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ユートピア・アラート 〜超能力少年と不可思議少女の世界革命〜  作者: 赤嶺ジュン
ユートピア・アラート2 ファイアドール・ユアセルフ
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第一章 戦意-4





 アカウントナンバー。自らがエイジイメイジア国民であることを示す数列。


 ナンバーは公理評議会が管理し、そのナンバーにより治安維持隊は個人の居場所を特定することができる。時と場合によっては政治的取引にも使われる重要なものだが、これが案外一般市民にとってはそこまで意識することのないものだったりする。


 そもそも、ホログラムでの通信の番号として使われている以上、常に公開している状態だと言っても過言ではない。たとえ第三者にその番号を知られたとしても、悪用されることなどありえない。


 なぜなら、情報社会を管理するありとあらゆる暗号は、生体情報、眼球や指の静脈といったものを利用した、生体認証にとって代わられているからだ。


「故にこそ、アカウントナンバーの真の意義は、別の側面にあると言える」


 中央エリア、特別少年裁判所。主に超能力者の学生が起こした事件が裁かれる施設のとある一室に、裁判官であるベルント・カーライルの声が響き渡った。


「では、一体それは何なのか。君はわかるかね?」


「不審死という概念が消失したことだろうね。行方不明者も身元不明死体がでることもなくなった。ある意味でロマンのない時代と言えるかもしれない」


「……君と話していると、どうにも緊張感に欠けるな」


 ベルントは黒い革張りの椅子から立ち上がると、フローリングの床を踏みしめながら部屋中央部の椅子へと近づいていった。


「君の言う通りだ。人が死亡した瞬間、アカウントナンバーは効力を失う。これにより、死亡時刻、更にはログを辿ることで死亡場所も正確に特定することができるようになった。この世界において、殺人は非常にリスクの高い行為だ。通り魔的犯行を除けばな」


「つまり、何がいいたいのかな?」


「余計なことをしなければ君は殺さないと。そう言っているんだよ、学生警備隊長、ジミー・ディラン」


 カーライルの足が止まる。彼の前では、無精ひげを生やした痩せ型の男が、椅子に鎖で何重にも縛りつけられていた。


 取り押さえられる際全身を殴打された影響で、治安維持隊の制服は所々が擦り切れ、顔には何か所か青あざができてしまっている。唇を切ったのか、口の下を赤い血が汚していた。


 そんな状況にも関わらず、彼、ジミー・ディランはカーライルにへらりと笑いかけると、のんびりとした口調で言った。


「それはありがたい。僕もまだ、死ぬのは御免だからね。もっとも、縛り付けられた状態でできることなんて限られているけどねえ。これじゃあ、トイレに行くこともままならない」


「相変わらずの態度だな。今、自分がどんな状況にあるかわかっているのか?」


「わかっているよ。何なら解説してあげようか?」


 ジミーはぺろりと舌を出して、口元の血をなめながら続けた。


「テクラちゃんについての相談と言われてのこのこと裁判所に顔を出した僕は、突然背後から頭を殴られた上に倒れたところをリンチにされて、鎖で拘束拷問プレイ。以上。あ、プレイではないか。僕以上にさえないおっさんが相手とか、五兆円あげるって言われてもお断りだ」


「なるほど。確かに君の言う通りだな。それは私のほうからもお断りだ」


 カーライルとジミーの、どこか気の抜けた笑い声がしばらく続いた。だがしばらくたったところで、急にカーライルが黙り込み、革靴の先をジミーの無防備な腹部にのめりこませた。


「……ッ!」


 大きな音を立てて、ジミーごと椅子が倒れる。流石に顔を苦悶の表情にゆがめるジミーをしばらく見下ろしたのちに、カーライルは彼に背を向け、出入り口の方向へと歩きながら背後に控える二人の警備服の男たちに話しかけた。


