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ユートピア・アラート 〜超能力少年と不可思議少女の世界革命〜  作者: 赤嶺ジュン
ユートピア・アラート8 エゴイズム・フェスティバル(後編)
202/269

Outer Jail-1


Outer Jail





 私、金堂望は、物心がついた時には『施設』で育てられていた。冷たくて、みんなが余所余所しい場所。私を、対超能力者用人間兵器、解放者(リベレイター)として育てるための、アウタージェイルにより運営されていた研究所。

 英才教育を受け何一つ不自由なく育った私は、紙の本に囲まれて孤独な日々を過ごしていた。本の内容は大人たちによって厳選されており、私に社会へ反感を持たせることを狙ったものが多かった。だが、少しませていた私は、心のどこかでそれを疑問に思っていたと思う。

 父親、金堂真がその『施設』を訪れるのは、数ヶ月に一度のこと。しかも私とほとんど会話を交わすことなく、私が医療テストを受けているのをガラス越しに見ているのが大半だった。少しだけ優しくしてくれたスタッフに教えられなければ、父親だと気が付かなかっただろう。

 だが、そんな日常は、私が十歳の時に終わりを告げた。

 施設内に警報が響き渡り、銃声が幾つか木霊するなか、私は本の山に隠れて震えていた。戦闘訓練も軽く受けてはいたが、そんなものは何の役にも立たなかった。私はただ、私の知らない世界から来た人達が怖かったのだ。

 だから、彼女が部屋を訪れたときも、私はただ頭を抱えて蹲っていた。

「こんにちは。金堂望」

 思いのほか優しい声に、私は思わず瞬きを繰り返した。『施設』のスタッフたちは機嫌が悪いことが多く、いつも気をつかっていたが、彼女になら普通に接していいような気がした。

「私の名前はアリス・ヴィンヤード。元治安維持隊元帥、ルーク・エイカーの秘書です」


――治安維持隊……汚職まみれの。


「そう、教わっていたのですね?」

 彼女の問いかけに、私は頷きを返す。彼女は、今にして思えば子供に読ませるには難しすぎた社会批判の本を持ち上げて嘆息すると、私の前にしゃがんで視線を合わせてきた。

「ここから出たいと思いませんか?」


――出られるの?


「ええ。完全な自由は約束できませんが、命の保証はします。ここに一人残された貴女を救うこと。それが、ルークと金堂が最後に交わした約束ですから」

 そう言われても、私は何とも思わなかった。何か特別な特別な感情を抱くには、彼はあまりにも遠い存在だった。

「貴女の思想は今、酷く偏ってしまっている。恐れていたよりは幾分かマシですが、それでもそれは、悲劇であるに違いないのでしょう」


――悲劇?


「かわいそうだ、ということです」

 釈然としなくて黙り込む私に、彼女は立ち上がって言った。

「私が貴女に教えてあげます。世界は貴女が思うより、ずっと広いのだと」



  ※  ※  ※  ※  ※



 『施設』からまた新たな『施設』へ。トウキョウ精神医療センター。治安維持隊と敵対する者にとっての避難所(ヘイブン)となっていたその場所で、私は『自由』を手に入れた。

 今までは専門書のような難しい本ばかり読まされていたのが、物語に触れられるようになった。コンピューターを利用して映像作品も見ることができた。もちろん、ジャンル問わずで。

 私は瞬く間に、虚構の世界に魅了された。後に知った話だが、それらは全て数百年前に制作されたものだった。だが、そんなことは私には関係なかった。ただ、私が見たこともないものがたくさんあること。それが重要だった。

 車が行き来するコンクリートジャングル。草木が生い茂り動物が躍動する大自然。魚の群れが泳ぎまわる大海。平原、砂漠、極寒地。世界は私が思っていた以上に広く、そして輝いていることを知った。

 人と人との繋がりも。

 仲間。友人。そして、家族。

 私が手にしたことのない、影も形もない何か。

 だから私は問いかけた。私とアリスは、友人なのかと。

「……さあ、どうでしょうかね」

 積み木で遊んでいた私の前で、彼女は顔を曇らせた。

「友人なら、こんなところからさっさと連れだしていると思いますが」


――そうなの?


