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人間を捨てた  作者: 野生のスライム
鍵と特訓と研究と
14/24

和寛の立場

 


 現在、和寛は二人の少女の前で正座をさせられていた。しかし一概に少女と言えど見た目の年齢差は大きく違う。一人は幼さが残っていると言える外見、一人は文字通り幼い姿をした少女。けれどそのどちらも人間の子供とは言えない異常性を持ち合わせている。とは言え、元は人間なのだとしても今はそうではないのだから決してそれがおかしいわけというではない。


「……うーん、まずは自己紹介でもしようか。そうだね、私は照透絃奈(てるす いとな)とでも名乗ろう。呼び方は自由に決めていいよ」


 ここ、恐らくリビングにて照透絃奈を自称する少女は司会進行役のようなものを買って出た。この場に適役が彼女しか居ないから自然とそうなったとも言えるが、しかし最も多くの疑問に対し説明できるのは誰かと問われれば、やはり今は彼女しか居ないのだ。


「もーぅ、なんだい二人とも! 和寛君、笑顔、大切だよ? 盲目ちゃんも……」

楓花(ふうか)。もうもくじゃなくて楓花」

「楓花ちゃんも女の子なんだからそんな険悪な顔しないの」


 現状を一言で表せば最悪と言ってもいいだろう。今までで最も悪い雰囲気、その場に居たくないと当事者である和寛が思うほどに居心地が悪い。別に危険というわけではない。ただひたすらに和寛は罪悪感で居たたまれないのである。そう感じるのも目元を灰色の布で覆い隠す楓花(ふうか)と名乗った少女が、和寛に対して拒絶に近い態度を取っていることが主な要因となっている。


「だってあの人、私の手を切ったもん」

「そうだけどさ、ほら和寛君も反省してるし」


 改めて現在の状況を語ろう。

 一度リビングと思われる部屋を経由し、玄関の見える廊下から洗面所へと連れてこられた和寛は、洗顔後リビングと思われる部屋まで連れ戻されて、そのまま正座で座らされた。目の前には空いた椅子が二つあるにも関わらず、床に正座で座らされたのである。そしてそこまでで一度も開かれていない扉が一つあり、その扉からパンを口に頬張る楓花が現れたのだ。

 つまりはここ、リビングを中心に寝室、キッチンのような場所、廊下、という構造になっているだろうことを和寛は気まずい空気の中考えた。和寛が考えている最中、絃奈は楓花を椅子に座らせると己も残りの椅子に座る。その場に和寛の席なんてものはない。

 そして和寛達が居るこの部屋は消去法で言えばリビングと呼ぶのかもしれないが、和寛は確信を持てないでいた。加えて誰もそこをリビングだと明言していない。だから思われるなんて不確かな表現をしたのだが、寧ろ空き部屋だとか物置部屋だとか言われた方がまだ納得できる有り様なのだ。散らかっているわけではない、ただ散らかる物がないのだ。綺麗なフローリングの床を支配するものは三人の足と二つの椅子だけ。とてもではないがくつろぐ場所(リビング)とは言えない。


「……でも、お姉ちゃんが助けてくれなかったら私、死んじゃってたんでしょ?」

「そうだね! 間違いなく死んでたよ」

「むー!」


 隣り合った席に座ったまま、絃奈の腕を掴み、抱き締め、和寛を睨み付ける楓花。勿論目元なんて見えないが頬を膨らませて不機嫌な様子を見せているのだからなんとなく想像できるだろう。

 絃奈の紛らわしい言い方、しかし事実であることに言い訳できない和寛はそれを違うと否定できない。


「ま、仲直り(こっち)は後々として、本題の話をしようか」


 足を組み、愉快そうに和寛を見下ろす絃奈は優しく二回、楓花の頭を撫でるように叩き、本来この場で最初に話すつもりだった話題を持ち出した。それは確認であり、証明であり、拘束でもあった。つまり。


「君は私のものとなった。それに異議はあるかい?」


 その答えを本人の口から発させる。強固な事実として自覚させる。この質問の意味にはそんな意図があり、そんな意味でしかない。また本来これはまだ先の話でしかなかったのだ。しかし絃奈にとっての予想外が重なり幾つかの過程を飛ばした。飛ばしてしまったがしかし、着地点としては満点の場所に辿り着けていると絃奈は口角を僅かながらに上げる。


