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人間を捨てた  作者: 野生のスライム
盲目なる狂気達
11/24

幕間─暗闇にある光

お待たせ致しました。

くっっっそ長いです。

具体的には一万字とちょっと。

ひゃー。

 


 意識と呼べるものが確立されたときから、少女は全てを見ることができなかった。黒い帳が下ろされたわけでも光が逃げていったわけでもなく、初めから黒の中に立っていたのだ。

 暗闇の中、自分を自分として認識することはできる。けれど誰か一人を個人として認識することは困難を極めた。それがどれだけの不安だったのかなんて彼女にしか測ることはできないが、しかし数日もすれば頼んでもいないのに視覚の失われた体が他の感覚を研ぎ澄まし、いつの間にか少女の耳が目としての代わりを務めていた。


 少女は気づいたときには独りだった。元々誰か居たわけではなく、初めから。記憶が何もないことからそれ以前は誰か居たのかもしれないが、少なくとも今は自分が誰なのかも分からない。だというのに一度も見たことのないはずの、今立っている外の景色が彼女にはなんとなく想像できてしまった。上を見上げれば青空か夜空が見えていたのだと理解できてしまった。

 故にもう見ることの叶わない景色に心が喪失を感じ、それと同時に孤独感が生まれた。周囲を行き交う人々は確かに足音で認識することはできるが、その人々はまるで少女が居ないものとでも言うかのようにすぐ側を通り過ぎていく。


(なんで皆無視するの?)


 過ぎた誰かを追いかけようとすれば見えない段差に転ばされる。当然痛いし見えない不安が彼女を追い込む。足音は痛みに耐えている間に消え去った。何もかもが自分から逃げていくような錯覚に陥りながらも、瞳に僅かな涙を浮かべながらも、少女は懸命に立ち上げる。


(やっと夢が叶えられるんだもん。絶対に諦め……夢?)


 自身を支える小さな何か。強固な土台として確かに存在してはいるが、しかし自分が何を言っているのか分からない無意識の言葉。それは求めているものを考えれば容易に知ることができた。


(……友達。お友達が欲しいな。私とお話してくれるお友達(誰か)


 深く深く心を蝕む孤独感が彼女にはあった。何もかもを覆い尽くす暗闇がその孤独感を体現させているかのように思えるほど彼女は孤独で飢えていた。友達ができてそれを満たすことができるのかは確信できないでいたが、少なくとも憧れに近い感情を持っていたのは事実だ。


「む、なんだ貴様。面妖なその気配(すがた)、人の子ではあるまい」


 だからこそ友達になれたかもしれない(・・・・・・・・・)存在との接触は、少女にとって心の枷を緩めるような体験だった。無いと思っていた夢の可能性が世の中にあると知ってしまったのだから、そんな希望を諦められるはずがなかったのだ。


 それから一年は過ぎただろうか。何も見えない少女は時間の感覚を捉えることができず、今が昼なのか夜なのか、明るいのか暗いのか分からないでいた。そもそもとして純粋な生物ではない彼女は眠る必要も起きる必要もないわけで、最後に起きた日から一日が経ったのか一週間が過ぎたのかさえ朧気なものでしかなかった。けれど、きっとまだ誰もが寝静まる時間ではないのだろうとだけ理解できていた。

 少女はその耳で誰かが歩き、こちらに向かってくる音を聴き取る。しかし例によって例の如く、その誰かも少女に見向きもせず通り過ぎようとした。それが原因とは言い難いが別の要因があるのかと問われれば否としか言えず、強いて他を挙げるのならば積み重ねとしか言い様がないだろう。要は我慢の限界を迎えてしまったのである。今の今まで塞き止めていた少女の感情は、破裂した風船の空気のように外へ流れ出てしまったのだ。


「寂しぃな」


 小さく、まさに零れたと表するに相応しい心の声。それが音として外に溢れる。傷つけられひび割れた、感情を押し留めるダムはついに決壊したのだ。

 つまり不運だったのだろう。歩いてきた誰かは偶然、買ってもいない宝くじに当選したかのように不運を引いてしまったのだ。

 誰も彼もが通り過ぎていく当たり前。しかしその当たり前は目の前で膝をついた誰かによって初めて当たり前ではなくなった。

 自分の前で止まってくれた人。そんな事実に暗く冷えた少女の心が温まる。きっとそれはいけないことだ。だってその誰かは苦痛に呻いている。それを知りながらそれを聴きながら、心配よりも喜びを感じてしまっているのだから。


