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ユートピア・アラート 〜超能力少年と不可思議少女の世界革命〜  作者: 赤嶺ジュン
ユートピア・アラート3 イモーショナル・ジェイラー(前編)
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Episode 4-1


Episode 4





 治安維持隊と公理評議会の橋渡し役として、私と御影奏多が本当の意味での協力関係を結んでから一週間後。彼にとっては、実質初の『実戦』の日が訪れた。


 時刻は午後七時過ぎ。太陽が沈み、いたるところに浮かぶホログラムの光が眩しくなってきた中央エリアの一角にある有料駐車場に車を停め、目的地へと歩いて移動する。私の少し後ろを歩く御影奏多は、治安維持隊の会議に出席したときに着ていたスーツに身を包んでいた。


「いいのか? そんな恰好で」


「うっせえな。新しい制服が来てない以上、この前の模擬戦でボロボロになったこのスーツくらいしか着るものがねえんだよ」


 そう言って、御影奏多が恨みがましそうな目でこちらを睨んでくる。だが最近になって、彼がこちらに向ける敵意のほとんどが形だけのものだということがわかってきた。


 軽薄な態度は、周囲を遠ざける手段でもあったということか。さらに言えば、自分の考えを明言するのも避ける傾向にある。かなり慎重な性格だ。


『……半分不登校になっていた本当の理由は、このあたりか?』


 自分が傷つくのではなく、相手が傷つく可能性を嫌悪する。なぜなら、他者を排するという考えそれ自体が、彼にとって苦痛だったからだ。それが転じて、本物の敵意となってしまったのだろう。根源はどうあれ、人は自らの行動に定義される。


「難儀なものだな」


「いきなりどうした?」


「こちらの話だ。貴様が気にすることではない」


 背負ったバックのベルトが、肩に食い込んで少し痛い。トレーニングウェアを着ているため、道行く人からはジム帰りか何かだと思われていることだろう。


「確かに、俺が今からやらせることを考えれば、気が滅入るのも無理はないな」


 御影奏多がクツクツと意地悪く笑う。そういうことではないのだが、わざわざ彼の機嫌を損ねる必用はないだろう。


 目的地。中央エリアにそびえ立つ、一つのビルの前に到着する。当然のことながら、エンパイア・スカイタワーに比べればかなり小規模な建物であり、一階ホールもせいぜい十数人くらいが入れる広さしかない。調査通り、ホール奥には来客用の受付があった。


 私が合図するまでもなく、御影奏多が受付にいる女性の元まで歩み寄り、ノゾム辺りが聞いたら驚倒するであろう丁寧な物腰で言った。


「ちょっとよろしいですか? 協力してほしいことがあります」


「どちら様でしょうか?」


「治安維持隊の者です」


 女性の目が大きく見開かれる。彼は少し姿勢を崩して、カウンターに寄りかかった。


「そう構えないでください。あなた方に危害を加えるつもりはありません」


「……ですが、政府機関の方は事前のアポイントメントを取っていただかなければ」


「ハア? なんだそりゃ。それが正義の味方に対する態度かよ」


 一瞬で元の軽薄な態度に戻った。

 女の顔が、恐怖に染まる。御影奏多はドスの効いた声で続けた。


「いいから黙って協力しろ。悪いようにはしねえからよ」


 明らかに遊んでいる。黒いスーツであることもあいまって、どう見ても極道関係の人間にしか見えない。


「社長室はどこだ。言え」


「さ、最上階です」


「はい、ありがとう。あんたはここで待機してろ。余計なことはするなよ」


 彼の言葉に、女性が何度も頷く。彼は至極満足そうな顔で、カウンターから離れた。


「……暴力団員にでもなったらどうだ? きっと天職に違いない」


「ぬかせ。ボスの座以外は願い下げだ」


「なるほど。確かに、貴様にはその方が似合いそうだ」


 受付のカウンターへと目を向ける。その瞬間、彼女の目の前で、卵のような形をした、おそらくはビル内専用の通信端末が、下から生えてきた銀の刃により両断された。


 呆然自失の女性を放って、奥にあるエレベーターに乗り込む。最上階へ移動し、鼠色のカーペットが敷き詰められた廊下の突き当りを右に曲がった場所にあった、『社長室』というプレートのつけられた部屋の扉をノックし、いらえを待つことなく開け放った。


