Memory
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レイフ・クリケットに対する第一印象は、決していいものではなかった。
いつだって無表情で、こちらが冗談を言ってもニコリともしない。空気を読まない言動を連発し、自分勝手なくせしてその自覚が欠片もない。何がおかしいのだと本気で首をかしげられては、諦めて嘆息するしかない。
だから、レイフ・クリケットから師匠として何を学べたのか、と聞かれても、『別に何も』と言うしかない。彼は何かを教えようとして失敗することにかけては天才だった。銃の撃ち方講座とか、何のためにやったのかわからない。考えるな感じろとか真顔で言うような馬鹿だった。
そんなレイフに我慢してついて行ったのは、ただ単純に、彼が天才だったからだ。
超越者序列一位、ザン・アッディーンは確かに強かった。人類最強とは間違いなくあの男のことを指すだろう。
だが、スワロウは人類最強よりも人類最優に惹かれた。レイフ・クリケットの指導を受けることになったのはスワロウの意志によるものではなかったが、それでも納得はしていた。
あの日までは、と注釈を入れなくてはならないが。
「あの、レイフさん。もう一度おっしゃってくれませんかね?」
「だからサバイバルだ。富士山麓に貴様を放り出すから、勝手に一人で生き残れ」
「…………」
「別に貴様の指導が面倒になったわけではないぞ? そんな感情は、私には存在しないからな」
「いや、絶対そうだろテメェオラァ!」
スワロウに言わせれば、レイフ・クリケットは誰よりも感情的だった。子供っぽい、と言い換えてもいいかもしれない。わがままで、自分勝手。だがその全てを現実とする力を持ち合わせているのだからたちが悪い。
そう言うたびに、レイフは無表情に首を振った。彼の言動は全面的に信用していなかったから関係ないが。
そんなこんなで、富士山麓にてサバイバルすることになった。もちろん、一人で
レイフ・クリケットはどうした。空を飛ぶことなんてできないはずだし、一緒にいただろうとか思った奴は、あの馬鹿の馬鹿さ加減を舐めている。レイフもまた、勝手に一人でサバイバルしてこちらより先に富士山麓から脱出した。ただ、それだけの話だ。
勿論スワロウは、レイフ・クリケットほど人間として、というか、生物として強くなかった。
ええ知ってました。知ってましたとも。超能力者とはいえ、己が矮小な存在であることは重々承知していましたとも。だから、マイケル・燕なんてふざけた名前に改名しましたし。いや、これはどちらかというと、家族に迷惑かけないためなんですけどね?
そんなわけで迷った。迷いに迷いまくった。ぶっちゃけ死にかけた。いや、能力で野良の動物捕まえても、調理方法がわからないんですよあなた? 黒くなるまで焼いて食べても腹壊しましたから。山菜なんて食中毒まっしぐらコースだからな?
サバイバルという名の遭難開始から約一か月。飢えに飢えたスワロウは、どこともわからぬ場所でぶっ倒れた。正直なところ、死を覚悟していた。随分と愉快で楽しい死に方だなと、笑いが止まらなくなるぐらいには、精神がぶっ壊れた。
だが、そのときに。マイケル・スワロウは地面の鼓動を聞いた。
自分の心臓の音? 違う。大地だ。地球そのもののだ。
星の胎動。生命活動。
動いてないように見える地殻が実は動いているという話は、中学生でも知っている。プレートテクトニクスとかいうヤツだ。
だが、それを実感できるかとなると話は別だ。一年に動く距離は数センチ。目視で確認するとかまず無理だ。
だが、それでも、できたはずだった。
地面の振動を。躍動を感じることが。
それなのに、周りのありとあらゆる振動に、風やら呼吸やらに気を取られて、まったく気が付くことができなかった。
すぐ近くにあるものが。さりげなくそこにあるものが、見えてなかった。
レイフ・クリケットには感謝なんてまるでしていない。サバイバルが自分にとってプラスだったのは確かだが、もう少し他の手段があっただろう、というのが本音だ。
だが、それでも。レイフ・クリケットがスワロウより上の視点を持っていたという事実を、レイフがまったく予期していなかった方法で彼は知った。
つまりは結果論。
見えない物は、見ようとしていないだけなのではと、疑うようになった。ただ、それだけの話にすぎない。
人生って奴は、些細なきっかけでガラリとその色を変える。サバイバル生活が些細かと言われたら全力でノーだったが、何にせよ、マイケル・スワロウの人生はそこで大転換を迎えた。
興味がなかったことに、興味が出て。
知ろうとしなかったことを、知ろうとした。
ただ悲しいことに、スワロウは頭の出来が悪かった。だから彼は、理解を放棄して徹底的に観察することにした。
目につくもの。匂いがするもの。肌で感じるもの。ありとあらゆるものは振動の相互作用で形成されるという思い込みの大転換。
能力からの脱却。世界からの脱出。
すなわち、自らという檻を飛び出した先にある、俯瞰光景。
結局、マイケル・スワロウは『それ』を見ようとしていた。感じようとしていた。
地平線の先にある、透明に輝く空を。
だから見た。ありとあらゆるものへと目を向けた。よくよく観察して、理解はできなくても感覚で掴めるようになった。
「だから、お前達だって見えてんだよ」
ラン・シャオナンは駄目だ。相手にするのも馬鹿馬鹿しいほど、『次元』が違う。
だが他の四人ならば――。




