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第三章 暗転-3





 御影奏多がボクシと合流してから数十分後、エンパイア・スカイタワー最上階にて。


「以上で全てです。ターゲット、および、敵方の超能力者を取り逃がしてしまったことを、深くお詫び申し上げます」


 御影の起こした突風で頭からカフェに突っ込んだにもかかわらず、傷一つなく本部へと帰還したレイフ・クリケットは、およそ反省の色が見られない能面のような顔のまま、淡々とヴィクトリアへの報告を済ませていた。


「別に構わん。むしろ、この状況下で、よくぞ敵の情報を入手してくれた。感謝する」


「寛大な処置を、ありがとうございます」


 あくまで口調を変えることのないレイフに彼女は苦笑しつつ、円卓に座る面々をぐるりと見渡して言った。


「聞いてのとおりだ! レイフ大佐が接敵した場所から、半径一キロの監視カメラのデータを入手しろ! 至急だ!」


「残念ながら、それは不可能です、レーガン元帥」


 円卓の末席近くに座っていたかなり若い男、情報管理局局長、ケース・ニーラント少将は、ヴィクトリアの視線にものおじすることなく、周囲にいくつものホログラムを展開して続けた。


「先ほどクリケット大佐が接敵した現場の近辺で小規模な停電が発生しました。現場にあったカメラは、どれもおざなりの物ばかり。電池内蔵型の物は少なく、敵の足取りを掴むことは非常に困難だと思われます」


「今度は停電か。まったく、次から次へとやってくれる。他に情報は?」


「ありません。しかし先ほど、『ターゲットがEの四ブロックにいた』という誤報が現場で飛び交っていた事実が確認されました。敵方に、情報戦にたけた者がいると思われます」


 つまりは、ターゲットを連れた超能力者には、協力者が複数いるにとどまらず、現場の隠蔽工作のスペシャリストがついているということだろう。


 ルークの動かせる手駒は元から少ない。であるからこそ、彼に味方しそうな実力者となると、範囲はかなり絞られる。


 予想が正しければ、ターゲットを手中に収めることは格段に難易度が上がることだろう。ヴィクトリアは目を細めると、円卓に向かい言った。


「諸君。私はボクシが公理評議会についていると予想するが、異論はあるか」


「ぼ、ボクシがでありますか?」


 まっさきにその単語に反応したケース中将が、信じがたいといった様子で言った。


「ですが、あの傭兵は基本的に気分屋です。自分が興味を持った事件にしか干渉せず、ましてや治安維持隊と対立することなど、今まで一度もなかった」


「だが、他に候補がいないことも確かではないかね?」


 アーペリ中将が葉巻の先をライターであぶりながら、割り込むようにして言った。


「つまりは、この一件が彼女のお眼鏡にかなったと、そういうことだろう。正直言って、くだんの超能力者以上の脅威だと私は思うがね。彼女が力づくで『聖域』へとターゲットを連れて行こうとしたら、どうするつもりだ?」


「その心配には及びません」


 落ち着いた、しかしそれゆえによく通る男の声が、ざわついていた円卓を沈黙させた。


 声の主である超越者、レイフ・クリケットは、円卓の超越者専用の席に腰を下ろすと、ヴィクトリア・レーガンをまっすぐに見つめた。


「たとえ彼女が自らターゲットを『聖域』に連れていくことを画策していたのだとしても、私がいる限り許しません」


「たとえ、超能力を封じられていたとしてもか?」


「無論です。超能力を考慮せずとも、私は治安維持隊最優の兵士ですから。無論、あくまでサポートに回られた場合には、私にできることは少ないですが」


「だそうだ。諸君、何か言いたいことは?」


 超越者という肩書のみならず、治安維持隊で最も成果を上げている男の言葉だ。異論などあるはずもない。ターゲットを取り逃がしてはいるものの、そもそも居場所をまったく特定できていなかったのだ。


 理由を聞けば、『被害報告と地図を見れば大体予測ができる』とのこと。おまけに、『敵超能力者はこちらの動きを読み取ることができるが、それは屋外に限る』という仮説まで立てていた。先ほどの報告から判断しても、その予想は正しいだろう。


「どうやらないようだな。大佐は座りたまえ。彼女に関して言えば裏方の仕事に回られた方が厄介だともいえる。ゆえに我々は、断固たる決意をもってことに臨まなくてはならない」


 ヴィクトリアは椅子から立ち上がると、両手を大きく広げてみせた。


「我々が持っていて、評議会が持っていない物はなんだ? 圧倒的な物量、そして、絶大なる権力だ。エイジイメイジアの平穏は我々の手によるものであり、支配するのもまた我々である」


 ゆえに、と、彼女は不敵な笑みを浮かべて続けた。


「使える物は全て使う。諸君もそれなりの覚悟を決めてほしい」


 ヴィクトリアが元帥の座についてから七年。円卓の連中は既に、ヴィクトリアが常に有言実行を心がけてきたことを嫌というほど知っている。だからこそ、『全て使う』という言葉が文字通りのものであることを理解して、みな一様に緊張の色を見せていた。