「ねぇ、どうしたの?」


 顔に出さないように、声に出ないように、感情を抑えて少女は話し掛ける。喜んでいることを悟らせないようできるだけ心配しているような調子で。

 そこからは本当に夢のような一時だと少女は感じた。何故だか分からないが会話ができる。ちゃんと自分の話を聴いてくれる。とても、とてもどんな言葉を並べ立てようが足りることのない楽しい一瞬(・・)だった。

 知らない誰かではあるが友達になれたと少女は喜んでいた。正直、少女は最初の友達は誰でも良いと、どんな人でも良いと、友達になってくれるだけ嬉しいと思っていた。現に愉しい会話に空っぽの孤独という隙間が埋まっていくのを感じている。しかしそれは一方的な思い上がりだったのかもしれないとこの後に思うこととなった。そう、楽しかった一瞬は文字通り、一瞬にして終わることとなるのだ。


「歌を聞かせてくれるの?ありがとう」


 少女はそう言うが少女の友達は決して歌っているわけではない。歌と呼べるものではない。近しいものはオペラとなるのかもしれないが、やはり比較してみればそれは歌と呼べるものではなかった。しかし少女はそれを歌と言い、歌として聴く。

 初めての友達ということもあり、普段よりも周りに耳を傾けていた少女は、当然こちらへ近づいてくるトラックの音と急にそちらに歩き出した友達の足音も聴いてしまった。脳裏に嫌な未来が浮び少女は体中から汗が出るような感覚に襲われる。直ぐ様呼び止めようとした少女だが到底止められるような猶予など残っていない。気づいた時には、声を発する前には、乱暴な衝突音が少女の耳を支配していた。


 苦しそうに息を吐く。今の今まで出会えなかった奇跡にも等しい友達が、夢のように消え去ってしまったのだ。夢が覚めたかのように再び独りになってしまった。ようやく巡り会えたという一度の希望を見せられてしまった今、元の場所へと突き落とされる感覚はとても耐えられないだろう苦痛だった。


「……ぃ………」


 だからこそそんな暗闇のような状況で一つの希望()が輝きを放った時、それを見つけることができるのだ。

 僅かに聴こえるその声は紛れもなく少女がつい先程まで言葉を交わしていた友達の声だった。居なくなってなどいない。消え去ってなどいなかった。


「…ぅぃ……」


 耳を澄ませば友達の声が聴こえる。小さな呟きのような言葉ではあるが繰り返し繰り返し、途切らせることなく口にしている。果たして何を言おうとしているのかと、少女は必死にそれを聴取しようとする。周囲の雑音を全て無視してその言葉だけに集中する。そして聴こえた言葉が。


「…ぅ嫌だ……もう嫌だ……嫌だ……嫌だ……嫌だ」


 拒絶の言葉。激痛からか、死の淵に立たされてようやく正気を取り戻した彼は、しかし今までの奇行を忘れたわけではなく、また自分の状態を認識できないわけでもなかった。狂気を取り除けた彼は刻一刻と確実に、聴こえるはずもない死神の足音を聴きながら恐怖に取り巻かれることとなったのだ。


「なんで……」


 だから少女は理解できなかった。拒絶されたことがではない。自身が拒絶されたことは分かっている。聞き間違いだと否定できないほど続けざまに耳に入ってくる言葉はそれを認めざる終えなくて、だからこそ少女は納得できなかった。

 友達()は拒絶し、拒絶し、拒絶を続けているだけで、少女を拒絶する理由は一言も言わなかったのだ。語る気配すらなかった。ただただ心の底から這い出てくる本心を投げ出しているだけだった。


「ねぇどうして?歌を聞かせてくれるんじゃなかったの?寂しいよ。独りにしないで」


 故に理解ができない。納得ができない。あまりにも唐突に、そして断片的な別れとも言えない決別に、少女は理解が追い付かなかった。それ以上に、湧いて出る感情(悲しみ)が冷静さを掻き乱してしまった。


「うぐっ、ぐずっ」


 感情と共に静かに頬を伝う涙を拭う。聴こえる声は次第に小さくなり、ついには消えた。少女の問いにも答えることもなく最後の最後まで拒絶を繰り返しながら、居なくなったのだ。


 ──そんなに泣いてどうしたんだい?何か悲しいことでもあったのかい?


