Outer Jail-2
2
四月一日、夕刻。
御影が公理評議会の人間と通信を行っていた倉庫。その隣にあるもう一つの倉庫で、銀髪の少女は真剣な表情をして私を見つめた。
「さて。エボニー・アレインがここに来るまでは少しばかり猶予がある。御影奏多がルーク・エイカーと話している間に、お喋りといこう」
「……」
「君が能力世界についてどれほど知っているかは、そこまで問題じゃない。問題なのは君が、彼が思っているよりも随分と頭のいい人間なのではないか、という点だ」
「褒めても何も出ないよ?」
「そんなつもりはない。だけどこの僕でも、君についてはどうにも判断しかねるんだ。私はありとあらゆる人間になることができる。僕は君であり、君は私である。そう売り込んできたんだけどね。君に関してはお手上げだ。一体君は何なんだ?」
「私は私だよ。金堂望。犯罪者、金堂真の一人娘」
「ならばなぜ、御影奏多の前では偽りの微笑みを浮かべている? 君のそれは仮面ですらない。それはキャラクターであり、彼を拒絶するためのものだ」
「違う! そんなんじゃない!」
「いいや嘘だね。君は彼を怖れている。そして何よりも深刻なのは、君にはそのキャラクター以外何もないことだ。中身は空っぽ。張りぼてだよ」
人間を極めし人間。人類最優の傭兵、ボクシ。
彼女は私の本質を一瞬で看破し、続けて問いかけてきた。
「正直に言ってね。僕は君に対し、金堂望という人間に対し、七年前にあの化け物と対峙したときと同じだけの恐怖を覚えている。もう一度問おう。君は一体全体何者だ?」
「私は私だよ! それ以外……答えようがない!」
「『ノゾム』ではなく?」
「……ッ」
「ふう。自己否定の感情がある分、あの最優の兵士よりはマシなのかもしれないけどね。これはある意味、ニグレクトよりも残酷じゃないか? 金堂真」
「お父さんは!」
「お父さんは?」
「……」
そのとき私は、何を言おうとしたのだろうか。
私が金堂真に父親として接した記憶はない。ただ、彼が常に何かに怯えていたという確信があるばかりだ。それだけだと思っていたのに、どうして私は、彼女に反論しようとしたのか?
何も言えずに黙り込む私に対し、ボクシは額に右手を押し当てて、深々とため息を吐いた。
「君は誰かの理想を押し付けられるだけの存在じゃない。君には選択する自由がある」
「選択?」
「そうだよ」
「どうして、そんなことをしなきゃいけないの?」
「……それは、どういう意味だろう」
「だって……私が私のやることを決めたら……誰も私のことを、守ってくれない」
しばらくの間、彼女は愕然と私のことを見つめていた。やがて彼女は首を振ると、私に背を向けて言った。
「一つ質問をしよう。ある小説があったと仮定する。内容はこうだ。王国に一人の王女がいた。王女は化け物に攫われ、一人の英雄が彼女を救った。そして英雄は、彼女に求婚したとする。物語はここで終わっていた。作者が途中で死んでしまったからだ。続きは君が書かなくてはならない。君は、王女はどうするべきだと思う?」
「それは結婚すべきだよ」
「どうして?」
「ハッピーエンドだからに決まってるじゃん」
「幸せな終わり。それは誰にとっての幸せだ?」
「みんなにとっての幸せだよ。その本を読んだ人は、みんな幸せになる」
「違う! そうじゃない!」
ボクシは私の方を振り返って、大きく首を横に振った。
「読者が納得するからハッピーエンドなんじゃない! 王女が納得するから、幸せになるからハッピーエンドなんだよ! 物語はこう結ばれなくてはならない。『そして二人は幸せに暮らしました』、と。『そして読者は幸せになった』と書かれて、誰が納得する!」
「そんな風に書くわけないじゃん。言っていることの意味が分からない。王女は架空の存在だよ? その王女は、読者を幸せにするために生まれたんだ」