「あとは任せる。その男が過剰光粒子を出現させた場合は、スタンガンで気絶させろ。いいな」


 自分の部下たちが無言で頷きを返したのに満足したのか、彼はそのまま部屋を立ち去って行った。


 口の中に溜まったものを、カーペットの上に吐き出す。それがまっ赤に染まっているのを見て、ジミーは内心ため息を吐いた。


『……やれやれ。ここまで痛みつけられたのは久しぶりだ』


 痛みには慣れているが、怪我に体の回復力がついていけるとは思えない。流石に七年前のように無茶ができる体ではなかった。


 警備員の一人が近づいて来て、椅子を元に戻した。だが、何の恨みを買ったのかしらないが、彼もまたジミーの腹に駄目押しの拳をねじ込んでくれた。


「さ、流石にやりすぎじゃないかな!? 吐くよ!? いやマジで……」


 もう一人の警備員の蹴りが左の脛に入り、またもや椅子と共に床に転がったジミーは声もなく悶絶した。


 よりにもよって、蹴られたところは弁慶の泣き所。弁慶だって辛いのだから、ただのおっさんが耐えられるはずもない。もう少しいたわってほしい。


『彼らの話だと、どうもテクラちゃんを狙ってるみたいだけど……まずは、自分の命が危ういかな、これ? 殺さないとかやっぱ嘘?』


 何にせよ、これ以上彼らの機嫌を損ねるのはまずいだろう。そう、極めて理性的な判断を、連続で叩かれる鐘を頭蓋骨内部にぶち込まれたかのような状態で下したジミーは、また新たな血を吐き出しながら警備員たちに笑いかけた。


「どうせだから、仲よくしよう! ほろ、ハイジャック犯と人質が仲良くなるあれが本当かどうかの実験! 楽しいよ! ……って、ちょっと待って! 何で足を振り上げてぇぇええ!?」


 当然の結果として、革靴の底がジミーの顔面へとめり込み、彼の意識は暫しの間(およそ三十秒)暗闇の中をさ迷うことになった。



  ※  ※  ※  ※  ※



 正門にて、グレッグ、アリシア組が接敵したのが午後三時五十分ごろ。放課後であるため、全生徒が校舎にいるわけではなかったが、それでも部活等で半数以上が残っていた。


「落ち着いて! 押し合わずに、安全第一で地下シェルターに!」


 締め切った学生警備室の扉の外からは、教員の怒鳴り声と、生徒たちの喧噪が聞こえてきている。そわそわと落ち着きなく体を揺らすシャーリーと、顔を青ざめさせるテクラとは対照的に、リエラはまたアイマスクをつけて椅子の上に横になっていた。


「ほ、本当に避難しなくていいんですか?」


 テクラの問いかけに、シャーリーは焦燥感を覚えながらも、ゆっくりと首を横に振った。


「駄目っす。正直、ここに居ていいのか不安っすけど、一番の下っ端である私が、副隊長の指示に逆らうことはできないっす」


「でも、アレインさんも学生ですよね? 今、生徒を避難させているのは教員です。私たちも避難するよう指示されたら、どうするんですか?」


「それは……」


 答えに詰まり彼女が唇を噛みしめるのを待ち構えていたかのように、警備室の扉が乱暴に叩かれた。

 慌てて椅子から立ち上がり、出入り口へと駆け寄る。扉を開いた瞬間、明らかに憤怒によって顔を真っ赤にした初老の男性教員と目が合い、シャーリーはあらぬ方向へと視線を泳がせた。


「お前ら、何をしている! さっさと避難しろ! 放送が流れただろう!?」


「ええと、その……副隊長から、ここで待機するようにと……」


「いち早く侵入者に気づき、撃退したのは評価しよう。だが、それとこれとは話が別だ。そもそも、最初に接敵した段階で、なぜ学校の警備に連絡しなかった?」


「それは、分からないっす。副隊長に聞いて……」


「アレイン君は学生だろう。ジミー・ディラン隊長ならともかくとして、彼女の独断専行は問題だ。そもそも、ディラン隊長は今どこにいるんだ?」


「……」


 それは、シャーリー自身も知りたいことだった。


 ジミー・ディランは、正直言って上司としては欠陥品だ。すぐサボる上に、しょっちゅう姿をくらます。口調はどうもなれなれしい上に、妙にこちらの勘に障るようなことを言って来て、正直フラストレーションがたまって仕方がない。


 だが、あの軽薄さがこのような非常事態には頼もしい。焦りや不安といった感情から一番遠いのが彼だ。半月ほど前に、銃弾を相手がばらまいているような状況で靴ひもが切れて不幸だと嘆き出したのには正気を疑った。


