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ユートピア・アラート 〜超能力少年と不可思議少女の世界革命〜  作者: 赤嶺ジュン
ユートピア・アラート3 イモーショナル・ジェイラー(前編)
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Memory 3-2





 施設への侵入は、思いのほか簡単だった。


 向こう側が、監視カメラの映像があることで慢心していたおかげだろう。報道陣が比較的少ない裏口から、私、ルーベンス、ディランの三人は、容易に中に入ることができた。


『よし。レイフ、行け』


 耳に取り付けた、イヤホン型の通信機から、ヴィクトリアが指示を出す。


 私は一度二人と視線を交わすと、彼らに背を向けて警備室へと歩き出した。警備室の人間を無力化すれば、残り二人は自由に施設内を移動できるようになる。


 身を隠すことなく、廊下の中央を堂々と進んでいく。監視カメラがあの少女により無力化されているうえに、監視役がホール周りに一人しかいないと把握できているため、最短かつ最速で進むことができた。


『止まれ。その角を右に曲がったところ。正面玄関近くに、警備室の出入り口がある』


 ヴィクトリアの声に私は足を止めると、壁際のところに蹲った。


 壁を一枚隔てた向こう側に、監視カメラの映像を確認している男がいる。銀髪の少女の話だと、彼らは三十分に一度くらいのペースで連絡を取り合っているらしい。今は、丁度その間位の時間だ。よって私は、ホールにいる人間に気取られることなく、彼を無力化すればよかった。


 私は治安維持隊制服の内ポケットに手を入れ、中からコルク栓がつけられたフラスコを取り出した。細長く透明な容器には、全長一センチほどの、羽虫のような見た目をした小型無人機が入れられていた。


 ヴィクトリア曰く、この蠅のようなロボットが、エイジイメイジア唯一の『飛べる機械』であるらしい。何をどのようにしたのかは知らないが、熱で発電し半永久的に動き続けるうえ、カメラまで搭載しているのだという。


 フラスコの栓をとりはずし、手のひらに機械仕掛けの羽虫を乗せる。それは、かなり遠い場所に位置する少女のコンピューターの操作で飛翔し、ほとんど音を立てることなく、角の向こう側へと消えていった。


 私の目の前に、ホログラムウィンドウが出現し、小型無人機からの映像が映し出される。警備室の窓の向こう側では、一人の男が、携帯端末であるペンを片手に、部屋の中に並んで浮かぶ無数のホログラムウィンドウを見つめていた。


 男の手にしているペンが、仲間との通信用と見て間違いないだろう。何せ、私の持っているものと同型機だ。


『どうだ? 行けそうか?』


 ヴィクトリアの問いかけに、私はすぐ近くの天井に取り付けられていた監視カメラへと顔を向けて頷いた。今あのカメラの映像は停止させられているが、ヴィクトリア側に提供されるデータは改竄されていないはずだ。これで伝わっただろう。


 再び懐に手を突っ込み、丁度手のひらに収まるほどの大きさをした、金属製の棒を取り出した。中身は空洞である以上、棒というよりは筒と言った方がいいかもしれないが、上底と下底は完全にふさがれているため、容器として使用することはできない。


 『柄』、という表現が一番正しいだろうか。私の能力では、刃を形作ることしかできない。これは、その刃を装着するためのものだ。


 再び、ウィンドウへと目を向ける。男は、警備室用の椅子に座ったまま身動きをとっていない。部屋の隅では、この部屋の担当だった警備員らしき人物が転がっていた。


 私は無言で手にした『柄』を持ち上げ、その先を壁に押し当てた。


「……」


 意識を壁の向こう側へと、集中させる。


 次の瞬間、警備室の映像に銀の線が走り、男が手にしていたペンを両断した。


 二つに分かれたペンが男の手から滑り落ち、床の上に転がる。それに一拍遅れて、男が慌てて立ち上がり、部屋の中を見回す様子が私のウィンドウに映し出された。


『わお』


 ヴィクトリアが感心したように声を上げる。といっても、私がやったことは単純だ。カメラの映像から、壁の向こう側の様子を推測し、『柄』の先から刃を出現させて、壁越しに彼の端末を破壊した。刃を出現させたのは一瞬の間であるため、彼からしてみれば自分のペンが突然真っ二つになったように見えているはずだ。過剰光粒子もいくつか出現していたが、それに気がつくほど心のゆとりはないだろう。


