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ユートピア・アラート 〜超能力少年と不可思議少女の世界革命〜  作者: 赤嶺ジュン
ユートピア・アラート2 ファイアドール・ユアセルフ
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第一章 戦意-5





 中央エリア。Vの二十ブロック北の道路。公理議事堂の敷地から、約五百メートル離れた地点にて。

 くしくも四月一日と同じように道路は封鎖され、公理議事堂を取り囲む形でバリケードが設置されている。ただし、前は公理議事堂の敷地のすぐ外を囲んでいたが、今回は議事堂を中心とした九ブロックを丸ごと封鎖した形だった。


 重厚な移動式のバリケードが並び、『KEEP OUT』と表示されたけばけばしい黄のホログラムがいくつも浮かぶその場所で、治安維持隊少尉、ティモ・ルーベンスは、目の前のウィンドウに映る男からの報告に瞠目した。


「現場から離れろだって?」


『そうだ。代わりはこちらで手配する』


「うちは信用できないってことか?」


『いいや、違う。ヴィクトリアからの指令はこうだ。中央エリアで予測不能の事態が生じた際、真っ先に現場に行けるよう準備を整えておくこと』


「……何だって?」


 ルーベンスは顔をしかめて、ホログラムを見つめた。


「そりゃあどういうことだ。いや、そもそもにおいて、なぜあんたほどの男が、下っ端である俺に直接コンタクトを取る。ザン・アッディーン元帥補佐官」


 あたかも巌の如き体躯をしたアッディーンは、彼の探りに眉一つ動かすことなく、淡々と続けた。


『想定外に足をすくわれるのは、もうこりごりだというだけの話だろう。お前たちはひとまずそこで待機してろ。ああ、最後にもう一つ。場合によっては命令を待たず、自分の意志で動け、だそうだ。相変わらずだな、ヴィクトリアは』


 通信が一方的に切られ、ルーベンスは亜麻色の髪をわしゃわしゃと掻きまわした。

 何事かと駆け寄ってくる部下たちを手を上げて押しとどめ、彼は盛大なため息を一つ吐いた。


「ああ、クソ。面倒なことになってきた。こういうときには、ジミーの馬鹿の立ち位置が羨ましいな。アイツが現役なら、俺がこき使われることもなかっただろうに」


 すぐ近くにあったバリケードを蹴り飛ばしたルーベンスに、いよいよ部下たちの(正気を疑うような)目が痛い。その何もかもが、あの飄々とした男のせいだと思うと、怒りを通り越して殺意すら湧いてくる。


「ジミーめ。あれで優秀なのがまた腹が立つんだよな。……まあ、優秀だからこそ失敗する例なんて、星の数ほどあるんだが」



  ※  ※  ※  ※  ※



 トウキョウ特別少年裁判所の一室。

「君の身柄をここで抑えられたのは、行幸だった」


 絶え間ない暴力の嵐に、椅子の上に鎖で縛りつけられた状態のまま動くことのできないジミーに、再びやってきたベルント・カーライルが満足げに言う。どうやら別室に一度移ったことで、機嫌を戻したらしかった。


「君が率いる学生警備が上げている成果は、基本構成員が学生とは思えないほどのものだ。先月の薬物不法販売組織壊滅事件に始まり、超能力者を対象とした違法ギャンブル勧誘グループの連続摘発。普通ならありえないことだよこれは。トップが優秀だからこその成果だろう。流石は、元治安維持隊隊員と言うべきか」


