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ユートピア・アラート 〜超能力少年と不可思議少女の世界革命〜  作者: 赤嶺ジュン
ユートピア・アラート2 ファイアドール・ユアセルフ
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第一章 戦意-2





 超能力者が通う高等学校は、中央エリアに全部で五つ存在する。武力の第一高校。科学の第二高校。工業の第三高校。医療の第四高校。そして、知能の第五高校だ。


 もっとも、第一高校以外は一般の入学も許可しているし、第五高校は超能力者がいるほうが珍しい。いたとしても、第一高校を何らかの理由で放校になった者が多いため、ほとんど登校すらしていないというのが現状だ。それでも超能力者であるというだけで卒業はできるらしい。


 国立の学校にしてはかなり敷地面積の狭い、小学校と間違えられることもある第五高校校舎の教室で、車いすに座った彼、第五高校四年生にして史上最年少弁護士でもあるクルス・アリケスは、ホログラムに表示されたニュースに眉間の皺を濃くしていた。


 全体的にやせ形の少年だった。青白い顔は骨格が浮き彫りになっていて、車いすの手すりに置かれた腕は痛々しいほど細い。黒の髪は男性にしてはかなり長く、肩より下まで垂らされているが、手入れが全くされておらず少しごわついていた。


「また事件か。四月一日の件といい、どうにも落ち着かないな」


 放課後の為、彼のいる教室では紺色の制服に身を包んだ生徒が三々五々に散らばり、雑談をしたり、帰り支度をしたりしている。クルスの傍を通りかかった茶髪の男子生徒、ブレント・クルンプトンが、苦笑しながら話しかけてきた。


「相変わらず勤勉だな、クルス弁護士」


「勤勉? ニュースサイトを見ているだけだぞ」


「それが勤勉だって言っているんだよ。暇さえあればニュースを確認している奴なんて、この学校でもお前くらいだって」


「俺に言わせれば、お前らは社会の動きに興味が無さすぎだ。知能の第五高校も落ちたものだ」


「へいへい。すみません、弁護士殿」


 茶髪の男子生徒は肩を竦めると、手にしていた二つの缶コーヒーのうちの一つをクルスの机に置き、自分の缶のプルトップを起こした。


「それで? 何か面白いニュースある?」


「興味がないんじゃなかったのか」


「話のネタにするってことだよ。なんかあるだろ? 面白いやつ」


「……あるな。それも、とびっきりのが」


「ハハ。いいのか、ハードルを上げて? もうめったなことでは驚かないぞ?」


「公理議事堂がテロリストに占拠された」


 ブレントが口に含んだコーヒーを思いっきり吹き出した。

 直前で顔を背けるくらいの配慮はしてくれたが、それでも被害はゼロではない。車いすの車輪についたコーヒーの飛沫に顔をしかめる彼を見て、ブレントは慌ててハンカチを取り出すと床を拭きながら言った。


「大ニュースにもほどがあるだろ! 流石にそのレベルなら、学校で話題になっててもおかしくない。ガセじゃないのか?」


「だから、話題になりつつあるんだろ」


 親指で、少し離れた場所にたむろす集団を指し示す。彼らは生徒のうちの一人が出したホログラムを囲んで、興奮気味に話し込んでいた。


「この情報が出てきたのは数分前だ。ニュースサイト、『トゥルース』の本社に、犯行声明とある映像データが送られてきたらしい」


「映像?」


「公理議事堂休憩室に、縛られた首相が転がされている映像だ」


 クルスは自分のホログラムを掴み、ブレントの方へと滑らした。その内容を食い入るように見つめる友人を放って、彼は車いすの手すりに頬杖を突くと、窓の外へと視線を向けた。