『……あれ? やっぱり褒めるポイントなくないっすか、あの地味なおじさん』


 やっぱりいなくていいかもしれなかった。


「おい、お前!」


「へ? ああ、はい。何っすか?」


「何っすかじゃない! 馬鹿なのか君は? 避難しろと言ってるんだ!」


「ええと、その……副隊長から、ここで待機するようにと……」


「会話をループさせるな! いいから黙って従え!」


「私だって従いたいんっすよ! もうどうすればいいかわからないんっす!」


「ええい! 面倒くさい奴め!」


 そういえば名前をまだ聞いてなかったよく知らない男性教員は、ついに首まで真っ赤にして叫び出した。


「いいから、テクラ・ヘルムートを連れて地下シェルターに移動しろ! これは命令だ!」


「ハッ! オイオイ、いつからそんな高圧的な態度をとるようになったんだ? ええと、社会科の教員の……名前何だっけ? まあ、どうでもいいか」


 男性教員の顔が、あたかも信号機のように赤から青へと変わった。


 シャーリーもまた、その場から動くことができなかった。


 この声は、知っている。初めて会った時から、声変わりもあまりしていない。いや、声質だけでなく、口調も態度も、何もかもが変わっていない。


 第一高校の生徒が彼について口々に言うのは、傲岸不遜の四字熟語。そのあり方はあまりにも尊大で、乱暴で、それでいて何を考えているのかまったく悟らせないミステリアスな雰囲気までをも醸し出している。

 問題児であることは知っている。間違いだらけなのも分かっている。それでも――。


「第四学年首席、御影奏多だ。俺は今、公理評議会から……」


 ――ヤバい。やっぱり超カッコいい。


「御影先輩ッ!」


「ある権限を預かってぇぇええッ!?」


 教員と自分の間に無理やりわりこんできたシャーリーに、御影が唖然と目を見開く。そんな彼の戸惑いを完全に無視して、彼女は御影の手を取って目を輝かせた。


「ほ、本物だ! 本物の御影先輩だ! 握手してもいいですか!?」


「いや、あの……もう勝手に繋いで……」


「こうして会うのは三年ぶりっすね! 先輩のおかげで、私はついに学生警備に……」


「何の話だあッ!?」



  ※  ※  ※  ※  ※



 第一高校校舎一階の廊下。

 幼馴染である大問題児の悲鳴らしき声が聞こえてくるという、巨大隕石が地球に衝突するよりもありえない現象に、エボニーはすぐ近くにいたソニア・クラークと顔を見合わせた。


「……何かしらね、生徒会長」


「……何でしょうね、副隊長」


「非常事態……よね?」


「まあ、あの御影奏多が悲鳴を上げるほどの何かが起きていると、そう考えるべきでしょうね」


 しばらく無言で見つめ合った後に、二人は廊下を全力で走りだした。木造建築であるかのように感じされる配色とデザインをした、学校にしては芸術性の高い廊下を進む。途中、何人かの生徒とすれ違ったが、避難誘導が進んでいるためか、それほど数はいなかった。


 学生警備室前の廊下に到着する。エボニーは警備室のスライド式のドアが開いているのを確認し、そのまま中へと突入した。


「御影、一体何事――」


「ベタベタくっつくな! 気持ち悪い!」


「ええ、そんなあ! せっかく本物に会えたのに!」


「俺はアイドルでもなんでもないからな!? 大体……」


 そこで、御影とエボニーの目が合い、彼はそのままの姿勢で硬直した。


 端的にまとめると、まったく接点のないはずの自分の幼馴染と後輩が、警備室という狭い空間でいちゃこらしていた。


「待て! そのゴミを見るみたいな目で何を考えているかはだいたいわかるが、それは誤解だ! 俺なんもしてねえから!」


「……」


 シャーリーに手を繋がれた状態で全力で上体をのけぞらせる学年一位の姿は、見ていてなぜだかもの悲しさを感じさせたが、そんなことはどうでもいい。こんな面白い御影は、なかなか見れるものじゃない。


「……ほう。これは」


 無言で立ち尽くすエボニーの横にソニア・クラークが並び立ち、肩にかかった金髪をわざとらしく後ろにはらった。


 ソニアの姿を見た瞬間、御影の顔から血の気がひいていった。少し同情しないでもないが、エボニーとしてはやはり四月の件も含めた日ごろの恨みをここで晴らしたい気持ちの方が強い。


「これは問題ね、生徒会長」


「問題ですね、副隊長」


「信じられる? 生徒会長」


「信じられませんね、副隊長」


「……待て。話し合おう。話せばわかる。いや、俺もわからないけど」


「いやあ、感激っす! もう少しお話しさせていただいてもいいっすか?」


 シャーリーがつないだ手を上下に揺らすのにあわせて、御影の体ががくがくと揺れる。彼の目が若干白目になっているように見えるのは、きっと気のせいではないだろう。


 何せこの男。対(赤の他)人スキルがかなり低いことは間違いない。今まで必用最低限しか登校せず、クラスメイトともほとんど話していなかったのだから当然だろう。特に、このように話の通じない異性からぐいぐい来られるのには物凄く弱いはず……。


