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ユートピア・アラート 〜超能力少年と不可思議少女の世界革命〜  作者: 赤嶺ジュン
ユートピア・アラート3 イモーショナル・ジェイラー(前編)
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Memory 5-5





 私の意識が戻ったときには、掃討作戦が終わってから丸三日が経過していた。その間に内閣は総辞職し、新たな選挙が行われることが決定され、治安維持隊元帥ルーク・エイカーは全ての責任を取って辞職した。


 目が覚めたとき、丁度私の様子を見に来ていた人間が一人いた。数々の検査の後に、私が上半身を起こせるほどの驚異的な回復をとげていることを確認した医師は、渋々ながらその見舞客との面会を許可した。


 全身どころか、体の内側から焼かれるような責め苦を味わったが、具合はそこまで悪くない。あれほどの地獄から生還しておきながら、何の感慨もわかない自分には、我ながら呆れるほどだ。だが、私はそういう人間だった。変えようと思ったこともない。


 医者が退室してからしばらくして、いくつかの足音が病室に近づいてくるのが聞こえた。第二十七特殊部隊の誰かが来たのだろうと思っていたが、私のその予測は見事に外れた。病室に入ってきたのは、誰であろう、先日元帥を辞したばかりのルーク・エイカーだった。


「やあ、レイフ君。久しぶり、と言うべきだろうね」


 彼はそう言って、ベッドの横にあった机に果物籠を置くと、パイプ椅子に腰を掛けた。私は思わず、彼の姿をまじまじと見つめてしまった。


「……なぜ、上下白のスーツを着ている?」


 白というのは物の例えではない。染みはもちろん柄さえない、純白のスーツを彼は着用していた。ファッションには疎いという自覚はあるが、流石に金髪に銀縁の眼鏡に白服というのが一般的でないことくらいはわかる。


 私の問いかけに、彼はあの何とも言えない笑みを浮かべると、嘘かも本当かも悟らせない落ち着いた声で言った。


「特に理由なんてないよ。治安維持隊の制服が着れなくなったというだけの話だ」


「何か、今回の件で感じることがあったのか? 白とは純潔の象徴のようなものだ。死後の世界を強く連想させる色でもある」


「考えすぎだよ。本当に、意味なんてない。全ては無意味の塊でしかないからね」


 ルークは果物籠からリンゴを手に取ると、それを片手で放り投げてはキャッチするを繰り返した。なるほど確かに、その行為に意味はないように私には思えた。


 窓の外へと、目を向ける。どこまでも青く、さわやかな空が広がっていて、綿をちぎってとばしたような雲がいくつか浮かんでいるのが見えた。


 あの日に見た赤が、嘘のようだ。だが確かに、あの光景は実在した。それを覚えているのがそれこそ私たち超越者しかいないのだとしても、血と炎が、確かにあそこにあったのだ。


