Memory 3-1
Memory 3
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円卓の人間が一名。超能力者三名。一般人一名。
肩書だけ見ても若干一名を除けばかなりの精鋭であった、第二十七特殊部隊のメインメンバーの内、ある意味でもっとも常識からかけ離れた人間は、その一名であるところの『一般人』だった、銀髪の少女だろう。年齢不詳だったが、おそらくは中高生程度だったはずだ。
彼女についてまず第一に特筆すべき点は、類まれなるハッキング技術だろう。エイジイメイジアにおけるネット世界とは、核により砕け散った情報化社会の残骸をかき集めた出来損ないだ。彼女のような存在は、前時代の焼き直しであるにも関わらず、『新し』かった。
それは今でも変わらない。人間を極めし人間。その宣伝文句通り、現在の彼女はありとあらゆる技術を身に着けているが、やはりコンピューター関係については特に強い。
しかし、その技術と引き換えかどうかは知らないが、当時の彼女は、極めて『残念』だと言わざるをえない人間だった。
七年前のある日、私、ディラン、ルーベンスの三人が第二十七特殊部隊の部屋に顔を出したところ、ヴィクトリアが用意した自販機が、目に狂喜の光を宿し、左手にスパナ、右手にドライバーを持った銀髪の少女によって解体されている現場に遭遇した。
「……おい」
「うわあ! 中こうなってたんだ! つまり、ここがこうなって、ここがこうして……」
「おい、貴様」
「なるほど。冷蔵技術は前時代からあまり変わらず……って、ひゃい!? いつからそこにいたんですか、レイフさん!」
「四分三十三秒前からだ」
「いや、真面目に答えるなよクリケット。……いや、そんなにたってないだろ!」
「美術の教養くらい身につけておけ、ディラン」
ジョークを言う場面かと思ったので、言ってみた。
予想よりも受けなかった。
どうやら私は、何かを間違えたらしかった。
「まーた解体癖が出たか」
ティモ・ルーベンスが頭を掻きながら、ため息を吐いた。ルーベンスの言う通り、彼女には物を片っ端から解体するという悪癖があった。悪癖というよりは、マイブームか。様々な方面に才能があることの片鱗は、七年前にも見せていた。
ちなみに、真っ先に被害にあったのはウェアラブル端末である私のペンだった。また組みなおされて帰って来たときには、データ読み込み機能が数段向上していたので文句はないが。
「まさか、自販機まで破壊しだすとはね。プログラマーか解体屋か、はっきりしてくれないか」
「そのどちらでもありませんよ、ルーベンスさん。コンピューター関連も、プログラムを組むより、どっかの会社のシステムを機能不全にしたり、治安維持隊の犯罪者データをすり替えたりする方が得意な、クラッカーでしたし」
「おい、レイフ。コイツ、今すぐ牢獄に戻した方がいいんじゃないか?」
「私に言うな。ヴィッキーに言え」
「ヴィクトリアな。お前、副隊長なんだろ。今あの女はいないんだから、お前がこの状況をどうにかしろよ」
「……む」
確かに彼の言う通り、今この場で最も力があるのは、ヴィクトリアから副隊長に任命された私だ。隊員の管理は私がするべきだろう。
ヴィクトリアがいるときでも、必然、私がほとんどの仕事をすることになりそうだが。
「おい、貴様」
「何でしょう」
若干不安の色を見せる彼女に対し、私は断固とした口調で言い渡した。
「ペットボトルの中身をいい塩梅に凍らせるコーナーを新設すべく、その自販機を徹底的に改造しろ」
「流石レイフさん! 話わかるう!」
再び半壊した自販機へと立ち向かっていった彼女に私が頷いていると、後ろからかなり強い力で頭を叩かれた。首を後ろに回すと、ジミー・ディランが私を叩いた姿勢のまま肩を震わせていて、ティモ・ルーベンスは額に手を置いて天井を見上げていた。
「何をする、ディラン」
「それはこっちのセリフだ。この部屋でキンキンに冷えたコーラを呷るという、ささやかな楽しみをぶっ潰したこの女が、こっぴどく叱られる様を高みの見物といく、明から暗へと転じた僕の愉悦を潰した罪は重いぞ」
「改造が終われば、さらに『キンキンに冷えたコーラ』を飲めるぞ」
「僕は今飲みたかったんだよ! だいたい、コーラ凍らせたらいろいろと大変だろ! 爆発するんじゃないのか!?」
「言いたいことはわからないでもない。だが人の趣味とは、外圧では止められない代物だ。事実彼女も、クビにするという隊長の再三の警告を無視し、こうして解体遊びに興じている」