 突然仲間との連絡手段を断たれ、彼は今不安と混乱に支配されている。それは私にとってみれば、彼の身柄を抑える絶好の機会だった。


 私は蹲った姿勢から一気に前方へと駆けだし、角を曲がると、すぐ近くにあった扉を開け放った。警備室内部の様子が、今度こそ映像ではなく実在の物として視界に入ってくる。半ば恐慌状態にあった例の男は突然の敵襲に目を剥くと、何かしらの武器を取り出そうとしたのか、右手を内ポケットに突っ込んだ。


 もちろん、彼に反撃の機会を与えるほど、私も愚鈍ではない。間髪を入れずに相手の懐に飛び込み、足払いをかけ男を床に叩き付けた。


 背中にかなり強い衝撃を受けたためか、ヒョウと口から息が漏れ出る音が聞こえた。そのまま男を取り押さえ、『柄』から刃を出し、男の首に当てがった。


「抵抗するな」


 私の言葉に、男は目に恐怖の色を湛えて、何度も頷いてきた。その拍子に、皮膚が少し切れて血がにじんできたが、彼にしてみればその程度で済んでよかったというのが本音だろう。


 左手を上げて、部屋の隅に転がされていた警備員へと人差し指を向ける。その途端、警備員を縛っていたロープと猿轡が切れて、床に落ちた。


『……今のどうやった?』


「部下の能力ぐらい把握しておけ。彼の体の表面から刃を生やしただけだ」


『いや、今思いついただろ、その能力の使い方』


 正確に言えばそうではないが、確かに今のは能力を応用したものだ。書類だけでは、把握できない事もあるのだろう。


 刃を向けたまま男をいったん解放し、背中に両手を回させた。手錠を取り出し、近くにあった机の脚に鎖の部分を回して、彼の両手首を拘束する。机はT字状になっているため、これで逃げることはできないだろう。


「……助けに来てくれたのか?」


 警備員が、縛られていた手首をさすりながら立ち上がった。それに対して私は無言で頷き、男のベルトを外してそれで両足首を縛り付けた。


『ディラン、ルーベンス。分かっているとは思うが、レイフが警備室のテロリストを無力化した。お前らもそれぞれ行動に移れ』


『了解』


『ほいほいっと』


『位置的に、お前たちはホールにレイフよりも近いが、ルーベンスはくれぐれもホール周り一階の廊下には近づくなよ。そこにいる警備員はディランに任せるんだ。別にお前でもいいんだが、勝手な行動は慎め』


 駄目押しの指示を聞いたのちに、私はその場に立ち上がると、未だ青い顔をしている警備員へと目を向けた。


「貴様は我々がテロリストを無力化するまでここにいろ。不用意に動くな。害はないと思うが、その男を見張っていてくれ」


「わかった」


 警備員が口元を引き締めて頷いてきた。拘束されていたとは言え、彼も一応はプロだ。問題ないだろう。


 私の選択に対し特に不満が無かったためか、ヴィクトリアは何も言ってこなかった。


 拘束する側とされる側が完全に逆転した二人に背を向け、警備室を出る。私はホールの方向へと足音を立てない程度の小走りで移動した。おそらく私がたどり着くころには、ディランの手で廊下のテロリストも排除されていることだろう。


 案の定と言うべきか期待通りと言うべきか、目的地までの道のりの半分もいかないうちに、ヴィクトリアからの通信が入った。


『ディランが廊下の一人を片づけた』


「了解した」


 一応小声でいらえを返す。これで、ホールの外にいる人間は全て排除された。気兼ねなく、移動することができるだろう。


 しかし、何故だか分からないが、ヴィクトリアの口調にどこか違和感があるような気がした。そう言えば、あの少女の声が通信にまったく入ってこない。私が警備室にいたときには、かすかに聞こえてきたのだが。

 そうこうしているうちに、私は所定の位置までたどりついてしまっていた。コンサート等を行うときに外の騒音を入れないためか、あるいは中の音を外に出さないための、分厚い防音機能の付いた扉が私を迎えた。