 だからこそそれは悪魔の囁きにも等しいものなのかもしれない。とても甘い、願い望んだ夢。二度目の希望、それが目の前に吊るされたのだ。少女は食いつくしかなかった。



 呼吸はしているが形だけ、心音すらしない幽霊のような女性。声からして然程歳も離れていないように感じた少女は、あんな姉が欲しいなと思いながら道案内についていっていた。

 現在少女の目の前を歩いている彼もまた心音こそしてはいるがあまり煩わしいと感じる要素はなく、呼吸が静かだ。

 ただ時たま近くを通る誰か(他人)は大小異なるが必ず悲鳴を上げて彼に襲われる。それも少女が一定の雑音(悲鳴)を我慢していればすぐに彼と同じように静かになるのだ。そのことについて少女は特に罪悪感を抱く様子はない。だってそうだろう。実行しているのは少女ではなく、また命じているわけでもない。襲われた人々も最後は楽しそうに笑い、歌うのだ。少女からすれば見えていない世界で少し過激なじゃれあいが繰り広げられているだけという認識なのだ。


 そして少女の周りの人間はその数を増やしながら、時折増えた人間の家で休憩を挟み、周囲が今まで以上に五月蝿くなった時間帯に目的地へと辿り着いた。ここまでの道中、常識的に考えれば大変な騒ぎになっていることだろう。だが知っての通りこの事件の黒幕はこの少女ではない。目撃者は仲間入り、それ以外はこっそりとこの事件の黒幕が後処理をしている。その為大きくなるも何も騒ぎにすらなっていなかった。

 少女が目的地と呼ぶそこは和寛の通う高校。その校門前まで道案内をされた少女は案内役に質問をする。彼が立ち止まったとはいえ目の見えない少女は今自分が何処に立っているのか分からないからだ。


「ここがそうなの?」

「ァァァア」


 端からすればそれが肯定なのか否定なのか、そもそも意味があるのかどうかさえ分からない言葉だが、少女はその意味をしっかりと受け取った。きっと僅かな音程の違いで肯定か否定かを判断しているのだろう。


「そっか。よーし、じゃあ探そう!」


 その数は二十名程。それが学校の前から少女の横を通り敷地内へと侵入した。当然校舎内に入れば誰かしらに見つかるのだろうが、その発見は校舎内へ入るよりも早くにされることとなる。


「あーちょっと。なんですかあなた達、入講許可証がないと……」


 彼等を見つけたのは長岡と呼ばれる教師。そう、外がやけに明るいなと思いながらも自宅の時計を信じ、手遅れ一歩手前のところでそれが丸々一時間遅れていることを思い出し、慌ててやってきた和寛のクラスの担任だ。

 彼は駐車場に車を停めて出てきたところで虚ろな足取りで侵入する不審な集団を目撃した。しかし注意しながらその集団に近づいたことで異変に気が付く。両目から流れていたであろう血の跡と固く閉ざされている瞼。そんな特徴を持つ二十人が話し掛けたと同時にこちらを向くのだ。

 当然この異常を誰かに報せる為に彼は走った。怖くなったわけではない、断じて怖いと感じたわけではない!と彼が無事であったのなら後に語ることだろう。あぁしかしそんなことは断じて起こり得なかった。彼の不名誉もまた生きる可能性と共に消え去ったのだ。

 目が見えないはずの狂気達は、しかし走る長岡の足音を追うように全速力で走り出した。その中には二十代前半の者も居り、これには良い歳をした運動不足気味の中年(ながおか)も負けてしまい、最終的に足を掴まれ情けなく転ばされた。

 結果、有り体言ってしまえば彼の人生はここで終わったも同義となる。その後仕切り直すように二十一名となった集団は改めて校舎内へと歩を進めた。先導するのは日々見てきた景色という構図を脳内に持つ長岡。やがて次々と校舎内で叫ぶ者と出会い、彼等を引き入れ増殖する集団は枝分かれをするように校舎中へと散らばった。

 その間少女はというと、校舎までの道案内という役目を終えた運転手と一緒に、校舎内で引き入れられた新たな教師に道案内を頼んでいた。人探しができる場所があったら連れていって、と。なお役目を終えたはずの運転手は勝手についてきているだけだったりする。


 道中、少女にとって今まで以上に耳障りな音が聴こえた。同じ声、同じ人物、しかしその声は至るところから複数響いていた。つまりは校内放送だ。

 それに対してとても嫌そうな可愛らしい声で少女は嫌悪を口にする。文句を言うような小さく短い唸り。しかしそれだけで最も煩く聴こえていた声が事切れるように無くなった。勿論少女は何もしていない。周りが勝手に行動しただけの話だ。