「……質問を変えよう。誰かが君を、かわいそうだと言ったとする。かわいそうに思ったとする。だけど君は、自らを幸いな人間だと感じていた。君はかわいそうだと言われることを、否定するべきか?」
「否定しちゃだめだよ」
「……」
「だって私は、かわいそうじゃないと生きている資格がない」
かわいそうだと思われているから、私は今まで生かされてきた。そうでなければ、犯罪者の娘として殺されていただろう。
だから、かわいそうじゃなくても、誰かにかわいそうだと思ってほしい。だから私は、彼の前では『ノゾム』でいる。
そうでなければ、彼がかわいそうだ。
「ああ、駄目だ。これは放っておけない。偶像であることを強いられた人間。こんなの、人間のフリをした化け物より悲惨じゃないか」
彼女はまた、私には意味のわからないことを言って、唐突にこちらの肩を掴んできた。
「公理評議会との繋がりを絶つのはマイナスだが、こうなってしまった以上仕方が無い。君に協力しよう、金堂望」
「……へ?」
「何だその反応は。この僕が。この私が。人間を極めし人間であるこのボクシが、君の力になると言っているんだ。これは驚くべきことだぞ?」
「そう言われても、私には君の凄さがわからない。それに、別に協力してほしいことなんて、何もないよ? それに君は、私のことをかわいそうだなんて思っていないでしょ?」
「当たり前だ。君はかわいそうなんじゃなくて、かわいそうなくらいに大馬鹿なんだよ」
「馬鹿って……」
「いいか。よく覚えておけ。僕が君を助けるのは、私自身がそうしたいと思ったからだ」
「あ、うん。わかった」
「絶対わかってない……ッ!」
「……?」
彼女が何に怒っているのかわからず、私は首を傾げる。ボクシは私から離れて、足音も荒々しく倉庫の出入り口へと向かった。
「そうこうしているうちに、アレインが来てしまった! 君が何を思おうと君の勝手だが、せめて私に対する依頼くらいは考えておけ」
「依頼?」
「何をしてほしいか、ってことだ」
「ああ。それなら……」
すぐに思いついたことが一つあった。ようやくボクシの願いを叶えられそうだと、私は内心胸をなでおろした。
「御影を助けて。彼、絶対無茶するタイプだから」
扉の前で、ボクシが立ち止まる。
こちらを振り返った銀髪の少女は、なぜか悲しそうな顔をしていた。
「この状況で……世界中に命を狙われているこの状況で出てくる願いが、それなのか?」
「当たり前だよ。御影は大切なことを隠すけど、嘘はつかない人だから」
「……」
「私は彼の隣にいたい。そのためにできることなら、何でもする」
「そうか。だから君は……」
「ん?」
「いいや。何でもない。傭兵はただ、雇い主の指示に従うだけだよ。解放者」
※ ※ ※ ※ ※
五月上旬。御影奏多を見舞いに病院へ行く、数日前。
「どういうこと!? 私の君に対する依頼は、御影の保護! それなのにどうして、彼がまた戦うことになったの!?」
医療センター跡地のプレハブ。ボクシが与えてくれたタブレット型端末に表示されたニュースを指さして、私は声を荒げる。
対するサミュエル・ウォーレン、否、彼の格好をしてこの場所に訪れたボクシは、やれやれといった調子で首を振っていた。
「まったく同じタイミングで、公理議事堂占拠事件が演出されていた。あれ、君の仕業でしょ? 両者に関係がないとは思えない。説明して!」
「そう言われても困ります。これが私にできる最善の……」
「ウォーレンさんの格好と声でいるのやめて。何か気持ち悪い」
執事服の男は肩を竦めると、シャワールームへと入っていった。それから三十秒もしないうちに、元の銀髪少女の姿になって戻ってくる。正直超能力者より超能力者だと思う。