 ドアは二重になっているはずだ。私がひとまず一番目の扉の横に立ったところで、耳につけた通信機のスピーカーが震えた。


『全員、所定の位置に着いた。ルーベンスはそのまま身動きするな。奴らに上を向かれたら、すぐにばれる場所にいるんだからな』


 確か、彼が指定された場所は、ステージ天井の作業員用通路か。工事現場の足場を想像すればいいかもしれない。詳しいことは私にもわからないが。


『レイフ、ディラン。ホール内のデータを送る』


 彼女の言葉と同時に、私の前に、移動中に目にしたのと同じ立体映像が出現した。中にいる人間の位置に、特に変化はない。観客席中央部に十数人の人質が座っており、三名が彼らに銃を向けている。ステージ上ではララ・アーリックマンが椅子に座り、その両隣に一人ずつ立っている形だ。


『扉が二重にある以上、突入する際タイムラグが生ずる。ルーベンス。お前がその間に、ステージ上の評議員を解放できるかどうかで全てが決まる』


「……」


 ヴィクトリアの最後の念押しに、各々が沈黙をもって答える。私は懐から『柄』を取り出し、その先に刃渡り五十センチほどの刃を出現させた。


『五秒後に突入だ。五、四……』


 私は『柄』を握る力を強くすると、ドアノブに左手を乗せた。


『三、二、一……行け!』


 扉を一気に開け放ち、その向こう側へと走る。更に目の前に現れた扉を逆V字状に切り取って蹴り破り、ホールへと飛び込んだ。


 私が赤絨毯の床を踏むのと、演壇にいた二人の男が苦悶の叫び声を上げて倒れ伏すのが同時だった。


 複数の怒声が聞こえた。


 ステージ上では、グレーのスーツに身を包んだ女性が、床を転がる男たちを青い顔で見つめていた。その横に、天井からルーベンスが、どこからかもってきた鉄板と一緒に飛び降りた。


 観客席で比較的近い位置にいた男が、ルーベンスに向けて何発か拳銃を発砲した。だがそれらは、彼の前に灰色の過剰光粒子と共に浮遊する鉄板によって全て阻まれた。


 私の反対側の扉から入ってきたディランが、近くにいた一人の方へと駆けていく。ディランの方は相手の態勢が整っていなかったが、こちらは銃を向けてくるだけの余裕があった。


 仕方がない。こうなっては、『正当防衛』せざるをえないだろう。


 銃口が火を噴く、その直前。鏡よりも鏡らしい、細長い二等辺三角形をした極薄の『壁』が四枚、彼を取り囲むようにして出現した。


 『鏡』でできた四角錘が、彼の体を完全に覆い隠す。銃声をも逃さぬ監獄だ。しばらくたったところで私が『壁』を消滅させると、自らの放った弾丸が跳ね返され、足を数か所貫かれた男がうめき声を上げていた。『壁』に角度がついていたため、跳弾が下方へと向かったのだ。そうなるように、私が調整していた。


 念のため、手にした『剣』を振り下ろし、男のそばに転がっていた拳銃を両断する。少し肩の力を抜いたところで、一人の怒声が私の耳に突き刺さった。


「馬鹿! やめろ!」


 ステージ上で鉄板から顔を出したルーベンスが、目を剥いて叫んでいる。彼の見つめる方向へ目をやると、敵の懐まで肉薄したジミー・ディランの姿が視界に映った。


 ありとあらゆる可能性を、想定していたはずだった。


 だが私は、現場の不確定要素しか考えていなかった。今となっては愚かさここに極まれりとしか言いようがないのだが、数ある組織と同じように、自身の所属するチームに、あたかも癌細胞か何かのような異物が混入されている可能性にまで、気を回していなかったのだ。