「ない。自分で決めたんだ。この先後悔があっても今を否定したりはしない」

「だと思ったよ。うんうん、やっぱり私は人を見る目が優れていたね! 自分で言ってもちっとも嬉しくないや!」


 絃奈の言葉に少し引っ掛かりを覚える和寛は「やっぱり?」と復唱するように疑問顔を作り、それすら分かっていたように絃奈が微笑みながら語り出す。


「さて、一昨日の日曜日。君はどうしてと私に問おうとしたね。今もそんなことを言いたそうな顔をしているが」

「そりゃそう……なんで知ってるんだ」


 あの時は既に絃奈の姿はそこには無かった。況してや外に聞こえるような大声で言った言葉でもない。ならば何故それを知っているのかと和寛は訝しげに絃奈を見つめる。


「なーに、五万円前後で誰でもできる方法を使ったのさ。レンタルだとなお安いけどね」


 和寛にはそれが何を指しているのかなんて分からないが、少なくとも不思議パワーではなく現実的、俗物的な方法なのだろうことは察しがついた。もし和寛にある程度の知識があったとするならば、すぐにでも家中を調べあげたくなることだろう。知らぬが仏である。


「じゃあ話を戻そうか。日曜日のどうしてについてだね。今はそれに答えてあげよう」


 本命、本題、核心。当初より気になってはいたものの、しかし聞くような機会が訪れず、和寛は疑問に思い続けていた絃奈の行動基準。今更絃奈が善意で動いているなんて和寛は欠片も思わないが、現にこうして助けられたことに違いはなく、余計頭を混乱させられたその理由。


「どうして助けてくれるのか、どうして助けようと思ったのか」


 復唱し、強調し、勿体つける。絃奈のそれに意味はなく、話の前提を知らない楓花は話についていけず欠伸をする。そんな楓花の頭を撫でながら絃奈はついに答えた。


「私はね、別に君自身を助けようなんて思ったつもりは一度もないよ」

「……」


 それは結果と相反した答えではあるが、事実の否定ではなかった。けれど和寛は彼女の考えを知らない。考え方を知らない。だからこそそれを矛盾したものだと感じてしまうが、自分が彼女のことを知らないということを和寛は知っている。故に何も言わない形で頭ごなしにそれを否定することはしなかった。


「つまりどうしてかという問いには偶然だったと私は答えよう」

「偶然?」

「そう、偶然私に選ばれて、偶然最初に私の興味を引いた。だから助けているんだ。あぁ別に必ず君が必要というわけじゃないよ? 時間は掛かるだろうけど君が死ねば他を探すさ」


 要は彼女は、照透絃奈は伊藤和寛という個人が欲しいわけではなく、興味の持てる一人の人間が欲しかったということなのだろう。それが偶然伊藤和寛という人間だったというだけの話。なぜそう思ったのか、なぜそれを実行に移したのかはさて置いて、絃奈が和寛に接触した理由とはそういうことらしい。


「他がいるなら……」

「わざわざ助ける理由がない? 確かに候補なんて探せばいつかは見つかるよ。最初は保険も含めて幾人か留めておこうなんて思ったものさ。でもね、一人の選別に馬鹿みたいに時間が掛かるんだよ。それなら手元の一つを大切にしていた方がまだ楽だというほどにねっ!」


 苦悩、面倒臭がりというよりは楽をしたいという気持ちが強い絃奈はそんなことを得意気に語る。迷惑極まりない感覚の抽選。あの日、あの日曜日、見事和寛は当選者として目をつけられたわけだ。


 大切にすると言われたところで、当然そんな絃奈の直感と言えなくもない決め方で選ばれた和寛は微塵も喜ぶことはない。それは楓花の件でも当てはまり、絃奈と関わらず残思のことを知らぬままでも基本無口な和寛は昂と似たような生き残り方をしているだろうと予想できる。

 それでふと、和寛はあったかもしれない可能性を考えている最中に思い出す。あんな大惨事があの後どうなってしまったのかと。眠ってしまった和寛はどうしても気になった。絃奈に問いたくなってしまったのだ。


「学校はあの後どうなった」

「……それを知ってどうするのかな? 君は何もできないけど」

「知っておきたいだけだ。どうせ今後、似たようなことが起きるんだろ? だから覚悟を決める後押しが欲しい」


 何もかもが変わってしまった日曜日、絃奈は確かに不幸が降り掛かると言った。それが楓花のことを指しているのか判断できない和寛だったが明確に分かることはある。彼女のものとなってしまった今、これからの人生はいくら誤魔化そうと平和などと誤認できない日常になる。そんな根拠のない確信が和寛にはあった。

