表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユートピア・アラート 〜超能力少年と不可思議少女の世界革命〜  作者: 赤嶺ジュン
ユートピア・アラート8 エゴイズム・フェスティバル(後編)
193/269

第五章 自己愛の獣は破滅に唄う-7





 ぽつり、ポツリと。燃え盛る街へ、雨粒が落ちていく。


 頭頂で冷たい雫が弾け、ターレスは一度立ち止まると、黒い空を見上げた。


「陰気だな。全部吹き飛ばしてやろうか」


 目に入るもの全てが、鬱陶しく思えてくる。人も町も世界も、彼にとってはとるに足らないものに過ぎない。

 なぜなら彼は神だからだ。メディエイターにより力を分け与えられた、現人神。遥か彼方、天上に君臨すべき存在。


「それなのに。それなのに、それなのに、それなのに! どうして、お前らみたいな小物を相手にしなきゃいけないのかなあ!」


 ガリガリと頭を爪で掻きむしり、彼は後ろを振り返った。

 着物の女が道路中央部に立っている。彼女の両手の指から、血がとめどなくアスファルトへと垂れているのが見えた。


「超越者序列四位、八鳥愛璃だ。ターレス。貴殿は某が斬ろう」


「斬る? 殺すってか? この僕を?」


「そのとおりだ」


「けらけらけら。ケラケラケラ。……笑えないぞ、有象無象」


 雷鳴のような唸りと共に、ターレスの足元を中心としてアスファルトが蜘蛛の巣状にひび割れる。彼は頭から血をだらだらと流して、八鳥愛璃を睨みつけた。


「言ったはずだよな? 全部が全部、借り物だって! 笑わせるなよ! ロボットが製作者に逆らうよりもナンセンスだ! 電気が無くなれば! 精神粒子がなくなれば、お前なんてただのガラクタなんだよ!」


「すまないな。貴殿の話は、某には少々難解すぎるようだ。意味がわからない」


「これだから人形は――」


 紫の過剰光が板状に伸び、巨大な刃物のようにしてターレスの顔を上下に両断した。

 上あごの部分が横にずれて、頭部がずしゃりと地面に落ちる。剣を抜き放った姿勢のまま、八鳥愛璃は淡々と言った。


「べらべらとくだらぬことを喋るなと言っている。レイフ殿ではないが、やかましいぞ」


 ターレスの全身が黒く染まっていき、風に吹かれた砂の城のように崩れていく。黒い粒子は彼女の背後へと集合していき、またターレスの体が形成されていった。


「死にたいようだね、ガキが」


「こちらの台詞だ賢人」


 白と紫の光が弾ける。


 アスファルトが変形し、剣山のように飛び出てきて、八鳥愛璃を蜂の巣にすべく迫る。だが、紫の過剰光粒子が散った途端、石の針は粉みじんに砕け霧散していった。


 刀が振るわれる。紫の斬撃が宙を飛び、過たずターレスの体に直撃する。腹部が真一文字に切り裂かれ、血が噴き出したが、ターレスは慌てることなく言葉に『概念』の力を乗せた。


「『再生』」


 あっという間に傷が塞がれる。だがその隙を利用して、八鳥はまたも刀を一閃させていた。


「ハアッ!」


 今度は、ターレスのすぐ隣に建っていたビルへと斬撃が走る。根元で斬られたビルは、倒れていく過程で更に細かく刻まれ、無数の瓦礫となってターレスに降り注いだ。


「『迎撃』」


 ターレスの周囲にバスケットボール大の白い光球が無数に出現し、そこから幾筋もの光線が打ち出されていった。


 瓦礫が虹をまとった白い光の束に呑み込まれ、分子レベルで分解される。光線は八鳥の方にも向かっていったが、彼女は足元から紫の光を放ちながら建物の壁を駆け、上下左右に素早く移動し光線を避けていった。


 ターレスを中心として半径数十メートルの範囲の建物が、次から次へと倒壊していく。光線の直撃を受け崩れていくコンクリート壁を蹴り、八鳥は空中に身を躍らせた状態で、またも刀を振るった。


 紫の光が帯状に伸び、ターレスの胸を斜めに切り裂く。即座に再生していきながら、ターレスは首を振った。


「相手の肉体に対する直接の能力発動。本来なら相打ちどころか、自殺行為だ。どうやら君の能力は攻撃に特化しているようだし」


 地上へ降り立った八鳥を見据え、ターレスはクスクスと体を揺らす。


「だが君は、能力の発動が異様に速い。能力の範囲を操るのが上手いんだね」


 ターレスの呟きに、八鳥は一言も発することなく刀を振るう。紫の斬撃が届く前にターレスの体がパッと弾け飛び、無数の火の粉となって宙を舞うと、再集合してまた元の姿に戻った。