 色々と考える事はある。だが、クルスがどうあがいたところで事態の解決には繋がらない。彼は疲れたように首を振った。


「まったく。また奏多が巻き込まれるようなことにならなきゃいいんだが」



  ※  ※  ※  ※  ※



 第一高校。学生警備室にて。

 三年生の隊員二人組、グレッグとアリシアは、今や世界で一番有名な問題児となった男子生徒についての会話をしていた。


「御影奏多って、結局どういう奴なのかな」


「さっぱりだよ。僕らが知ってるのは、エイプリルフールに治安維持隊にマジで追い回されていたことと、アレイン先輩が妙に肩を持っていることだけ」


「わけわかんない」


「だよね。そしてこのパズルゲームの解法もわけわかんない。なんでRPGにパズル要素を突如入れてくるんだよ。クソゲー決定、評価星一つで書き込むか」


 グレッグはゲーム画面を映していたホログラムを消去すると、代わりに某ネットショッピングのサイトを開いて、猛然と机に張られたホログラムキーボードをたたき出した。


 かなり髪の癖が強い。天然パーマと言ってもいいくらいだ。厚い丸メガネに、Tシャツに半ズボンという野暮ったい格好と、顔に浮かんでいるニキビがどことなく危険な雰囲気を醸し出している。首からはウェアラブル端末であるペンダントを下げていた。


 対するアリシアの方は、女性ではあるがかなりのショートヘアであるため、少年と言っても通用するくらいにはボーイッシュだった。だが天真爛漫な性格もあいまって、どちらかと言えばクール系のエボニーとは対照的に、学生警備の中では完全にヤンチャな男子小学生扱いをされているが、本人はまったく気にしていない。


「タイピング相変わらず速いね」


「ハッハッハッ! 僕の手にかかれば、五百字程度なら五分で片付くさ! スタッフが他の有名ゲームに関わっていたことまで全部書いてやる! クソ! やっぱり褒め言葉しか出ない!」


「でさ、話戻すけどさ。私たち、御影奏多のこと何一つ知らないよね。じゃあどうして嫌われているんだろ」


「バーカ。僕たちが知らなくても、奴の同級生は嫌っていうほど知っているだろ」


 グレッグはキーボードから手を離さないまま、苦い口調で言った。


「噂話でなら僕も聞いた事がある。必要最低限しか登校しない。才能にかまけてやるべきことをやらない。他を見下すような態度を取る。正直好きになれないね、僕は」


 エリートというものは総じて、持たざる者を見下す傾向にある。誰もかれもが善良な市民と呼べる存在ではない。この学校でも、グレッグは嫌というほど自尊心だけが高い本物の『愚者』を目撃してきた。


 御影奏多はその典型だろう。何を考え、どう行動しているのかは知らないが、いくら善人ぶってもその性根は変わらない。超能力者というのは、どいつもこいつも腐りきっている。