「ハハッ。お褒めに預かり光栄だねえ」


 ジミーは弱々しく笑うと、左目を覆う血を拭うこともできないまま、何とか顔を上げた。


「僕に言わせれば、君のほうが称賛に値するよ。まさか、司法の長の一人が、あのセミナーと繋がっていたとはね。さぞかしやりたい放題してきたんだろう」


「肩書は人の目を曇らせる。君が私たちのことを、まったく警戒していなかったようにな」


「僕を捕まえたのも、幸運でもなんでもない。全て、君たちの計画通りだろう。差し支えなければ、聞かせてもらいたいね」


「……死にたいのかい、君は?」


「どのみち、ただで帰す気はないんだろう? 人を『壊す』手段なんて、いくらでもある」


 例えば、覚醒剤。あれはいい。薬物中毒で前後不覚になった状態で発見されたところで、大抵は『自己責任』で済まされる。口封じの手段としては、殺人よりもよっぽど有効だ。


 薬で使って壊れた人間を、ジミーは今まで何度も目にしてきた。もっとも、その大半は売人に騙された学生たちだが。


「まあいい。折角だ。君にも話してあげることにしよう」


「…………」


 まさかの展開に少なからず動揺したが、幸か不幸か、全身を徹底的に痛めつけられていたため、表情として出ることはなかった。こういう時には、常に鉄仮面のレイフあたりが羨ましい。もっとも、あの男はあれでいて案外饒舌なところがあるが。


 捕らえているとはいえ、一応は敵である人間に自分達のことを話すとは、慢心も甚だしい。しかし逆に言えば、彼らにはそれだけの自信があるのだともとれる。


『僕は動けない。動くわけにはいかない。ここは、エボちゃんを信じるしかないか』


 黙り込むジミーに、ベルント・カーライルには朗らかに笑いながら言った。


「君は現状を理解し、そして絶望するだろう。彼らには、万が一にも勝ち目はない、とね」



  ※  ※  ※  ※  ※



 第一高校、一階廊下。エボニーサイド。

「くっそ! あの野郎!」


 グレッグが悪態をついて、廊下に置かれた自動販売機を蹴り飛ばす。ほんの少しだがへこんでしまった自販機を見て、エボニーはため息交じりに首を振った。


「学校の備品にあたるのはやめなさい、グレッグ」


「……あれによく耐えられますね。副隊長」


「まあね。一応幼馴染だから。子供のころからああなのよ」


 エボニーはまだ憤懣やるかたない様子のグレッグに背を向けた。白を基調とした壁に柱の茶がアクセントを添える洒落た廊下を、大股で歩いていく。

 アリシアはそれに慌ててついていきながら、何かを取り繕うように笑った。


「本物ってあんな感じなんだね。大体予想通りかな」


「ああ、そう。よかったわね」


「副隊長、さっきから反応が素っ気ないよ。わけわかんない」


「当然でしょ。私だってあれの言い分に納得なんかしていないわよ。ただ残念なことに、能力はある。利用できるだけ利用するのがベストよ」


 エボニーは廊下の曲がり角のところで立ち止まると、後ろを振り返った。


「いい? 不満はあるでしょうけど、ひとまずはアイツの指示に……あれ?」


 彼女はそこで一度言葉を止めると、首を傾げた。

 一人足りない。一緒にいたアリシアと、たった今追いついてきたグレッグはいいとして、あの赤髪の新人の姿が見当たらない。


 反射的に辺りを見回し、視点を遠くに映したところで、学生警備室の出入り口からそれほど離れていない場所に呆けた様子で突っ立っているシャーリーを発見した。


「そんなところで何やってるのよ。早く来なさい」


「……」


 ギギギッ、と、金属をこすり合わせたような音を立てて、彼女の顔がこちらへと向けられる。実際にはそんな音は出ない筈だが、なぜだかそういう幻聴が聞こえた。


 思わず、二、三歩後ずさりしてしまう。数秒の沈黙の後に、彼女は赤の髪を上下に揺らして廊下を全力ダッシュし、一様に顔を引きつらせる三年二人組を押しのけてシャーリーの胸にすがりついてきた。


「アレイン先輩!」


「な、なによいきなり」


「嘘ですよね!? 御影先輩の電撃ビフォア・アフターが凄いんですけど!」


「いや、そう言われても」


 グレッグ、アリシアに救いの目を向けるが、二人共全力で明後日の方向を向いていた。グレッグにいたっては、明らかに笑いを押し殺している。さっきから怒ったり笑ったり忙しい。


「具体的にどう違うのよ」


「そんなに違わないっす。口が悪くて人の心がわからなくて偉そうで」


「ならいいじゃない」


 今度は二人組が全力で『よくない』という視線を向けてきたが無視した。いろいろとめんどくさい部下たちだ。普段なら隊員のメンタルケアはジミーに丸投げするが、今はそうも言っていられない。彼がいない以上は、学生警備をまとめるのはエボニーの仕事だった。