「通常、能力は超能力者を中心として球状に展開されるものだ。だがお前はそれを、平面に限定させ、能力発動にかかる時間を短縮している。超能力者相手にも肉体に直接干渉し放題というわけだ」


「某を前に余裕だな」


「そりゃそうだよ。哀れだねえ八鳥愛璃。無様だねえ超越者。渡された力を後生大事に抱えて、磨いてきたわけだ。修行してきたわけだ! 滑稽の極みだよ! ケラケラケラケラ!」


「某を侮辱するのは別に構わない。だが……」


 紫の過剰光が、光線となって飛ぶ。光にターレスの上半身が飲み込まれた途端、肉体の腰から上が音もなく消滅して、血が霧状に飛び散った。


「二人のマッドサイエンティスト。今は亡き死神。オールラウンダーな秀才に、人造の天才児。そして、最優と最強。超能力者である以前に、彼らは人間として優れている。もう一度、彼の言葉を伝えよう。我々超越者を甘く見るな」


 閃光が弾け、八鳥は反射的に目を瞑る。何度か瞬きをして視界を元に戻すと、ターレスが傷一つない状態で八鳥愛璃を睨みつけていた。


「わからないかなあ? わからないよなあ! わからないのかよ!?」


「……」


「今の僕は『完璧』なんだ! 『不死』なんだよ! お前ごときが殺せる存在じゃないんだ! 作られた存在が! 祀り上げられた人形が! 僕たち賢人に逆らうな!」


 辺りに白の過剰光粒子が充満し、その一つ一つから虹の筋が飛び出てくる。自らの肉体に直接干渉されていることを察知し、八鳥は刀を振るう。肉体を切裂かれながらも彼は目に狂気的な光を湛えて叫んだ。


「『無力』に沈め! 八鳥愛璃ィ!」


「ッ!?」


 八鳥が展開していた紫の光が消えていく。自らの能力、『切磋琢磨』が発動できなくなっていることに気が付き、彼女は愕然と立ち尽くした。


「これは……?」


「けらけらけら! ケラケラケラ! どうだ! 僕だって、シェイクスピアと同じようなことができるんだ! これで、君には精神粒子が供給されなく――」


 ターレスの視界で、赤い雫が宝石の如く輝き散った。


 胸元に鋭い痛みが走る。見下ろすと、自らの体が切り裂かれているのが見えた。


「え?」


 思考が瞬間、停止する。ゆっくりと、ターレスとしてはありえないことに、恐怖を感じながら八鳥愛璃へと視線を向ける。彼女は数メートル離れた場所で刀を振り上げた姿勢のまま、荒い息を繰り返していた。


「そうか。そういうことか。『絶対悪を前にしたとき力が戻る』。貴殿の望んだとおり、某の刀は、かの悪神に届いたぞ。……ヴィクトリア!」



  ※  ※  ※  ※  ※



 雨が降っている。

 サングラスに無数の滴がこびりつき、視界が曇っていくのに、スワロウは舌打ちした。


「雨、ねえ。確かにこれはやられたぜ」


 彼がサングラスに指を触れると、微細な振動により水滴が落ちていった。そのまま能力を発動しつつ、辺りへと意識を広げていく。


 雨音が街全体を包み込んでいる。これでは、敵の位置を特定することができない。音の魔弾も使いづらい。確かに地面は振動しているが、その振動が多すぎる上に、水が落ちてくる都合上、音も操りづらくなってしまっている。