 その他にも外からの騒音が空気を振るわせることがあったが、しばらくしない内に消えていく。日常というものがこれほどまでに五月蝿いと感じたのは少女にとって今日が初めてであり、少し異様に感じていた。しかしその騒音となる原因の核がまさか自分とは思わない少女は、今日が特別なだけだろうと一人で納得をする。


「ここ?」

「ァァァア」


 ゆっくりと少女が後をついていくと案内をしていた教師が足を止める。彼が壁に手を這わせながら日頃の感覚を頼りに見つけた部屋は中途半端に開いており、扉の奥には四人程の教師の姿があった。その内の一人は先程少女が不快に思っていた声の主だろう。四人(彼等)は少女が入ってきた音を聞き取ると場所を譲るように、入れ替わるように部屋から出ていった。しかし突然部屋から聞こえてくる次の音で一人まだ残っていたらしいと分かる。


「やぁ、よくここまで来れたね」


 何の前触れもなく聞こえた称賛の言葉と拍手。優しく語り掛けてはいるが少女に気づかれないようにしている時点で驚かすことが彼女の中では優先なのだろう。当然として気づくことのなかった少女は昨晩同様彼女に驚いた。


「幽霊のお姉さん」


 先回りしていたと言うよりは待ち伏せをしていたとでも言うべきだろうか。どちらにせよ少女に幽霊のお姉さんと呼ばれる彼女はそこに居た。心なしかその場に居る狂気(彼等)も少し驚いているような反応だったがすぐに元の様子に戻る。少女の親しげな声色から問題はないと判断したようだ。


「彼等に会話できる知能が残っているか不安だったから待たせてもらったよ。どうせここに来るだろうと思っていたからね」


 そう語る彼女は外の見える窓際に立っていた。少女の肌に触れる風からそこが開いていることは見えなくても分かる。しかし彼女の手から一部変化して伸びている、黒い鞭のような形状の手がそこから外に這い出ていることはこの場の誰も知らないことだ。況してやそれが視覚の機能を持ち、和寛の居る教室を覗き込んでいるなんて思いもしないだろう。


「この椅子に座るといい。校内放送というものは知っているかな?」

「さっき聞こえてたの?」

「聞こえてた……ふ、ふふっ、そうだね。さっき聴こえなくなったあれだ。ここに君が来た理由、君が求めていたのがあれだ。君があの声のように呼び掛ければすぐに彼はやって来るだろうね」


 素晴らしく簡単な方法に少女は見えもしない目を輝かせる。当然それは灰色の布に隠されているわけだが、それでも隠しきれない喜びが少女から溢れているのだ。

 そして誰にも見せないようにと、特に意味もなく顔を真剣なものにしているつもりの黒幕。しかし声には漏れてしまい僅かではあるが笑みが溢れた。別に嬉しいとかそんな感情によるものではなく、ただただ可笑しくて笑ってしまったのだ。少女があまりにも他人事のように言うその姿が、その言葉が、まるで何も知らないふりをした道化のようで笑ってしまった。

 しかし事実、少女は何も知らないと言うだろうし、少女が何も知らないと言うことを彼女は知っていた。そんなことは様子を見ていれば分かることで、だからこそ彼女は少女の手伝いをしていた。何故か?その方が絶対面白くなるからだ。


 言われるままに、彼女が引いて動かした音を頼りに少女は椅子に座る。それからどうすればいいのかなんて分からない少女だったが不安視するような様子はない。優しく、幽霊のお姉さんが全て教えてくれるからだ。


「じゃあこれから校内放送を始めよう。心の準備は良いかい?」

「う、うん」


 改めてそう問われれば、最初の拒絶のこともあり少女の中の上手くできるという自信が減っていく。しかし少女にここまで来てやっぱり止めたという感情が湧き出ることはない。もう一度、夢を掴めるかもしれないのだ。たかが自信を無くした程度で拭い取れる執着ではないのだ。


 ──ピンポンパンポーン。


 故に少女は己の手を強く握る。諦めたりなんかしない。その強い意志を明確とする為に。


「……これで放送されてるの?」

「ぁぁ」


 問う少女の横で邪魔にならないよう彼女は小さな声で返答をする。マイクに音を拾われないように注意する彼女だが、別に少女を気遣っているわけではない。けれど何かしらの大きな理由があるわけでもなく、単にこんなところで存在がバレてしまったら後のサプライズがつまらなくなる。ただそれだけのことであった。