「しかし、まさか貴様が私を見舞いに来るとはな」


「いやね。僕はただの付き添いなんだよ。彼女のね」


「彼女?」


 私が首を傾げると、ベッドの脇から舌っ足らずな少女の声が聞こえてきた。


「二人共酷いのです。マリを無視しないでほしいのです」


 彼女、マリ・ウェルソークは、ルークの後ろから姿を現すと、両手を腰に当てて、突然の事態に戸惑う私を睨みつけてきた。


 水色のスモックに、黄色い帽子、赤い鞄と、相変わらず典型的な幼稚園児の格好をしている。あまりにも完成されすぎていて、逆に非現実のように感じるほどだった。


「貴様が私を見舞いに来る理由が、思い当たらないのだが」


「レイフははくじょーです。ガッカリなのです」


「そう言われても困る。子供の相手には慣れていない」


「マリが小さいから悪いって言いたいのです!?」


 まあ、そういうことだ。口に出しては言わないが。


 彼女はいそいそとベッドをよじ登ると、四つん這いで体を寄せてきた。


 思わずルークの方を見るが、彼は何故か私に背を向けると窓の方へと歩いて行ってしまった。


 彼女は私の足の間からこちらを見上げると、顔中で笑った。もしかしなくても、彼女は私に相当懐いているようだった。何か特別なことをした覚えはないのだが。


「レイフは、マリの友達なのです?」


「……まあ、そう言えるだろうな」


「良かったのです。あの部屋で遊んだみんなは、マリの初めての友達なのです」


「ほう?」


 そう言えば、こう見えてと言うべきか、見た目通りと言うべきか、彼女はまだ三歳児だった。他人と遊ぶという経験を、まだしたことがなかったのだろう。

 私がそう一人で納得している間、彼女は上機嫌にベッドを叩いていた。少し埃が舞ってつらかったが、注意する気にはなれなかった。


「だからボーンってしたのです! マリは友達を守るためなら、何でもするのです!」


「ボーン?」


 突然の抽象的な言葉に首を傾げる私に。彼女は、あまりにも無邪気に、痛々しいほどに明るい調子のまま、笑みを深いものにする。


「そうなのです! ボーンッ! なのです!」


 ……思考が、殺された。


 悪寒。私の予想を超えた何かが、そこにあるのだという確信。


 初めは、彼女が何を言っているのかわからず、ただただ戸惑いがあった。だが、彼女の発した擬音語が何を指すのかを悟った瞬間、私は病室が絶対零度にまで冷え込んでいくような感覚に襲われた。


「ん? どうしたのです? 何も言わないのです?」


「……」


「さっさと褒めてほしいのです。マリはみんなのために頑張ったのです」


「ウェルソーク。貴様……」


「そこまでだ、二人共」


 両手を何回か打ち鳴らす音が、私たちの会話を遮った。

 いつの間にかベッドの近くまで戻ってきていたルーク・エイカーは、果物籠からバナナを取り出すと、マリ・ウェルソークに手渡した。


「君にはこれをあげよう。とても美味しいよ」


「わーいなのです! 早速食べるのです!」


「気持ちは分かるけど、この部屋は飲食禁止なんだ。ここに来る途中に、大きい広間があっただろう? あそこで食べてきなさい。この病院では、そういう決まりになっているんだ」


「わかったのです。ルールは守るべきなのです」


 彼女はバナナを片手にベッドから飛び降りると、喜び勇んで病室の外へと駆けて行った。


 その無邪気な後ろ姿に恐怖する者など、この世にはいないだろう。


「……何かがあるとは、思っていた」


 彼女の足音が遠ざかっていくのを聞きながら、私はベッドの背もたれに体重を預けた。


「何の理由もなく、彼女が私たちと行動を共にしているはずがなかった。事実、彼女の存在を疑問に思うルーベンスに対して、ヴィクトリアはこう言った。『ロザリンド・ウィルキンスの噂は聞いたことあるだろう?』、と」


「ロザリンド・ウィルキンス。戦闘系ではない、研究系の超越者」


 超越者とは、何も人間兵器としての超能力者にのみ与えられる称号ではない。研究面で能力を駆使し、人類に多大な貢献をもたらしたとされた場合もしかりだ。


 そして、その研究が、治安維持隊により管理されるべきと判断されたときも、また。


「彼女の能力は『二重螺旋』。生物の設計図たるDNAに干渉し、生命を改造、ないし製造するというタブーを犯した超能力者だ。君たちは彼女が、ウィルキンスの研究成果であると予想した。実際、それは正しい」


 ルークは再びパイプ椅子に腰を掛けると、脚を組みながら続けて言った。


「彼女はウィルキンスが生み出したクローン人間だよ。過去に存在したとある人間を、完全再現するために生み出された存在だ」


「遺体のDNAを利用して作られた、ということか?」


「その通り。かつて、あまりにも強大であるのと同時に、『クリーン』な力をもった超能力者がいた。君は、我々人類がなぜこの列島に逃げ込んだのかを知っているね?」


「主な原因は、核爆弾だと聞いた。ほとんどの大地が、放射能により汚染されたのだと」


「その通り。おかげで、生命体が活動できるほどの環境を維持するのは、この列島の範囲が精いっぱいだ。……話を戻そう。核は確かに魅力的な火力だが、放射性物質をまき散らすという欠点をエイジイメイジアで許容することはできない。土地は有限だ。海の向こう側の国に、ミサイルを撃ち込むのとはわけが違う」


 かつて、この世界には国境というものが存在した。人種、思想、文化、芸術。ある程度個性を共有できる人間たちが集団を作り、互いを扶助した。


 彼らは箱庭の中にいた。その世界が、全てだと信じきれた。垣根の向こう側がどうなろうとも、見えないふりをすることができた。だがもうそうはいかない。母星の外へと飛び出した、ある宇宙飛行士はこう言った。『地球には国境がなかった』、と。そして実際にそれは失われた。人類は、人類という一つの集団として生きていくしかなくなった。


