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ユートピア・アラート 〜超能力少年と不可思議少女の世界革命〜  作者: 赤嶺ジュン
ユートピア・アラート3 イモーショナル・ジェイラー(前編)
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Memory 5-1


Memory 5





 銃声が闇夜に木霊する。


 火薬の破裂する音は、それだけで衝撃的だ。前回のテロ事件のような異常の中の破裂音ではなく、日常を裂く荒々しい轟音。


 外で、悲鳴が上がった。ここは繁華街の一つの建物。通りには一般人も多くいる。彼らは銃声になど慣れていない。


「銃刀法違反に公務執行妨害に殺害未遂! ムショにぶち込むには十分すぎるな!」


 私が出現させた銀の『壁』に身を隠して、ジミー・ディランが毒づいた。


「そう言うな。我々もやっていることは、犯罪者とそう変わらない」


「正義の二文字がついてりゃ、何でも肯定されるんだよ」


 彼が叫んだ途端、それに抗議するかのように『壁』の脇を抜けた弾丸が彼の足元で弾けた。


 ディランはチッと舌打ちを一つすると、周囲に深緑の過剰光粒子を出現させた。私は彼に頷きを返すと、右手を軽く振った。


 私の合図とともに、『壁』が音もなく消失する。それと同時に、私たちは埃と煤まみれの通路を二人で駆けだしていた。


 何発の銃弾が飛んできて、私とディランの体に突き刺さる。だが、血しぶきが上がることも、痛みを感じることもない。銃弾は私たちを傷つけることなく制服の上で跳ね返り、床に落ちていく。前から強い風が吹きつけてきたかのような、違和感を覚えただけだった。


 通路の突き当りのT字になっている場所でこちらに銃を向けていた二人が、大きく目を見開く。接近するのと同時に、ディランは拳を一人の胸に叩き付け、私は一人の肩に斬りつけた。


 一人は胸に穴をあけて、一人は肩からほぼ両断された形で倒れ伏す。それを見た分かれ道の両側に残っていた連中が、何やら喚きながら銃弾をまき散らした。


 私は二つの通路を塞ぐ形で、再び『壁』を出現させる。しばらくした後に『壁』を消失させると、跳ね返された銃弾に当たった者のうちの何人かがうめき声を上げていた。


「ディラン。私は左に行く。貴様は右だ」


「了解」


 それ以上は言葉を交わすことなく、重傷者も死体も関係なく踏みつける形で通路の奥へと進む。曲がり角に辿り着いたところで、再び銃声が鳴り響き、私のすぐ目の前を銃弾が何発か通りすぎていった。


 廊下の角近くのところでいったんしゃがみ、向こう側をうかがう。何人かが通路の奥にいることを確認したところでこちらに銃が向き、私はすぐに顔をひっこめた。


「……弱ったな」


 私の嘆息は、再びの銃声でかき消されてしまう。私は呼吸を落ち着かせつつ、極薄の刃を生やした金属製の円筒を握りしめた。


『こちらルーベンス! レイフ! そちらの様子はどうだ』


 耳に付けた小型通信機から、ティモ・ルーベンスの声が聞こえてきた。彼の声の調子から判断するに、向こうもなかなか大変なことになっているようだ。


「どうもこうもあるか。全員が重火器で武装している。エイジイメイジアではおよそありえない状況だ」


『こちらも同じだ。おまけに次から次へと敵がわいてくる。こちらの襲撃を知って準備をしていたというよりは……』


「普段から襲撃を警戒していた、の方が正しいだろうな」


 ララ・アーリックを含めた公理評議会関係者を人質にとっての立てこもり事件。それを裏で手引きしていたと思われる、『フールズグレイブヤード』。


 彼らの対処は慎重にする必要があるというのがヴィクトリアの判断だったが、彼女の計画はすぐに瓦解することとなった。


 フールズグレイブヤードを追っていた治安維持隊の別の部署が、彼らに接触。その結果、一部は殺害され、一部は拘束された。


 治安維持隊上層部は彼らと交渉するも、決裂。というよりは、交渉すら成立しなかったらしい。この事態を受け、ルーク・エイカーは第二十七特殊部隊を現場に投入し、問題の即時解決をはかることを決定した。