「治安維持隊の入れ知恵か。いらないことをしてくれる。これじゃあ、本気を出さざるをえなくなるぞ、オラ」


 音による攻撃など、スワロウが相手を殺さないために生み出したものにすぎない。実際、あの学生たちも殺そうと思えば簡単に殺せた。


 相手の位置がわからないのだとしても、マイケル・スワロウは大量破壊兵器。ブロックごと街を吹き飛ばして回れば、彼らもただでは済まないだろう。


「それが嫌だから適当にあしらってたってのに。クソが」


 彼がそう吐き捨てた途端、炎が帯状に展開され、雨を一瞬で蒸発させながらマイケル・スワロウへと迫った。


 彼はため息混じりに両手をズボンのポケットに突っ込んで、能力を発動させる。炎と衝撃波がぶつかり、相殺された。


「エボニー・アレインか。いいのか? この雨はお前にも不利だろう」


 こちらの呼びかけに応じる者はなく、またも炎が空を覆っていく。それらはスワロウではなく周囲の建築物に火をつけ、炎上させていった。


 丁度、炎に囲まれる形になり、彼は反射的に口元を覆う。雨で全身が濡れているにも関わらず、チリチリと熱が頬を撫でてくるのがわかる。


 このまま火で呑み込む気なのか、あるいは酸欠でも狙っているのか。何にせよ相変わらず殺意マックスで呆れるくらいだった。


「全部吹き飛ばしてやるべきか……?」


 そう呟いたところで、街路樹が燃え盛る間を一人の少女が歩いてくるのと目が合った。

 どうやら、雨と火災のせいで接近に気が付けなかったらしい。自らの迂闊さを呪いながら、スワロウは彼女へと笑いかけた。


「どういうつもりだアレイン。殺されてえのか?」


「殺す気がないんでしょ? それがあなたの敗因よ」


「敗因?」


「そ。私に気を取られていていいの? 来るわよ、彼が」


 彼女がそう言い終わるや否や、炎の上を一つの人影が通過していった。


 黒い過剰光粒子。重力を操る少年、マイケル・スワロウ。


 彼はエボニー・アレインとは反対の位置に着地すると、こちらに右手を向けてくる。スワロウも応じる形で振り返ったが、すぐに異変に気が付いて目を剥いた。


「お前、俺がいる空間ごと……」


「飛べ! 超越者!」


 マイケル・スワロウとラン・シャオナンの能力が、同時に互いの肉体へと発動される。


 手加減などする余裕はなかった。おまけに、後の先を取った形で、能力発動はスワロウの方が圧倒的に早かった。


 全身の骨に罅が入り、内臓が揺らされ、ラン・シャオナンは力なくその場に崩れ落ちる。だがスワロウの方もただではすまず、シャオナンの言葉通り、宙に高々と打ち上げられた。


 痛みはまったくない。突如重力が反転し、空へと自由落下したことに対する混乱はあったが、それだけだ。


 空中で何とか姿勢を整え、空気の振動を操り、通常の落下速度を減衰させる。その間に建物の炎がその規模を増し、スワロウの周囲を壁のように覆っていった。


『逃げ場を失くしたってか! まさか……』


 天啓にも似た直感に、彼は上空へと顔を向ける。立ち込める黒雲の中に、瞬間、白い火花のような物が見え、恐怖に全身が粟立った。


「雷か! クソ!」


 確かにこの状況では、雷を避けるのは不可能だ。元々、振動の能力はボルテールとの相性が悪く、警戒しなくてはと思ってはいた。だが、ここまでしてくるとは流石に想定外だ。


『殺す覚悟が、エボニー・アレイン以外にもあったとはな!』


 だが、焦ることはない。ミュリエル・ボルテールは能力を発動できる距離にいるはずだ。雨が降り注いでる状況でも、注意すれば位置を探知できる。


 意識を拡張し、周囲の振動を探っていく。下にいるのはエボニー・アレイン。道路に倒れるシャオナンへと、カリーナ・エメルトが駆け寄る。マンホールの下にいたらしい。雨でその可能性を失念していた。彼女の存在が、相打ち以下の特攻をシャオナンに決意させたのだろう。


 炎の檻の外側。数十メートル離れた十字路の中央に、ミュリエル・ボルテールが立っているのが分かった。心音、呼吸音、共に乱れているのは、自身の限界を超えた電流操作を行っているが故か。甘い。これだけの隙があったにもかかわらず、能力発動はスワロウの方が早い。


「獲った……!」


 そう叫んだ、次の瞬間だった。


 マイケル・スワロウの鼓膜を、風が直接揺らしていった。


 突如発生した、空気の槍。それが距離一キロメートル以上の位置から宙を駆け、火の膜に穴を穿つ。間一髪で衝撃波を放ち相殺するも、ミュリエルを迎撃する機会はこれで失われた。


 炎がなくなり、開けた空間を睨みつける。その先に御影奏多のシルエットが小さく見えて、彼は思わず笑みを浮かべてしまった。


「最後の最後で……ッ!」




「――機械神へ(デウス・エクス)万雷(・マキナ)の歓声を(・カーテンコール)!」




 ミュリエル・ボルテールが、高らかに叫びを上げる。


 その、直後。


 超越者序列四位のいる空間を、十億ボルトを超える雷撃が貫いた。



  ※  ※  ※  ※  ※



 物心がついたときには、既に彼女は闇の世界にいた。


 ヨコハマを拠点とするマフィア。アルバーン家。その鉄砲玉として飼われていた少女、八鳥愛璃。彼女に両親の記憶はない。なんでも、『得体のしれない力により全身を斬り刻まれて発見された』らしいが、詳細は誰も教えてくれなかった。