「学生警備のメンツだけ見てれば、この学校が平和な箱庭のように思えてくるけどさ。実際は毒虫が殺し合う蠱毒だよ。底に死骸のたまった壺さ」


「何言っているのか、わけわかんない」


「いいね、馬鹿はお気楽で。ようは、そもそも学校が駄目なのに、その頂点が真っ白なわけがないだろってことだ。生徒会長は別としてもな」


「ソニアさんかあ。いい人だよね。よくお菓子差し入れてくれるし」


「あまりにも清廉潔白すぎて逆に胡散臭いくらいだが、まったくもって隙が無い。あれぞ、完璧パーフェクトガール。この前やったノベルゲームにも似たようなのがいた!」


「うちの副隊長にも見習ってほしいよね。あの人優秀だけど、何となく荒っぽいじゃん?」


「あれは人間じゃないから。化け物で鬼だから。女神様と比べちゃだめよ」


「……誰が化け物で鬼ですって?」


 いつの間にか警備室の出入り口にいた学生警備副隊長、エボニー・アレインの静かなる怒りを内包した言葉に、二人は脊髄反射でその場に立ち上がると、見事な敬礼を返した。


「イエス、マム! 生徒会の金髪西洋人形のことです! 決して副隊長様の事ではない!」


「もう、本当にね! アイツ鬼畜! わけがわかんない!」


「ソニアが模範生徒であることは私も重々承知よ。もう少しましな言い訳を考えなさい」


「ぐほあ!」


「アウチ!」


 心臓のあたりを抑えてその場に崩れ落ちた二人の姿に、エボニーのすぐ後ろにいたテクラが戸惑い顔で言った。


「このお二人が、アレインさんの部下なんですか?」


「そ。奥にもう一人いるけどね」


「え」


 慌てた様子で室内を見回すテクラにエボニーは苦笑すると、丁度テーブルの陰になっている場所を指さした。


「ほら。あの並べられた椅子の上で、アイマスクをして寝ている女の子」


「……あ」


 エボニーの言葉通り、そこでは赤いアイマスクをした、カーディガンを着た少女が、パイプ椅子を三脚並べて簡易ベッドを作り、横になっていた。


「一応紹介するわね。さっきからそこで馬鹿やってる二人が、グレッグとアリシア。寝ているのがリサ・リエラ。こう見えてもみんな優秀よ」


「お褒めの言葉、ありがとうございます。そしてできれば労働環境をもう少し改善……」


「もっと成果を上げてから言いなさいよ、この無能」


「理不尽!」


 その場に崩れ落ちたグレッグと、虚ろな眼で立ち尽くすアリシアの姿に、後から入ってきた学生警備の新入りであるシャーリー・ピットが呆れたように鼻を鳴らした。


「相変わらずみんな自由っすね。アレイン先輩を悪く言う権利なんてあるんすか?」


「君もいつかわかるよ。連続二十四時間労働すら可能とする副隊長の異常さが」


「ハハハ。冗談きついっすね、アリシア先輩。……冗談っすよね?」


 最後に真顔になってこちらを見つめてきたシャーリーに、エボニーは肩を竦めるだけにとどめておいた。

 流石にそれほどではない。精々十四時間だ。夜勤明けの寝起きは最悪だし。


「さてと。見ての通り、お客様よ。この子の名前は、テクラ・ヘルムート。五月にこの学校に編入になって、今は第四学年の特別クラスに在籍しているわ。一時的にね」


「ああ。なるほど」


 訳ありだと分かったのか、グレッグは表情を引き締めると、何も察していないだろう間抜け顔でしげしげとテクラを見つめているアリシアの袖を引っ張った。


「そういうことなら、校舎の見回りは僕たちがします。ほら、行くぞアリシア」


「うわ。ちょっと、服掴まないでよ。破れちゃうって」


「そう簡単に破れるかよ、バーカ」


 いつも通りワイワイ騒ぎながら部屋を出ていく二人を見送り、エボニーはテクラにパイプ椅子をすすめながら言った。


「何か飲む?」


「あ、いえ。お気になさらず」


「自販機無料だから。気にすることないわよ」


「ありがとうございます。それじゃあ、紅茶で」


 エボニーは了承の頷きを返し、部屋の奥にある自販機の元へと歩いて行った。

 警備室は隊員が合計六名であるにしてはかなり手狭だったが、それほど問題は無い。会議などを開くこともたまにあるが、どちらかといえば外での活動が多く、休憩等に使うぐらいだ。


 縦長の部屋には折り畳み式のテーブルが二つ合わさって置かれ、パイプ椅子が適当に並べられている。部屋の奥には窓が一つだけあり、その隣に棚に隠れる形で自販機が置いてある。これが無料であるところが、警備室が唯一恵まれている点だと言っていい。