「ええ。ずっと閉じ込めるなんてかわいそうなことしませんよ」


――私はかわいそうなの?


 こちらの問いかけに、彼女はしまったというような顔をして、取り繕うように首を振った。

「そんなことはありませんよ。ええ。ないはずです。……そうだ! こんど、建物の外に出てみましょうか」


――いいの?


「といっても、庭までしか許されないでしょうが」

 アリス・ヴィンヤードは否定したが、この施設の人間が私のことを哀れんでいることは確かなようだった。その頃になると廊下を出歩いてもあまり強く注意されなくなっていたため、職員たちが私について話すのを耳にする機会が何回かあった。

 彼らの話を総合すると、私の身体はどこにも異常がなく、普通の世界ならば出歩いても問題ないらしかった。だが、能力世界においては頭脳に問題があるのだという。彼らはそのことでしょっちゅう、残酷だの救いがないだの、かわいそうだのと口にしていた。

 私には、彼らの言っていることの意味がわからなかった。

 だって、私の世界はこんなにも広がった。こんなにも美しくなった。新しいもので満ち溢れている。次から次へと湧いて出てくる。それなのに、私はどうしてかわいそうなのだろう?

 だから私は考えた。私は、私がかわいそうだと言われなくてはならない理由を探し続けた。

 医療センターに入ってから四年ほどたったところで、アリスが私のことを外に連れ出してくれた。施設内の庭。私は初めて木に触れ、草をむしり、土へと指を突き立てた。私の世界は刺激で満ちていた。もっと知りたい。見たことないものがまだあるはずだ。

 そうやって、奥へ奥へと進んでいって、アリスの制止を振り切り駆け出して。気が付いた時には、敷地の境界線に設けられた柵の前に立っていた。

 鉄格子の向こう側には、灰色の街が広がっていた。モノクロの街。白骨化した世界。

 思わず、息を呑んだのを覚えている。だって、動画で見た世界と全く違う。私が見た街は、もっと輝いて見えた。もっと、色彩に富んでいた。

「望ッ!」

 肩を掴まれ、私はハッと振り返る。アリスがいつになく怖い顔をして睨みつけてくるのに、私は首を竦めた。

「気持ちはわかりますが、言うことを聞いてくれなくては困ります」

 私は素直に頷きを返した。疑問はいくつもあったけど、こうすれば大人たちは静かになってくれるのを、私は経験として知っていた。

 だけれども、湧き上がった疑問を捨て去ることはどうしてもできなかった。また数ヶ月の月日が流れて、私がそのことを問いかけると、アリスは一瞬虚を突かれたように黙り込んだが、私の表情を見てぽつぽつと話してくれた。

「色彩変更です。エイジイメイジアの建物は、色が塗られているわけではないのですよ。基本、灰色のペンキを塗った上から、能力で色を出しています」


――色なんて無かったよ?


「そう見えるのは貴女だけです。他の人間には、街はきらびやかに輝いて見えます」

 私がどれほどの衝撃を受けたのかを、一言で表すのは難しい。私が他とは違う存在だと薄々わかってはいたが、まさか世界の見え方まで違っているとは思わなかった。

 それから彼女は、二度と能力世界についての話をしなくなった。どうも上の人間から口止めをされたようだ。前の『施設』でもまれにあったことなので、私はその事に対して沈黙することを選択した。

 私はまた、物語の世界へと沈んでいった。私だけが見ることのできる場所が、私は好きだった。フィクションの人々に、私は恋をしていた。

 またしても状況が変わったのは、今から半年前。二三九九年、三月末のこと。

 私に対する治安維持隊の態度が変わったのか、あるいはアリスの上司が私を利用することを決定したのか。とにもかくにも、私は外の世界に出ることになった。

 そのことを私は直前まで知らなかった。ただ事実として、ある日、突如として医療センターは炎上し、私の生きていた世界は再び崩壊した。

 アリスは私に言った。逃げろと。彼女は酷く焦っているようだった。私はいつものように、彼女の言葉に黙って頷いた。

 だけど外に出てそれほどしないうちに、変な格好をした男たちに連れ去られた。映画でヤンキーと呼ばれていた人たちだ。その割には、随分と私のことを丁重に扱っていた。

 彼らに運ばれている途中で、私の意識は暗闇に呑み込まれた。後から思うに、あれは睡眠薬でもしこまれていたのではないだろうか。夕食前にカプセルと錠剤の薬を飲まされたことを覚えている。多分、あれがそうだったのだろう。