 床は廊下と同じく、くすんだカーペットで、奥に一般的なデザインをしたデスクが一つある。壁に額縁に入れられた社訓が掲げられているくらいで、それほど豪奢な印象は受けなかった。


「……何だね、君たちは?」


 デスクの向こう側にある椅子に腰を掛けた初老の男が、突然の訪問者に目を丸くする。御影奏多が視線を向けて来たのに頷き、私は部屋の中央部へと歩いて行った。


「不動産会社フロートの社長、アンブラーさんですね? 私は治安維持隊大佐、レイフ・クリケットです」


「大佐? あなたが?」


 なぜか不審そうな顔をされてしまった。少し戸惑いを覚えて御影奏多の方を振り返ると、彼は呆れた様子で首を振った。


「服装だろ。どう考えても」


 なるほど。彼の言う通りだ。彼はところどころ擦り切れた黒のスーツで、私にいたっては上下トレーニングウェア。制服以外の格好をしたのは久しぶりだったので、すっかり忘れていた。


「証拠なら後でいくらでも出します。とにもかくにも、今はこちらを信用していただきたい」


「……」


 アンブラーは露骨にこちらを疑う態度を崩さないままだった。そんな彼に、私は畳みかけるようにして続けた。


「いいですか? 我々は、あなた方を調査しに来たわけではありません。少し、協力してほしいことがあるのです」


「何?」


 意外そうに目を見開く彼に、後ろで御影奏多が鼻を鳴らしたのが聞こえた。この会社の不動産経営に不審な点が多々あることは調査済みだ。だが、当然のことながら、我々が攻略しようとしているのは土地ではなく武器を扱う連中だ。


 言ってしまえば、この会社は本来作戦にはまったくもって無関係だ。だが、御影奏多の発案した計画を現実にするには、まずここから始める必要がある。


「協力と言っても、そう手間を取らせるつもりは……」


「断る」


 こちらの話さえ聞こうとしない、完全なる拒絶だった。背筋に冷たい物が走る。その原因はおそらく、後ろに控えている彼だろう。


「いきなり協力しろなど、ぶしつけにもほどがあるというものだ。治安維持隊の上層部からまず話が来るのが筋だろう」


 確かに彼の言う通りだ。だが、残念ながらそれはできない。この計画の存在自体を、私と御影奏多以外誰も把握していないからだ。


 場合によっては、背信行為と受け取られかねないが……どうにかなるだろう。きっと。


「まったく。このことは後日……」


 そこまで話したところで、アンブラーは自分の喉元に極薄の刃が突きつけられているのに気がつき瞠目した。


「いいから黙って協力しろ。悪いようにはしない」


 金属製の『柄』を右手に握った私の言葉に、言ってしまえば完全なる部外者である彼は何度も頷きを返した。


「……マフィアか何かかよ」


 後ろから唖然とした声が聞こえてくる。それこそ、どの口が言うの極みだったが、言い返すことはできなかった。



  ※  ※  ※  ※  ※



 ――数日前。御影邸の客間にて。

「能力の詳細を俺に話す?」


 私の言った内容に、御影奏多は目を丸くして叫んだ。


「互いの力が把握できていなければ、組んだところで意味はない。違うか?」


「……それはそうだけどよ」


 彼は腕組みをして、ソファに深く腰を掛けた。


 ウォーレンがいないため、テーブルに茶菓子は置かれていない。本来なら私が焼くべきなのだが、同盟関係を結んだ後に、なぜか『頼むから普通の生活をしてくれ』と頼み込まれたため、彼の麦茶と自分の紅茶を用意するにとどめておいた。


「俺が言うのもなんだが、超能力者にとって、自分の能力の詳細を知られることは禁忌だろう。特に、超越者ともなればなおさらだ」


 当然のことながら、超能力には基本『弱点』というものが存在する。例えば御影奏多なら、室内戦闘が苦手といった具合だ。


 五月にある意味であまりにも有名になりすぎた彼はともかくとしても、超能力の内容は基本開示を規制される。公開された時も御影奏多で言う『気体操作』や、エボニー・アレインの『燃焼反応』など、ざっくりとした説明しかなされず。超越者にいたっては何を操るかすらも秘匿されていることが多い。もちろん漏洩はあるにはあるが、噂程度でとどまるのが現状だ。


