第二章 レール上をひた走り-6
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環状高速道路西口。
『なあ、ジミー』
まさかの人物との会話の後に、しばし我を忘れていた彼は、再び通信を繋いでいたティモ・ルーベンスの言葉で我に返った。
「うん、何? 僕は今、ちょっと考え事をしているのだけれども」
『通信中に相手を放って物思いにふけるな。で、今回の犯人だが、どうもやることが大胆すぎないか? 自分に過剰な自信を持っているというか、国家権力を見下しているというか』
ルーベンスの指摘に、ジミーは口元に運んでいた手を止めて思考した。
一連の出来事を見ると、そう判断できなくもない。検問を単身突破し、バリケードを正面から破壊する。普通の人間ならば、たとえ力があったとしても心理的にできないことだ。
『そういう馬鹿が相手だと、こちらとしては本当にやりづらいよな。馬鹿の考えていることは理解できない。だからこそ……何をしでかすか、わかったもんじゃねえ』
※ ※ ※ ※ ※
サイドカーがエボニーの横を通り過ぎる。白と茶の物体が零れ落ちるのが、一瞬だけ見えた。
何が起こったのか、わからなかった。
何が起きたのかが分かった後も、感情がその現実を拒絶していた。
何が起きたのかがわかって、それを飲み込んでしまった瞬間、脳内が灼熱に塗りつぶされた。
「…………殺してやる」
自分の物とは思えない、修正不能なまでにかすれ切った声が吐き出された。
悲鳴とも叫び声ともとれる、ガラスをこすったような耳障りな音が、鼓膜を内側から引き裂いていく。熱い液体が両目からあふれて、視界を濁らせた。
荒ぶる意識とは対照的に、わずかばかり残された理性が殺意で冷徹に凍り付いていく。エボニーはライターをあらんかぎりの力で握りしめ、前方へと突き出した。
そして、彼女は。
まだ走行中のバイクの上に、御影奏多が直立しているという、冗談のような光景を目撃した。
だが、そんなことでは、エボニーの心は動かされなかった。
彼女の心の琴線を鋭利な刃物の如く切り裂いたのは、傍らに浮かぶホログラムの映像だった。
フルフェイスメットの影となって、彼の表情はほとんど見えなかった。だが、奇跡的に覗いていた両目に、彼女の視線は釘付けとなった。
その双眸に秘められた物を、何と呼べばよかったのか。
こちらに対する憐憫か。自らの行為への痛恨か。どちらでもあるような気がしたし、どちらでもないような気がした。
その瞳が、あまりにも虚ろだったから。ひたすらに虚無で、どこまでも茫漠とした。およそ、生きている者のそれとは思えないほどに、生気を見出すことができない眼差しだったから。
彼の呟きをマイクが拾い、画面越しに彼女の元へと届けられた。
届けられたときにはすでに、彼女の超能力は発動されていた。
縄に似た火の帯が、御影の乗るバイクへと走り、そして。
彼が上に立つ赤い色をした大型自動二輪車が、凄まじい轟音と共に、爆発、炎上した。
※ ※ ※ ※ ※
環状高速道路上での爆発は、かなり離れた場所にまで爆音が届くほど大規模な物だった。
現場周辺にいた一般人は、ある者はただただ呆気にとられ立ちつくし、またある者は己の信仰する神の名を口にし、またある者はウィンドウを出現させ、現場の撮影、録画を試みた。
その事件は、ただでさえ混乱の最中にあった中央エリアを、恐怖の渦へと叩き込んだ。現実世界の市民はただただ狼狽し、ネットの住人たちは様々な憶測や、根拠の無いガセネタを、喜々として垂れ流していった。
そして、某ビルの一室にて。
「アハハハハハハハ! こいつは面白い! やってくれたな!」
ヴィクトリアは、ホログラムウィンドウに表示された情報を見て、目じりに涙さえ浮かべながら腹を抱えて笑っていた。
その傍らに立つアッディーンは、あくまで冷静沈着な態度を保ち、カラカラと笑い声を上げるヴィクトリアに静かな口調で問いかけた。
「つまりは……こちらが出し抜かれたと。そういうことか?」
「その通りだ、ザン。この勝負、ひとまずは向こうの勝ちだよ」
敗北宣言をしているわりには、妙に嬉しそうな顔をしながら、ヴィクトリアはまた両足をテーブルの上にのせた。窓の向こうでは、林立するビル群が夕日の色に染まりつつあった。
「ルークが動かせる手駒は少ない。公に組織を動かせば、それが後に致命的な破滅をもたらすことを、奴は知っている。ゆえに、完全に部外者の人間に依頼して、ターゲットの保護をさせることしかできなかった。その前提は、確かに間違っていない」
戦力差は圧倒的で、ルーク側の勝ち目は皆無に等しい。彼に味方するメリットなど普通は存在せず、己の力に驕った超能力者を誑かすのが限界だという、先入観があった。
「私も馬鹿だった。いや、奴らの馬鹿さ加減が、私の予想を上回ったというべきか」
これはある意味で、驕っていたのは自分たちのほうだったということだろう。圧倒的な戦力を有していることで、根拠のない思い込みをしてしまったのだから。
「……世界を敵に回せる大馬鹿が、まさか一人だけではなかったとはな」
※ ※ ※ ※ ※
環状高速道路、爆発地点。
