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ユートピア・アラート 〜超能力少年と不可思議少女の世界革命〜  作者: 赤嶺ジュン
ユートピア・アラート3 イモーショナル・ジェイラー(前編)
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Memory 5-4





「能力者だ! 超能力者が来たぞ!」

「食い止めろ! 何としても食い止めるんだ!」

「ふざけるな! 俺たちが何をしたっていうんだ! 答えろよ!」


 怒りがあった。戦意が見えた。決意が示された。

 それらは全て、私が指を動かしただけで、冷たく凍り付いた。






 道路中央部を一人歩く。銃声が木霊し、弾丸が空を裂く。私の元には届かない。現れては消える銀の『壁』が全て跳ね返し、敵意を見せた者の体を逆に貫く。手榴弾らしきものが飛んでくる。平面を組み立てピラミッド状とし、爆風を防ぎきる。『壁』を消し、前に進む。手榴弾を投げた人間が、こちらに背を向けて逃げようとする。そちらに向けて手にした金属製の円筒を振る。先から伸びた極薄の刃が、背中を切り裂く。血が噴き出す。赤い液体がアスファルトに散る。名前を呼ぶ声。おそらくは、たった今殺した人間の物。建物の影から、何人かが飛び出してくる。ライフル銃が火を噴き、その直後に彼らの体から血が噴き出す。私の前から、極薄の『壁』が銀の粒子とともに溶けて消える。私を殺せないとわかったのか、撤退する動きが見える。慌てる必要はない。左手を前に出し、人差し指を少し動かす。その途端、私から離れようとしていた者達の行く先の地面から極薄の刃が生えてくる。彼らはそれに気づかず走り続ける。しばらくした後に、彼らの体が両断され、地面に倒れる。肉塊が飛び散る。内臓がはみ出る。白い骨。私はその間を縫うようにして、一人、歩く。






「痛い! 痛いよお!」

「腕が! 俺の腕はどこにいった!?」

「血が……血が! なくなる! 体からなくなっていく!」


 痛みを与えた。傷を負わせた。死を届けた。

 それらは全て、私という兵器により、もたらされたものだった。






 私を前にしても、生き残った人間もまた何人かいた。だが、無傷でいる者など一人もいない。体の一部が欠損しているだけならまだましだ。喉を斬られ、息ができない状態のまま、それでも生きている人間がいた。そばを通り過ぎようとする。こちらを止めようとするかのように、腕がのばされる。剣を振るい、手首を斬り落とす。彼はそのまま動かなくなった。しばらく歩いていくと、車を並べたバリケードの裏に、何人かがたむろしているのが見えた。私は一度立ち止まり、左手をそちらに向けて、人差し指を上にあげた。何本もの刃が彼らの足元から生えてくる。さながら剣山のよう。体のありとあらゆるところを貫かれ、そのほとんどが絶命する。だが生きている。死が確定しながら、生きている者がいる。車の間を通り抜ける。死体の山の下で、涙を流す男と目があった。殺してくれと彼は言った。いずれ彼は死ぬ。体力の無駄だ。私は彼を無視してさらに進んだ。行けども行けども人がいた。武器を持っていた。私に傷をつけることは叶わない。半ば無意識に、自動的に、回避し、防御する。ある時は接近して剣で切り付け、またある時は意識を集中し、また新たな刃を地面から生やしていく。その繰り返し。これはもはや作業だ。それ以上の何物でもない。






「嫌だあッ! 頼むよ、もう嫌なんだあ!」

「どうしてよ! どうしてこんなことになったのよ!」

「もうたくさんだ! 降参する! もう降参するからあ!」


 悲鳴が聞こえた。叫びが響いた。嘆きが届いた。

 それらは全て、私が手を一振りするだけで、消えて無くなった。






 奥に行くと、流石に変化があった。戦闘員と思われる人間が明らかに減っていた。女性どころか、子供までもが銃を握らされていた。それでも私のやることは変わらない。今更変えることなどできない。殺す。殺し続ける。敵意を見せられた以上は、それに全力で応えなくてはならない。感情の叫びがそこにある。きっとあるのだろう。だがそんなものはわからない。見えない。会話も対話もここにはない。判断のしようがない。極限状態において、論理など、倫理など、まったくもって役に立たない。正しさなどない。憎しみも、もはやない。あるのは恐慌と狂乱だけだ。刃を伸ばす。刃渡り数十メートルはある剣をもって、目の前の全てを薙ぎ払う。人が斬れ、建物が割れる。崩壊する。絶望の叫びがあがる。どうやら避難所も崩してしまったらしい。関係ない。ヴィクトリアは言った。命には序列があると。だがこの光景を前にして、彼女はそう言い張り続けられるのか。全ての決定を下す人間は、決まって地上など見えない天にいる。神は一人一人に救いを与えることなどできない。ならば私の行為は、人類を救済するのか。私の知ったことではない。未来など見えない。ありとあらゆる論理を組み立て、理論を学んだ。先人たちが残した社会学、思想は、ある程度の参考にはなった。だが参考どまりだ。唯一絶対の答えなどありはしない。故に私は迷い惑った。判断基準が必要だ。人間として、人間のままでいるためには、何らかの選択をしなければならない。選択し続けなければならない。だから私は自らを律する規範を生み出した。私は――。