 いや。きっとこの表現は、正しくないのだろう。


 第二十七特殊部隊。この部隊は、存在からして、破綻していたのだから。


 それに気がついたときには、時すでに遅く。


 ジミー・ディランが、腰を回し、右足を高々と上げ、目の前の男の首へと、横なぎの蹴りを入れた、次の瞬間。


 ――男の頭が、飛んだ。


 彼の蹴りにより、一人の人間の首が切断された。


 あたかも、刃物を超高速で振るわれたかのように。


「…………」


 流石の私も、一瞬思考が現実に追いつかなくなった。


 戦場に置いてあるまじきことだったが、最早それどころではなかった。


 ルーベンスの相手をしていた、最後に残された男が、半ば発狂して、言葉にならない叫び声を上げながらディランの方へと発砲した。


 防護服を着用していない彼の体に、幾つもの銃弾が突き刺さる。が、弾丸は彼の着た制服をすこし揺らしただけで、先端が潰れた状態で床に落ち転がった。


 ディランの顔が、歪む。唇の両端が、吊り上がる。両目を見開き、何かに対する歓喜にその表情を彩り、深緑の過剰光粒子を纏って、男の方へと疾走する。


「ディラ――」


 私が声を上げたのと、彼の拳が男の額へと叩き付けられたのが同時だった。


 殴られた場所と反対側、後頭部のあたりから、血と血にまみれた何かが噴き出す。ディランの拳からの衝撃が、そのまま彼の頭を貫いたのだろう。


 手に銃を手にしていること以外は、いたって普通の格好をしたその男は、物言わぬ死体となってディランの足元に崩れ落ちた。


「――ッ!」


 ホール内に高い悲鳴が響き渡った。


 中央部に集められていた人質たちが、我先にとホールの出口を目指して走り出した。いくつかの場所では、あまりに慌てて転倒している者も何人かいた。


「みなさん落ち着いてください! 落ち着いて、避難してください!」


 ルーベンスが声を張り上げるが、それも焼き石に水だ。こうなってしまっては、もう収拾がつかない。


 ジミー・ディランへと目を向ける。彼は周りの喧噪など歯牙にもかけず、テロリストの遺体の傍に屈んで、所持品を改めていた。


 彼から目を逸らし、ホールをもう一度見渡した。確かに混乱の極みにあるが、二次的被害が生ずるほどではないだろう。そうなると、一番気にするべきは、ルーベンスが殺害したテロリスト二人の傍にしゃがみこんでしまっている、ララ・アーリックマンの存在だ。


 ホール客席の端を通る形で、ステージへと向かう。その間に、ステージ上に蹲るアーリックマンの肩にルーベンスが手をのせる。それに顔を上げた彼女は、彼の姿に一瞬目を見開いた。


「あなたは!」


「治安維持隊の者です。あなた方を解放しに来ました。お怪我は?」


「……大丈夫です」


 ララ・アーリックマンはしばしルーベンスの顔を見つめていたが、近づいてきた私の気配を察したのか、こちらに振り返ってきた。


「お初にお目にかかります。超越者序列三位、レイフ・クリケットです」


「超越者ですって!?」


「はい」


 驚愕に顔を強張らせるアーリックマンに、私は一度頷いて見せた。超越者という肩書は、こういうときに便利だ。どんな相手であれ畏怖させるほどの力がある。


 人間は、社会に隷属する生き物。己と他人に役職、役割があることを良しとする。



 だが、彼女には私の想像以上に、自らの立場により形成された気骨があるようだった。


「これは大問題ですよ、クリケットさん。テロリストとは言え、生きた人間を虐殺する様を、一般市民に見せつけたのですから」


 一応は彼女の命を助けた側であり、かつ、世界最高戦力と謳われる超越者に対しこの発言、この態度。挑戦的と言うべきか、計算高いと見るべきか。なんにせよ、ディランが彼女の声が聞こえない位置にいたのは幸いだった。


「そのあたりの話は、上層部としてください」


 ひとまず当たり障りのない言葉を返して、私は彼女の姿をざっと観察した。


 ダークグレーという落ち着いたスーツに身を包んでいながら、口紅の色は明るい。だが、化粧は全体で見れば、けばけばしいというより、上手いという表現が正しいだろう。強調すべきところを心得た装飾の仕方だった。


 ルーベンスの方へと顔を向けると、彼は頭痛がするのか、額に右人差し指を当てて両目を強く瞑っていた。


 観客席の中央部では、ジミー・ディランが死体のポケットから抜き取った財布の中身を確認していた。現金が目当てという訳ではないのだろうが、その道には明るくない身でありながらこの場であえて証拠集めをするその姿には、どこか作為的なものを感じた。


 数分後、グラウンドフェイスを取り囲んでいた機動隊がホール内部へとなだれ込み、私たちから奪い取るようにして、四つの死体、一人の重傷者、アーリックマンを回収していった。