 その結果が、これだ。上層部の予想以上に装備を整えていた彼らが必死の抵抗をし、本拠地があったヨコハマ繁華街は空前の騒ぎとなってしまっている。


 とそこで、私の前の壁に、弾丸によっていくつかの穴が穿たれた。


「話はあとだ。最善を尽くせ、ルーベンス」


『わかった。お前も……ッ、……あの女……ッ!……』


「ルーベンス?」


 通信に突如ノイズが入った。何が起こったのか何となくだが私が察したところで、案の定あの少女の声が私の耳に飛び込んできた。


『レイフさん!』


「貴様か。愚かなことを」


 彼女は今回の件から外されていたはずだ。あの銀髪の少女は、この世界には向いていない以上、現場の情報は彼女には与えないという決定だった。


 だが、彼女がその気になれば、こちらの様子を容易に把握できることを私は知っている。通信記録は残されるし、部屋での会話も盗聴しようと思えばできるだろう。


『すみません! でも……』


「貴様が望むなら、過去は変えられないが、今からでもそれに応えよう。貴様自身の欲望を口にするがいい」


『……え?』


「私は過去の言葉を否定する気はない。もし貴様が……」


『そんなのどうでもいいです! 私の望みなんて、どうでもいい!』


「どうでもよくは……」


 銃声が、私の言葉を遮る。少なくとも、今、この瞬間は、悠長に会話をしている暇はなかった。話をしたところで、何かが変わるとも思えないが。


『もう、いいですから。お願いだから。ちゃんと、帰ってきてください』


 彼女の言葉に、私はしばし目を瞑った。


 まったく。私という人間は、相変わらずの傍観者だ。


 今彼女は、かつての望みを、かつての言葉と感情を捻じ曲げた。それをさせたのは私であり、私に対する彼女の感情だ。


 そして私は、それに従う以外の解答を導き出せない。


「了解した」


 最後にそれだけ言って、私は通信を切った。


 剣を構え、曲がり角の向こう側へと飛び出す。無数の銃口が、こちらに向けられる。


 全てを無視して、私は前へと走り出す。


 その夜。第二十七特殊部隊は、フールズグレイブヤードのメンバー全てを鏖殺した。



  ※  ※  ※  ※  ※



 治安維持隊の制服を着た肉の塊が、彼らが本拠地としていた施設の最奥に並べられていた。その隣には、無数の針が突き刺さっていたり、腕や足を欠損していたり、修復不能な穴をあけられたりと、私たちの手で新手の芸術作品か何かのようにされた死体が転がされている。


 その場にいる誰もが、荒い呼吸を繰り返していた。数々の戦場を渡り歩いた私たちですら、経験したこともないほどの過酷な戦闘に、ディランやルーベンスでさえも疲弊しきっていた。


「考えうる限り、最悪の結末だな」


 そう呟くジミー・ディランの服は、元の赤茶を塗りつぶすほどの紅に染まっていた。ティモ・ルーベンスはかぶっていた防護用ヘルメットをはぎ取って放り捨てた。


 その部屋には、いくつものコンピューター端末が置かれていた。空中に浮かぶホログラムの群れはどれも、同じ文言を表示している。


 『ALL DATA DELETE』。私たちを食い止めている間ずっと何をしていたのかと思えば、彼らは全ての証拠を消し去る作業をしていたのだ。


「僕の知る限り、フールズグレイブヤードはここまで暴力的な組織ではなかった。最近勢力が拡大しつつあったが、デモを繰り返すだけの、比較的無害な団体だったはずだ」


 ジミー・ディランはそう言いながら、私の刃に切り裂かれ中の綿がはみ出た血まみれのソファに腰を下ろした。一瞬ルーベンスが顔をしかめたが、ディランの顔を見て思いとどまったのか、何も言うことは無かった。


「まだ何かある。もともと小規模だった組織が、理由もなく短期間で拡大できるはずがない。どこから金が出たのかも問題だ。僕たちの知らない……いや、知っているかもしれない何かが、彼らのバックについていた」