 それでも、人と人は争う。違いを見つけ、格差を指摘し、己の信条と利益のために、立ち上がる。個人個人にもまたそれぞれに世界の見方があり、集団的な生活をしていく以上、対立は必然だ。そこで常に一般市民の前に立ちはだかるのが権力者だ。政府、体制。支配構造は常に批判非難の対象であり、事実、数百年もの間、一つの国の在り方を保ち続けるほうが難しい。


 支配のためには力が必要だ。わかりやすい大火力。そう。かつての核のように、全てを焼き尽くし、それでいて焼け跡をまた土地として再利用できるような、『クリーン』な力が。


「超能力者が扱う力は一人一人違う。そして、この力には一つ、興味深い特徴がある。同じ力を持つ者は一人としていない。だが、超能力者が死亡した場合、また新たな超能力者がその力を手に入れる」


 例えば私の次元切断。能力世界の歴史上、この力を持っていた者は何人かいる。だが今このときに次元切断を使えるのは私だけだ。


「超能力者が死んだとき、その力は新たな世代に受け継がれる。そして、能力を手にする者は先代と何らかの点で似通っていることがわかっている」


「血筋か?」


「いいや。血筋は関係ない。どちらかと言えば、精神構造、心の在り方の方が重要になる。つまりは性格だね。精神粒子を操るのがそれぞれのイメージである以上、精神の在り方と超能力には相性があるというわけだ」


 超越者である私も、初めて聞く話だった。そもそも、同じ能力を持つ者が同世代には一人もいないというのも、よくよく考えれば不自然な話だ。確かに人にはそれぞれの個性があるが、これだけできることの種類が分化する力は、超能力以外には存在しないこともまた。


 この疑問。突き詰めていったら、どこに辿り着くのか。えてして、科学とは常人の理解を超えるもの。私の疑問に対する解答はかなり難解なものになりそうだ。そして、今問題とするべきは、そこではない。


「治安維持隊は、ある超能力者が死亡したことによって失われた超能力を欲した。その力を持つ者こそが、マリ・ウェルソークであり……アウタージェイルを現場にいた隊員ごと吹き飛ばした、張本人だと」


「その通り。『実在虚無』。物体をエネルギーという有らざる物へと変換する能力。物体というのは、ただそこにあるというだけで凄まじいエネルギーを持っていてね。普通なら核分裂、あるいは核融合を起こさないと利用できないが、それだと膨大な放射線が必ず出てくる。が、彼女の能力は質量をそのままエネルギーに変える。結果生まれるのは、純粋なる爆発だ」


「彼女は最初から、『実在虚無』という能力を手に入れされるためだけに作られたというわけか。だが解せないな。簡単に言えば、前回その能力を持っていった者をそのまま再現したという事だろう? 能力に血筋が関係ないのなら、そのようなことをしても無意味なのでは?」


「そこらへんは、第三次世界大戦直後の技術を応用したらしい。僕も詳しいことは知らない」


 ルークは椅子から立ち上がると、リンゴを籠の中に戻した。


 そう。技術的な説明は最後までつかないことの方が多い。真に重要となるのは、それを利用した側の話だ。ヴィクトリアは銀髪の少女に居場所を与えると言った。それは、ウェルソークについても同じだろう。だがこうなると、その意味が大きく変わってくる。


「先ほど彼女は、『友達を守るためなら何でもする』と言ったな。つまり彼女は、私とディランを守るために、あの爆発を起こした。いや、起こせと命令されたわけだ」


「あの能力を手にする人間は、基本能力を使うことを嫌悪する傾向にある。自分がどれだけ大きなエネルギーを扱っているかを、無意識に察しているんだろうね。だからこそ、器は無垢な少女である必要があった。彼女が物心がつく前に『謁見』を受けたのは、それが理由だ」


「彼女にとっての初めての友人が、私たち第二十七特殊部隊のメンバーであり、彼女にとってはそれが全てだった。だからこそ、爆撃命令も受け入れられた。その場に私がいたことは、当然伏せられていたのだろう。命令したのは誰だ?」


「ヴィクトリア・レーガン次期元帥。彼女は、幼子の純粋な心を利用したんだ」


「……では、ヴィクトリアに、そう命令するよう強いたのは、誰だ?」


「その存在は治安維持隊より上でもあるし、下でもある。どちらにせよ彼女は、アウタージェイルという悪を滅ぼすためにああするしかなかった。そういう空気ができていたからね。AGEが介入しようがしまいが、こうなる運命は避けようがなかっただろう」