  ※  ※  ※  ※  ※



 私が目を覚ました時に、その部屋には誰もいなかった。ヨーロッパ産の映画でみた豪邸のような内装にしばし興奮した後に、不意に紙の本が見当たらないことに気が付いて、私はその屋敷の中をさ迷った。色々と別の興味を引かれて漁りまわったような記憶があるようなないようなだが、それは些細な問題だろう。

 最終的に私は書斎に辿り着いて、目についた本を片っ端から読んでいった。最後に読んでいたのは、英雄と少女の恋物語。何度も見た構図だったが、二人の会話が小気味よくて、私は時間を忘れて読みふけった。朝日が昇ってきていることにも、気が付かずに。


「おい、お前。……一体、何を読んでいる」


 こうして私は、あの少年と出会った。

 彼は初めて見るタイプの人間だった。周りにいる人間は大人ばかりだから、自分と同じぐらいの歳な時点で、純粋に興味深かった。だから私はこう言った。


――君、面白いね。


「……俺が、おもしろい、ねえ。わけわかんねえぞ。どういう意味だ、クソアマ」


 クソアマ、という呼び方は何だかおかしく思えたけど、それとは別の理由で、私は本気で困り果ててしまった。

 面白い物は面白い。だけど、それを言葉にする手段がない。

 だから私は、別に興味もなく、考えてもいなかったことを口にした。

 かつてどこかで見た、フィクションの台詞を繰り返した。


――本棚はその所有者の性格を表すって、昔ノゾムは聞いたことがあるんだ。だから、ノゾムもこの部屋にあった本棚を見て考えてみたよ。私を誘拐した人はどんな人なのかなあ、ってね。


「人聞きの悪いことを言うな」


――アハハ、ごめんごめん。うそうそ。ノゾムを攫ったのは、怖いおじさんたちだからね。君じゃないってことは知ってるよ。目が覚めたときは、すっごく怖かったけどね。


「……そいつは悪かったな」


 彼はバツが悪そうに顔をしかめた。

 私が自分の名前を一人称にしたのは、私という概念をその場で見失っていたからだ。大人以外に接したことが無かった私は、その少年にどうすれば気に入ってもらえるかがわからなかった。だから真似をした。今まで読んだ小説のヒロイン。その、統合。天真爛漫で、主人公を振り回す、明るく元気な少女でいようと思った。

 少年は御影奏多と名乗り、自らが超能力者であることを明かした。告白すると、そのとき真っ先に思い浮かんだのは、過去の遺物であるアメコミのヒーローたちだった。既にアウタージェイルが植え付けようとしていた超能力者像は、影も形も無くなってしまっていたのだと思う。いや、元々、影も形もなかった、と言った方が正しいか。


「いい加減コントをやめて真剣にいかせてもらうぞ。いつまでたっても話が進まねえ」


――あ、コントになっている自覚はあったんだ。案外空気も読めていたんだね。


「うるせえよ、クソアマ。聞きたいことは単純だ。てめえ、一体全体何者で、どうしてヤンキーに攫われるようなことになったんだ? 明らかに訳ありだよな」


 話が早い人だな、と私は思った。私もそろそろどういう状況なのかを知りたいと思っていた。アリスは逃げろと言っただけで、ろくに説明してくれなかったからだ。


――とっても小さいころに、ノゾムもお父さんやお母さんと町を出歩いたことがあるはずなんだけどね。病院の外は、やっぱりノゾムにとっては全部目新しかった。本物の車が走っているのは大迫力だったし、建物とかも映像で見たのとは全然違うからね。


 黙ったまま身動き一つしない少年に対し、私はとても楽しんで、御影と話していることを本当に楽しいと感じながら、終始笑顔で喋り続けた。


――でね、でね。街を歩いている間に、ヤンさんに捕まっちゃったの。あ、なんでヤンキーってわかったかと言うと、最近、北……なんちゃらのアニメを見せてもらったからなんだあ。