ジミーは現場に到着すると、道路の隅にバイクを適当に止め、ヘルメットを頭からむしり取った。一陣の風が、汗で湿った頬を撫でていく。彼はヘルメットを座席の上に置いて、ポケットに両手を突っ込むと、治安維持隊の人間がたむろしている現場へと歩いて行った。
先ほどから、風の勢いが強い。ルーベンスの話によると、爆発の直後には、台風もかくやという強風が検問付近でも吹き荒れていたのだという。御影奏多の超能力の余波が、未だに残っているということだろう。
「本当に、酷い子だ。きっと、エボちゃんが怒りのあまりバイクを爆発させてしまうところまで、計算していたんだろうね」
彼の能力ならば、爆発を逆に利用して高速道路から離脱することも可能だろう。そう。彼一人だけなら、隊から逃げおおせることは、それほど困難なことではなかったのだ。
御影奏多のしたことは単純だ。ターゲットを連れていては、中央エリアに侵入することは困難。ゆえに、まずは自分が先に突入して、囮になったというだけの話だった。
検問を真正面から突破することによって、自身に注目を引き付ける。そうすることで、その一帯の検問の監視を緩和させ、中央エリアへ入ることを容易にする。あとは、協力者を用意さえすれば、少女を安全に中央エリアへと運ぶことができるようになる。
おそらくは、御影奏多は敵陣営における最強のカードだったのだろう。その彼がターゲットから離れるという選択をすることを、上層部は見抜けなかった。否、彼に味方する人間がまだいたということを、予測できなかったというわけだ。
「おそらく上の皆さんは、ターゲットを連れている人間が最初は一人しかいなかったことを、事前に知っていたんだろうなあ。でなければ、こんなことにはならなかったし」
つまりは、検問ができるまでの数時間のうちに、彼は協力者を見つけ出したということになる。こればかりは、運が彼に味方したというべきかもしれない。
「だけど、一体どこの誰が、あの子に協力したんだろうねえ。友達少ないはずだけど」
御影本人が聞いたら若干落ち込みそうなことをさらりと言いながら、彼はため息を吐いて、その友人の一人である彼女がいる場所へと足を向けた。
エボニー・アレインは、道路の端に傍に座り込んで、膝の間に顔を埋めていた。そのすぐ隣では、ティモ・ルーベンスが高速道路の塀に寄りかかって、今なお炎上しているバイクをじっと見つめていた。
ジミーの足音を聞きつけたのか、ルーベンスは現場から彼の方へと視線を動かすと、一度肩をすくめて、何も言わずに立ち去って行った。どうやら自分が来るまで、エボニーには誰も近づけないでくれていたらしい。人間として素晴らしいとは思うが、出世には向いてない性格だと思いながら、ジミーは先ほどまでティモのいた場所で立ち止まった。
「……隊長、ですか?」
「そうだよ。地味で頼りない上に、いつも偉そうな隊長様だ」
彼はそう言って、胸ポケットの箱から煙草を一本取り出した。
「ま、いろいろあったみたいだけど、とりあえずお疲れ、エボちゃん」
「…………その慰め方……卑怯です……」
少しすねたような口調に、彼は淡い苦笑を浮かべると煙草を口にくわえた。エボニーが顔を上げて、こちらに視線を向けてくる。少し目が赤くなっているような気がしたが、それを指摘するのは野暮もいいところだった。
夕日のせいだということにしておこう。そうやってごまかしたほうが、楽に生きていくことができるから。物事に対する痛恨を、やわらげることができるから。
もっとも、ごまかしようのない現実というのも、世の中には存在するが。
「あのサイドカーの中身は、私たちが探していた少女ではなかったんですよね?」
風が強く吹いている。さすがに気がついていたかと思いながら、ジミーは煙草を一度、口元から離した。
「さっき、ルーベンスから映像を見せてもらったよ。白のワンピースを着た、クマの人形だった。ハッハ、意外にもかわいいところがあるじゃないか、『彼』は」
なかなかにユーモアのセンスがあると思う。完全に予想外だったのか、エボニーが笑うまいとしている様子が見ていて面白かった。そう口にしたら、文字通り焼かれるが。
「すいません。私は最初から最後まで、あいつの掌の上で踊らされていました」
「謝ることはないよ。全員がそうだったんだから」
ジミーがエボニーに煙草を差し出すと、彼女は右手に握っていたライターを近づけて、フリントホイールを回した。気泡がはじけるような音とともに、白い棒の先に橙の輝点が出現する。彼はそれを再びくわえた。
彼の口から紫煙が吐き出され、夕日の中を雲となってたなびいていく。エボニーはぼんやりとした表情でそれを追いながら、ポツリと呟くように言った。
「爆発の直前、彼は通信で、私にこう言ったんです。『すまない』、って」
一滴の水滴が、彼女の頬を流れ落ちる。反射的にその光景から目を逸らしてしまった自分が嫌になって、彼は珍しく顔をしかめると、まだ少ししか吸っていない煙草を放り捨てた。
「隊長。御影奏多は……私の、友達は……なぜ、戦っているのでしょうか?」
「……」
「私たちは、なんであいつと戦わされているのでしょうか? そして……」
……彼は、また、私のいるところに、帰ってきてくれるのでしょうか?