私が床に倒された自販機を指さすと、どこから持って来たのか知らないが、バーナー片手に金属製のマスクを顔にあてがった女が、黙々と作業を続けていた。
完全に自分の世界に入り込んでいる。おそらく、今の私の言葉も、まったく彼女の耳には届いていないのだろう。
「ならば、有効活用してしまうのが吉だ。近代の発展を導いたのは、『役に立たない趣味』であった、哲学をはしりとする学問だった。彼女の行動を奇行として片づけることには賛同できない」
「変わり者だってことは、認めているんだな」
「当然だ。解体ショーブームの前までは、コンクリート表面の微生物の数を統計的に調べて何とやらで、室内に大量の瓦礫を持ち込んでいた女性と同一人物とは思えない」
「……お前はいつだってそうだな、クリケット。結論が突飛でも、そこにいたる理論は正しい。だが逆に、結果がありきたりでも、過程が難解なこともある。お前のことを、常識的と言うべきか、非常識と見るべきか、判断に苦しむよ」
ディランは吐き捨てるようにそう言うと、ソファへ身を投げ出すようにして座った。ルーベンスの方はというと、自販機をいじり続ける少女を何かを諦めたかのような顔で眺めていた。
私はいつも通り自販機でミネラルウォーターを買おうとして、その自販機が絶賛改造されていることに気がつき、手持ち無沙汰のままその場に立ち尽くした。習慣というものを断ち切られると、人間はかくも動揺するものらしい。ディランの言わんとしていたことが、何となくだが理解できたような気がした。
しかし、肝心の招集をかけたヴィクトリアからの連絡がない。テーブルの上に置かれた、ホログラム投影型通信機も沈黙したままだ。
一体どうしたことかと首を傾げているうちに、廊下側から誰かが走ってくる音が聞こえてきた。次の瞬間、扉が勢いよく開け放たれ、ドアノブがルーベンスのみぞおちへと吸い込まれた。
「――ッ!?」
その場に屈んで悶絶する彼を無視して、彼女、ヴィクトリア・レーガン大佐は、膝に手をついて息を整えながら叫んだ。
「緊急事態だ! 至急、装備を……」
そして顔を上げたところで、銀髪少女がハンマーで自販機の表面を打楽器か何かのように叩いている姿を目撃した。
「何してんだ、お前!?」
「自販機改造中です! 副隊長に依頼されました!」
「太鼓代わりに遊んでいるようにしか見えないぞ! というか、何でもかんでも改造するな! そこの通信機、何で設定された言語が共通語じゃなくてミミズみたいな字になってんだ!」
「やだなあ。アラビア語に失礼ですよ、隊長。あと、それはただ設定を変えただけです。その程度で使えなくなる隊長が機械音痴なんですよ」
「ただの悪戯であるぶん余計たちが悪いわ! というか、その自販機これからどうなるんだ! 変形するのか! ロボットにトランスフォームしちゃうのか!」
「……落ち着け、ヴィクトリア」
未だもだえ苦しむルーベンスと、我関せずとソファに座ったままのディランに代わり、私は無駄に興奮気味のヴィクトリアに静かな口調で問いかけた。
「結論を聞こうか隊長。一体、何があった?」
「Cの五番ブロックにあるホール、グラウンドフェイスで、立てこもり事件が発生した」
弛緩しきっていた空気が、一気に引き締まった。あの、知的好奇心のみで動いているような銀髪の少女ですら、手を止めてこちらをじっと見つめていた。
「連中は、同胞の解放を要求しているらしい。犯人グループにホールが占拠されたときには、公理評議会の女性評議員による公演が行われていた」
「なるほど。その評議員が人質に取られたことが、一番の問題なのか」
「その通り。テロリストからVIP待遇を受けているであろうそいつの名は、ララ・アーリックマン。野党グループの一人で、議会政治独立を謳い、治安維持隊による保護を拒否していた結果がこれだ。お人好しなことに、円卓はこの文官殿の尻ぬぐいを決定した」
ヴィクトリアは笑みを浮かべると、いっそ清々しいほど喜色に満ちた声で宣言した。
「喜べ諸君。我々の初任務は、なかなか歯ごたえがありそうだぞ」
※ ※ ※ ※ ※
実際のところ、それはかなり大きな事件だった。
今でさえ、アウタージェイル掃討作戦の影となりあまり話題にはならないが、当時はどのテレビ局、報道用サイトも、トップニュースで取り上げていたはずだ。現職の公理評議会評議員が拘束されたのだから、無理もないだろう。
世間は事態の解決を願うとともに、その責任の所在を追求することにやっきになっていたと記憶している。この対策をしていれば、こんなことは起きなかった。普段から警戒していれば、未然に防ぐことができた。と、イフの世界をひたすらに列挙していた。