「テクラ・ヘルムートのことがわかったのは、念の為と御影奏多の身辺調査をしていてたまたまだ。まさかあんな爆弾が第一高校にいるなんて、思ってもいなかった。早めに暴走させて、学生警備か生徒会に潰させるのが最適解だった」
「御影が巻き込まれた理由になってないと思うけど?」
「彼は普段、不登校じゃないか。あれは不幸な事故だよ。エボニー・アレインがあそこまで自分を追い込むタイプだったのも想定外だ」
「人間を極めし人間というわりには、随分とお粗末だね」
「君は僕を神か何かだとでも思っていないか? 都合の良い人間だと思われることは構わないが、都合が悪くなった途端にそんな態度になるのはいただけないね」
「……ごめんなさい」
「いや、いい。今の言い方は、少し意地が悪かった」
彼女はそう言ってプレハブの中を見渡すと、気分を変えようとするかのように明るい口調で言った。
「それで? 彼の家に移り住むことはできそうなのか?」
「さあ。興味ない」
「興味ない? 君が望んだことだろ?」
「御影にとってその方が嬉しいかなあって思ったんだけど、そうじゃないなら別にいい。少し仲良くなれたかもって、調子に乗っちゃってたみたい」
「……」
「それに御影には、彼女いるし。別に私が近くにいなくてもォ!?」
言葉の途中で頭を思いっきり叩かれて、私は悲鳴を上げた。
「痛い! 何するの!」
「あー、もう! この馬鹿! 阿呆! 大間抜け!」
「何で!?」
「それはこちらの台詞だ! あの唐変木が彼女持ちだと!? この私が調べきれてなかったことより、それで君のために命をかけてた事実の方がショックだ!」
「優しい人だよね」
「君もそれで済ませるな! あああああ! あの小僧、一回ギャフンと言わせないと、僕の気が済まない!」
「御影に酷いことしないで」
「……頭が痛くなってきた」
ボクシが大の字に床へ倒れこむ。彼女はそのまま天井を睨みつけていたが、やがてため息を吐いて首を振った。
「仕事の話をしよう」
「もうしてる」
「少し黙っていてくれ」
理不尽だと思ったけど、私は言われた通りに口をつぐんだ。
「御影奏多の守護だが、一番効果的なのは彼を戦場に行かせないことだ。だが彼は、既に政治のカードとなってしまっている。彼自身の心を折らない限り、彼を戦いから遠ざけることは難しいだろう」
「だから御影に……」
「わかっている。これは最後の手段だ。どう考えてもマズイ事態……例えば、あの最優の兵士が教育係になるような事態にならない限り、この手段はとらない。彼に面倒を見られた兵士は、例外なく歴史に深く関われるだけの実力を手にしてしまう。万が一にもないだろうが、ヴィクトリアならやりかねないのが悩ましいところだ」
「ヴィクトリア?」
「治安維持隊元帥の名前だ。僕の旧友だよ。話を元に戻すが、事件が起きれば御影奏多は必ず巻き込まれる。何も起きないのが一番だが、そうも言っていられなくなった」
「どうして」
「君の力になると言った以上、七年前のあの騒乱から目を逸らすわけにはいかなくなった。今までは、過去のことは極力振り返らないようにしていたんだけどね。そして調査の過程で、かつて私が率いていた天才たちが再び集まっている可能性が浮上した」
「君が率いてた?」
「昔の話だ。そのはずだった。既にヴィクトリアには警告を発している。だが……どうにも嫌な予感がする。もしかしたら、アウタージェイル掃討作戦やヨコハマ騒乱に匹敵する事件が発生するかもしれない」
「戦争が起きるってこと? よくわからないけど、それって止められるものじゃないよね?」
「その通り。止められるのは神、AGEの賢人だけだが、まず間違いなく傍観に徹するだろう。前に説明したとおり、この能力世界の構造は複雑を極めている。僕一人ではどうしようもないというのが、正直な感想だ」
「それでも、どうにかしてくれないと困る」