「でも、うまく言葉にできないっすけど、あそこまで理不尽じゃなかったっすよ! 別人っす別人! 探せば変装できる超能力者とかいるっすよね!?」


「そりゃいるでしょうけど、あれは本物よ。残念ながら」


「そんなあ! あれが御影先輩だなんて!」


「……過去に何があったのか知らないし、あんたの性格からしてどうせ大したことないんでしょうけど、いい加減切り替えなさい。昔は昔。今は今よ」


 何気なくそう答える。だがその直後、エボニーは自分自身の言葉に、脳を絞られるような頭痛を覚えた。


 別に、御影について何かショックを受けたわけではない。彼の性格が大きく変わったことに関して思う所はあったが、それとこれとはまた別だ。


 それは光であり音でもある。かつて感覚器官を通して脳裏に焼き付けられたものが、浮かび上がってくる。ただ、それが具体的にどのような記憶かはわからない。恐ろしくざらついていて、手を触れただけで裂傷を負ってしまいそうな、そんな何か。


 傷。痛み。あるいは、熱。直感的に、それが自分には不必要なものだとわかる。軽い好奇心で手を出したら、得たもの以上の代償を支払うことになるだろう。


「先輩? どうしたんっすか?」


 どこか様子がおかしいと悟ったのか、シャーリーがこちらの顔を覗き込んでくる。エボニーは首を振ると、こめかみを強くもみながら言った。


「私にもわからないわ。ちょっと、頭が混乱しているわね。疲れてるのかしら」


「疲れる? 先輩がっすか?」


「そうよ。私だって人間だもの。わかったら、変な心配をかけさせないで。あいつの極悪非道さに関しては、あとでいくらでも話してあげるから」


「……はあ」


 シャーリーが不満そうに口を尖らせる。エボニーは苦笑すると、彼女の頭に手をのせて髪の毛を掻きまわし、廊下で所在なさげに立ち尽くしていたグレッグ、アリシアへと目を向けた。


「さて。シャーリーもひとまずは落ちついたみたいだし、そろそろ行くわよ。私とシャーリー、グレッグとアリシアのペアで校舎内を見まわって、まだ逃げていない子がいたら避難誘導。私たちは東側を見るから、グレッグたちは西ね。OK?」


「了解、副隊長」


「わかった。でもさ副隊長。リエラ先輩はどうするの? 警備室で狸寝入りしたまま出てこないんだけど」


「……あ」


 素で忘れていて、思わず変な声が出てしまった。



  ※  ※  ※  ※  ※



 学生警備室にて。

 他の学生警備のメンバーが出て行ってもなお、並べたパイプ椅子の上で眠りこけるリサ・リエラに、御影は呆れ声を上げた。


「何だコイツ。豪胆と言うべきか阿呆と言うべきか」


「ただ単純に、狸寝入りしてサボっているだけでは?」


「いや、これはマジで寝てる。呼吸の仕方が自然だ」


「……また変なところで能力を活用するんですね、奏多は」


 妙に感心するソニアに、適当に相槌を打っておく。彼女が座る椅子の向こう側では、例の男性教員が、確かマクミランと名乗っていた女性教員に掴みかからんばかりの勢いで凄んでいた。


「何を考えているんですか、マクミランさん!」


「その点についてはあとで。この子の前でそれについて話すのは、少し気が引けます」


 そう意味深に言ってきたが、御影にとって彼女の言葉は滑稽でしかなかった。要するに、御影奏多という問題児の機嫌を損ねることなく、うまく利用しようということだろう。策士ぶってはいるが、考えていることがこうもたやすく読めてしまうと、失笑せざるをえない。


 ソニアが咎めるような視線をこちらに向けてくる。どうやら、無意識に口元がにやけてしまっていたらしい。反射的に頬杖をついて表情を隠した御影に、マクミランは目を細めた。


「ひとまずは、学生警備と外の警戒にあたっている生徒会以外はシェルターへ避難する。それに異論はないと考えていいですか?」


「一人足りない。コイツ、テクラ・ヘルムートもこの部屋で待機だ。こればかりは譲れない」


「ですが、その子が彼らのターゲットなら……」


「一番、安全な場所にいるべきだろうな。ここで問題だ。第一高校に常備されたシェルターに籠るのと、第一高校のトップ3のうち二人がいる学生警備室。そのどちらが安全と言えるか」