 AGE。この世全てを支配する、超法的機関。


 あっさりと口にしてくれたが、本来なら私が知ってはいけない情報だろう。この男の意図は相変わらず読めない。


「ヴィクトリアが私とリ・チャンファに、アウタージェイルを討つよう命令したのは何故だ。あの爆発が決定されていたのなら、私たちを前線に出す必要はなかった」


「さあね。もしかしたら、一縷の望みを託したのかもしれないよ。チャンファ君は事前に知ってれば簡単に逃げられたし、君もこうして生還しているわけだし」


 望みとは、金堂真を殺害することで、爆撃前に掃討作戦が終結する可能性のことだろうか? あるいは、一位と二位の頂上決戦への介入か?


 幾ら予想を立てたところで、ヴィクトリア本人に聞かなければ確かめようがない。それにもしかしたら、彼女自身何故あのような命令を出したのかわかっていないのかもしれない。変に理由がついていない方が、人間らしくて納得できる。


 そして、この白の男はきっと、そんな人間の本質を理解したうえで、策略と策謀をめぐらせているのだろう。結果として彼は元帥から引きずり降ろされた。だが逆に、これでルーク・エイカーは自由に行動できるようになったともとれる。


「そろそろ行かないとね。色々と手続きが残っている」


「そうか。では、最後に一つだけ聞かせろ。数ヶ月前、貴様は私に、『あの少女をよろしく頼む』と言ったな。それは、銀髪のハッカーと最年少の超越者、そのどちらを指していた?」


「さあね。今となっては、どちらでも関係のない話だ。それにもしかしたら、私は両方のことを言っていたのかもしれないし……あるいは、意味なんてなかったかもわからない」


 彼はそう、ある意味でこちらの予想通りのことを口にして。


 こちらに背を向けると、それ以上一言も発することなく病室を後にした。



  ※  ※  ※  ※  ※



 私の意識が戻ってから、ルーク・エイカーのことをカウントしなければ真っ先に私に会いに来たのは、ティモ・ルーベンスだった。


 情報管理局の紺の制服に、亜麻色の髪を揺らして病室に入ってきた彼は、私の姿を見て表情を厳しいものにした。彼の右手には、花束が握られていた。


 花束を机の上に置き、パイプ椅子に腰を掛けた後も、彼は無言でいた。そのまま数分が過ぎ、いい加減なにか言うべきかと思い始めたところで、彼はぽつりと呟いた。


「俺は、臆病だな」


「そうだな。貴様は臆病者だ」


「……そこは嘘でも否定しようぜ」


 私の言葉に彼は苦笑いして、幾分か物腰を柔らかいものにした。曰く、彼は治安維持隊から身を引こうとしているらしい。懲戒免職ではなく、辞表を提出して自ら治安維持隊から立ち去ろうとしているのだとか。


「つまり、辞表が受理されないのか?」


「ヴィクトリアの奴、追って処分を下すとか言っていたのに、何の音沙汰もないしな。俺が何らかの形で酷使されるという未来は変わらないらしい」


 そう愚痴をこぼす彼の横顔は、それほど現状を嘆いているようには見えなかった。今回の結果に、何を感じているのか。一瞬尋ねようかと思ったが、何となくだが聞いても彼は何も言わないような、そんな気がした。


 別れ際に、第二十七特殊部隊はどうなったかと聞くと、「存在自体が無かったことになった。当然だろ」とだけ返された。



  ※  ※  ※  ※  ※



 ティモ・ルーベンスがこの病室に来てから一週間後に、ヴィクトリア・レーガンが私を見舞いに来た。

 彼女は前の調子をすっかり取り戻していて、治安維持隊元帥就任祝いといって巨大なホールケーキを持参し、一人で全部食べた。私の目の前で。色々と呆れるしかない。


 そして彼女は、様々な連絡事項を私に伝えていった。今度からは元帥として、超越者である私を酷使すること。さらには、今回の件で多くの実力者が命を落としたため、私を超能力者新規隊員教育係として酷使すること。私を酷使することなどなど。彼女が上にいる限り、私に安息の時間は訪れないらしかった。