「……いろいろと世紀末だな」


――で、目が覚めたら、なんかでっかいお屋敷で、でっかいベッドの上に寝かされていたというわけ。すっごいね。映画みたいだよね。


 これは私の嘘偽りない感想だった。実際私の人生は、映画のそれのようだと感じていた。なんだか物凄く特殊な生まれで、みんなから心配される立場にある。私はずっと、そうやって生きてきた。だからこんな、自己中心的な考え方をしてしまっていたのだろう。


 実際、金堂真という名前を口にしたら、彼の態度は劇的に変わった。やはり彼は特別な人間であり、その娘である私も複雑な立場にあることを私は再確認した。


 だが、父親についての話をする前に、彼へと通信が繋がれた。腕時計がウェアラブル端末であると彼は私に説明したが、私にはウィンドウが見えなかったため、テレビ電話にしては随分と画面が小さいなと疑問に思ったことを覚えている。


「というわけで、俺は一度部屋の外に出ておしゃべりしてくるから、帰ってくるまでに散らかした本を片づけておけ。棚に戻すだけでいい」


――わかった。でも、どうしてこの場で出ないの? 彼女から?


「彼女じゃない。誰がかけてきているのかはわからないが、おそらくお前は聞かない方がいい内容だろうな、こりゃ」


 彼女じゃない、という言い方に、少年には大切な人がいるのだろうと直感した。能力社会で生活したことはなくても、人間社会についての学習は積極的に行っていたから、この予想は正しいという確信があった。

 そんなことよりも優先すべき疑問はあったけれど、彼はついて行こうとした私の前で扉を閉めてしまった。意地悪、というより、よほど通信の内容を聞かせたくないのだろうなと私は思った。施設にいた人々も皆そうだった。私の話は、私がいるとできないのだ。

 通信の内容を盗み聞きしようかとも思ったが、何となくバレそうだと思ってやめておいた。実際、それは正解だった。気体の動きを察知できる彼なら、ドア越しとはいえ、私の行動も手に取るようにわかっただろう。

 私は床に散乱させてしまった本(夢中になっていたとはいえ、かわいそうなことをした)を本棚に戻していきながら、彼について考えていた。

 不思議な雰囲気をもった少年だった。皮肉屋でどうも自己否定が強い傾向にあることはすぐにわかったが、それ以外の何かがあるような気がした。何より、センターにいた大人たちとは決定的に違う点が一つ存在した。

 ぼんやりとそんなことを考えていたのがいけなかったのかもしれない。気が付いた時には本の山が崩れてきていて、私は椅子の上から床に転がり落ちた。

 少年が一度通信を中断して、部屋に入って来た。彼は私のことを見てため息を吐き、本の山から引っ張り出してくれた。


――待って、御影さん! こんなことになったのには深いわけが……。


「考えなしに本を棚に戻していたせいでスペースがなくなり、椅子に乗って上の方の段に適当に積んでいたら、本の山のバランスが崩れて巻き込まれ、そのまま椅子から転げ落ちたんだろ」


――エスパー? 超能力ってすごいね!


「俺は精神系能力者じゃねえし、こんなん誰にでもわかるわ」


 そう言って彼は床に散乱してしまった本の様子を確認していく。その様子から、彼が本を大切に扱うタイプの人間だとすぐにわかって、申し訳ない気持ちになった。


――……ごめんなさい。


「別に、謝る必要なんてねえよ。これくらい今更だ」


 少年はその場に立ち上がると、膝を何度か叩いた。


「電話の相手を待たせてるから、俺はまた外に出るぞ。片づけはもういい。暇なら適当な本を読んで待ってろ」


 そう言って背を向けてしまったので、私は慌てて彼の服の袖を掴んだ。一瞬彼の顔が不快そうに歪んだように見えたか、彼は文句を言わずに私の言葉を待ってくれた。


――ごめんね。君にいろいろと迷惑かけて。


「おいおい。なにいきなり殊勝になってんだ、気持ち悪い」


――本当に悪いと思っているんだよ、ノゾムは。それから、さっき聞こうとしたことを、ここで言わせてもらうけどさ。


 私は服を掴む力を少し強くして、一番の疑問を彼へと投げかけた。






「――君はどうして、ノゾムのことをかわいそうだと言わないの?」






 少年はゆっくりと、私の方へと視線を落とした。


「病院では、みんないつもノゾムのことをかわいそうだと言っていたよ。職員さんは、頭の病気なんてかわいそうだねって言って、アリスさんはこんなところに閉じ込められてかわいそうだって言った。みんなそうだったんだよ。だけど君は、私に対して何も言わない。それはどうして?」