「信頼の証と受け取ってくれ。第一、私の能力などそれほど大それたものではない。欠点を身体能力で補う必要があるくらいだからな」


「へえ。ああ、そう。ふーん」


 御影奏多が麦茶の入ったコップを口元へと運びながら、何かを諦めるようなため息を吐いた。私としては嫌味でも謙遜でもなく、ただ事実を言ったまでなのだが。


「四月に手ひどくやられた経験からすると、精神系でも生物系でもないよな。となると、法則系ぐらいしか思いつかないが……あの壁、風の槍をそのまんま跳ね返したよな。どう考えても自然には起こりえない。お前の能力は一体何だ?」


「次元切断」


 御影奏多がむせた。

 少し前かがみになってしばらく咳をし続けた彼は、その姿勢のままこちらを見上げてきた。


「ごめん。今なんて?」


「次元切断だ。といっても、私自身原理を完璧に理解しているわけではないが」


「原理もくそもあるか! 次元を切断って何!? 超能力は人間の世界に対する解釈に……つまりは、これまで発見されてきた物理法則に、ある程度は縛られるはずだろ?」


「私の能力は、既存の理論では完全には説明できない。そういう意味で言えば、私ほど超越者として相応しい人間はいないだろうな。次元切断とは、言い換えれば次元を一つ下げるということだ。完全なる二次元平面を生成する。それが、私の能力だ」


「……二次元平面だあ?」


「そうだ。通常の世界には、縦、横、高さの三つの変数が存在する。が、二次元には高さという概念が存在しない。故に、私が作る平面は、Z軸方向の変化を生み出そうとする運動をことごとく拒絶し、全てを完全弾性衝突させる」


「……」


「だが、実際に物体として出現している以上、三次元世界の法則にある程度は縛られる。私が普段扱っているものは、空間を切った際に生み出された残滓のようなものだ。厚さがほぼ皆無で、かつ破砕することのない新物質。当然切れ味は抜群だ。刃としても活用できる」


「オーケー、さっぱりわからん」


「安心しろ。私もわからない」


 一昔前、ルークに説明された内容をそのまま繰り返した形だ。正直言って、何か誤魔化されているような気がしてならなかったというのが本音だった。


「幼稚園児でもわかるように説明しよう。最強の剣と盾を作り出す能力だと考えればいい」


「何が大したことないだよ。完璧じゃねえか」


「近接戦闘ではな」


「……ああ。なるほどね」


 得心がいったというように頷いてくる。流石に理解が早い。こと超能力の応用に関して言えば、彼は超越者にも引けをとらない。当然と言えば当然だ。


「剣と盾があっても、重火器がないのか。冗談みてえな力だが、そのポテンシャルを全て引き出そうとすると……」


「銃の登場により、中、長距離戦が主となっている戦場で、近距離戦に持ち込むだけの技量が必要となってくる」


「逆に言えば、近づけないと防御に徹するしかないというわけか。だが、お前にそれされたら、傷一つつけられる気がしないな」


 御影奏多は右手でこめかみをもみながら、ため息を吐いた。


「勝てなくても絶対に負けない、か。確かに、不沈艦という呼び名が一番適切だろうな。今は戦艦なんて一つもないけどよ」


「だが、他者まで守ろうとなると、また話は別だ」


 空中に、ターゲットの組織が拠点とするビルの立体映像を出現させる。青を基調とする建物の映像のうち、ちょうど真ん中あたりにある階が赤く染まっていた。


「この赤く光る場所以外は、武器取引とはまったく関係がない会社が入っている。前に説明した通り、下から行けば彼らに身の危険が及ぶだろう」


「複数の会社が入っているうちの一つってことは、俺たちが制圧しようとしているのもそれほど大きくない組織なのか?」


「何とも言えないな。この階だけ、他と作りが明らかに違う」


 問題の階の部分をタップして、映像を拡大する。部屋の分け方が普通ではない。実に三分の一以上が一つの部屋の為に使われ、そこには巨大な長机が置かれている。どうやら、幹部の会議等に使われる部屋の様だ。成金趣味的な匂いを感じるが。