「……」


 なんだか、この学校で誰よりも優れているはずの御影が哀れに思えてきた。


「しかし、気になりますね。二人は一体どのような関係なのですか?」


「それもそうね。それだけ仲がいいんだから、昔色々あったと見た」


 ソニアの疑問に、エボニーもまた頷いた。先ほどから無視されている部屋の隅にいる社会科の教員(名前は忘れた)がいつ爆発するか心配だが、ひとまずは放っておくことにする。


「別に何も勘違いしていないから、教えなさいよ。アンタたちは一体どういう関係なの?」


「……知らない」


「へ?」


 予想外の言葉に、エボニーとソニアは目をしばたたかせる。御影はシャーリーとつないだ手を無理やり振り払うと、彼女の顔に人差し指を突きつけて叫んだ。


「知らないって言ってんだよ! この赤毛、誰!?」


「そ、そんな! 私ですよ! シャーリー・ピットっす! 三年前の相談会で、私にアドバイスをしてくれたじゃないっすか!」


「記憶に無い。というか、そんな期待に満ちた目で俺を見るな。何か背中がぞわぞわする」


「またまたあ。謙遜しないでほしいっす」


「理由の分からない好意が気持ち悪い!」


 そのままギャーギャーと喚き散らす二人に、エボニーは唖然としてその場に立ち尽くすしかなかった。

 隣に立つソニアへと目を向ける。エボニーの縋るような視線に、彼女はどうしようもないというように首を振った。


 どうやら、御影が起こす問題には、いつも通りに学生警備副隊長たるエボニーが対応しなくてはならないらしい。エボニーは気を取り直すように咳ばらいを一つして、未だに言い争いを続ける二人の方へと一歩足を踏み出した。


「二人共、ちょっと落ち着き……」


「ええい! いい加減にしないか、お前ら!」


 野太い男の声が、エボニーの言葉を遮った。一瞬誰かと思ったが、隅にいた男性教員が進み出てくるのが視界に映り納得した。


「ふざけている暇はない! また襲撃を受ける可能性がある以上、今すぐ地下シェルターに避難をするんだ!」


「話を戻してくれてどうもありがとう! だが、残念ながらその指示にはしたがえねえな」


「何だと!?」


 御影の言葉に、男性教員の目つきが鋭いものになる。だが、彼の握りしめられた両手が細かく震えているのを、エボニーは見逃さなかった。


 超能力者が集う学校の教員といえど、そのほとんどが一般人。ジミーのように治安維持隊出身でかつ超能力者という方が少数派だ。


 だからこそ、彼は御影奏多という存在が『怖い』のだろう。御影の担任ならば、問題児とはいえみだりに暴力をふるうような人間でないことがわかるだろうが、余り関わってないなら噂レベルでしか御影を知ることはできない。そして、噂話とは現実よりも誇張されるのが常だ。


 人は、少ない情報による印象によって、人を定義づける。あたかも、広告だけを見て、買う商品を決めるように。


「さっきも言いかけたが、俺は公理評議会からとある権限を預かっている。この世の刑事事件のほとんどは治安維持隊が担当するが、一つの分野に限って言えば、政治担当である評議会に属する、とある機関が受け持つ。それが何だか、お前ならよく知っているだろう?」


「……評議会の、特別少年調査班か!」


「正解だ。未成年の超能力者が起こした事件の調査、あるいは隠蔽は、この班が受け持つことになっている。そして非公式にではあるが、ついこの前、俺はこの班のメンバーになった」


 男性教員が息を呑むのがわかった。彼が言ったことは、それだけ突拍子もない事だった。

 とそこで、廊下から誰かが走ってくる足音が聞こえた。エボニーがそちらに視線を向けるのと、グレッグ、アリシアの二人が警備室に入ってきたのが同時だった。


「ありえない! 調査班は、第一高校生徒の不祥事も担当する! なのに、その生徒が調査班に加わるなど、前代未聞だ!」


「確かに通常ならありえない。だが、評議会にはそうする理由があった。噂には聞いているだろう?」


 御影奏多は唇を吊り上げ、瞳孔をも見開き、およそ高校生のものとは思えない凶悪な笑みを浮かべた。


「四月一日に、御影奏多が評議会の援助を受け、たった一人で治安維持隊と戦い、生還した。それは本当のことだ。今、俺と治安維持隊は敵対関係にある」


「……何?」


 男性教員、グレッグ、アリシア、さらにはシャーリーまでもが絶句するのがわかった。それも当然だろう。教員はもちろんのこと、学生警備の面々もそれが真実なのだと知ってはいたが、本人の口からそれを聞かされるのはまったく違った意味を持つ。