「…………」


 少年は無言のまま右手をのばし、私の指をほどいていった。


 彼はパーカーのポケットに手を突っ込むと、出口の方へと歩いていった。が、彼は途中で足を止めると、少しだけ首を後ろに回して言った。


「なあ、クソアマ。お前は、自分がかわいそうだと思っていて、俺にかわいそうだと言ってほしいのか?」


 暫しの沈黙が流れる。


 御影奏多が息を大きく吐き出して、一歩前へと足を踏み出そうとしたところで、私は底抜けに明るい声で言った。


 胸がキリキリと痛むのを自覚しながら、それでも明るく振る舞った。


「ありがとう。やっぱり君は、優しい人だ」


 私の言葉に、御影は一瞬、大きく目を見開いた。


 呼吸が、苦しくなる。彼に気が付かれないよう何度も深呼吸を繰り返す私の視線の先で、彼はドアノブに手をかけて、やれやれといった口調で言った。


「お前にとっては都合のいい奴の間違いだよ、クソアマ」


 彼は扉の向こう側へと消えた。


「……」


 私は言葉もなく、その場に膝をついた。全身の力が抜けてしまっていた。


 頬を熱いものが伝っていくのがわかった。私はそれに触って、自分の指が濡れたことに気が付いて、首を傾げた。


「どうして私……泣いているの……?」


 廊下にいる御影に泣き声を聞かれたくなくて、私は両手で顔を覆った。肩が何度も上下に跳ね上がるのがわかった。心臓を氷のナイフで引き裂かれるような痛みがあった。


 私は今まで、ありとあらゆる人間から、かわいそうだと言われてきた。


 直接は言われなくても、陰で噂し、心の中でそう思っていることをわかっていた。


 そう思われることを、当たり前のことだと思っていた。


「私は……自分がかわいそうだとは、思えない。でも……」


 それでも。


「私は誰かに、かわいそうだと言ってほしかった。うん。きっとそうだ」


 御影奏多の言った事は、全てが真実ではなかったかもしれない。だけれども、その意図がなくとも、彼の言葉は私という人間の本質を突いていた。


 私は優しい人に囲まれていたかった。都合のいい人間が好きだった。


 だから私は、物語を溺愛した。そこに新しい世界があったこと。見たこともない景色が広がっていたこと。そして何より、フィクションのキャラクターと私という現実には、絶対なる壁があって。それ故に、彼らが私を裏切らないことを知っていた。


 同時に私は、御影奏多が他と違うと思った理由を悟っていた。


 きっと御影は、私をかわいそうだと思っている。私に同情している。そうでなければ、こんな丁寧に会話を交わしてくれないだろう。


 だけど彼は、そう思う自分を嫌悪している。


 それは私にとって、衝撃的なことだった。私をかわいそうだと言わなかった人。私が知っている誰よりも理解不能な人。こんな人もいるのだと、初めて知った。


 混乱するのと同時に、胸の中が温かくなるのがわかった。ずっと私は一人だと思っていた。センターの職員もアリスも、いつも私に隠し事をしていた。私と距離をとっていた。だけど、彼は違う。丁寧に。着実に。一歩一歩を踏みしめるようにして、私と心を通わせようとする。


「…………」


 だけど私は恐れた。


 私が知らなかった人。私が接したことない人。そんな人は、私に何をするかわからない。私を裏切るかもしれないし、私に幻滅するかもしれない。


 だって私は、私を知らない。


 私という存在。私という名のアイデンティティ。そんなものはどこにもない。だって私は、ずっと閉じこもっていた。ちやほやされてきた。籠の中の鳥。牢獄に閉じ込められたお姫様。それ以外の役割なんて知らない。そんなの誰も教えてくれなかった。


 だから私は、御影奏多を遠ざけた。

 物語の記憶から作り上げた、『ノゾム』というキャラクターに閉じこもることで。



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