 指定した飲み物が紙コップに注がれるタイプの自販機の前で立ち止まったエボニーは、視線を一瞬下に落とすと、いつもより少し低い声で呟いた。


「変ね。ラムネなんて、いつからいれられたのかしら?」


「そんなものがあるんっすか?」


「ええ。リエラ。これ、いつから?」


「さあねえ。私には分からないかなあ。隊長に聞いてみないと何とも」


 シャーリー、テクラの視線が、パイプ椅子の上で横になっているリサ・リエラの方へと一斉に向けられた。

 彼女はアイマスクの片側を持ち上げてエボニーの方を見ると、少しだけ頭を持ち上げて、目元にかかった少し癖のある黒髪を手で払った。


「でも、昨日の放課後の段階ではなかった。それは確かだよお」


「そ。ありがとう」


「どういたしましてえ」


 リサ・リエラはほんわりと笑うと、またアイマスクを戻して横になってしまった。

 シャーリーはしばらくの間真顔でその場に突っ立っていたが、やがて我に返ったのか、頭をぶんぶんと振った。


「いやいやいや! ありがとうじゃないでしょう! 狸寝入りっすか、これ!?」


「そっか。アンタ、新入りだからまだ知らないのか。リエラは基本起きてるわ。ただ、さぼっているだけ」


「たち悪!?」


「この子はこれでいいのよ。一応、私と同じく最高学年だから、そこのところもよろしくね。ちゃんと敬うこと。オーケー?」


 あんまりといえばあんまりなエボニーの要求に、シャーリーはついに微妙な顔をして黙り込んだ。そんな二人の様子を見ながら、テクラはクスリと笑った。


「なんというか、すごく個性的な部隊なんですね」


「ものすごく分厚いオブラートに包んでないっすか、それ?」


「そうは言うけど、アンタもアンタで相当な問題児だからね。そこんとこ、ちゃんと自覚しなさいよ? あと、学生警備の決まり事を少しずつ学んでいくこと」


 エボニーはパイプ椅子に腰を掛けたテクラの前に紅茶入りの紙コップを置き、もう片方の手に持った紙コップをシャーリーに突き出した。


「はい。アンタも紅茶でいいわよね?」


「紅茶嫌いっす」


「いいから飲みなさい」


「なるほど。学生警備では、副隊長が絶対なんっすね」


 渋々といった様子でシャーリーが紙コップを受け取る。先ほどからテクラが満面の笑みでエボニーたちを見ていたが、その笑みが若干わざとらしく見えるのは、もしかしたら気のせいではないかもしれなかった。


「さて。本格的に、アンタの話をする必要があるようね、テクラ」


 エボニーはテクラの向かい側に座ると、椅子の前で足を組んだ。仕草がいちいち男らしい自覚はあったが、そこらへんは諦めている。


 テクラの顔が厳しいものになる。実のところ、テクラとエボニーは今日が初対面ではない。これからの会話は、どちらかと言えば現状確認とシャーリーへの説明と言った方が正しかった。