 今から始まるのは、文字通りの総力戦だ。たとえ敵がたった一人の超能力者であったのだとしても容赦はしない。徹底的に追い詰め、すり潰し、粉砕する。


「ヴィクトリア、見つかったぞ。アカウントナンバーはどうせすり替えられているだろうが」


 そして、治安維持隊が戦うべき相手の名が、今ここに。


 会議の間もひたすら超能力者のリストをあさる作業を続けていたザン・アッディーンの手によって、ヴィクトリア、そして、円卓の面々へと提示された。


「敵超能力者の氏名は、御影奏多。第一高等学校四年生の主席だ」


 ヴィクトリアの後ろに浮かぶ巨大なホログラムウィンドウに表示された一人の少年の姿に、皆一斉に息を呑んだ。


「馬鹿な……学生だと?」


「こんな子供に、我々は翻弄されていたというのか?」


「……諸君。問題はそこではないだろう」


 ヴィクトリアの静かな怒りを孕んだ唸り声に、円卓が完全に沈黙した。

 彼女は怒りのあまり手が震えそうになるのをなんとか抑えつつ、一言一言をその場にいる全員に突きつけるようにして言った。


「主席にまでのぼりつめ、治安維持隊と渡り合えるほどの実力者が、なぜ今まで無名でいられたんだ」


 学校での成績データを見れば見るほど、御影奏多が将来有望な人材であることがよくわかる。ペーパーテストでは十位圏内。実技では中学四年生のときから常にトップ。そして実技においては、実に幅広い分野で高得点をたたき出している。


 ザン・アッディーンは手元のホログラムをスクロールさせて、そこに表示された超能力者としての御影奏多に関する情報を読み上げて言った。


「能力は気体の運動を操作するもの。気流を操るのみならず、その動きを読み取り、周囲の地形、生物の有無を確認することが可能。さらに、少々時間はかかるものの、気流を束ねることにより超越者級の一撃を実現することもまた不可能ではない、だそうだ」


「これで、バレットの連中が一掃された理由がわかったな。位置探査に長距離砲撃も可能とは。対軍においては治安維持隊の人間と比較しても最優候補じゃないか」


 簡単に言えば、『一歩も動かずに遠距離の敵を撃破する』という反則じみた『性能』の人間兵器であるということだ。であるからこそ、非常事態宣言を出した直後に、ああも治安維持隊の動きをかき乱すことができたのだろう。


 超能力者は基本、お飾り的な存在であることは否めない。超常の力を操れるという事実そのものが抑止力となるのであり、実際に現場で役立つ超能力者の存在は治安維持隊でもかなり貴重なものだ。実用性があるのは、超越者を含めても数えられるほどしかいないのが現実だった。


 だからこそ、本当の意味での人間兵器の育成は、治安維持隊にとっては最優先事項の一つであるはずだった。金の卵が足元に転がっていたことに誰一人気がつかなかったばかりか、あまつさえそれを評議会ごときにかっさらわれるなど言語道断だ。


「どうやら、この事件にひと段落がついた暁には、人事の大幅な見直しが必要なようだな」


 何人かが不安そうな表情になるのに、ヴィクトリアは内心舌打ちする。ここでうろたえるような連中は、その大半が無能であることはわかり切った話だった。


「とにもかくにも、まずは今を乗り越えてからだ。では、作戦を立案していこうじゃないか」


 肌がひりつくほどの緊張が、だだっ広い部屋の中を凍り付かせていく。ヴィクトリアはその雰囲気の全てを無視して告げた。


「まず一つ。ターゲットが超能力発動を阻害可能であることは、一部の人間にのみ公開するものとする。その理由は後で話す。そして二つ目。公理議事堂、エンパイア・スカイタワー、最高裁判所、及び、かの神居がある主要ブロックの住民に対し、避難勧告を発令しブロック全体を封鎖。そして、『聖域』たる公理議事堂を完全包囲し、これもまた封鎖する」


 将軍たちのうち何人かが、驚愕のあまり椅子から立ち上がった。ケニー・ニーラント少将は顔を青ざめさせ、古参であるアーペリ中将もまた、葉巻を床に取り落としている。ただ一人、レイフ・クリケットだけが彫像のように動かず、何の反応も示さなかった。


「主要ブロックの封鎖? それはあくまで机上の緊急プランであったはずです! くわえて、公理議事堂ですと?」


「正気ですか、元帥! 曲がりなりにも、政治の中心地ですぞ! そこを包囲? さらには封鎖? クーデターを起こすに近い愚行だ!」


「すでに傀儡であるとは言え、この国唯一の立法機関! なぜ公理議事堂の敷地が『聖域』と呼ばれているのか、知らないわけではありますまい! 軍隊不可侵の地ですぞ!」


「責任を取る覚悟がおありですか、元帥!」


 一人の将軍の言葉に、ヴィクトリアは鼻を鳴らした。


「責任だって? 貴様らこそ、責任を取る覚悟はあるんだろうな? 最善を尽くさず敗北したという汚名をその身に背負うことができるのか? 記者会見の原稿は用意済みというわけか」