「だが、その何かに繋がる情報は失われた」


 私の言葉に、彼は苦い顔で頷いた。


 最初に彼が言った通り、これは最悪の結末だ。人命が損なわれ、情報は失われ、ここから先に進むこともできそうにない。


 流石の上層部も、今回のことには頭を抱えていることだろう。


「いや。まだわからないぞ」


 ティモ・ルーベンスの呟きに、私とディランは同時に顔を上げて防護服に身を包んだ彼のほうを見つめた。


 デザインそれ自体は、普通のオフィスとそう大差ない部屋をルーベンスが物色していく。情報管理局出身という経歴故か、彼の手つきには迷いがなかった。


「そう言えば、彼らは端末そのものをほとんど破壊していないな。なぜだ?」


 私がそう問いかけると、ルーベンスは近くにあったホログラムを一つ手に取った。


「案外、物を壊すっていうのは難しいし、素人にはどこを壊せば完全にデータが消えるのか分からない。追い詰められた人間は、形だけでも証拠を求める。こんな風にな」


 ルーベンスの指が、『ALL DATA DELITE』の文字列をなぞる。それに対し、ジミー・ディランは得心がいったように頷いた。


「なるほどな。データが消去されたって表示は出ていても、まだ欠片としては情報が残されている可能性があるというわけか」


「そういうことだ。我らが天才ハッカーの出番だよ。クリケット副隊長」


「何だ」


 私が応じると、ルーベンスは目つきを少し鋭いものにした。


「アイツの暴走はいただけないが、実力だけは本物だ。扱いはお前に任せる。相手がお前なら、彼女も言う事を聞くだろう」


「了解した」


「ただ、これだけは言っておくぞ。アイツに不用意な期待を持たせるな。いいな」


「それはどういう意味だ?」


 私の返しに、ルーベンスは始末に負えないといった調子でため息を吐いた。


「話を変えようか。レイフ。かつてお前が、あの少女に言った言葉。訂正する気はあるか?」


「いや、まったく」


「仮に、国が彼女を殺す決定をして、彼女がお前に助けを求めた場合。お前は、治安維持隊を敵に回せるか?」


「彼女がそれを、心の底から望むならば」


「よくもまあ、そんなことを、この状況で言えたものだな」


 ルーベンスは険しい顔つきで、部屋の中を指し示した。


 床に死体が転がっているだけではない。壁には銃痕がいくつも穿たれ、それらを中心として広がった罅が重なり、蜘蛛の巣を幾重にも重ねたようになっている。机も椅子も無事な物は一つもなく、脚がもげているのも珍しくはない。なにより、赤のペンキをバケツで部屋中に撒いたかのような有様は、どこか非現実的な印象を与えてくる。


 だが、それがどうしたというのか。


 彼が何を問題としようとしているのかが、わからない。大体、会話もどこか噛み合っていない。認識がずれている。そんな、気がする。


「……まあ、話を振った俺も俺か」


 ルーベンスはそう言って首を振ると、私に背を向けた。


 ジミー・ディランもソファから立ち上がり、転がった死体を避けて出口へと向かう。


 ふと、窓へと目が引き寄せられる。そこには、ディランに負けず劣らず血にまみれた一人の男が、無表情で立ち尽くす様子が映し出されていた。



  ※  ※  ※  ※  ※



 事件の翌日。エンパイア・スカイタワー地下にて。

 社会の情勢がきな臭いものになってきても、第二十七部隊の部屋は相変わらずの賑わいだ。といっても、その主な原因は、なぜ連れてこられたのかも不明な、異常に頭のいい三歳児のせいだったりするのだが。