「わかっている。私はかつての仲間たちの行方を追う。だが、何度も言うように、僕は万能ではあっても神ではない。ジミー・ディランの追跡も無視できないレベルまで来ている。最善は尽くすつもりだけど、それでも、最悪の事態になる覚悟はしてほしい」
※ ※ ※ ※ ※
六月三十一日の夜、御影邸は襲撃を受けた。
二階の自室。ベッドの上で膝を抱え、私はただただ震えていた。外から銃声が聞こえてくるたびに、ビクリと肩が跳ね上がった。
やがて戦闘の音がしなくなったところで、枕元に置いてあったイヤホン型の通信機が震えだした。タブレット型のはインターネット用だ。未だに原理はよくわからないが。
慌ててイヤホンを耳に着けて、スイッチを入れる。ボクシは暫くの間息を荒げていたが、やがて深呼吸をして言った。
『全員逃げていった。流石に複数人相手だと、僕でも辛い。おまけに相手は……』
「どこか怪我したの!?」
『いや、まったく。私が人間相手に……ちょっと待て。あの男……』
ボクシは鋭く息を吸い込むと、唸り声を上げた。
『恨むぞヴィクトリア……ッ!』
「あの、一体何が――」
私がそこまで話したところで、通信が切れた。同時に、噴水広場の方から何かが破壊されるような轟音が響き渡った。
そこからの動きは、半ば反射的なものだった。
廊下へと飛び出し、そのまま全力疾走で中央ホールへと向かう。階段を二段飛ばしで駆け下り、玄関の扉を開け放った途端、二人の人間が対峙しているのが目に飛び込んできた。
一人は銀髪の少女。彼女の着ているワイシャツに、明らかに返り血ではなく出血による赤が滲んでいるのに、私は瞠目する。彼女が負傷するなど、想像だにしなかった。
対するは、サングラスに革のジャンパーという派手な格好をした男。黒を基調とした服装だったが、背中からは白い羽のようなものが生えていた。
サングラス越しに男と目が合ったような気がした途端、彼は呻き声を上げてその場に膝をつく。その隙を逃さず、ボクシが彼へと肉薄して首にナイフをあてがった。
「うわ! うっわ! ありえねえだろ! この俺がマジのガチで――」
「動くな! 能力を発動した瞬間、首をはねる!」
「…………オーケー、落ち着いてきた。わかったよ。降参だ。普通超越者ってわかった時点で逃げるだろうに、何なんだよお前」
「それはこちらの台詞だ。記録では君の能力は『母星胎動』。振動を操るものだったはずだ。なのにあれは何だ? 危うく死にかけた」
「だから普通死ぬんだっつうの!」
「あ、あの! ボクシ! ……さん?」
私の中途半端な呼びかけに、二人は同時にこちらへと視線を向ける。
ボクシは何かを諦めるように首を振り、スワロウは取り押さえられた状態で器用に首を傾げてみせた。
「お前は四月一日の少女だよな? ボクシは公理評議会と袂を分かったと聞いているんだが……それにしては、随分と親しそうじゃねえか。どういうことだよ、オラ」
「部屋から出るなと言ったはずだ」
「だけど、心配で……」
「ああ、そうだな。だけどそのせいで私は――」
「待て! ナイフに力を込めるな!」
慌てて叫ぶ男に対し、ボクシは片眉を上げてみせた。
「君を生かすメリットが僕たちにはないんだが?」
「交渉! 交渉しよう! てかあれだ! お前達に協力したい! どうだ!?」
「超越者が治安維持隊を裏切るわけないだろう。というより、ヴィクトリアの部下が彼女を裏切るはずがないと言った方が正しいか」
「確かにそうだけど、仕方ねえんだよ!」
「話が支離滅裂だ」
「じゃあ真面目に話すぞ。……一目惚れってやつを信じるか?」
なんだか変な感じの沈黙が流れていった。
ちょっと話の流れがわからなくて、私は首を傾げてしまう。ボクシはというと、何故か納得したように頷いて、ナイフをしまった。
男の手を取って、そのまま噴水の向こうへと移動し、ひそひそと話し出す。
「つまり…………のことが……になった。…………したと」
「…………そういう………。納得……か?」
