を右手で回して先程の場所へ、鍵穴に押し当てるようにして回転させる。


「二!」


 力のままに右腕が扉側に吸い寄せられる。鍵は開いた。後はドアノブを回すだけ。


「一!」


 手首を捻り扉を押して勢いのままに転がるように外へ出る。

 無事に生き残った。左腕こそないものの、あのまま部屋に居たらと考える和寛は脱出できたことの安堵感に心が包まれる。そしてそれは強烈な眠気となり意識を瞬時に刈り取った。だから和寛には(そこ)に何があったのか、あの部屋を出て何があったのかなんて覚えているわけがなく、知ることなんてできなかった。だが、恐らくは何も無かったのではないだろうか。後ろからは獣のような崩落音、まるで天井から瓦礫の山でも降り注いでいるかのような騒音が木霊する。

 曖昧になる和寛の夢は、しかし一つだけくっきりと浮き出た気持ちに和寛は祈る。次に目覚めるのは現実でありますようにと。

~カウントダウンギリギリで成功するテンプレ~

黒幕的な謎多き何か「なんか残り二秒で成功しそうだったから、うんやっぱり最後は綺麗に終わりたいと思うんだ。だからね?その為には一秒くらい短縮してもいいと私は思うんだ。あぁあと本ね、あれの仕組みどうなってんのって。一応分かってるとは思うけどこれ夢だからね?文字通り想像にお任せしますってやつだよ。」

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