  ※  ※  ※  ※  ※



『レイフ!』


 突如入ってきた通信の声で、私はふと我に返った。

 周囲に『壁』を出現させて、防御の態勢を整える。耳に装着した小型通信機は、第二十七部隊の任務でつけていたものだ。


「貴様、ディランか? 生きていたのか」


『何とかな! そっちは!?』


「最前線の更に先にいる。私は今一人だ。あとどれだけ行けばいいのかは、見当もつかない」


『話していて大丈夫なのか!?』


「平面を繋ぎ合わせ四角錘とし、周りを囲っている。上空からの攻撃も通じない。私の心配はいい。それより貴様は、今どうして……」


『逃げたんだよ! 僕は……僕は逃げたんだ!』


「……」


『バレットの仲間はみんな死んだ! 序列二位の攻撃に巻き込まれた! 生き残ったのは僕だけだ! 僕が……僕だけが……超能力者だったから……』


 返す言葉もなかった。


 一体この私に、何を言う資格があったというのか。何を言えば彼は救われ、自身を肯定させることができたのか。


 額に浮かんだ汗を拭おうと『柄』を握りしめた右手を上げたところで、その手に血がべったりとついているのに気がついた。今まで気がつかなかったのが不思議なくらいだ。何人分のかなどわからない。となると、額を濡らす液体も、汗ではなく返り血かもしれない。


『なあ、レイフ! 僕は一体、何をしてるんだ!?』


「……」


『別に、大したきっかけじゃなかったんだよ! 悪人がいなくなれば、少しは世の中ましになるんじゃないかって! そう思っただけだったんだ!』


「……ディラン」


『いつから引き返せなくなったのかなあ! 何で僕は、笑いながら殺したんだ? 何で僕は、泣きながら逃げ出したんだ!? 最初に守りたかったものが、何で思い出せないんだよ!』


「ディラン。私に貴様は救えない。いや、私には誰を救うこともできない」


 それは事実であり、真理だ。私は常に、最善を選んできた。そのつもりだ。矛盾を許容するために、最優先事項を決定し、そのために他すべてを無視してきた。


 その結果生まれたものがあったのか。逆に、何が失われたのか。私にはわからない。わかることがあるとすれば、薄壁一枚を隔てた外界には、私が斬って捨てた数多の死体が転がっているという事実だけだ。


 それでも、私は今まで進んできた。前に進むのが人間であると。進歩こそが進化であると、そう信じたからだ。私の唯一の信条が、何よりも優先して守るべきものなのだと。


 だが、私が真の意味で正しいという確証など、どこにもないのだ。


「生きろよ、ディラン。私は手の届く範囲の人間を優先すると決めた。だから私に言えるのはこれだけだ。私は人でなし以上に人ではない。だから……もう、どうしようもない」


『わかってる。わかってるんだ……そんなことは……』


「ディラン」


 そこで、通信は終わった。私と彼を繋ぐ電子の糸は、中途で切れて、もう二度と繋がることはない。


 不意に全身の力が抜けて、私はその場に膝をついた。流石に、私の体も限界を迎えているらしい。彼との会話で、緊張が切れたのも原因だろう。


 決して破壊されることのない、鏡よりも自然に周囲の光景を映し出しているのであろう平面により作り出されたシェルターの中で、私は荒い呼吸を繰り返す。この空間にある全ては、外に拡散することなく、そのまま私の五感を刺激する。


 うだるような熱。むせかえるほどの血の匂いに、口の中には鉄と塩の味が広がっている。呼吸音が木霊し、自分がいつ息をしているのかわからなくなってくる。光がまったく届いて来ない。目の前に横たわる純粋な闇が、首を真綿で締め付けるような重圧を与えてくる。


 これでは、休息にもならない。敵の攻撃が来ることを覚悟してでも、一度『壁』を消滅させるべきだろう。


 そう判断した私が、左手を上げた、その瞬間だった。


 胸ポケットに入れてあったペン型端末が、突如震えだす。反射的に、持ち上げた左手で端末に触れると、目の前にホログラムウィンドウが出現した。


『クリケットさん!』


「……アリス・ヴィンヤードか?」


 ウィンドウに映し出された女は、確か、ルーク・エイカーの秘書を担当していたはずだ。といっても、まともに会話したことはほとんどない。


 一体何事かと問いかけようとしたが、それを遮るようにして彼女は叫んできた。


『今すぐ能力で自分の身を完全に防御してください! 急いで!』


「何?」


 彼女がなぜいきなりそんなことを言いだしたのか分からないが、幸いなことに少し前から『壁』で周りだけでなく頭上をも隠した状態のままだ。私はその旨を伝えようと口を開け――。