「マリと遊ぶのです。マリは忙しいルーベンスと違って、暇をしているのです」


「……レイフ」


「貴様。あの銀髪ハッカーの件といい、私を保父か何かと勘違いしてないか?」


「もうなんでもいいから、こいつをどうにかしてくれ」


 心底げんなりした顔でそう言われては、私も断るに断れない。私は部屋に備え付けられたクローゼットへと歩き、人生ゲームのセットを取り出すと、テーブルに広げた。

 ソファに座ったマリ・ウェルソークが、頬を膨らませてこちらを睨んできた。


「二人で人生ゲームをやっても、つまらないのです」


「大丈夫だ。ルーベンスも参加する」


「結局俺も巻き込むんかい!」


 そんなこんなで、人生ゲームがスタートした。


 結果。マリ・ウェルソークがアイドルとなり一位に。私が医者で二位。ルーベンスが終始フリーターのまま最下位となった。


「……何かを象徴するような結果だな」


「おい、レイフ。ちょっと表出ようか。お前みたいなイケメンを、思いっきり殴る機会をずっと待っていた」


 ルーベンスが額に青筋を立てて、こちらを睨みつけてくる。ウェルソークは至極満足気な顔で、おもちゃの札束を数えなおしていた。


 とまあ、私たちはかなり暇していたわけだが、私はともかくとして、ルーベンスの方は何の理由もなしにこの部屋にいるわけではない。彼はちらりと部屋の奥にある扉に目を向けると、小声で私に話しかけてきた。


「フールズグレイブヤードが残したコンピューター端末の分析が、どこまで進んでいるか聞いたか?」


「朝聞いた時には、めぼしい情報はまだないと言っていたな。今日中には結果が出るだろう。我々はそれまで待機だ」


「それはいいんだけどさあ。何で特殊部隊隊員が、幼児の遊び相手をしなきゃならないんだか」


「マリは子供じゃないのです。ルーベンスよりずっと大人なのです」


「ああ、はいはい。わかったわかった。偉い偉い」


「声に誠意が感じられないのです!」


「痛いわ! 髪引っ張るんじゃねえよこのガキ!」


 亜麻色の髪を引っこ抜こうとする幼児と本気で格闘するルーベンスを放って、私は部屋の隅に置かれた自販機へと歩いて行った。


 硬貨の投入口に百円玉を入れ、いつも通りミネラルウォーターのボタンを押そうとしたところ、ディランが荒々しく扉を開けて部屋に入ってきた。


 思わず、まったく別のボタンを押してしまう。凍り付いたブラックコーヒーの缶を片手に立ち尽くす私と、今度はあやとりの相手をさせられているルーベンスに、ディランが苦笑した。


「何というか、いつ来ても平和だな、この部屋は。普段の活動が嘘みたいだ」


「ディラン。何をそんなに苛立っている? お陰で私は、冷凍コーヒーを飲む羽目になった」


「……よく缶が壊れないな」


 彼は私の隣まで来ると、コーラのボタンを押しながら言った。


「ニュースサイト、インシストを開いてみろ」


 言われた通りに、つい最近新調したペン型携帯端末を取り出し、ホログラムウィンドウで『インシスト』という単語を検索する。検索で最初に出てきたサイトを開くと、『アーリックマン評議員独占インタビュー』というタイトルが私の目に飛び込んできた。


「これは?」


「見ての通り、僕たちが最初のミッションで助けた評議員様がインシストの取材に応じたんだよ。あの女、治安維持隊を殺人鬼集団とか抜かしている」


 記事によると、立てこもり事件で治安維持隊は犯人と交渉することなく現場に突入。さらには、取り押さえられるはずの犯人を虐殺したとのこと。


 何度も『助けられた側が言う事ではない』という趣旨の文章が挿入されているが、かなり露骨に治安維持隊を非難する内容となっていた。


「確かに、記事の内容に間違いはないな」


「ああ。間違いはないし、実際に僕は間違いだったんだろう。ただ、あの評議員にだけは、僕らを責める権利はない。それにその記事を担当した記者、いやに扇動的な文章を書く」


 記者の名前は『ロミー』。どうやら男のようだが、ペンネームであることは間違いないだろう。


 真実はどうあれ、これで治安維持隊の評判は著しく下がった。


「治安維持隊は、マスコミには弱いな」


「報道機関は政府が抑えていたからな。その政府を治安維持隊が弱体化させたんだ。こうなったのは必然だろう」


 ジミー・ディランはコーラのペットボトルを取ると、ラベルに書かれたキャッチコピーを見て、唇をひん曲げた。


「青春の味だってさ」


「良かったじゃないか」


「お前の言う事は、毎回意味がわからないな」


 彼はそう吐き捨てるように言って、ソファに腰を掛けた。


 結果、ジミー・ディランは人生ゲーム二回戦に巻き込まれた。


「レイフもこちらに来るのです。一緒にゲームをするのです」


「いや、私は遠慮しておこう」


 そう言うと、なぜかウェルソークだけでなく残り二人もこちらを睨みつけてきた。私は肩を竦めて、ルーベンスの隣の席に腰を掛けた。


 折々で舌打ちするジミーと、疲れ切ったため息を吐くルーベンスを無視して、ゲームは進んでいく。私が宝くじに当たって十万ドル受け取ったところで、廊下に繋がるドアが開き、ヴィクトリアが大股で入ってきた。