「大人の判断を軽視するのもいい加減にしなさい、御影奏多」


「そちらこそ俺たちを軽く見すぎだ。超能力者をなめんじゃねえ」


「……話になりませんね」


 マクミランは学生警備室に来てから初めて表情を崩すと、御影からソニアの方へと向き直った。彼女は生徒会会長であるソニアに対して軽く頭を下げると、少し上ずった声で言った。


「あなたの方から説得できませんか?」


「先生のお気持ちはわかっているつもりです。ですが私は、第四学年の首席と、生徒会会長である自分の力を信じます。テクラさんを全身全霊でお守りすることを約束しましょう」


「そうですか……」


 暫しの間、マクミランとソニアが見つめ合う。学生警備室内を張り詰めた緊張が満たしていく中、テクラが小声で「私としては逃げた……」まで言った所で、御影に蛇をも睨み殺しそうな目を向けられ、半泣きになって黙り込んだ。


 体の前で組まれたマクミランの腕を、彼女の右人差し指が苛立たし気に叩いている。彼女の後ろでは、完全に会話から締め出された男性教員が居心地悪そうに突っ立っていた。


「わかりました。ひとまずは、あなたがたの判断を信じましょう。行きますよ、ムクセフ先生」


「あ、ああ」


 どうやら男性教員の名前はムクセフというらしい。学生警備室の引き戸をスライドさせ、ムクセフと連れ立って廊下へと出て行くマクミランを見送り、その足音が完全に聞こえなくなったことを確認すると、御影は表情を引き締めてヘルムートへと目を向けた。


「さて、テクラ・ヘルムート。お前に聞きたいことがある」


「……はい。なんでしょうか?」


 急におずおずとした喋り方になったテクラに、御影は舌打ちをしたくなる衝動を懸命に堪えた。この手の輩は、強く言いすぎると途端に扱いが難しくなる。例えば、その場で大泣きするとか、変な対抗意識をもったりとか。少しはあの男勝りな副隊長殿を見習ってほしい。


 よくよく見れば、格好もかなり野暮ったい。上は灰色のダボついたTシャツに、下は長いんだか短いんだかわからないスカート。さらにフレーム面積が広い分厚い眼鏡と、ある意味で完璧だ。彼女の経歴を考えれば、ファッションセンスを求めるほうが間違えてるが、服装と自分への自信というのは案外直結していたりもする。


「この事件が解決したら、ソニアと服を買いに行くってのはどうだ?」


「はい!?」


「いや違った。そうじゃない。忘れろ。忘れないとなんやかんやで死ぬぞ」


 御影はわしゃわしゃと髪をかき回すと、こちらの正気を疑うような目で見てくるソニアを無視して、人差し指をテクラの顔に突きつけた。


「お前の能力について知りたい。戦力になるのか、否か。それをここで、判断させてもらう」



  ※  ※  ※  ※  ※



 中央エリア。Uの十九番ブロック。エンパイア・スカイタワー。その、地下三階。

 一般にはあまり知られてはいないその地下空間については、治安維持隊の人間でもほとんど利用することはないためか、実に様々な噂話が飛び交っている。


 曰く、そこには刑務所にすら入れられない『裏切り者』、犯罪者となった超能力者を収容する所在地不明の特別刑務所そのものである。曰く、そこには表に出すことなど許されない事件の物的証拠が保存されている。曰く、そこには同じ超能力者でも恐れるほどの人間兵器が収容されている。


 そのどれもが真実の一端を掠めるだけで、核心をついているわけではない。しかし、最後の噂に関して言えば、ある意味で正しいと言えるだろう。なぜなら、一階の奥まった場所に位置する地下へのエレベーターを、超越者が利用するところが多数目撃されているからだ。


「……実際のところ、そんな大した場所でもないんだけどねえ」


 彼女、超越者序列六位、リ・チャンファは、手にした煙管の先から紫煙を宙に昇らせながら、地下に向かうエレベーターの中でそうひとりごちた。


 超能力者の中でも、超越者は別格。人間兵器を越えた、人間大量破壊兵器だ。もっとも、レイフ・クリケットや自分を『大量破壊兵器』と呼称するのにはやや抵抗があるが、世間一般の価値観で言えば、十分そう呼ばれるに値する存在なのだろう。


