表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間を捨てた  作者: 野生のスライム
鍵と特訓と研究と
18/24

『御焚集』

『0:14』

(いつの間にか)あけましてぇ!

おめでとぉーっ!

ごっざいまぁすぅっ!

はい、今年もよろしくお願いいたします!

予約掲載ッ!後は任せたぞ!おやすみぃッ!

 


 これは和寛が楓花の頭を撫でてなだめている現在から、およそ一日と半日遡った頃合いの話である。


 世界にいくつか点在するとある組織の日本担当本部、その外界から隔絶された質素な廊下。窓もなにもないせいで時間帯は見てとれないが、常に明かりは点灯しており支障を生むことはない。そんな一定感覚で枝のようにして分かれている廊下は、まるで迷路か蟻の巣のようであった。

 そこに一人、男が歩を進めている。裂けるようにして広がる廊下のその先の、無数とも思えるように配置された扉にいくつか目を配らせる彼は、ようやく目当ての部屋を見つけたのだろう。扉に手をかけて押し開けた。

 そこは重要な機器類が保管されている部屋であり、常識的に考えれば厳重なセキュリティがなければならないはずであった。そうでなければそれを悪用された際、世界中の誰一人として抵抗できることなく死に絶えるかもしれないからだ。

 けれども現実として、それは起こり得ないことをこの組織の者は知っていた。正確にはごく一部の、その存在を知っている人間だけが知っていた。なぜならばそれ自体が意思を持ち合わせている代物だからであり、直接的にも間接的にも、それは決して人間に危害を加えることはしないからである。


「起きろ三番、仕事ができたぞ」


 この部屋には機器類が存在すると述べた。それらは全て一つの機械をサポートする為のものであり、冷却装置のようなものだ。従って男の目当てのする代物は一つということになり、それはスーパーコンピューターと呼ぶしかないものである。世界中の電子機器を同時にハッキングできる程度の危険性を秘めていて、常に世界情勢を監視下に置く電子機器などそれ以外の呼称がないではないか。

 そして人里離れた場所に位置するこの施設は、完全に一般から秘匿された建物となっている。その徹底ぶりたるや、リアルタイムで人工衛星に誤情報を認識させ隠蔽するという、国の軍事基地よりも手の込んだことをここはしているのだ。

 それもこれも男が『三番』と呼んだおよそ三十センチメートルほどの立方体のおかげである。


「なんとなく察してはいたよ。あの学校でしょ?でも僕からは期待してるほどの情報は出ないからね」


 立方体でしかない三番に声帯はない。ただ近くに配置されたスピーカーから少年のような声が流れているだけだ。しかしそれは人間のような発音ではなく、繋ぎ合わせた合成音声のような声だった。


「なぜか周辺の監視カメラは全て故障。残思が率いてたと思われる人達は全員飛び降り自殺。生き残ってた数名の生徒も証拠になりそうなのは居るかなぁ?ってくらい。十中八九残思の仕業だろうからネット上の隠蔽と偽装、周囲の包囲命令だとかは終わらせてるけど現状僕にできるのはここまで。これでいいよね?」

「問題ない」


 三番からの報告を聞いた男は簡潔に返事をすると、片手に持った資料を三番の方へと向ける。

 それは鉛筆で描かれた一枚の絵。余計なものなど一切描かれていないそれは決して芸術的などとは呼べないが、説明をするのみであれば完成されたものである。そしてそれは特定の危険度を超えた残思を討伐する(・・・・)ための手配書のようなものであった。


「あの周辺にいた残思が目撃していたそうだ。証言にある特徴をもとに今回の騒動を引き起こしてくれた残思を描いた」


 男の向ける手配書を部屋に置かれてある監視カメラ越しに三番は確認する。そこには目元を灰色の布で覆い隠し、真っ白なワンピースを着た黒色の髪の長い少女が描かれていた。描かれてはいたのだが、特徴をもとにというよりは特徴のみしか分からない駄作でしかなかった。

 文字による注釈がなければ特徴ですらなんなのかも分からない程度には汚い落書き。おおよそ和寛らがこれを目にすれば、それが楓花のことであるとなんとか気づくことができるのかもしれないが、もしかしたらその発想に至らないまである悲しさであった。


「探せ」

「無茶苦茶だっ!」


 当然の権利として三番はその命令を拒み、反論をする。終始顔の変わらない男は、しかしこのときだけは気持ち程度に落ち込んでいるような表情であった。


「そもそもいつもの専門画家はどうしたんだ!」

「少し休暇を取らせていただきます、だそうだ。先週から(・・・・)消息が掴めていない」


 残思専門の画家。神出鬼没というよりはマイペース。警察でいうところの似顔絵捜査官のような役割ではあるのだが、副業のようなあちらとは違い、残思の存在を知覚できる者でありつつ絵心のある希少性からそれを本業として活動する者達。

 三番の言ういつもの専門画家とはその内の一人である。男がこの一週間その専門画家の消息を掴めていなかったのも、その専門画家に無理強いをして、ヘソを曲げられて残思を描かなくなるという事態を避けるためのことだった。