「テクラ・ヘルムート。さっき言ったように、この子はついこないだうちの学校に入ってきたの。それも、四年生の特設クラスに。この意味がわかるかしら、シャーリー?」


「第二から第五のどこかの高校にいたけど、優秀だから第五高校に転校になったということっすか。意外と多いらしいっすね」


「……もしそうなら、どれだけよかったことか」


 テクラがどこかはかなげな笑みを浮かべて、呟くように言う。シャーリーは一度わざとらしい咳ばらいをすると、腕組みをしてエボニーへと顔を向けた。


「つまり、そうではないってことっすね」


「そ。実際はその逆。テクラはとある事情で、中学二年の初め辺りから今の今まで、学校に通うことができていなかったの」


「……約六年ってとこっすか」


 流石にただ事ではないとわかったのか、シャーリーは目つきを鋭い物にした。

 それとは対照的に、目線をテーブルの上に落として縮こまってしまったテクラの姿に、エボニーはため息交じりに続けた。


「その理由は取り敢えず省略。いま重要なのは、この子が学校生活にまったく慣れていないってこと。それも、六年ぶりに登校した学校が……」


「よりにもよって、この第一高校だったというわけっすか。そういう事情があるなら、第五高校あたりが一番適していると思うんですがねえ」


 そろって暗い顔をするソニアとシャーリーに、テクラは少し不思議そうな顔をして、こちらのことを見上げてきた。


「なんで第一高校だと問題なんですか?」


「……アンタ。あんな目にあっておきながら、よくそんなことが言えるわね」


 エボニーが心底呆れたというようにため息を吐くのに対し、テクラは首を縮めて、また視線を足元に落としてしまった。


「だって、ロイドさんは私を助けてくれたし……勉強会っていうのに、誘ってくれただけだし……ちょっと怖かったけど……」


「……これは重症っすね」


 シャーリーが顔に右手を押し当てて、大きく首を振った。

 エボニーは一度足を組みなおすと、テーブルの上で両手を組み、その上に顎を乗せるようにしてテクラの顔を覗き込んだ。


「いい? アンタは、悪質な勧誘を受けてたの。勉強会っていうのは、ようは治安維持隊で派閥を形成するうえでの第一段階にあたる組織よ」


「派閥?」


「ええ、そうよ。超能力者は超能力者であるというだけで、治安維持隊への就職がほぼ確約されている。なら、そこでの人脈作りを今の段階でしようと考えるのは、自然な流れでしょ?」


 どんな学校でも必ず形作られるグループが、より大規模化したと言ってもいい。確か会員費も徴収していたはずだ。それを用い、現在治安維持隊で勤務している『先輩』との懇談会を開き、上とのパイプを築き上げていく。


 中には自分たちの力を向上させようという崇高な思想を元に結成された組織もあるだろうが、それはごく少数だ。今現在第一高校では、教員に認可されていない組織を形作ることは禁止されている。だが、『友人関係』と言われてしまえばそれまでなのもまた事実だった。


「これはあくまで予想だけど、あなたはロイドのいう勉強会の金づるとして目をつけられたのよ。もし入会していたら、会員費として毎月補助金を何パーセントか取られていた筈よ」


「特に、成績が芳しくない生徒は、より多く徴収される傾向にあるっす。酷い例だと、毎月補助金の三十パーセント近くをむしりとられていたっすね」


「三十パーセントって、つまり……」


「額にして十万を優に超えるわね」


「そんな額の金銭のやり取りを、学生がしているんですか!?」


 テクラが目を丸くする。超能力者にしては、金銭感覚がまともだ。エボニー自身、貯金もしているため、十万円程度ならまだ、一度きりなら軽い出費だと考えてしまう。


「アンタも超能力者なら、補助金の額は知っているでしょ。親が管理するならいいけど、何かしらの理由をこじつけて、全額独占している学生もいる」


「逆もまたしかりっす。子供には過ぎた金額だと言って、親が全部取り上げたうえで使い込む。問題しか起きていないのに、『前年通りでないのは不公平』とかいうわけのわからない理由で補助金制度は続いている。超能力者が嫌われるのも無理もない話っす。……話が逸れたっすね」


 シャーリーは罰の悪そうな顔で口を噤んだ。

 彼女が饒舌になるのも無理はない。学生警備の仕事のうち、校内の治安維持は特に重要な項目の一つだ。自然、こういった話題には敏感になる。


「テクラ。あなたさっき、ロイドに助けられたって言ってたわよね? つまり、アイツに目をつけられるきっかけがあったと。一体何があったの?」


「その……ちょっと格好が凄い女子生徒二人に、『遊ぼう』って誘われて……」


 テクラがおずおずとそう言うと、エボニーとシャーリーは顔を見合わせて頷いた。


「薬かしら?」


「薬っすね」


「薬!?」


「そ。覚醒剤か麻薬かコカインか。何だと思う、シャーリー?」


「ブラックマッシュルームあたりじゃないっすか? この前、第一高校生徒を主客にしていた麻薬密売グループを潰したばかりですし、新しいのが出たとしてもそれは小物でしょう。……考えてみれば、初任務にしてはかなりの激務だったっすね、あれ」