「そう、ありがとう」


 そうとは知らない少女は純粋に礼を言う。手伝ってもらったこと、気遣ってくれたこと、少女の言葉は感謝という一つの意味でしかないが、複数の事に向けて発した言葉でもある。


「んん……」


 だからこそ少女はその全てを無下にしたくないと思いをより一層強くする。咳払いをして調子を切り替えて、緊張する胸に手を当てて言葉を紡ぐ。


「私は、私と友達になってくれる人がここにいると聞いてここに来ました。私は友達(あなた)がどんな人なのか知りません。だから私はここで待ってます。友達(あなた)を待ってます」


 少女なりの精一杯。頭の中が真っ白で何を話そうかなんて思い出せず、浮かび上がった言葉をそのまま口にする。そして全てを言い切って、全てを言い終わって、噛まずに言えたことに安心して息を漏らす。


「ふぅ、緊張したぁ」


 安心したせいか、それとも話が終わると同時に放送も勝手に終わるとでも思っていたのか。素の少女の言葉が校舎中に放送された。当然それは少女の耳にも複数となって周囲から聴こえるわけだから。


「へぇっ!?まだ放送されてるの!?切って切って!」


 こんな締まらない終わりとなったのだ。

 募る気持ちは後悔というよりは気恥ずかしさが勝っている。だから少女は赤面し、膝を曲げ、両手で顔を覆い隠すようにして椅子の上で縮こまる。


「じゃあ私はこれで、後は上手くやるんだよ」


 そんな少女を余所に彼女は消えた。別れの挨拶なんか言わせず最初と同じように、突然現れるように、一瞬にして消えてしまったのだ。もしかしたら少女達が認識できていないだけで彼女はまだそこに居るのかもしれない。だが物音一つ立てない存在を認識することなんてできないのだから消えたと言う他あるまい。


 それからはほんの少し少女にとって暇な時間が続いた。ただ待つだけであり、待っていなければならないのだから部屋から出て遠くに行くことも叶わない。強いて何かあったかを語れば廊下から一人の葛藤の声が聴こえた程度である。それをまた誰かが誰かとじゃれあっているのかと少女は呆れ半分で聴いていた。ちなみに葛藤の声を上げていたのは生徒会長こと雄二である。

 しかしこれに少女は思う。こんなに騒いでいたら友達がこの部屋に入りづらいのではないかと。だから少女は頼み事をする。「煩いから少し何処かに行っていて」と。


 これで助かったのは雄二こと生徒会長だ。少女が声を掛けたタイミングではまだ彼の両目は潰されてはいなかった。何故か興味が薄れたかのように左右へと去っていく教師であった者達の姿。不思議ではあるが時間は無限にあるわけではない。気になる心を抑え込み雄二は駆け込むように放送室へと入る。

 元々彼は誰かを助ける為に放送室まで走ってきたのだ。一度目の校内放送ではもう手遅れかとも思えたが、しかし二度目のあれが彼に希望を与えたのである。もしかしたら救援を待っている誰かがいるかもしれないと。だがしかしそれは観測のみで終わった。

 ここは他とは違い叫ぶ誰かがいるわけではない。少女が静寂を望んでいるのはこれまでのことで察しがつく。故に少女の側にいる狂気(彼等)二人は純粋に黙っている人間のように静かであった。だから雄二は騙されたのだろう。勝手に騙されただけとも言えるが。一瞬だけ、彼に残されていた刹那の時間を使ってしまい大きく踏み出した足で近づいてしまった。当然踵を返す為の機会は残っておらず、結局気づいた時には袖を掴まれてしまっていたのだ。

 一度目までの、壁一枚隔てた場所で騒ぐのなら注意するだけで済んだことだろう。しかし二度目は注意したにも関わらず、それで少女の傍でともなり、「静かにして」ではなく「静かにさせて」と蜘蛛の糸が切られる形となってしまった。


 これがこの場所に彼が居た理由であり、襲われた後「もう!部屋の何処かで大人しくしてて!」という少女の言葉が彼等を放送室に留めていた理由である。放送から結構な時間が経ったのだ。もうそろそろ友達がやって来るかもしれない。だから今更辺りを彷徨かれても邪魔でしかない。と考えていたかどうかは別として、それから十分もしない内に二人の人間の足音が廊下に響きだした。和寛等である。