エボニー・アレイン。学生警備の副隊長であり、第一高校でも三本の指に入るほどの実力者。
彼女は聡い。おそらくはもうすでに、ある事実について気がついているのだろう。
治安維持隊が彼の逃走を許した最大の理由、アカウントナンバーの消失。しかし、彼女が御影奏多と先ほど連絡を取り合っていた以上、変更された御影のナンバーが履歴として彼女の端末に残されている。エボニーは既に、彼のアカウントナンバーを入手しているのだ。
だが、彼女にはきっと、それを治安維持隊に教えることはできないだろう。さらに言えば、ジミー自身にもまた、それを止めなくてはならない理由ができてしまっていた。
「エボちゃん。君には知る権利がある。君が望むなら、今回のことについて、僕が知っている限りのことを話そう。だけど、約束してくれ。絶対に、他人には話さないと」
そう。沈黙を保つことが、先ほどジミーがあの男から告げられた、情報の対価だった。だが、エボニー・アレインという人間になら話しても問題ないだろう。むしろ、話す義務がある。
「ついさっき、僕はある人物からの通信を受けた。その男の名前は、ルーク。僕の元同僚であり、かつ今回の事件の中心にいる人物だ」
「…………」
「結論から言うと、御影君のアカウントナンバーを治安維持隊に教えてはならない。絶対に秘匿するんだ。それから……」
突然治安維持隊への反逆行為を強要してきた上司に対して戸惑いの表情を浮かべる彼女に、ジミーは淡々と、しかし容赦なく告げた。
「今の状況は、彼にとって最悪だ。彼が生き残れる可能性は……限りなく、ゼロに等しい」
※ ※ ※ ※ ※
きらびやかに輝く世界には、必ず底知れない影が同居している。
首都トウキョウ、中央エリアもその例外ではない。メインストリートには監視カメラが完備され(ナンバーを利用した位置探索システムによって飾りになりつつあるが)、犯罪者は治安維持隊により淘汰されるが、その傍らの裏通りには金と暴力が支配する暗黒が広がっていた。
現在、服と肌を黒い煤で汚した御影奏多がいるのは、その監視カメラの目もまた届かないような場所だった。住む者のいない空き家が連なるその場所は、犯罪者、社会不適合者にとっては、格好のたまり場となる。
彼は壁がツタに覆われた一軒家の玄関先に腰をかけ、ぼんやりと空を見上げていた。
※ ※ ※ ※ ※
――数時間前。とある公園にて。
「御影だ。ルーク、お前にしてもらいたいことがある」
御影の言葉に、赤茶の制服を着たルークは、ホログラムウィンドウの中で右手でゆっくりと顎を撫でた。
『もちろん、我々にできる限りのことはしよう。しかし……』
「わかってる。治安維持隊から増援をよこすとかは無理なんだろ? だが、隊以外の人間を動かすことは可能なんじゃないか?」
『……ひとまず、話を聞かせてもらうことにしようか』
「まず一つ目。情報の攪乱だ。ネットの掲示板等で、『中央エリア封鎖は治安維持隊によるクーデターだ』というデマを流してほしい。どこまで役に立つかはわからないが」
大した効果が得られないのだとしても、やらないにこしたことはないだろう。情報管理局まで機能不全にされているとなると、また話は別だが。
『いいアイディアだが、それは何も、隊以外の人間まで動かしてやることではないと思うがね。電脳の世界は存外狭い。数人程度でもかなりの攪乱が見込めるが?』
インターネットが登場してからというもの、個人が世界に及ぼしうる力は加速度的に拡大した。たった数人を騙すことさえできれば、あとは鼠算式にデマが広まっていく。ネットこそ真の情報が手に入るという思い込みは、情報統制が進んでないから生まれたものにすぎない。
「それは三つ目の方だよ。その前に二つ目だ。俺はこれから、クラスメイトの一人、学生警備の副隊長と連絡を取ろうと思う」
『それがどんなに危険な行為か、わかっているのかな?』