 ――全てが灼熱の海に沈んだ。




 最初に感じたのは、地の底から突き上げてくるような衝撃だった。

 思わずその場に屈んでしまったが、すぐにその地面が膨大な熱を発しつつあるのに気がつき、私は慌ててその場に立ち上がった。


 地面の揺れだけで、周囲を凄まじい強風が通り抜けているのが分かった。『壁』と『壁』の間から漏れ出た空気が、私の体を嬲る。それは熱風と呼ぶより他になく、吹き付けてきただけでやけどを負いかねない程の熱を持っていた。


 すぐに集中力が切れて、私は『壁』を保ちきれなくなった。半ば無意識で自らを守る盾を消滅させてしまった次の瞬間、私はおよそ生物が存在できるとは思えない、人も建物も、ありとあらゆる物全てが燃焼していく地獄に自分がいることを知覚した。


 視界に、一面の焼け野原となった町が映る。だがすぐに、眼球の水分が失われ、その光景がぼやけてくる。涙がこみ上げてくる傍から蒸発していくのがわかる。


 呼吸をする度に、肺が焼けただれていく。耐え切れずに地に倒れ伏すも、その地面がすさまじい温度になっているため逃げ場がない。


 全身を苛む痛みに耐えながら、私は地を転がりまわり、獣の如き咆哮を轟かせる。


 そんな、何もかもが焼却されていく場所で、それでもなお脳の奥底の冷え切った理性が、何が起きたのかを正確に分析していた。


 爆発だ。大規模な爆発が、この町の全てを焼き払った。そうとしか考えようがない。


 その原因が、何なのかはわからない。ただ重要なことは、この町にいる全ての人間が、アウタージェイルだけでなく、治安維持隊の隊員もその全てが、一瞬にして命を奪われたということだ。ひとまず爆風を能力をもって防げた私は幸運だった。


 だがその幸運は、私に生き地獄を与えた。私は生きながらに焼かれ、激甚な苦しみを味わいながら、その生を終えようとしていた。


 だが、二度目の幸運が、私の命を救った。


 私の周りにあるすべての物が、意志を持ったように動きだし、私から離れていく。炎、瓦礫、そして地面までもが動き出し、私を中心として放射状に飛んで行き、巨大なクレーターを作り上げていった。


 薄れゆく意識を懸命に保って、私はその光景を眺めていた。私のいる空間は、先ほどまでとは真逆に、急速に冷却されていっており、吹き付ける冷気が痛い程だった。


『これは……序列二位の能力か?』


 その予測は、薄ぼんやりとした視界の中を舞い踊る鉄紺の過剰光粒子の群れと、こちらに歩いてくるがっしりとした人影で確信へと変わった。


 流石と言うべきか、彼は自らの能力で爆発を全て防ぎ切ったらしい。超能力者としての実力差が、そのまま表れている形だった。


『私も、運のいい』


 彼が近くに居なければ、私はこのまま死を待つより他になかっただろう。半死半生の状態だが、命はつなげるはずだ。全体として見れば、エイジイメイジアの医療技術は人類史上最も進んでいると言える。場合によっては、傷一つなく退院というのもありえるかもしれない。


『……今回の件を完全に把握している者が、一体どれだけいるのか』


 何もかもが曖昧だ。ここにあった悲劇は何だったのか。殺しという行為にどれだけの意味があったのか。誰もが死んだ。死人は焼かれ、再び死んだ。たとえ私が刃を振るわずとも、彼らは業火に焼かれ死んだだろう。それで私の行為がなかったことにはならないが、少なくとも記録されることはなくなった。残ったのは、私の記憶だけだ。


 ルーク・エイカーとヴィクトリア・レーガンは、なぜ対立したのか。なぜ序列二位は、素直に彼女の指示に従ったのか。最後のこの爆発は何なのか。


 ジミー・ディランは生きているのか。ティモ・ルーベンスはこの結果をどう受け止めるのか。


 ……あの銀髪の少女は、一体何を思うのだろう?


 そんな感慨と共に、私の意識は闇の中へと呑み込まれる。今回の私の行動は、全てこの炎によって無価値な灰燼に帰したことを自覚しながらも、私は身動き一つとれずに横たわっている。


 私の命は、これで救われた。そこに意味などない。生も死も、存在も非存在も、全てが等価だ。この悲劇も、百年もすれば歴史に登場する一単語に成り果てるだろう。


 ならば私は、今回の出来事にどのような意味を与えるべきなのか。どう、行動すれば正解と言えたのか。


 わからない。


 わかるのは、私の存在それ自体が間違いだという、唯一の真実だけだった。


 こうして、数多の感情を内包し、幾多の人間がただ生き残るためひたすらに殺し合った、『アウタージェイル掃討作戦』は、最後に起きた爆発により、敵味方問わず現場にいた五割以上の人間が死滅するという、最悪の結末を迎えたのだった。




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