「お。面白そうなことやってるじゃないか」


「途中参加はできないぞ」


「わかってるよ。私はビリヤードの練習でもしているさ」


 彼女は最近持ち込まれたビリヤード台に移動すると、キューを手に取って構える。その様子を見て誰もが沈黙を選択したのは、賢い判断だと私は思った。


 しばらく、玉が突かれる音と、ルーレットを回す音だけが室内に響いていた。マリ・ウェルソークも何か感じることがあったのか、彼女にしては珍しく黙りこくっていた。


 さらに三十分ほど経過し、全員がゴールに到着したところで、銀髪の少女が閉じこもっていた小部屋の扉が勢いよく開かれた。


 その瞬間、ディランは手にしていた札束を放り出し、ルーベンスは勢いよく彼女の方へと振り向いた。


 ヴィクトリアはキューを台の上に置くと、厳しい顔で腕組みをした。私はいい加減中身が溶けたであろう缶コーヒーを手に取って、プルトップを倒した。


 徹夜で作業していたためか、元から癖のあった彼女の銀髪は、電流でも流されたかのように逆立っていた。彼女は顔を蒼白にして、私たちを見渡し言った。


「アウタージェイルです! フールズグレイブヤードに資金提供したのは、アウタージェイルと見て間違いありません!」


 沈黙が流れた。唯一の部外者であるウェルソークがくしゃみをした音でヴィクトリアが我に返り、半信半疑といった様子で問いかけた。


「本当か? あの、アウタージェイルが?」


「……はい」


 ディランは頭痛を感じたかのように頭に手を当てると、呆然と呟いた。


「いやいや、それはないだろう。アウタージェイルだぞ? 次の選挙で、野党勢力の一角を占めることはまず間違いないと言われている、非暴力主義者の集まりが、テロ組織を支援していただって?」


 彼の主張には私も同意だった。アウタージェイルは、現職の評議員、金堂真が中心となって立ち上げられた政治団体。テロ行為に手を染めるメリットが、彼らにあるとは思えない。


 ディランが向かいのルーベンスへと目を向ける。一応は情報管理局の出身である彼は、口元に手を当てて考えこんだ。


「アウタージェイルは、宗教団体に近い存在だと言える」


「宗教団体だと?」


 私の問いかけに、彼は小さく頷いた。


「政教分離は法治国家における原則だが、第三次世界大戦直前期も完全に分けることはできていなかった。何せ、信者の数だけ票が確約されている。第一党までは行かなくてもな」


「それとアウタージェイルがどう関係している?」


「彼らは、言うなれば『自由』という神を信仰している。公平と平等。超能力者という上位層を絶対悪とし、団結しているというわけだ。過去の革命では貴族が抹殺対象だったが、今の時代では上位0.01パーセントである俺たちが貴族役だ」


 彼の言葉に対し、その超能力者であるところの私とディランは、沈黙を選択することしかできなかった。


 私たちは超能力者だ。いわゆる、恵まれた立場にいる人間だ。超能力者の実情は誰よりも理解しているが、だからこそ何も情報を持たない一般人の感情が理解できない。


 そして、責められたところでどうしようもないというのもまた事実だ。こう言っては何だが、私たちは自らの意思で超能力者になったわけではない。


「各々思うところはあるだろうが、今それに悩んだところで現状は変わらない」


 ヴィクトリアがそう言って、ルーベンスへと視線を向けた。


「それで? 何が言いたい?」


「確かに、アウタージェイルの上層部はかなりまともだ。だが、信仰、信条ってやつは、広めた人間が想定する以上の影響力を持つことがままある。事実、アウタージェイルの中にも、武力をもって政府転覆をはかるべきだという過激派がいる。末端まできちんと統率できているのかは、正直疑問なところだ」