「部屋割りだけじゃなくて、中にあるものまで再現されているのはどういうわけだ?」


「透視か、あるいは超音波を扱う超能力者が集めたデータを使用したのだろう。立体映像は彼女が作ったプログラムをそのまま使ったのだろうな」


「彼女?」


「いや、こちらの話だ。貴様には関係ない。それよりも、この状況を踏まえてどうするか、作戦を考えなくてはならない」


「何か策があるのか、超越者」


「一つ。と言っても、かなり単純だが」


 私はソファの前で両足を組み、右手の人差し指を豪奢な装飾が施された天井に向けた。


「下から行けないのなら、上からいけばいい。違うか?」


 ピクリと、御影奏多の眉が動いた。


「俺に、四月一日と同じことをしろってか?」


「その通りだ。貴様は空を飛べるのだろう? 私を連れて、このビルの屋上まで飛んでいけばいい」


 かつて、ビル内への急襲作戦の際は、屋上からラぺリングでビル側面を下降、窓を突き破り突入というのがセオリーだったらしい。今それができないのは、ヘリコプターですら製造が禁止されているからだ。


 故に、ビル屋上に移動できさえすれば、相手の意表を突けることはほぼ確実と言える。奇襲の直後に別働部隊をビルへと突入させれば、無血とまではいかなくても、死者を出さずに相手を取り押さえるのは十分可能だ。


 だが、私の提案に対し、御影奏多は失望したように首を振ると、ティーカップをテーブルに置いた。


「ドアホウ。そんな雑な作戦が、成功するわけないだろ」


「……む? 何故だ」


「理由は二つある。一つ。俺一人ならともかく、複数人での飛行は非常に困難であること。エイプリルフールにあの問題児を背負っての飛行が成功したのは奇跡に近い。その後色々あったしな。おまけに、どう考えてもアイツよりお前のほうが重いだろ」


「それはそうだろうな」


「俺一人なら可能っちゃ可能だ。だが、室内戦闘が苦手な俺が先に突入してもメリットが少ない。近接戦闘をもっとも得意とするお前が奇襲できなきゃ話にならねえ」


「では、もう一つの理由は?」


「これはどちらかと言えば、超能力者全員に言える弱点だ。ずばり、過剰光粒子の存在だよ」


「ああ、なるほど」


 過剰光粒子。超能力が発動された際に出現する、光の粒の総称だ。だがこの光は、実は能力が発動するよりも少し前に現れることがわかっているうえに、粒子を消失させる手段が今のところ存在しない。

 つまりこの光は、戦闘の際に敵にこちらの攻撃を悟らせるばかりか、超能力者がその場にいることを相手に悟らせてしまうのだ。


「一つ目の問題を解決し、空を飛ぶことに成功したとしよう。ここで問題になるのは着地だ。一番繊細な作業である以上、時間もかかるし、能力もかなり使用することになる。すると……」


「あたり一帯に過剰光粒子がまき散らされる状態が長時間続き、相手を警戒させてしまうというわけか。やれやれ。超常の力があるというのに、お互いうまくいかないものだ」


「まったくだぜ。ホント、情けねえ限りだ」


 そう言って、彼は唇の端を吊り上げた。

 しかし、まだ数日の付き合いとはいえ、ある程度彼の表情は読めるようになってきている。これはいつもの皮肉めいた笑みではない。むしろ、もっと『凶悪』なものだと言えよう。