 命じられるままに人を斬り殺す日々。通信により命令が下され、殺した数はそのまま食事の量に繋がる。


 日常的に行われる虐待。ただ、それは度を過ぎないよう厳しく制御されていた。『飼い犬に手を噛まれる』ことを怖れたらしい、当時の彼女は、その発想にすら至ることはできなかったが。


 だが。とある大きな戦争が、彼女の運命を大きく変えた。


 『ヨコハマ騒乱』。治安維持隊、情報管理局、反能力主義者、マフィア。その他ありとあらゆる組織が複雑に絡み合った闘争。『開示されてはならない情報』を巡る戦いだったというのがもっぱらの噂。この闘争において、リ・チャンファを中心とする治安維持隊諜報部隊が情報管理局を打倒し、反能力主義者はザン・アッディーンによって壊滅。そして早い段階でマフィアの手から解放された彼女、八鳥愛璃は、治安維持隊のエージェントに救われ行動を共にし、アルバーン家を半壊させた。超能力者としての力を、ヨコハマ騒乱において存分に発揮したのだ。


 ――彼女がメディエイターとの『謁見』を行ったのは、そのヨコハマ騒乱直後。


 三年前。実年齢が十五のときだった。



  ※  ※  ※  ※  ※



「何で……どういう――」


 言葉の途中でまたも八鳥の刀が振るわれ、刀の斬れる範囲外にいるはずのターレスに大きな傷が刻まれる。


 胸部から勢いよく血を吹き出し、ターレスはその場でたたらを踏む。彼はギリと歯ぎしりをして、八鳥愛璃を睨みつけた。


「何なんだ、お前! 精神粒子は供給されていない! それなのに!」


「……グッ」


 八鳥が苦悶の表情を浮かべて、片膝をつく。顔からは見る見るうちに血の気が引いていき、呼吸は安定していなかったが、それでも彼女は微笑を浮かべていた。


「貴殿が何に驚いているのかは知らないが……某は超能力者として少々特殊でな。メディエイターの『謁見』を受ける前から、異能の力を操れた」


「馬鹿な! 自らの魂のみの力で、世界に異常を引き起こせるのか!? そんなの、奇跡だとしか言いようがない! キリスト以来の『神の子』だ! そんな……そんな、人類史でも数えるほどしか存在しなかった奇跡が、お前だと!? ふざけるなッ!」


 地鳴りと共に二人のいる空間が揺れ動き、轟々と風が吹き荒れる。白い光の粒と虹の筋をまき散らし、ターレスは咆哮した。


「『殺せ』!」


 道路上には大砲。上空にはミサイル。左右からは数十トンのトラクター。その他、ありとあらゆる『死』をもたらす暴力が、八鳥愛璃へと襲い掛かる。


 圧倒的な破壊を前にして、彼女がの取った行動は至ってシンプル、


「――ハァッ!」


 一閃。ただ、刀を横に振るうのみ。


 大砲の弾が。ミサイルが。トラクターが。全て、両断される。


 それだけではない。斬られた物体は慣性の法則に従うことなく、その勢いを殺されたかのように静止する。二つに分かれた鉄の弾とミサイルの破片が降り注ぐ中、ターレスは呆然と八鳥愛璃を見つめた。


「その力……まさか……まさか! 僕と同じものなのか!?」


 超能力の究極は、想像を現実にすることにある。


 エボニー・アレインが辿り着いた、炎あれと望むが故に炎が発生する領域。その、遥か彼方上を行く力。ありとあらゆる因果と法則を捻じ曲げ、結果を生み出す能力。


 その名称、不明。能力世界の歴史上、彼女と同じ力を得たものは存在せず、再現と繰り返しの世界で唯一として君臨する剣士。メディエイターによって『切磋琢磨』という能力を押し付けられてもなお、『肉体への先制干渉』という限界を超えてしまった、天才の中の天才。


 人の助けも、神の助けもなく、天性のものとして彼女が手にした能力。それは――。


「――『斬る』という『概念』を、現実にするものか!」


「オオオオッッ!」


 ターレスの問いかけに、八鳥愛璃はただ戦意の咆哮をもって応える。


 白い光が飛び散り、『殺し』の概念が現実となる。


 巨大な刀がもたらす斬殺。氷の槍がもたらす刺殺。鉄紐がもたらす絞殺。


 圧殺。挟殺。殴殺。撲殺。射殺。銃殺。毒殺。爆殺。焚殺。


 ありとあらゆる『死因』が、八鳥へと襲い掛かる。


 だが。それらは全て、不可避ではない。


 コンクリート壁に挟まれても、マシンガンで撃たれても、ダイナマイトが爆発しても、彼女は死ぬ。即死する。だがそれらは避けることは可能であり、確実な死であるとは言いがたい。