 誰もが、私たちを敬遠していた。


 その後、ヴィクトリア・レーガンから連絡が入り、私たちはマスコミが遠ざけられた裏口から施設外部へと移動。用意されたバンで、エンパイア・スカイタワーへと向かった。


 道中、私とティモ・ルーベンスは口を閉ざしていた。ジミー・ディランだけが妙に上機嫌で、窓の向こう側で街灯の光が後方に飛んでいくのを眺めながら口笛を吹いていた。



  ※  ※  ※  ※  ※



 エンパイア・スカイタワーについた私たちには、例の部屋で待機しているようにという命令が下った。私としては少し予想外の展開だった。問答無用で、上層部により叱責されるものと思っていたからだ。


 奥まった場所にある小さなエレベーターに乗り込み、地下三階へと移動する。廊下の突き当りまで歩き、扉を開いた。蝶番が軋む音が、妙に大きく聞こえたような、そんな気がした。


 ヴィクトリアの姿はなかった。ソファでは、銀の髪をした一人の少女が膝を抱えて座っていた。彼女の前のテーブルには、コンピューター機器が山と積んであった。


「へえ。これで、あの立体映像を作ったわけか」


 前に立っていた私とルーベンスを押しのけて、ディランが彼女の元へと歩み寄っていった。


 彼は今やほとんどの人間が使っていないだろうパソコンのマウスを持ち上げると、少女にわざとらしく微笑みかけた。


「すごいじゃないか。おかげで僕たちは、作戦を無事に――」


 頬の肉が弾かれる鋭い音が、室内に響き渡った。


 ソファから立ち上がり、ディランに平手打ちをした姿勢を保って、彼女は荒い息を繰り返していた。


 ジミー・ディランは頬をさすることもなく、彼女から顔を背けたままその場に固まっていた。ティモ・ルーベンスは腕組みをすると、出入り口の枠に寄りかかって首を振った。


「どうしてですか! 何も、殺すことはなかったでしょう!?」


 蛍光灯の光を吸い込み銀の髪とそっくり同じ色に輝く滴を両目から溢れさせ、全身を震わせながら、彼女は叫んでいた。吐血していないのが、いっそ不思議なほどの勢いだった。


「……ああ。なるほど」


 左手を腰に当てて、ジミー・ディランが少女を見下ろす。彼女の肩が一瞬跳ね上がったのを見たような、そんな気がした。


「首切り死体は、R18指定だったか」


「……ッ!」


「わかってる。わかってるよ。そういうことじゃないんだろ? 僕がテロリスト三人をぶっ殺したのが気に食わないと、そう言いたいわけだ」


 そう言って、ディランはせせら笑う。三人と、彼は言った。つまりは、廊下にいた見張りも彼は殺害したのだろう。ヴィクトリアの言い方が少しおかしかったのは、そういうわけか。


 まったく悪びれることのないジミー・ディランに、彼女は力なく首を振ると、ソファの上に崩れ落ちた。彼はその様子に鼻を鳴らすと、こちらを振り返って言った。


「ルーベンス。この元引きこもりに、現実ってやつを教えてやれよ」


「……チッ」


 ルーベンスは忌々し気に舌打ちして、右手を額に押し当てた。


「あの二人の殺し方は、俺でも擁護できないぞ。いくら何でもやりすぎだ」


「何だよ。温いな、ルーベンス」


 彼は両手を広げると、ホールで二人目を殺害したときと同じ光をその目に宿す。


「どうせ殺すなら、派手にやらなきゃ損だろう」


「殺しに快楽を持ち込むな、阿呆」


「そうじゃない。あいつらは敵で、こちらは正義だ。僕たちは、『治安維持』隊なんだぜ? やるのならば徹底的に、見せつけなくてどうするよ。恐怖を象徴としてこそ、意味がある」


「話にならないな」


 ルーベンスにそう切り捨てられたのが気に入らなかったのか、ディランは急に不貞腐れた顔になると、部屋の奥へ歩いて行ってしまった。


 ソファに座る少女が、ティモ・ルーベンスに充血した目を向ける。ルーベンスは困ったように首を振ると、噛んで含めるように言った。


「お嬢さん。確かにアイツはやりすぎた。俺たちは、こっぴどく叱責されるだろうな。だけど、アイツが言ったように、君は殺しそのものを問題にしている。そうだな?」


「……はい」


「残念ながら、その点については君に同意することはできない。いいか。戦場っていうのは、殺すか、殺されるかだ。特殊部隊が派遣されるような現場は、特にその色が強い」


 彼女はルーベンスのことを、身動きもせずに見つめていた。


「アイツばかりが目立っているけどね。俺も、ステージにいた二人を殺したよ。ララ・アーリックマンの命を守るために。犯罪者である彼らに気を遣うほど、俺はお人好しじゃない」