言うは易し行うは難し、どころか、過去を変えることは誰にも不可能だ。責任論を語るとは、そのどうしようもない現実から目を背けることと同義だった。
それはまやかしに過ぎない、と、切り捨てるつもりはない。理不尽に面したときに、何者かにその責めを負うことを要求するのは、自然な行為なのだから。
『というわけで、国民の皆様は、無能な我々に事件の早期解決をお望みだ。犯人が立てこもってから、既に三時間も経過しているから急げだと。税金泥棒としては、耳の痛い話だな』
しかし、私のように簡単に割り切れる人間は、ごく少数だ。スピーカー越しのヴィクトリアの声も多分に漏れず、民意というものに対する苛立ちが含まれていた。
『交渉により観客はほぼ全員が解放された。残されたのは、評議会の関係者ばかりだ。交渉人の手柄というよりは、相手側の計画通りに進んでいると見るべきだろうな』
私、ジミー・ディラン、ティモ・ルーベンスの三人は、治安維持隊の所有する一般の車に偽造したバンに乗り、現場へと向かっていた。
運転席は私たちのいる場所からは見えなかった。第二十七特殊部隊の裏方を担当する人間か、あるいはまったく無関係な人間か。なんにせよ、私たちが知るべきことではないのだろう。
車内の椅子は、前の列が後ろ向きにされ、向かい合って座れるようになっていた。ディランとルーベンスが並んで座り、その反対側に私がいる形だ。私たちの間には小さなテーブルが置かれ、その上に設置されたホログラム映写機によりヴィクトリアの姿が映し出されていた。
『当然のことながら、テロリストの要求を呑むわけにはいかない。よって、お前たちにはホールへ突入し、人質の解放をしてもらう』
彼女の指示に、ジミー・ディランが唇の端を吊り上げた。
「かなり難易度の高い任務だな。当然、奴らは出入り口を見張れる位置にいるだろうし、人質をすぐに殺せるよう準備もしているはずだ。何より僕たちには、中の様子がわからない」
『そう急くなよ。作戦の詳細は今から説明する』
車内の中心に、ホログラムでできた、グラウンドフェイスの3Dモデルが投影された。天井が取り払われ、内部の構造が見えるようになる。が、それはただの立体模型ではなかった。
「これは」
思わず、声が漏れる。ティモ・ルーベンスがヒョウと口笛を吹き、あのジミー・ディランですら軽く目を見開いていた。
人型をしたホログラムが、グラウンドフェイスのレプリカの中を歩いている。建物の中を完全再現した物らしい。ホール中央部に集められているのは、人質と見て間違いないだろう。廊下にも何人かいるが、これはテロリストの見張りだろうか。
『我らが白銀のハッカーによるものだ。見事なものだろう』
『今回はプログラマーです! 本当、大変だったんですよ! 人のホログラム映像をいかに自然に見せるかが、最大の問題でした。フレーム数と処理速度を折衷させるのが特に』
『もっと別なところに力を入れてくれないか』
ホログラムウィンドウの映像の中に突然割り込んできた少女に、ヴィクトリアが苦笑する。どうやら二人共、同じ場所にいるようだった。
『ホール内の監視カメラ映像は、犯人グループも監視に使用しているようですが、データを全て盗ませてもらいました。あと、高性能音波計測器だとか、熱感知器だとかを現場の方々に使ってもらって、データを補完する形ですね。ほぼリアルタイムで内部の様子を映しています』
「……さらっと言ってくれるが、相当な技術力が必要だぞ、これ」
情報管理局の出であるルーベンスが、唸り声を上げた。この中で、最も現場慣れしているのはおそらく彼だろう。その彼が感嘆するというのは、よっぽどのことだ。
映像から人の姿をコンピューターで認識させ、位置座標を特定し、立体映像に重ねる。どれほどの手間暇がかけられ実現したのか、想像もつかない。
『新しい自販機の設計図を書く片手間に、ちょちょいと作っときました。役に立ちますかね?』
「何の皮肉だよそれ!?」
ジミー・ディランが、しかめっ面で叫んだ。
驚けばいいのか、呆れればいいのか、あるいはたしなめればいいのか。ホログラムのヴィクトリアも、怒りと喜びをない交ぜにしたような、微妙な顔になっていた。
『……各々、思う所があるだろうが、時間が無いからさっさと話を進めるぞ』
ヴィクトリアの促しに、私たちは一様に頷きを返した。二人共、切り替えが早い。このあたりは、流石特殊部隊出身と言ったところか。
『グラウンドフェイスは見ての通り、全体としては円形をしている』