 そして、他の追随を許さない絶対なる実力を持つがゆえに、超越者のそれぞれが一癖も二癖もある。高圧的に支配しようとすれば、逆に裏切りかねないのが超越者だ。だからこそ、ヴィクトリア・レーガンは、超越者の裏切りすらも許容している。治安維持隊の行動が気に入らなかった場合は、遠慮なく自分を殺しに来いと、そういうわけだ。


 支配者としてはかなり懐が広い女性だとチャンファは思う。超越者序列一位が彼女の手駒である時点で、裏切ってもその先がないことについて目を瞑ればの話だが。


 超越者には上司と呼べる存在は基本元帥しか存在せず、命令が出ない限りは何をするのも自由だ。服装についてもそれは当てはまり、治安維持隊の赤茶の制服を着ることを強いられることもない。実際チャンファは、今日は紺のチャイナドレスを着用していた。


 最下層である地下三階に辿り着く。彼女はエレベーターから降りると、灰色のカーペットが敷き詰められた薄暗い廊下を進んでいった。


 廊下の突き当りに位置する部屋の前で立ち止まり、煙管をくわえ煙を吸い込みながらドアノブを捻って扉を押し開ける。その瞬間、部屋の奥からボールが飛んできて顔面にぶち当たった。


「ガハッ!?」


 世界最強の人間兵器の一人であるリ・チャンファは、何とも情けない悲鳴と共にその場に崩れ落ちた。鼻をさすりながら顔を上げ、先に来ていた連中を睨みつける。彼女の視線の先では、グラサンをかけたライダースーツの男と、着物姿で腰に刀を差した女性が凍り付いていた。


 超越者、マイケル・スワロウと、八鳥愛璃。超越者が三人も同じ部屋に集っているこの状況は、別におかしくもなんともないからどうでもいい。問題なのは、いい大人であるはずの二人が、本気で(それも二人で)ドッジボールをしていたらしいことだった。


「……何やってんだい、アンタら」


 ボールの表面に、おそらくは自分のものであろう赤い血がこびりついているのを確認し顔を引きつらせながら、彼女はボールを投げた姿勢のまま固まるスワロウと、避けた体勢のまま動こうとしない八鳥を睨みつけた。


「仮にもアンタたちは超越者だろう? それ以前に、こんな子供じみた遊びをするなんて、大人として恥ずかしくないのかい?」


「悪かった! ひとまず額に青筋立てて睨みつけてくるのやめて! 鼻血出てるのも相まって超恐い!」


「そうだぞチャンファ殿。貴殿ももう年なのだから、もう少し落ち着いた態度を取るべき……」


「余計な事を言うな八鳥オラァッ! ババアにババアって言ったら失礼だろ!」


「アンタらそろって首の骨折ってやろうか! 暗殺なら私の右に出る者はいないことを、身をもって知りたいのかい!?」


 割と本気で怒鳴りつけたリ・チャンファに、マイケル・スワロウがすくみ上がる。八鳥愛璃の方はと言うと、泰然自若、傍若無人に、ソファに腰を掛けてすまし顔をしていた。こういうところは、レイフ・クリケットに似ているかもわからなかった。


 チャンファは手の甲で顔を拭うと、部屋の中央にある二脚のソファのうち、八鳥愛璃が座っていない方に腰を掛け、ソファの間にあるテーブルに置かれたティッシュ箱へと手を伸ばした。


 この部屋は、超越者用の談話室だ。控室、と言い換えてもいい。エンパイア・スカイタワーに出勤した超越者は、いったんはこの部屋に集まるのが通例だ。なぜか娯楽用の設備も充実していて、部屋の奥にはビリヤード台まで置いてある。流石にボールまであるとは想像していなかったが。いったい、この部屋を昔使っていたというヴィクトリアは何を考えていたのか。


「それで? 今回の事件についてはどう思うよ、アンタたち」


 チャンファがティッシュで鼻の下を拭きながら言うと、八鳥とスワロウは一度顔を見合わせて頷いた。


「あれだな。四月一日にヨコハマで遊んでいた御仁に仕切られると、何となく腹が立つな」


「古参のくせに、普段はいないしな」


「潜入捜査していたんだよ。なめんな、ガキども」


「そういうこと言うからババ……いや、何でもなッ!?」


 ヘラヘラと笑っていたスワロウの体が、誰も手を触れていないのにも関わらず宙へと持ち上げられ、そのまま床に叩き付けられた。大の字になったまま指一本動かせない彼を見て、八鳥が失笑する。といっても、彼は床にぶつかった衝撃で動けなくなっているわけではない。