「ああ。それから、あの爆発は金堂真が自爆したということで処理されることになった」


 面会時間終了間際になって、彼女は突如そんなことを切り出してきた。

 こちらとしては、突然のことに面食らうしかない。曖昧に頷きを返す私に、彼女は背を向けてそのまま立ち去ろうとした。


「待て、ヴィクトリア。一つ聞かせろ」


「……何だ?」


 彼女は病室の扉の前で立ち止まると、こちらを振り返ることなく私の言葉の続きを待っていた。そんな彼女の後ろ姿に、私はいつもの調子で、淡々と問いかけた。


「後悔しているか?」


「いや、まったく」


 即答だった。思わず眉を顰める私に、彼女は肩越しに振り返って笑った。


「それは、私たちが絶対にしてはいけないことだ。違うか?」


 確かに彼女の言う通りだと私は思った。



  ※  ※  ※  ※  ※



 それから退院するまでの数週間の間に、様々な立場の人間が私を見舞いに来た。それは顔見知りなこともあれば、ほとんど話したことのない相手であることも多かった。


 マリ・ウェルソークは毎日のように私の元に来た。どうやら私が思った以上に、彼女の中で私は大きな存在となっていたらしい。依存とさえ言えるかもしれない。


 彼女の付き添いはルークの秘書であるアリス・ヴィンヤードが担当していたが、途中からザン・アッディーンに変わった。それはルークが、治安維持隊の中での権力を完全に失ったことを意味していた。


「仲のいいことだな」


 ベッドの上でトランプ遊びに興じる私たちを見て、ザンがぼそりと言う。体格がいい上にかなりの強面の為、ウェルソークは彼を嫌厭しているらしかった。


「ヴィクトリアの調子はどうだ?」


「相変わらずだ。元帥になって少しは奔放さが是正されるかと思っていたが、余計に悪化している。それだけストレスも多いということだろう」


「そうか。貴様の方はどうだ?」


「私は別に何も変わっていない。仕事の方は増えたがな」


 アッディーンはそこで思い出したかのように胸ポケットに手を突っ込み、中から一つの小さな箱を取り出した。


 無言で差し出されたのを受け取り、蓋を開ける。そこには、超越者の新しいバッジと、私が超越者序列三位から二位に格上げされたという旨の書類が入っていた。


「聞く者が聞けば驚倒する人事異動だと言うのに、随分とそっけないな」


「そんなものだろう。ルーク・エイカーが治安維持隊から去ったことで何か変わるかと思えば、円卓連中は変わらず元帥にこびへつらっている。笑い話にもならない」


 そう言って彼は、不満げに鼻を鳴らした。


 人間は、そう簡単には変われない。変わるとすれば、むしろこれからだろう。


 その日の彼との会話は、それだけだった。もともとアッディーンは、口数の多い方ではない。


 マリ・ウェルソークとは正反対に、退院間近になっても私の病室を訪れない人間が二人いた。


 一人は、ジミー・ディラン。あの戦場で一度通信で話したっきり、一度も顔を合わせていない。アッディーンに聞いても、彼が今どうしているかはわからないとの回答だった。


 そしてもう一人。銀の髪をした、希代の天才。


 彼女とは、掃討作戦の直前期もろくに会話を交わせていなかった。どちらが原因かと言えば、おそらくは彼女の方だろう。私は変わることなどない人間だ。変わったとしたら、彼女の方だとしか思えない。


 二人共に消息不明のまま、時は流れ。


 私の怪我は無事完治し、退院の日を迎えた。



  ※  ※  ※  ※  ※



 治安維持隊隊員には専用の寮が用意されているが、超越者は自宅を購入していることが多い。月給は一般隊員と最低でも一桁は違うため、経済面での不安はほぼ皆無と言ってもいい。


 だが私は、豪華絢爛な邸宅でも一般隊員用の寮でもなく、中央エリアの一角にある小さなアパートの部屋を借りていた。比較的最近建てられたもので、家賃もそれなりに値が張るが、他の隊員と比べてもかなりの安住まいだった。


 何週間ぶりかに帰宅した我が家は、かなり埃まみれになってしまっていた。といっても、掃除にはそれほど手間はかからない。


 三十分ほどで掃除を済ませ、椅子に座り一息つく。そこで、着ていた制服の胸ポケットでペン型携帯端末が震えた。


 手を触れ、ホログラムウィンドウを出現させる。どうやらメールが届いているらしい。


 差出人は――。




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