 治安維持隊は、実質国の『最高権力』だ。それと敵対するとは、すなわち世界に唯一残された国との対立を宣言するのと同義。本来なら、生半可の覚悟でできることではない。それを、あたかも夕食の内容でも語るかのような気軽さで告げられては、流石に反応に困る。


「治安維持隊内部に自勢力の人間を留めておくことを目的として、評議会は俺に第一高校にとどまることを義務付けた。そして、学校側から『不当』な圧力がかけられないよう、特別少年調査権を俺に付与した。これは本来なら、問題を起こした生徒の調査に学校側からの干渉を受けないためのものだが、解釈次第でいくらでも有効利用ができる」


 御影奏多は急に真顔になると、パイプ椅子に座るテクラへと視線を向けた。


「第一高校が襲撃を受けたのは、テクラ・ヘルムートが原因だと考えられる。特別少年調査班は彼女を調査対象とし、それを妨害する者達からの護衛として、学生特別警備隊、通称学生警備の統率権をジミー・ディランから御影奏多へ移すことを要求する」


「……!?」


「ちょ、ちょっと待ってください御影先輩! 流石にそれは、あんまりっすよ!」


 もはや言葉も無く立ち尽くす男性教員に代わり、シャーリー・ピットが御影の方へと進み出て叫んだ。


「大体、そんなことができるわけないじゃないっすか! ねえ、アレイン先輩?」


「同感ね」


 エボニーは男性教員の前へと移動すると、御影と向かい合った。こちらの方が背が高いため、必然御影を見下ろす形になる。御影はクスクスと楽し気に含み笑いすると、自分からエボニーの方へと一歩足を踏み出して言った。


「何だよエリート。何か文句でも?」


「当然でしょ。アンタなんかに、学生警備を任せるわけにはいかないわ。それにね。あんな奴でも、一応は私たちの隊長だから」


「そうか。で? その隊長殿は、今どこにいるんだ?」


「……」


 黙り込んだエボニーに、御影が鼻を鳴らす。二人の様子を見ていたグレッグが、露骨に嫌悪の表情を浮かべて言った。


「そういうお前もお前だろ、御影奏多。今、公理議事堂はテロリストに占拠されている。お前に権限を与えた組織があれじゃあな」


「なるほど。つまりお前は、こう言いたいわけか。この国唯一の立法機関が、もはや機能しないと。エイジイメイジアという国家は、ついにテロに屈したと」


「……ッ!」


「確かに公理評議会は、治安維持隊の傀儡だのなんだの言われている。だが、言われているだけだ。それを、曲がりなりにも治安維持隊という国家に属する組織の一員が認めるのは、どうかと思うぜ俺は」


 言葉に窮したのか、グレッグは御影から視線を逸らして黙ってしまった。もちろん、御影の言葉は詭弁だ。だが、真正面から言い負かそうとしても、相手が御影ではほとんどの人間が太刀打ちできないこともまた事実だった。


 事実、エボニー自身も四月一日に御影に騙されている。ありとあらゆるものを誑かして生きているような男、というのは言い過ぎかもしれないが、全部が間違いという訳でもないだろう。


「いいか。ハッキリ言って、現状は最悪だ。まず、公理議事堂事件にかかりきりなせいで、治安維持隊は第一高校に救援を送ることができていない。そうだよな、先生?」


 部屋にいる者の目が、男性教員の方へと向けられる。彼は御影の確認に、渋々といった調子で頷いた。


「その通りだ。今、治安維持隊は混乱状態にある。こんな『小事』にかかずらっている暇は、隊にはない」


「小事? 銃を持った人たちが襲撃して来たんだよ? わけわかんない」


 アリシアが抗議の声を上げるが、教師は疲れたように首を振るだけだった。


「確かに死傷者が出ても同じくなかった。だが、結果として学生警備と生徒会だけで彼らの第一陣は撃退することができた。誰も傷つくことなく。だからこそ治安維持隊は、第一高校の戦力だけで対処可能な事件だと判断した」