 ヴィクトリアの言葉に、先ほどまで真っ赤になっていた男たちの顔がみるみる青くなり、さらには燃え残った灰にも似た白へと変わっていった。


 一人、また一人と、何も言うことなく着席していく。全員が席に着いたタイミングを見計らったかのように、エレベーターの到着音が鳴り、中から二人の男女が降りてきた。


 男はサングラスに革ジャンとジーンズ、女は着物姿という、およそこの空間には似つかわしくない格好をしている。しかし部屋にいる誰もが、その服装をとがめようという気すら起こしていなかった。


 超越者、マイケル・スワロウ中佐。


 同じく超越者の、八鳥愛璃大佐。


 いずれも、レイフ・クリケットに勝るとも劣らぬ実力者であり、格調高い軍隊がある程度の自由を認めざるをえなかったほどの曲者たちだった。


「二人とも、ちょうどいいタイミングで来たな」


 もはや絶句するしかない周囲を愉悦に満ちた嗜虐的な顔で眺めながら、ヴィクトリアは円卓の席に着いた三人の人間兵器へと告げた。


「このたびの作戦には、超越者からは貴様ら三名を出撃させる。何か質問は?」


「ハハッ! おいおい、正気かよ、ヴィクトリアさん! 一人の超能力者相手に、超越者を三人? 戦力過剰にもほどがあんぞ、オラ」


「一つ、質問してもいいだろうか」


 品位の欠片もない笑い声を上げて椅子にふんぞり返るマイケル・スワロウの横で、八鳥愛璃が目を細めてヴィクトリアの顔を見つめた。


「相手の生死は問わずとも?」


「無論、構わん。ターゲット、及び御影奏多は、見つけ次第貴様らの手で抹殺しろ」



  ※  ※  ※  ※  ※



 中央エリアの某大通りにて。


「……何だって?」


 ティモ・ルーベンスは、こちらをこびるように見つめてくるのが正直気持ち悪いジミーに対し、思いっきり顔をしかめてみせた。


「正気かお前。確かに情報管理局にはつてがないこともないが、ばれたら俺たちそろって首だぞ。いや、それどころか即軍法会議だな。最悪、反逆罪で銃殺だ」


「おおこわ。じゃあバレた時には、司法の皆様に全ての望みをかけることにしよう」


「裁判官も軍の意向は無視できない。今この世界の権力を握っているのは、実質治安維持隊だ。わかっているだろう」


 司法だけではなく、公理評議会の評議員も軒並み首根っこを掴まれている。唯一対抗できるのが、選挙で選ばれた政治家ではなく、裏方に徹してきた官僚組織というのは何とも皮肉な話だったが、それが現実だから仕方がない。


 その治安維持隊に身の程知らずにも喧嘩をうった犯人には、正直同情を禁じ得ない。清廉な心の持ち主である可能性も考えるとなおさらだ。治安維持隊が悪だと断じた人間にも、むしろ人格者と呼ばれるべき者たちが少なからずいることはルーベンスにもわかっていた。


 だが、それとこれとは話が別だ。


「いいか。仮にの話だ。仮にお前の言う通り、犯人があのお嬢さんの知り合いなのだとしても、この職場では同情なんて最も不必要な物なんだぞ。俺も感じるものがないことはないが」


「でも、君一人暮らしだから、もし死んでも悲しむ人いないよね?」


「いるわ、少しは! というかお前は悲しまないのかよ!」


「アハハ。悲しみたくても、僕の元同僚たちは結構な数が、あの世への片道切符を手に引退旅行でどっかいっちゃったからね。今更供養すべき人間が一人増えたところでって感じ?」


「そんな身の上でそんな結論に達するのはお前だけだ、馬鹿!」


 いやだからね、と、ジミーは顔面に拳を叩き込みたくなるほど朗らかな表情で続けた。


「生き残ってしまった僕たち大人は、次の世代の声を尊重すべきだと思うんだよ。おっさんになったら、人間はもれなく老害なんだぜ?」


 話をすり替えるなと怒鳴りつけようとしたところで、その次の世代とやらがいつの間にやらジミーの背後に立っていたことに気がつき、ルーベンスは口をつぐんだ。


 学生警備副隊長、エボニー・アレインは、ジミー・ディランの部下だとは思えないほどに見事な敬礼をすると、彼の目をまっすぐに見つめて言った。


「お願いします、ルーベンス少尉」


 思わず目を伏せたくなるが、一学生相手にそんなことをしては大人げないどころの話ではない。苦々しく思いながらもしっかりと視線を受け止める彼に、エボニーは容赦なく告げた。


「治安維持隊の意に反することはわかっています。でも、全てが終わってしまう前に、この目と耳で確かめたいんです。アイツが、本当はどういう人間なのかを」




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