彼女の言葉と共に、立体映像に暫しの間天井が戻った。造形としては、ドームをイメージするのが一番だろう。次に、ホログラムが切り替わり、評議員による公演が行われていたホール内部のみが映し出された。
『人質はそのほとんどが客席中央部に集められ、三名の人間がその周りに立っている。が、ステージ上に一人、椅子に座っている奴がいるうえ、その両隣に一人ずつ配置されているな。どうやらコイツが、連中にとっての切り札のようだ』
「ララ・アーリックマン評議員とみて間違いないだろう。客席にいる評議会関係者は、交渉次第では他の観客と同じように解放できるだろう。だが、評議員であるアーリックマンは別だ」
『その通りだ、レイフ。では次に、ホール周りの廊下だ』
廊下の立体映像が切り取られて出現する。丁度、先ほどまであったホールのホログラムを囲むくらいの大きさをした、輪の形をした廊下が映し出された。
『廊下の見まわりは一人しかいないな。ここらへんは割と甘々だ』
『問題は、警備室にいる人間です』
先ほど映像からフェードアウトしたはずの銀髪ハッカーが、再び顔を出した。
『全ての監視カメラ映像を、そこで把握することができます。警備員が一名、人質にされていますね。そこにいるテロリストは一人だけですが、施設内部に侵入できる場所を監視するだけならそれで十分です』
『……そういうことだ。警備員の安全のためにも、まずはこいつを叩かなくてはならない。だが近づこうにも、ここに陣取っている人間には、施設内部の全てを把握されてしまっている』
『ですが、それはあくまでカメラ越しにです。本当、人間は愚かですよね。真に信頼できるは、自身の眼だけだというのに。デジタルのデータほど、信憑性の低いものはありません』
「おい、待て。まさか……」
『そのまさかです、ディランさん。監視カメラのコントロールを奪い、映像の一部を、一時停止させちゃいます。皆さんは正面から、堂々と建物に入っていただいて結構ですよ』
「……もはや何でもありだな」
『そう褒めないでください。こんなの、大したことありません。エイジイメイジアはまだ、情報化社会の全盛期を模倣すらできてないんですから』
その全盛期の技術を完全に身に着けているのが問題なのだが、こういう才能のある人間はえてして一般と感覚がずれるものだ。その乖離を、これ以上追求しても無駄だろう。
高みに登った人間は、遠くまで見通せるがゆえに、自らの足元が見えない。
自分が、どれだけの人間を踏みつけにしているのかが、わからない。
わかるはずがない。わかろうとするはずが、ないのだ。人間とは常に、上だけを見る生き物なのだから。だがまれに、下へと目を落とす異端がいる。おそらくは私も、その異端の一人なのだろう。だが、私以外の人間には、その生き方が苦痛であることは想像に難くない。
「ヴィクトリア、指示を」
私の促しに、彼女は一度こちらに頷いた。
『まずは、警備室にいる奴の排除だ。騙し続けるにも限度があるからな。レイフ。これは、お前に任せる。こいつを無力化したら、ホール西側出入り口に移動して待機だ』
「了解した」
『警備室の奴が片付いたら、ディランが廊下の巡回を黙らせろ。それが済んだら、場所に関わらず、ホール東側出入り口で待機。ルーベンス。お前は、ステージ天井の、作業員用通路に行け。合図とともに、出入り口の両名がホール内に突入。同時に、ルーベンスがステージでVIPの警護をしていらっしゃる二人を、上空から強襲だ。人質には、傷一つつけさせるな』
「了解」
「はいはいっと」
ルーベンスは生真面目に、ディランは生意気に。返事一つをとっても、そのそれぞれに個性がある。だが、五人の中で一番馬が合うのは、案外この二人かもわからない。
私はというと、なぜだかあのハッカーには一番なつかれている。理由は知らない。そういえば、初対面のときに、なぜ彼女が私をおもしろいと評したかについて、まだ聞いていなかった。
『さて。何か質問は?』
「それじゃあ、俺から一つ」
ルーベンスがてきぱきとした動作で、防護服を着用しながら言った。といっても、第二十七特殊部隊専用のものは元から存在せず、それは彼が以前から使用していた物だった。
色は黒で、急所を保護しつつ動きやすいような構造をしているが、既成の物に更に手を加えた跡がある。腕の部分のアーマー側面には、何故だか穴のようなものが空いていたりもした。
ちなみに、私とディランはいつも通りの制服だ。私の場合は能力が防御に秀でているため、動きやすさを重視している。流石に防弾チョッキぐらいはつけているが、ディランの方はそれすらもつけていないようだ。