 というのも残思とは主に人間の感情面に反映されて知覚できる幻聴や幻覚のようなもの。勿論残思らにも個人の意思といったものが存在するので夢幻と一概に否定できるものではないのだが、それが第三者、すなわち現実にも影響を及ぼしているのだから一人の夢幻よりも厄介な者達に違いはないのだろう。

 ここで重要なのは感情面に反映されてという点だ。一つ、簡単な例を出してみるとするならば、写真に写っている風景の香りや温度、その場の質感や空気の澄みきり具合。それらは人間が感じ取ることで初めて知ることができるものであり、写真から読み取るのは不可能な代物である。

 つまり、無機質な写真などには残思が写り込むことはなく、撮影してその残思の姿を誰かに共有するというのはできないということだ。そこで必然として姿形を記録しようと人の目を会し、一つの絵として他者に姿を捉えさせる者が現れた。それが残思専門の画家である。


「休暇って……僕のところに報告上がってないんだけど」

「当たり前だ。つい先程(・・・・)私のところに手紙が届いたのだからな」


 残思を目視する人間は総じて感覚的な思考回路をしていたりする。例えば料理をする場合として調味料を目分量だとか、先程の男のように絵を描くにしても、構図をキチンと整えずに自分を信じて部分的に付け足していくだとか。勿論誰しも覚えれば基礎的なことはできるのだが、そもそもとして多種多様に存在する残思の姿を、特徴だけを聞いて本物に近いものを描こうなどと、素人には到底不可能に近い要求である。

 従って、幼い頃より絵を描くことに興味を持ち、コツコツと長い時間を掛けて才能を引き伸ばしていった残思の見える者、という限りなく希少な存在は、基本的に己の有用性を理解した瞬間、誰に言われるまでもなく自分から行動を起こすようになる。

 そしてここの画家もその例に漏れず、直接休暇を申し出ても人手不足だからと情に訴えてくる可能性を加味して、休暇を取ってから休暇を申し出たのだ。

 基本的に、残思専門画家は(・・・・・・・)個人の意思が尊重される。それは何度も述べる通り、その存在の希少性故であり、だからこそこんな勝手が許されるのだが、男は手紙が届いたとき随分と呆れたようだ。


「もう一週間経つ、休暇としては充分だろう。三番、手紙鳥の記録からこの手紙の道筋を追え、あいつが見つかり次第仕事だと迎えを寄越していい」


 人里離れた場所に造られた一般から秘匿された施設。そんなところに郵便局の配達員が来るわけもなく、しかし画家本人が直接届けに来るのは馬鹿以外の何ものでもない。ではどうやって画家は手紙を彼に届けたのかというと、それは男が言った手紙鳥を使ったのだ。

 そもそも手紙鳥とはなんだと問われれば、それは文字通りの鳥で伝書鳩のようなものだ。鳥であって鳥となった残思、違う何かが鳥を模倣した残思、空を飛べれば基本的に手紙鳥という呼称で調教し、手懐けるのだが、実はそれらを使った手紙のやり取りには記録がつけられている。

 前に述べた通り、ここはとある組織の日本担当本部(・・)である。つまりこの施設とはまた別に、日本の各所に点々と秘匿された支部があるのだが、手紙鳥はその支部と本部とを線でなぞるように行き来しているのだ。勿論、別の支部同士の連絡としても手紙鳥は機能するのだけれども、その際どこからどこへ向かったのか、という情報が記録される。

 要するに、それを遡れば画家が手紙を出した支部が判明し、その付近の町の記録を一週間ほど洗い流せば、今画家がどこにいるのかなど簡単に分かるというわけだ。


「はいはい。まぁあの人もそろそろ仕事だと思って手紙を出したんだろうし、僕に文句はないよ」


 男の頼みを聞くと同時に、三番の内部から微々たるものではあるが、機械の忙しない音が鳴り始めた。

 そして三番が言葉にした憶測が妙に確信めいた口ぶりから発せられるものだから男は引っ掛かりを覚え、三番に問い掛けた。


「……? どういうことだ」

「手紙鳥の記録、さっき言ってた学校付近の支部なんだ。だから騒ぎも知ってるかなってね」

「ふむ、そういうことか」


 未だ本人の発見までは至っていないようだが、驚異的な速さで三番が仕事を終わらせていることには違いなく、男は一人納得をする。

 しばらく放っておけば探している画家の現在位置を最寄りの支部の方へ送信してくれることだろう。それこそ捕まえられるまで定期的に更新していくはずだ。

 この場にもう男のすることは無くなった。あとはその支部の手紙鳥から報告を待ちつつ別の仕事を処理するくらいだろう。


 ここは名の無い組織。かつて名を知られれば残思に呪われるという伝えにより、古くから残思を相手にする人間の組織に名は付けられていなかった。それはここも同じであり、決まった呼称というものは無い。しかし総称として、古くから存在する残思や、この界隈の人間はこう呼ぶのだ。

 残思を管理し、必要に応じて残思を処理する人間の集い。『御焚集(おんたくしゅう)』と。




眠い

疲れたぁ

たぶん次の更新も遅れる

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