「もちろんだ。だが、アイツは……お人好しだからな。治安維持隊に俺の番号を教えることはできない。だが、万が一に備えて、アイツの上司を口止めしてほしい。それくらいなら、ブレインハッカーに権力を奪われた今でもできるだろう?」
「……正直おすすめしないけど、まあ確かに、学生警備だけなら問題ないだろう。あそこの隊長とは、個人的に知り合いだしね」
「そいつは重畳だ。次で最後。簡単な話、人手が欲しい」
『たとえ治安維持隊外部の人間だとしても、こちらの陣営に引き込むのは難しい。だからこそ、我々は君に護衛を依頼したわけだが、その事実を理解しているのかな?』
「大丈夫だ。俺に似た命知らずなら、何人か心当たりがある。いや、俺以上の大馬鹿者と言った方が正しいか」
御影奏多は唇の端を上げると、ルークに右手の人差し指を突きつけた。
「あいつらのアカウントナンバーは、既に手に入れてある。いやほんと、人生何が役に立つか、わからないもんだなあ、オイ?」
※ ※ ※ ※ ※
突然、バイクのものらしきエンジン音が御影の耳に届いてきて、彼は物思いから覚めると、視線を道路の方へと向けた。
見知ったデザインの青いバイクが近づいてきているのが見える。それにまたがる人物の姿を見て、御影は思わず吹き出しそうになってしまった。どちらかと言えばシンプルな造形をしたバイクと、奇妙奇天烈な格好をした彼はミスマッチもいいところだった。
「御影さん!」
革のジャンパーの肩から謎の棘をはやし、髪型は明るい赤のモヒカンな、いわゆるヤンキーの定型とも言えるそいつは、御影が貸したバイクの上からぶんぶんとこちらに大きく手を振ってきた。そういえば、男としては少し声が高い方かもしれないと、ふと思った。
御影が所有していたバイクを彼の前で急停止させ、モヒカンヘッドは右手の親指を上げた。
「作戦成功ですよ。野郎どももばらばらな方向に行かせたんで、偽装工作もバッチリっす!」
「そうか。やっぱお前有能だわ。ほんと、よくやってくれた」
御影奏多は小さな階段から腰を上げると、昨日の夜に御影から金をむしり取ろうとしてくださったヤンキーの親玉の元へと歩いて行った。バイクの隣に立ち、サイドカーの中を覗き込む。
その中では、鳶色の髪の少女が、幸せという言葉を具現化したかのような安らかな寝顔をしていらっしゃった。呆れたことに、未だ目を覚ます気配がない。
「すまないな。犯罪行為に加担させちまった」
「ノープロブレムっすよ! 一人の少女を助けるために世界を敵に回すとか、最高にクールじゃないっすか!」
「…………」
そういえば、こいつらのことはそう扇動したんだったか。我ながらくさい芝居だったものだ。
治安維持隊の名でルークにヤンキー軍団を招集させたときのことを思い出し、御影は微妙な顔でわしゃわしゃと髪をかき回した。
※ ※ ※ ※ ※
――高速道路突入数時間前。
中央エリアから三キロほど離れた場所で、御影はつい数時間前までは想定すらしていなかった事態に内心苦笑いしていた。
端的に言うと、御影奏多は包囲されていた。不良の皆様に。
不良集団からノゾムを救出する際に、まずは適当に半数ほど潰した後、逃げた者たちにもおって治安維持隊に拘束させるべく、モヒカンリーダーからヤンキー全員分のアカウントナンバーを聞き出していた。かなり面倒な作業だったが、やるならば徹底的にが御影のモットー。いや、正直やりすぎだったが、こうして役だっている以上、結果オーライだ。
「いいか、貴様らッ!」
御影奏多はヤンキーによる円陣の中心で、四百年ほど前の映画に出てきた某軍曹の顔を思い浮かべながら怒鳴りつけた。
「貴様らは人としてあるまじきことをした! その自覚はあるか!」
「「「すみません!」」」
「言葉の前と後に『サー』を入れろ! 分かったかウジ虫ども!」
「「「さ、さー、いえっさー?」」」
「ふざけるな! 大声だせ!」
「「「サー、イエッサーッ!!」」」
「五月蠅い! 黙れ!」
「「「ええ~ッ!?」」」