もちろん、安全面で言えば大問題なのだが、ヴィクトリアが上司である限り、結果を出し続けさえすれば、何をとがめられることもない。失敗イコール死に近い危険な職場だが。
「向こうさんが使用している監視カメラはそれで何とかなるとしても、他のカメラはどうするんだ?」
『というと?』
「報道陣のカメラだよ。一般の方はまあそこまで気にしなくていいにしても、ホール全体を映すようにしている局もちらほらあるぞ」
そう言いながらルーベンスが卵型の映写機に手を触れると、新たなウィンドウが出現した。彼の操作により、報道各社が一般市民へと提供される映像がいくつか映し出される。
それを見てディランが顔をしかめると、舌打ちを一つした。
「全方位からホール映してるな。これなんかわざわざ近場のビルから撮ってるぞ。どれにも映らずに強行突入とか無理だろ」
『そこは、国家権力に任せてもらおうか』
「というと?」
ディランの促しに、彼女は続けて言った。
『テレビ放送だけでなく、ネット放送でもCMが入るようになっているからな。そのCMのタイミングを、不自然さが出ない程度に重ねさせる。もって三十秒だが』
「だがな、隊長。その後、つい先ほど突入したとか報道されたら、それこそアウトだぞ」
『そうならないよう圧力をかける。だが、ある程度のリスクは覚悟しておけ。治安維持隊はマスメディアに対して、そこまで影響力を持っていない』
『でも、その点については、あまり思い悩む必要はないんじゃないですか?』
「……どういうことだ、面白少女君」
『なんか、随分な呼び名ですけど、まあいいでしょう。実際私は、面白いですし。レイフさんの方が凄いですけどね』
なぜそこで、私の名前が出るのか。
私が肩をすくめて車内を見渡すと、二人の同僚とホログラムの上司が、何かに深く同意させられたかのような神妙な面持ちでこちらを見つめていた。
……面白いのか? この私が?
度し難いな。
『確かに、報道各社の映像全てを確認していれば、あなた方が施設に侵入したことはばれるでしょう。ですが、そんな隅々まで同時に確認することなど不可能です。これは、警備室の人にも言えると思いますけどね』
『だが、ありとあらゆる可能性を想定しなければならないのもまた事実だ。主にホールのどこが映し出されているかは、当然こちらからも確認できる。お前たちには、圧力をかけている局以外のカメラから、なるべく死角になる場所を進んでもらいたい。できるな?』
「そちらからのサポートがあるならな」
「そこは、できると答えておけ、ディラン。……いや、それも違うか」
私は車内を見渡し、いつも通りの口調を保って言った。
「できるかではない。ただ、やるのみだ。我々が失敗すれば、ララ・アーリックマン評議員をはじめとした、多くの人命が失われる」
未来は見通せず、責任論は常に存在する。だが、そんなことには関係なく事態は動く。既に走り出してしまっている以上、止まるという選択肢はありえない。
迷う時間など、私たちには与えられていないのだ。ならば、限られた時間のなかで選んだ、ベストではないベターで行動するしかないだろう。
『よく言った、クリケット。お前を副隊長に選んだのは、どうやら正解だったようだ』
ヴィクトリアが満足げに頷いてくる。どうやら彼女のお気に召したらしい。ルーベンスもまた、感心したように頷いていた。その隣の男は、不満そうに唇を尖らせていたが。
「過大評価がすぎるんじゃないか? 当たり前のことを、当たり前に言っただけだろう」
「阿呆。お前の脳みそは蟹みそか何かか。この難しい状況で、その当たり前を口にして場をおさめることが、どれだけ難しいかぐらいわかれ」
「……その例えはどうかと思うけどな」
ルーベンスの叱責に、彼は不承不承といった調子で口を噤んだ。
私としては、ジミー・ディランの方に同意しないでもない。だが、結成直後の組織である以上、私のような役回りの人間も重要であると言えるのかもわからない。
私の知ったことではないが。
『それじゃ、質問は以上ってことでいいな。責任は全部私が取ってやる。せいぜい、私の出世の足掛かりとなるべく暴れて来い』
「この土壇場でモチベ下げるなよな……」
「了解した」
「そしてお前はなぜそこで即答なんだ、クリケット」
ジミーが呆れ顔でこちらを見つめてくる。私はそれを無視して、外へと目を向けた。
街の光が、私の目に突き刺さる。たとえ評議員が命の危機にさらされていようが、国全体としては平常運転を続けているようだ。
私は、それを。
万を超す個が駆動させる、全体像を。
暫しの間、ただ黙って、眺めていた。