「はい。だから私は、あなたのことも認めません」


「話を聞いていたのか?」


 ルーベンスの声に、若干の苛立ちが混ざる。彼に同調できなくもない。兵士である以上、その手の問題に対する結論は、とうの昔につけていて当然だった。


「ええ、聞いていました。そのうえで、私はあなたを否定したのです。だってレイフさんは、敵の命を奪わないよう最大限の注意を払い、二人を生け捕りにしました」


「……それを言われると弱いな」


 若干の怨恨と羨望が混じった視線を、ルーベンスが向けてくる。私は特に発言することなく、二人の間に立ちつくしていた。


「悔しいけど、認めるよ。コイツは超越者である以前に、兵士として最優だ。今日それを、思い知った。俺はもう、コイツが副隊長であることに不満はない」


「なら!」


「だけどね。コイツも殺すべきときには殺すだろう。そうだな、レイフ?」


「……」


 ルーベンスの問いかけに対し、私は沈黙を選択した。彼は私の態度に肩をすくめると、続けて言った。


「俺は彼ほど器用じゃない。こちらを殺そうとしてくる相手の命を奪わない程、難しいことはないからな。……君が見ていないことについても、話そうか」


「私が見ていないこと?」


「レイフに銃弾を跳ね返されて、足を怪我した男。確かにあの場で即死することはなかったが、命を繋ぎとめられるかは五分五分だ」


 少女の体躯が完全に固まったような、そんな気がした。今までも身動き一つ取っていなかったが、何故だかその表現が一番正しいように思えた。


 ルーベンスの言う事は正しい。銃弾の数がまずかった上に、大動脈を損傷している可能性が高い。早急に手当てされなければ失血死するような大怪我だった。


「警備室で捕らえた彼も、一見『救われた』ように見える。けどな。あれはまず間違いなく、治安維持隊の手で拷問される。情報を吐き出させるためにね」


「そんな! ジュネーヴ条約は? 全ての人に、人権があるのでしょう!?」


「ない。一度滅びかけたこの世界に、そんなことを気にする余裕はないんだ。この世界は、君の思う以上に、ぎりぎりの綱渡りをしてきている」


 彼の宣告に、少女は唇を噛みしめると、縋るような目をこちらに向けてきた。


「レイフ。バトンタッチだ。俺はもう、何を言えばいいのかわからん」


 ルーベンスの言葉に対し、私は特に構えることなく、怒りに身を震わしている少女の姿を見下ろした。


「私は、この問題に対し意見を持たない」


「……え?」


 虚を突かれたような声に、私はあくまで自然体を崩さずに続けた。


「貴様が感情的に殺しを許せないというのなら、そうするがいい。ただ一つ言えるのは、可能な限り殺しを避け、結果自身が致命傷を負ったとしても、私はそれを是とできるということだ」


 ルーベンスが呆れたように首を振った。ジミー・ディランはというと、口をあんぐりと開けて、こちらの正気を疑うように私を見つめていた。


 と、会話の間隙を突くような形で、机に置かれた通信機が呼び出し音を響かせた。誰一人動こうしなかったため、私が代表して机に歩み寄ると、通信機に手を触れた。


 ホログラムウィンドウが出現し、ヴィクトリアの姿が映し出される。彼女にしては珍しく、少し憔悴した顔だった。


『男衆三人は移動しろ。説教の時間だ』


「この場で済ませられないのか?」


『そうしたいのは山々なんだがな。私よりも上の人間が、お前たちに面会を求めている。今すぐ最上階会議室に来い』


「何?」


 思わず聞き返してしまう。ディラン、ルーベンスの両名もまた、驚きを隠せない様子だった。


 彼女は一度舌打ちをすると、いらだちを隠そうともせずに告げた。


『ルーク・エイカー元帥が、お前たちと直々に話したいそうだ』




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