……やばい。これ楽しいぞ。癖になりそうだ。ハッハー。
「か弱い少女(笑)を誘拐し、あまつさえ暴行を働こうとした貴様らは畜生以下だ! このごく潰し! 母ちゃんが泣いてるぞ! 母親は大切に! 復唱!」
「「「サー、母親は大切に! サー!」」」
「そんなとこにまで『サー』入れるな! 馬鹿か貴様ら!」
人を思い通りに動かす快感は麻薬のそれに近いと聞いたことがあるが、なるほど、これならば、人が無駄に出世にこだわる理由もわかるというものだ。まあ、それはそれとして、いい加減本題に入らなくてはならない頃合いだった。
「本来ならば貴様らは、監獄に叩き込まれても文句は言えん! だが喜べ! 貴様らには、名誉挽回の機会が与えられたぞ!」
御影はサイドカーの中に手を突っ込むと、ノゾムの首根っこを掴んで持ち上げ、ゆらゆらと揺らして見せた。
「端的に言うと、コイツがピンチだ! 俺は現在進行形で平和にお寝んねしていらっしゃるコイツをぶんなぐ……助けたい! そのためには、貴様らの力が必要だ……」
※ ※ ※ ※ ※
……とまあ、ここからは以下略。ノゾムが今陥っている状況を、割と包み隠さず説明したところ、こちらの思惑以上に感銘を受けてくださったようで、当初の予想に反してなんと全員が進んでこちらの手助けをしてくれた。正直半分以上いらなかったが。
そこから先は面白いほどとんとん拍子に進んだ。まずはヤンキーが乗っていたバイクを一台永遠に借り受けて、高速道路に突入。周囲の検問が乱れたところで、怒れる一般市民にまぎれさせる形で、ヤンキーたちを複数の場所から中央エリアへと入れる。そして、不良共のうち最も有能そうだったモヒカンヘッドのリーダーに、御影のバイクとノゾムを託す。
あとは御影が追跡を振り切り、モヒカンと合流するだけだ。モヒカンが監視カメラによる監視が薄い地区を知っていたことは行幸だった。蛇の道は蛇。権力にたてつくときには無法者の手を借りるに限る。だんだん思考が本物のテロリストのそれになってきたような気がするが、それは気にしない。気にしたら負けだ。
「さて、お前の仕事はここで終わりだ。ありがとよ」
中央エリア裏路地の一画にて。サイドカーからノゾムの体を引っ張り出し、その辺に放り捨てながら御影がそう言うと、モヒカンは何故か敬礼をしながら言った。
「いやでも御影さん、問題なのはここから先でしょう? どこ行くんすか?」
「お前が教えてくれた道から……いや、言わないでおこう。その方がお前も安全だ。今日一日は俺のバイクを貸すから、適当に走らせろ。傷つけたらぶっ飛ばす」
「了解! では、ご武運を!」
モヒカンは慌てた様子でバイクにまたがると、御影の前から走り去っていった。乱暴な発進のさせ方に舌打ちしつつ、御影は玄関先の階段へと戻ると、再び腰かける。
ふいに、疲労がどっと肩にのしかかってくるのを感じた。今までずっと臨戦態勢でいたのだから当たり前と言えば当たり前だ。もちろん油断は禁物だが、しばらくはここにとどまっていた方がいいだろう。体力回復もそうだが、なにより……。
「こいつが起きない限りはなあ……」
マンホールの横で眠り続ける護衛対象の頭をかち割りたいという欲求と戦いつつ、御影奏多は右手で髪をわしゃわしゃと掻きまわした。敵が態勢を整える前に動くことも重要だが、まずはこちらの態勢が整わなくては意味がない。というか疲れた。せめて十分くらいは休憩を……。
「ふわあ……あ、おはようミカゲン! グッモーニン!」
……と思っていたのに、ノゾムが絶妙なタイミングで目を覚ましやがった。
「畜生ッ! どこまで空気読めねえんだてめえはあ!」
人気のない路地に、普段御影の周りにいる人間でも聞いたことのないような、悲鳴にも似た叫び声が響き渡っていく。
赤の色を濃くしつつある空の下、二人のとりあえずの目的地である『聖域』、エンパイア・スカイタワーが、治安維持隊の権威を主張するかのように、高々とそびえ立っていた。