 それに対して、絃奈は仕方なさそうに鼻でため息をすると、ポケットからハンカチと僅かに液体の入った小瓶を取り出した。そうして小瓶の中身をハンカチに染み込ませながら絃奈は和寛と目を合わせ、ゆっくりと事実を口にする。


「後押し、ね。ふふ、あぁ関係者は全員死んだよ。正確には私が殺したんだ」


 その言葉を聴いて、この空間に居る者の内二人が身を震わせた。

 一人は言うまでもなく和寛だ。助かることはないだろうと一つの可能性として考えてはいたが、しかし絃奈の手によって終わりを迎えたというのは予想すらしていなかった。ショックというほど大袈裟なものではないが、恐らく絃奈をこれから見た目通りの評価をするということはないだろう。

 もう一人は先程まで絃奈の腕を抱き締めていた楓花だ。けれど今はその手を離し、己の耳を疑っていた。何もかもの、それこそ命の恩人で優しい、自分の姉にしたいと思うような存在が、昨日自分の手助けをしてくれた親切な人達を殺したと、そう発言したのだ。関係者ということはあの場にいた楓花の知らない人物まで手に掛けたのかもしれない。恩人が恩人達を殺した。その事実に楓花の理想とする友人像から無意識に絃奈が除外される。当然楓花を傷付けた和寛も友達という概念で見られることはない。

 そうなるとそもそもとして、あの日の出来事が無に帰したのなら全て茶番ではないかと。何の為にあの学校で自分は他者を犠牲にしたのかと。手招きする孤独感を無視して楓花は苛む。そしてふと、楓花は己の思っていることが違和感として引っ掛かった。


「あの人達を犠牲に……犠牲……? ぁ、ぁあ、違っ、私はそんなっ!」


 罪悪。

 見えない目を反らして、聞こえる耳を塞いで、それで今までで直視してこなかった現実。言い訳が崩れさって初めて楓花は事実を直視する。じゃれあいだと、スキンシップだと、馬鹿らしいにもほどがある言い訳をして、無理矢理認識を誤魔化して、気持ちの負荷を減らしていた。しかし気づいてしまった今はもう誤魔化せない。ストッパーは外れた。楓花は事実に気づいてしまった。


「違うの! 私は悪くない。皆が勝手に。ッ、ごめんなさい許して赦してゆるして」

「ぁぐっ……頭が……っ!」


 体験したことのないトラウマを、知らないはずの記憶が幻視する。そのせいで楓花の感情の濁流は勢いを止める様子など見せなくなった。

 暴走だ。あまりにも不安定な心は虚像と現実で揺らぎ続け波を作る。今はまだ小さいものではあるが、それは止まることも、況してや急激に今以下となることもない。次第に強くなっていく頭痛に和寛は耐えることしかできず、このままだと絞め潰されてしまうと、この場から一刻も早く離れなければと、足を動かすことすらできない和寛は頭だけは必死に働かせていた。


「だから言ったんだ。君には何もできないって。私は忠告したのにね」


 激痛という条件下は絃奈も同じであるはずなのにその顔は嬉々としていた。そしてまるでなんでもないかのように椅子から立ち上がり、赦しを請い続ける楓花の顔に優しくハンカチを押し当てた。

 一秒、二秒、と経ち楓花の体はゆるりと脱力感を感じさせた。そして数十秒の後、絃奈が楓花からハンカチを離すと熟睡した子供(楓花)の姿がそこにはあった。


「またこの薬貰わないとなぁ。今日昨日で使いすぎちゃったよ。それで? 私は予め注意したけど」


 空いた小瓶を眺めながら絃奈は和寛に問う。口外に二度目の尻拭いに対する返事をしろと、そんな軽い脅しのようなものなのかもしれない。だが勿論そんな地雷を予見できるはずのない和寛は痛みの余韻を振り払いながら文句を言う。


「言葉っ足らず……」

「貸し一つだ。丁度いい(・・・・)、早速今から返して貰おうか」


 和寛の文句なんて聞く耳も持たず、貸しという有無を言わせない便利な方法を使い、絃奈は予定通りに事を進めることができた。和寛が楓花なんて救うから当初の予定通りとは言えないが、しかし当初よりも自然に軌道に乗せられたと、絃奈は窓の外を眺めながら降って湧いた偶然(楓花)に感謝をする。


約三時間掛かる選別を百一回。

挑戦可能な時間帯は対象が眠り、夢を見ている時のみ。

そしてまだやれるとかほざける気力もある。

RTA走者かな?


あとついでに、絃奈の相手を強制的に眠らせる手段には使用条件があります。好き勝手に眠らせられないから常時候補を探すことはできません。


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