「何か策があるのか、御影奏多」


「当然だ。下が駄目で、上も駄目なら……残された道は、一つしかないだろ?」



  ※  ※  ※  ※  ※



 不動産会社の社長、アンブラーを連れて、ビルの屋上へと移動する。御影奏多に右肩をがっちりと掴まれた状態で、彼は唾を飛ばしながら叫んだ。


「貴様ら! 私に何をするつもりだ!?」


「別に何も? 屋上の鍵を開けた時点で、お前はもう用済みだよ」


「だったら私を解放しろ!」


「嫌だね。治安維持隊に連絡されたらまずいからな」


「貴様ら本当に治安維持隊の人間か? 犯罪者か何かの間違いだろう!」


「まあ似たようなもんだ。いいから黙って、そこらへんに座ってろ」


 そう言って、御影奏多は社長を前方に突き飛ばした。用済みと言いながら、逃げないよう自らの視界に入れたままのところが、またたちが悪い。

 後ろ手に屋上の扉を閉め、辺りを見渡す。空調用の室外機等が置かれているが、それで全ての空間が潰されたわけではない。


「わかってはいたが、障害物が多いな。大丈夫か?」


「この程度ならな。だが、屋上の周りを囲む塀が邪魔だな。一部撤去してくれ。コンクリート製だが、お前ならできるだろ?」


「当然だ」


 御影奏多に頷き、バックを足元に置く。御影奏多が指さした場所まで移動し、腰ほどの高さの壁に、『柄』から生やした極薄の刃を差し込んでいった。それを見たアンブラーが、目を剥いて叫んできた。


「貴様ら、超能力者か!?」


「まあ、そうだな」


「これだから、超能力者という連中は! 普通なら絶対に壊れない物を、気軽に破壊してくれるな! この悪魔め!」


「うるせえ、黙ってろ」


 二人の言い争いを聞き流しつつ、私は切り取った塀を、向こう側に落とさないよう注意しながらさらに切り刻んでいく。


 瓦礫の山を脇に避け、ちょうど人が三人か四人は並んで立てるくらいの空間の塀がなくなるまで、少し時間がかかった。額に浮かんだ汗を拭い、後ろを振り返る。出入り口付近では、諦めの表情をしたアンブラーが座り込み、中央部では御影奏多が目を瞑り意識を集中させていた。


 はたから見ても分からないが、御影奏多の脳内では、他の誰にも理解できない、独自の計算式が展開されているはずだ。周囲の気体分子。その動きを正確に把握し、どう操作すればいいかの最適解を導き出す。口で言うのは簡単だが、そうやすやすとできるものではないだろう。


 彼の集中を妨げては、文字通りこちらの命にかかわる。私はバックを開くと、中から特殊部隊時代に使用したことのあるアーマーを取り出していった。


 黒を基調とした、鎧兜よりはシャープな印象を与えてくるボディ・アーマーはほぼ全身を覆うもので、かなりの衝撃に耐えうる。それでいて徹底的に軽量化された、高速移動を可能とする超能力者専用に作られたもので、七年前はルーベンスがよく使用していた。


 着ていたジャージを脱ぎ、これまた黒のアンダーウェアの上からアーマーを手早く装着していく。最後にフルフェイスのヘルメットを装着しようとしたところで、後ろから御影奏多の声が聞こえてきた。


「ヘルメットはまだいい。それよりもまず、部隊に作戦変更を伝えねえと」


「ああ。そうだったな」


 私はヘルメットをバックの上に置き、防護用手袋を一度外して、脱いだジャージのポケットからペン型ウェアラブル端末を取り出した。


「元帥への対処は私がする。部隊への指示は、貴様がしろ」


「何だと?」


 御影奏多の方へと、出現させたホログラムウィンドウを滑らせる。そこに記載されている内容を見て、彼はピクリと眉を動かした。


「これは……」


「超越者は自らの部下の任命権を持っている。大概は単独戦力として行動するが、私は教育係である関係上、この権利を使用することが多い」


「つまり……一時的に治安維持隊へ入隊しろってことか?」


「そうすれば、隊専用の通信ネットワークを使用することも可能になり、情報もある程度共有することができる。貴様が考案した作戦で、部隊を動かすのだ。その責任を取れ。ちなみに、地位は少佐にしておいた。正式な任命ではないが」


「必死こいて出世レースしてる奴らが泣くぞ!?」


「テスタメントの件に決着がつけば、すぐに学生へ逆戻りだ。そう騒ぐほどのことでもないだろう」


「いやでも、少佐って。色々とわけがわかんねえことになってんな、俺の立場も」


 ブツブツと文句を言いながらも、彼は治安維持隊に一時加入する手続きを進めていった。といっても、名前、ナンバー、住所等を書くだけなので、大した作業ではない。


 新たなウィンドウを出し、事前に作成しておいたメールをヴィクトリアへと送る。それから幾ばくもしないうちに、元帥がテレビ電話を繋げてきたという通知が表示された。


 通話用のアイコンをタップする。ヴィクトリアは私の格好を見るなり顔を引きつらせると、神経質にこめかみを人差し指で叩き出した。


『作戦変更を伝えるメール。時間はそれほどないが、読ませてもらった』


「それはよかった」


『よくないわ! 何だこれは!』


 彼女はテーブルを叩いて、こちらを睨みつけてきた。


『下から行けば、敵にそれを悟らせてしまう。よって、まずは相手の意表を突く。ここまではいい。前の作戦では、御影奏多が風の槍をもって窓ガラスを破壊、室内をかき乱し、その隙にお前が部隊を率いてビルに突入、可及的速やかに制圧するというものだったな』