「大いに納得した」
二人で頷き合い、固い握手を交わす。
あんぐりと口を開けて見つめる私の視線に気が付いて、ボクシはニッコリと笑ってみせた。
「仲間が増えたぞ。良かったな。この、攫われ体質お姫様属性ポンコツダメロボットめ」
「……はい?」
「そういうことだ。今から俺もお前の騎士。つまりはヒーローだ。以後よろしく」
「…………何です?」
「大丈夫だよ。義務感だけで世界を敵に回すような狂人よりは百倍信用できる。まったく驚きだよ。君みたいな馬鹿は一周回って絶滅危惧種だ」
「あのー。何がどうなったんです?」
ボクシは私のことを、ゴミを見るような目つきで睨んだ。
「わからないか。わからないよな。彼から未だに本名で呼ばれない理由もわからないほど鈍いしな。ハア。何で私は、こんなのを守る決意をしてしまったんだか……」
「それはあれだろ。保護欲ってやつだろ」
「序列五位は黙っててくれないか」
柱に額を押し付けて拗ねだした彼を放って、ボクシは門のある方向へと歩き出してしまう。
慌てて追いかける私の後ろから、サングラスの男が大声を上げた。
「時間がねえぞ。ルーク・エイカーが超特急でやってくる」
「私の予測では、彼の能力にはある程度の制限がある。もちろん希望的予測だから、今すぐ隠れなきゃいけないことに変わりはない。庭の奥に行って評議会をやり過ごそう」
「確かにここの庭は広いし木も茂っているからバレなさそうだ。しかし、アイツも随分と豪勢な場所に住んでいるな」
「死人が出てる物件だぞ」
「前言撤回だ。よくそんな場所に住めるな……」
何やら親し気に話しながら、二人は森の中へと消えて行ってしまう。
私は噴水の横でしばらく立ち尽くしていたが、彼らの姿が見えなくなってしまいそうになったところで我に帰り、慌てて二人の背中を追いかけた。
※ ※ ※ ※ ※
森の中。街からの光も殆ど届かず、数メートル先も見えない暗闇の中で、ボクシが口火を切った。
「まずは自己紹介してくれ」
「超越者序列五位、マイケル・スワロウだ。超越者の中では一番の新米だな」
「実力者の自虐ほど腹が立つものはないけど、まあいいだろう。時間もない。私たちが何をしているかは後日説明する。それでいいよな?」
「もちろん」
「それじゃ、これから君を無視して話させてもらう。実際今回の件で、君にできることは何もない。黙ってそこに立っていてくれ。口を開いたら殺す」
マイケル・スワロウのいる場所に、暗闇よりも黒々とした影がどよんと立ち込め出したような気がしたが、ボクシはそんな彼を無視して続けた。
「事態は最悪だ。御影奏多が戦争に巻き込まれるのを阻止するどころか、これから何が起きるかもわからない。今回のことだってそうだ。私たちは完全に後手に回っている」
「……」
「七年前を思い出すよ。どう考えてもマズイことが進行しているのに、何が起きているのかさっぱりわからないんだ。あのときと同じ匂いを感じる。今回の事件にもなっていない事件の黒幕は、間違いなくアウタージェイル掃討作戦の関係者だ」
掃討作戦。父親が殺され、私が解放されるきっかけになった戦争。
正直、物凄い悲劇だったという知識はあっても、実感がわかなかった。
「しかも、案の定と言うべきか、私とあの男の距離が急速に近づきつつある。僕と彼が出会ってしまったら、どちらが死ぬしかない。運よく生き残れたとしても、私はいよいよ賢人共に目を付けられることになるだろう」
なんだか嫌な予感がして、私は彼女の話を遮ろうと口を開こうとした。だがその前に、彼女は続けて言った。
「マイケル・スワロウ。君には万が一の保険になってほしい」
「保険だと?」
「ああ。どんなことが起こるにせよ、無事だったら八月に何らかの手段で君達と連絡を取る。もし連絡がなかったら。……私のことは、死んだものとみなしてくれ」