「一緒に使う仲間を探していたのか、あるいは転売をしようとしていたのか。どちらにせよろくなもんじゃないわね。助けた事実それ自体は、ロイドを褒めるべきかしら」


「ちょ、ちょっと待ってください! 話についていけません!」


 たまりかねたと言った調子で、テクラが椅子から立ち上がる。その拍子に倒れそうになった紙コップを慌てて抑えるシャーリーを横目に、エボニーは片眉を上げた。


「仕方ないじゃない。よくあることなんだから」


「いやだって、一つの学校に、卒業後を見据えた派閥争いと、後先考えない薬物乱用が同居してるって、おかしくないですか?」


「まあ、確かにね」


「それは、超能力者のある特性が原因っす」


 シャーリーが紙コップをテクラに差し出す。軽く頭を下げて受け取るテクラに、彼女は続けて言った。


「超能力の有無は十歳のときに謁見で確認されるっす。超能力者としての才能を持つ人間は千差万別。血筋も知力も関係ないっす」


「だからこそ、いろんな人間が集まってくる。渡されたお金を将来のために使う生徒もいれば、刹那的な快楽に走る生徒もいる。どちらにせよ無法地帯であることに変わりは無いけどね」


 『普通の人間』であっても、超能力者として選出される可能性はある。たとえ割合にして0.01パーセントなのだとしても、つい昨日まで友人と過ごしていた子が、『謁見』の翌日にはトウキョウ暮らしになり超能力者としてもてはやされるという事例が確かに存在するのだ。


 それ故に、超能力者のプライドは高く、自身が特別扱いされることを当然の権利だと思っている。そんな連中のほとんどを一つの空間に押し込めれば、問題が続出するのは当然の話だ。世間で超能力者が悪だとされているのには、そう言われてしまうだけの理由がある。


「それを何とかまとめるために、私たち学生警備や生徒会、特設クラスが存在するんっす。ちょっと嫌なことを聞きますけど、六年間登校していないという事は、超能力の扱いにはそれほど慣れていないっすよね?」


「……はい。すみません」


「別に謝る必要はないっすよ。仕方のない事っす。でも、疑問に思わなかったっすか? どうして自分が、成績上位層が集う特設クラスに入れられたのか」


 テクラは一瞬唇を噛みしめると、コクリと頷いた。

 思いのほか気丈な子なのかもしれないと、エボニーは思った。自身が劣っていることを素直に認められる人間はそういない。それが極度の劣等感の産物であれ、自身を客観視できることは明確な強みだ。


「簡単な話、特設クラスの『治安』が一番いいからっす。例外はいくらでもあるっすけど、成績上位者は基本、ルールを守るスペシャリストっすから」


「ま、ロイドみたいな馬鹿もいるけどね。ホント、人間の価値をはかるのって大変よね。数値化なんてとてもできないけど、そうしないとやってられないし」


 エボニーは足を解いてその場に立ち上がると、前かがみになってテクラに顔を近づけた。


「話を戻すわよ。アンタがこの学校に来てから今日まで、こんなことはなかった。それがなぜだかわかる?」


「……いいえ。わかりません」


「観察されていたのよ。途中編入ってことは、大概が本物の実力者。一週間、アンタは周囲から恐れられていた。でも、もうそれは通用しない。テクラ・ヘルムートはスクールカーストの最低位の人間だと認定された。大変なのはこれからよ」


「……」


「安心なさい。一度保護した以上、私の目が黒いうちには、アンタには指一本触れさせない。居場所が定まるまでの、身の安全は保証するわ」


「ありがとう、ございます」


 終始うつむいたまま、もじもじと体をよじらせるテクラに、エボニーは舌打ちを一つした。


「ああもう、じれったい!」


「え? ……ヒャウ!?」


 エボニーの手がテクラの顔へと伸び、両の頬をつまみ上げると、横にぐいぐいと引っ張った。


「あんたねえ! 別に何も悪い事なんてしてないんだから、もう少し胸を張りなさいよ! 私みたいに!」


「痛い痛い! ちょ、やめ……!」


 目元に涙を浮かべてエボニーの腕を叩くテクラの姿に、シャーリーはおろおろと視線をさ迷わせた後、意を決したように頷いて叫んだ。


「落ち着いてくださいアレイン先輩! 大体、先輩張るほど胸ないじゃないっす……」


「フンッ!」


「かベラシャァアッ!?」


 エボニーの全力の裏拳が、シャーリーの顔に吸い込まれた。その隙に少し離れた場所へと移動したテクラが、床で痛みに悶絶するシャーリーを見て、若干顔を青ざめさせて叫んできた。