 横たわる彼の体の柔らかい部分、頬や手の皮膚などが、上から押さえつけられているかのように徐々に陥没していく。彼は眼球を動かして周囲に浮かぶローズピンクの過剰光粒子の群れを追いかけながら、慌てた様子で叫んだ。


「待て! これは死ぬ! 年増なんて言って悪かった!」


「百。百十。百二十……」


「ああッ! 重い! 潰れる! 私が悪かったです姉御の美貌は世界一!」


「おや。嬉しい事言ってくれるね。じゃあ、一瞬だけ二百にしてから解放っと」


「ゴハッ!?」


 最後に大きくうめき声を上げて動かなくなった彼を放って、チャンファは煙管の先に詰まっていた火の消えてしまった葉をテーブルの灰皿に捨てた。また新しく詰めなおそうかと一瞬考えたが、前のソファに座る八鳥の顔がほんの少しだが曇っているのに気づき、彼女は煙管をそのまま灰皿に立てかけた。


「八鳥。アンタの意見を聞かせてもらえるかい?」


「そのまえに質問してもいいだろうか」


「どうぞ?」


「貴殿はヨコハマを本拠地とする反社会的団体に潜伏していたはずだろう。それがなぜ、ここにいるのだ?」


「ただの気まぐれだよ。私もたまには、正義の味方としてまっとうな仕事をしたいのさ」


「貴殿の正体がマフィアにばれても知らんぞ」


「そんなへまはしないさ。ボクシほどではないが、私も変装にはそれなりの心得がある」


 何となく手が寂しくなって、彼女はテーブルに置いていた煙管を手に取り、指で弄びながら笑った。だがすぐに表情を厳しくすると、八鳥をまっすぐに見つめた。


「それで? あんたは、どちらだと思う? リアルか、それともブラフか」


「ブラフだ」


「……へえ」


 今回の事件の本質を掴めていなければ、まず何を質問されたかすらわからないはずだ。そして、その答えもこちらの見立てと一致している。彼女は素直に感心して、相好を崩した。


「あんたにしては勘が鋭いじゃないか」


「いや、これは某の意見ではなく、レイフ殿の推理だ。そして彼は、こうも言っていた。『問題なのは、どちらにせよ私たちにできることは何もないことだ』、とな」


「答えを出していたのは彼の方か。流石、と言うべきだろうね」


 あのどこか冷めた男の顔を思い浮かべ、苦笑する。彼の洞察力は、超越者のみならず治安維持隊の中でもかなり高い方だ。正直、その実力も含めて羨ましくはある。


「そういえば、そのレイフはどこにいるんだい? この部屋にはいないみたいじゃないか」


 部屋はそれなりに広いが、死角はあまりない。奥に別室への扉があるが、あの先は確か物置だったはずだ。旧世代のパソコン等が雑多に置かれ、埃をかぶっていたと記憶している。


「さっきまではいたんだけどよ。確か四時ごろに、急用ができたとか言ってどっか行っちまったんだよ」


 チャンファの問いかけに、やっと床の上から立ち上がったスワロウが頭を掻きながら応えた。


「何だい急用って? 議事堂が占拠されたこと以上に重要な事なんてあるのかい?」


「俺にもわかんねえよ。あの人、必要最低限のことしか喋んねえし。ああ。ただ、部屋を出る直前にウィンドウを出してたな」


「……それで、何を見ていたんだい」


「SNSのサイトだよ。レイフさんのイメージに合わなかったから、記憶に残っている」


「SNS、ねえ」


 彼女は胸の下で腕を組むと、深々とため息をついた。


「やれやれ。どいつもこいつも、好き勝手に動いてて嫌になるよ」


 部屋の壁に取り付けられた時計へと目を向ける。


 時刻は、午後四時三十分。この時点で、公理議事堂立てこもり事件の発生から、およそ一時間半が経過していた。


 ……何の進展も、ないままに。




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