 今、ターレスは彼女を『自殺』させることができない。なぜなら、彼の思考は殺意によって塗り固められているからだ。殺す人間はあくまでターレス本人でなくてはならない。


 今、ターレスは彼女を『即死』させることができない。なぜなら、純粋なる生命停止の概念など、存在しえないからだ。眠るように死ぬのだとしても、それは『衰弱死』でしかない。その他、『病死』、『事故死』にも、想像が届かない。そもそもそれらは『殺し』ではない。


 この世に存在しうる全ての概念を顕在化するターレスは、その多様性ゆえに、たった一つの結末に辿り着けない。


 八鳥愛璃は、その真逆。彼女には『斬る』ことしかできない。生まれながらの人斬りであり、誰も救うことができない殺戮の鬼。


 だが、それ故に。彼女の一刀は、世界の全てを両断する。


 ビルが斬られ、道路が斬られ、車が斬られ、銃が斬られ、大砲が斬られ、ミサイルが斬られ、炎が斬られ、風が斬られる。


 それらは全て、その動きを制止していく。あたかも、『斬られた』ことで、エネルギーという名の『魂』をも失ってしまったかのように。


「ありえないありえないありえないありえない! おかしいおかしいおかしいおかしい! この化け物が! クリーチャーが! 被創造の存在が!」


 目を血走らせ、額に青筋を浮かべて、ターレスが怒りを爆発させる。


「殺す! お前は、僕がこの手で殺す! できるさ! できるとも! なぜなら。なぜならなぜなら! ――なぜなら僕が、『神』だからだ!」


 閃光が弾けた。


 辺り一面が、白と黒の陰影と化していく。八鳥が左手で両目を覆い、段々と明るさが戻ってきたときには、既にターレスの姿はそこには無かった。


 光が、降ってくる。最初、八鳥愛璃はそれを雪だと思った。だが、違う。風に吹かれて、ゆらゆらと揺れている。羽だ。白銀の羽毛。雨の中でもその柔らかさは失われず、太陽光に照らされているかのように虹の輝きを持つ――。


「――天使」


 顔を上げる。


 遥か彼方上空。辛うじて残っていたビルよりもさらに上を、ターレスが飛んでいる。


 全身が白銀に発光し、背中からは六枚の羽が生えている。その内、四枚が体を覆い、残る二枚をもって飛翔していた。


「我が名はターレス。四賢人の一人にして、『概念』を司る者。この時代の『概念』は、全て僕のものだ!」


 彼の頭上に、光が集中していく。あれは全てを『殺す』光だと、八鳥愛璃の直感がささやきかける。刀を。肉体を。彼女という『概念』そのものを押し潰す光。


 だが、それでも。


「言ったはずだ。貴殿は某が斬ると」


 刀を鞘に納め、右手は柄に添えるのみとする。


 斬撃は不要。それどころか、刀を抜く事すらしない。先ほどまでは形だけでも刀という道具を頼っていたが、それでは天使を斬ることなど不可能だと、本能が知っている。


 頼りにするは、己が頭脳。己が意識。己が魂。目を瞑り、思考回路を駆動させ、ただ一つの結末をもたらすべく集中する。


「天上天下唯我独尊。我ある故に我を知れ」


 空気が焼け落ちる音が聞こえてくる。ジリジリと。チリチリと。肌が焙られていくのがわかる。風が吹き荒れ、大地が揺れる。


 その、全ての感覚が、遥か彼方へと遠ざかっていく。


 喜びも。怒りも。哀しみも。楽しみも。


 恐怖も。


「虚空の涅槃。開闢の赤子。世の禍つは無窮無双の混沌よ」


 全てが暗闇の中に消え、己が存在をも消え失せ、それでも残るは、ただ一つの概念のみ。


 斬。


 その概念は単純であるが故に、無限の叡智を打ち砕く――!




「――無刀奥義! 天衣(てんい)裂帛(れっぱく)!」




「――万物は神(God is )々に満ち(your )ている(world)!」




 八鳥愛璃とターレスの叫びが交錯する。


 彼女の両目が見開かれ、その瞳に天使が映り――。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