「それは甘い見立てだ。テクラ・ヘルムートは、彼らにとって象徴とも言える存在。そう簡単にあきらめたりはしない。だよな?」


 椅子に座るテクラへと声がかかる。だが彼女は、怯えたように肩を震わせるだけだった。

 御影が苛立ったように大きく舌打ちをする。嫌な予感がしてエボニーは御影の肩を掴んで止めようとしたが、彼が折り畳み式のテーブルに手を思いっきり叩き付ける方が先だった。


「……ヒッ!」


「俺はな。てめえみたいにうじうじした奴が一番嫌いなんだよ」


「ご、ごめんな……」


「だからそこで謝んじゃねえよ。逆に腹が立つわ」


「ちょっと、やめなさいよ」


 今度こそ御影の肩を掴んでこちらを振り向かせ、エボニーはこめかみをぴくぴくと蠢かせながら、彼の顔を睨みつけた。


「余計な事言わないの。誰もがアンタみたいに強いわけじゃないんだから」


「じゃあ、お前はこの女に何も言わなかったわけか。ほっぺた引っ張ってブルドックしたくなる衝動に耐え抜いたのか。すげえな」


「…………ごめん。私も人のこと言えなかったわ」


「だろうな。お前はそういう女だ」


 不本意ではあったが、これ以上噛みつくのはやめておくことにした。グレッグとアリシアが、『それでいいのか』という目で見てくるが気にしない。というか、御影の言う通り、既に似たようなことをテクラに言ってしまっている。


「生徒をいち早く避難させた教員の対応は正解だったと言える。だが、実質この学校唯一の戦力である学生警備までシェルターにいれたらじり貧になる」


「……学校側としては、これ以上生徒を危険にさらすわけにはいかない。君の言う通り、その女の子が原因だというのならなおさらだ」


「馬鹿だな。学校が責任を取らなくてもいいようにしてんじゃねえか。テクラ・ヘルムートも学生警備室から動かさない。そうすれば、シェルターにいる人間の安全は保障される」


「だが……!」


「それ以上口答えすんな。俺を誰だと思っている。第一高校四学年首席にして、治安維持隊を相手に生き残った大犯罪者だ。お前ら全員、黙って従っていればいいんだよ。そうすれば全部うまくいくんだからな」


 御影奏多の独演が終わってからしばらくの間、誰もがその場に固まってしまっていた。


 人づてに聞いてはいただろう。傲岸不遜で自分勝手。自己顕示欲が強い上に他人のことをまったく気にせず、それでいて実力はある。学校一の嫌われ者でありながら、誰も彼のことを否定することができない。


 だが、こうして本物を前にして、噂が真実であったと否が応でも納得させられると、呆れるを通り越してもはや恐怖すら感じているはずだ。


 御影奏多に逆らえば、何をされるかわからない。


 変に対立するよりは、黙って従った方が得策だ。


 自分たちの事を物として利用しようというのなら、こちらもまた彼の力を利用するまで。


「……話は聞かせてもらいました」


 女性の声が出入り口から聞こえてきて、警備室にいる人間の目がいっせいにそちらへと向けられた。


 そこに立っていたのは、黒のスカートにジャケットと、割とフォーマルな格好をした女性教員だった。彼女は部屋の中央部に立つ御影を見つめて、事務的な口調で言った。


「いいでしょう。学生警備の統率権を、あなたに委ねます」


「マクミラン先生!?」


「部分的にあなたの主張を認めましょう。ただし、全てを認めるわけにはいきません」


「ああ。それでいい。ひとまずは、学生警備には避難誘導の手伝いをさせる」


「エボニー・アレイン」


 マクミランの灰色の瞳が、エボニーへと向けられる。エボニーは指で金の輪のイヤリングを弄びながら、ため息を吐いた。


「わかりました。ここで言い争ったところで、時間の無駄ですし。ですが……」


 エボニーは後ろで一つに纏めた髪を揺らして御影へと顔を向けると、感情を押し殺した声で言った。


「御影奏多。あなたの指示が最適解でないと判断した場合は、その指示には従いません」


「問題ない」


 御影の唇が、笑みの形に吊り上がる。エボニーはそれを見て軽く舌打ちすると、学生警備のメンバーに手振りで合図して、警備室から出て行った。


 時刻は、午後四時十五分。この瞬間、公理議事堂占拠事件と並行する形で、テクラ・ヘルムート争奪戦が大きく動き出した。




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