「金堂真の想定を超えた事態になっている可能性があるということか。情報管理局から、注意するべきだという通告は受けていたが」


「だけど、動けない。アウタージェイルはまだ、明確に法を犯していない。事実、彼らの活動は健全すぎるくらいだ。だからこそたちが悪い。その極みが、彼らの本拠地が存在する、チバ沿岸部のとある町だ。そこは実質、彼らの管理下にある」


「町一つがだと?」


「事実だレイフ。僕もバレット時代、個人的に調査したことがある」


 個人的に、という言葉が少々気になったが、ディランが情報収集能力にも長けていることはもう把握している。私は目線で続きを促した。


「団体に入るには金が要る。人数が多ければ多いほど、金も集まる。その金を使って、彼らは本拠地近くに住む団員の生活を補助した。後は芋づる式だ。恩恵にあずかれるならと、政治に興味がない連中も続々と入団した。一度入れてしまえば、洗脳するのはそう難しくない。あのあたりの人間は、今じゃすっかりアウタージェイルの思想に染まっている」


「にわかには信じがたいな。聞いた事もない」


「報道されないからな。アウタージェイルは、いくつかのマスメディアのスポンサーをしている。金を出してくれる場所の悪口は言えない。そもそも、超越者であるお前に、こんな話題を振るやつはいなかっただろうしな」


「それもそうか」


「……皮肉の通じない奴だな」


 ジミーがそう言って顔をしかめる。何を狙っていたのかは知らないが、こんなときでも彼は彼のようだ。


「盛り上がっているところすまないが、前提条件を確認したい。フールズグレイブヤードのバックにいるのがアウタージェイルだという確信は、いったいどこから来た?」


 銀髪の少女に問いかける。本来なら、もっと前に確認するべきことだった。元の情報が正しくなければ、推測もただの妄想で片づけられてしまう。


「メールに使われたと思われる文書データが残されていました。内容は、アウタージェイルの人間とのやり取りに使われたとしか思えない物でした」


「コピーアンドペースト用という事か?」


「半壊していたメモリの中に残っていたんで、間違いないでしょう」


「少し、弱いな」


「そうでしょうか。私はそうは思いませんが」


「何にせよ、お前が見つけ出したデータは、情報管理局にもう一度精査させる」


 ヴィクトリアがビリヤード台から離れ、こちらに近づいてくる。自然と姿勢を正した第二十七部隊隊員を見渡し、最後に私へと目を向けてきた。


「レイフ。場合によっては、覚悟を決めておけ」


「それは、副隊長としてか? それとも、超越者としてか?」


「無論、超越者としてだ」


「了解した」


 私の返答に彼女はなぜか目を逸らすと、少し表情を陰らせた。


 彼女の視線の先に何があるのかを確認する前に、彼女は肩の上から羽織ったコートを翻して、部屋の外へと出て行った。


「レイフさん?」


 銀髪の少女がいぶかしむような目でこちらを見てくる。ソファの上では、ウェルソークがゆらゆらと頭を揺らしていた。どうやら眠たくなったらしい。


「見つけたデータをヴィクトリアに送っておけ。おそらくルークに報告しに行ったのだろうが、そのための準備などまったくしない人間だからな、彼女は」


「……わかりました」


 彼女は呟くようにそう言って、また奥の部屋へと戻っていった。


 ウェルソークの方へと目を戻すと、彼女はついにディランの膝を枕にして眠りこけてしまっていた。会話が可能であるとはいえ、彼女はまだ三歳児。体力がもたなかったのだろう。


「どう思う、ディラン。本当にアウタージェイルが絡んでいると思うか?」


「さあね。僕にはわからない。ただ一つ言えるのは、アウタージェイルは既に、政治の世界を動かしうるほどの巨大組織になっているということだ。これと治安維持隊がぶつかるとなると……何が起こるのか、想像もできないな」


 どこか遠い目をして、彼はウェルソークの髪を撫でつけていた。おそらくは無意識の行動なのだろう。


「何にせよ、俺たちのすることは変わらない。上の命令に従うだけだ」


 ルーベンスがソファに座りなおして言う。駒やおもちゃの貨幣が散乱した人生ゲームのボードを眺めて、彼はぽつりとつぶやいた。


「この先忙しくなるぞ。ゴールの見えないレースを、全力で走ることになるだろうな」


 実際、彼の言う通りになった。




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