「ああ、そうだな」


『それだと、一般人に被害が出る可能性があるから、お前がまず最初に突入することにしたと。なるほど、合理的だ。で? その手段は?』


「道路を挟んで目的地の向かいにあるビル屋上へとまず移動する。ターゲットの組織が陣取る場所よりも数メートル高く、だいたい二十メートルほど離れた場所だ。まあ、概算だがな」


 切り崩した塀から、道路を挟んで向かい側にある、この会社の建物よりもさらに高いビルへと目を向ける。あのビルの中ほどに位置する階。そこに、重火器の闇取引を取りまとめる組織の本拠地が存在する。


『ほうほう。それで?』


「そこから、御影奏多が強風によって私を吹き飛ばし、窓から直接ビル内部へと突入する」


『……』


「下も上も駄目なら、横から行けばいい」


『お前ら二人共大馬鹿かッ!』


 ヴィクトリアの叫び声に、何の関係もないはずのアンブラーが悲鳴を上げるのが聞こえた。彼女は額に青筋を浮かべ、顔を真っ赤にして怒鳴りつけてくる。


『そんなアクロバティックな作戦に、よく賛同したな!』


「言われてみればそうだな」


『他人事みたいな反応をするな! ホント、行動に躊躇ってものが無いな、お前は! ……ちなみに、その計画を考えたのはお前と御影奏多のどっちだ?』


「御影奏多だが?」


『やっぱりか! 超弩級の天然に、思春期の狂人を任せた私が馬鹿だった……ッ!』


 彼女が激昂するのも無理はない。この作戦。例えるなら、大砲に人間を詰めて建物に発射するのと同じくらいには荒唐無稽だ。稚拙とも言えるだろう。


 だが、四月一日に彼が取った行動は、言ってしまえば全て子供だましだ。中央エリアに入るために自分を囮にする。『聖域』に辿り着くために空を飛ぶ。ある意味ではあまりにも単純で、しかしだからこそ効力があった。


『お前はそれでいいのか? 最悪死ぬぞ。子供のわがままのために、そこまでするか普通?』


 ため息交じりに、ヴィクトリアが呟く。流石と言うべきか、私たちがこの計画を立てた真の意味を、彼女は理解しているらしい。


「民を守る。それが治安維持隊の使命だ。そして当然のことながら、我々が今から捕らえようとしている彼らもエイジイメイジア国民だろう。私が命を懸ける理由は、それで十分だ」


『確かに、それは正論だが……』


「加えてだ。貴様は子供のわがままと言ったが、この決断は何よりも貴ばれるべきものだ。それを侮辱するのは、たとえ元帥であっても許すわけにはいかない」


『よく真顔でそんな啖呵を切れるな。ルーベンスと仲が悪かったわけだ』


「……む?」


 大体の反論を封じる手立ては考えてきていたが、最後の最後で予想外の展開になった。私が首を傾げると、彼女はまたため息を吐いて言った。


『気がついていなかったならいい。この天然馬鹿め。とにかく、最初の計画も悪くないから、今からでもそっちに戻……』


「すまない、ヴィクトリア。携帯端末が寿命のようだ」


『ハ? おい。お前まさか――』


 ペン型の携帯端末を中ほどでへし折り、通信を強制終了させた。


 御影奏多の方へと目を向ける。なぜか彼は愕然とした顔でこちらを見つめていたが、やがて気を取り直すように首を勢いよく振ると、また目を瞑って意識を集中させ始めた。


 裏社会に火器を供給する三つの組織は、裏で繋がっている可能性がある。よって、襲撃は同時刻、午後八時ちょうどに行われる。


 作戦開始時刻まで、この時点であと三十分を切っていた。




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