「お、女の子の顔面を全力で殴るって、どうなんですか!?」


「私も女よ?」


「本当だ! 忘れてた!」


「やろうと思えば、大きい声だってだせるんじゃない。ぼそぼそ喋っても聞き取りづらいわよ」


 何の罪悪感もなさそうな(実際ない)顔でエボニーはあっけらかんと言うと、床に座り込んでしまったテクラの前でしゃがんで、視線を同じ高さにした。


 彼女の体が、小刻みに震えているのがわかる。これはおそらく、暴力行為を見せつけられたことによるものだけではないだろう。


 彼女の境遇を考えれば無理もない。当たり前に、この場にいる事。ただそれだけでも、彼女にとっては恐怖の対象となる。


「いい? 誰にだって、嫌なことは嫌だと言う権利があるし、苦しいときは苦しいって言っていいの。あなたはまず、その当たり前のことを学ぶ必要があるようね」


「……はい。すみません」


「まったく。ま、私やシャーリーと一緒に居れば、派手な格好をした女の子に絡まれたりすることはもうないから、ひとまず今日は大丈夫よ」


「……はい?」


 ……何故か、ベルト通しに付けられた大量のアクセサリーと、金の輪のイヤリング、ついでにシャーリーの赤い髪へと、彼女の視線が高速で移動していったように見えたが、気のせいだということにしておいた。



  ※  ※  ※  ※  ※



 第一高校校舎の外にて。

 先ほど学生警備室から追い出された三年生コンビ、グレッグとアリシアは、のんびりと雑談をしながら高校敷地内の見回りをしていた。


 第一高校の敷地面積は、中央エリアという地価の高い場所に位置するにもかかわらず広大だ。当然、施設関係も充実している。スポーツ用のコートはそれぞれ最低でも三つあり、超能力訓練用の設備も整えられている。ただ、全体として見れば、軍隊的な要素は少ない。ある意味でごく普通の学校だと言ってもいい。


 つまりは、たとえ超能力者であっても未成年のうちは兵士とはみなされないということだ。その結果がどこもかしこも『ヨーロッパ風』の豪華絢爛な校舎であり、補助金での学生の贅沢三昧というわけだ。


 必然、校内の治安はかなり悪い。広いのがさらに拍車をかけている。学生警備がジミー・ディランも含めて総勢六名というのは、正直かなりの人手不足なのだが、逆に言えばそれだけの精鋭でなければ警備の仕事を任せられないという事でもある。


「そして今回は、アレイン先輩がどう見ても訳ありな子を警備室に引っ張ってきたと。嫌な予感しかしないね。また残業じゃね? 僕がゲームする時間が削れていく」


「いやあ。あの子、一体何なんだろうね? わけわかんない」


「さあな。なんにせよ、余計な詮索をするべきじゃない……っと」


 ちょうど正門近くまで来たところで、見慣れない顔をした男の姿がグレッグの目に留まった。

 彼はアリシアの袖を軽く引っ張って合図すると、一瞬で愛想笑いを浮かべて、彼の元へと足早に近づいて行った。


「すみません。ちょっといいですか?」


「……」


 男の足がとまる。上下黒のスーツという格好は一般的な会社員のそれだったが、どこか雰囲気に怪しいところがあった。


「僕は学生警備隊員の、グレッグと言います。誠に恐縮ですが、今日本校に来客があるという連絡は受けておりません。事前の連絡が無い方は――」


 そこまで喋ったところで、グレッグはその男が懐に手を突っ込み、黒光りする拳銃を取り出す光景を目撃した。


 グレッグは目を細めると、周囲に深紅の過剰光粒子を出現させ、男の顔を睨みつけた。


「――敵とみなし、排除する」




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