 そこから和寛がナイフを使うまで、特に何か工作があったとか、和寛の知らないところでとか、そんな何かはなかった。窓から外に出てこっそりタイミングを計っていた黒幕だとか、余裕そうな雰囲気を醸し出しているつもりで内心緊張していた少女だとか、初めて手を握られて実は心が歓喜で叫んでいただとか、挙げるとすればそんなところだろうか。


 ただただ少女にとっての楽しい時間。愉快で嬉しくて、悲しくて申し訳なくて、そんな心の波が少女にはどれも心地よくて幸せなものだった。けれど幸せだったからこそ、それを離すまいと強く少女は握り締める。もう消えてしまわないようにと感情が和寛を縛り付けようとする。それは少女の無意識によるものだが和寛の手を離さないことには充分な働きを見せた。

 結果として、やはり少女は理解できないでいた。右手の甲に走った予想もしていない不意討ち。脳内を占める感情は痛覚に染められて和寛を縛ることができなくなる。痛みを耐えて和寛の手を握り続ける少女は、しかしその和寛自身によってそれを振りほどかれることとなった。


 二度目の拒絶。


 (何がいけなかったのだろう?何を間違ってしまったのだろう?どうして私を置いて何処かに行くの?どうして、どうして……)


 突如として少女の苦痛に応えるかのように叫び声が聞こえる。そのどれもが怒りに任せた叫びで、許せないだとか、そんな感情が込められているであろう叫びだった。


「いた、いよ。なんで皆……なんで……」


 ──なんで心配してくれないの?

 誰も彼も、少女の頼み事を聞いてくれる全員が叫んでいる。しかしそれはどれも少女を思っての怒りではなく、少女が傷つけられたことに対する怒りであった。何が違うのかと言えば、後者は別に少女でなくてもいいという点だ。自分が助けようとしているものが傷つけられた。自分を助けてくれたものが傷つけられた。だから怒るのは当然だ。自分は怒るべきだ。そういった怒り。少女を思って怒ったのではなく、怒るべきだから怒った。

 当然全てがそうしているわけだから誰一人として少女を心配している者はいない。いたと思っていた、いると信じていた、少女を心配する誰かは誰もいなかったのだ。


 ここまで、少女に何が駄目なのかを周りは誰一人として注意していない。無垢で無知で、何が善となり何が悪となるのかを知らない少女は疑問の中に取り残される。激昂したいのかもしれない、泣き崩れたいのかもしれない、しかし少女はそのどれもを選ばない。いや、選べないのだ。

 その手にできた傷は浅いものであった。皮が切れて少し血が浮き出る程度の傷。しかし血は止まる様子を見せなかった。傷口から流れる血は小さな出口を押し広げ、手の甲から溢れ落ちる。次第に量は増えていき、地面まで途切れ途切れだった血は細い一本の線となった。

 薄れ行く意識には耳鳴りも伴って、ふらつく足は意志とは関係なく曲がり、少女は前方へと倒れ込む。きっと痛いのだろうと少女は覚悟するが、しかし完全に倒れることはなかった。

 誰かが支えてくれたのだ。そう思う少女だが心当たりがいない。和寛は少女を拒絶して去っていった。残りのもう一人はありえない。それ以外この場に助けてくれそうな誰かを少女は知らない。つまりは候補がいない。けれども、もしかしたら幽霊のお姉さんが残っていたのかもしれないと少女は思う。和寛が戻ってきたのかもしれないと少女は想う。


「どっち?」


 もう()聴こえない(見えない)。本当の意味で真っ暗な中に一人になってしまった。しかし最初の頃よりかは幾分か寂しくないと、言葉にはせずとも少女は笑う。だって独りではないのだから。


「ううん何も……せめて一緒にいて、独りは寂しいから」


 体温とはまた別に存在する感情の温もり。少なくともそれは少女に冷たくならずに眠れそうだ感じさせるものであり、きっととても温かいものだ。

 だから、もしも次に目覚めることがあるのだとしたら、その時はこの人がまだ隣に居てくれるといいなと。そんな思いを抱き締めて少女の意識は深くに落ちる。





いかがでしたでしょうか?今回にて一旦の終わり、次回キャラ紹介を挟んで何ヵ月後かに投稿という形になります。

あ、学校までの黒幕に襲われた目撃者は殺されていませんよ?ちょっと事態が収まるまで眠らせて人気のない場所に監禁しているだけなので後から解放されますよ。

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