センジョウノキーボード
とんとん、こちらでよろしいですか?
暗闇に浮かび上がるその様は、まるで摩天楼のよう。
こぼれるように浮かび上がるその光は、天井を照らす。
どうして僕たちは、こんなことになったんだろう。
どうして、こんなに暗闇に怯えるようになってしまったのだろう。
いや、違う。
明るい所へ行けばいいのだ。
どんなに暗くても、いったん蛍光灯を付ければそれでおしまいだ。
そんな事は、問うまでもなくわかっている。
しかし、違う。
明るい所では、書けないこともある。
それはまるで検閲の様に、発想を奪い、ありきたりなものへと変えていく。
僕たちは声をあげたかった。
生まれ変わるような発想がほしかった。
そのためには、バックライトで光るキーボードが必要だったのだ。
暗闇の中でも、間違えることなくタイピングができるというこの発明は。
僕たちの心の声を、窓の外へと伝える術を与えた。
ドアの向こう側に漏れ出でる明かりに心を痩せさせることもなく。
まだ起きていたのと、激しくドアをノックされることもなくなった。
暗闇の中で、一心不乱にキーボードをタイプする。
カタカタと、秒針が動くよりも早く。
思いついては書き連ね、思いあぐねては消していき。
食料は、まだある。
時間の許す限り、打ち込める。
まだだ、まだ、眠らない。
どのくらい経っただろうか。
キーボードが、ぬるっとした。
はっと、今手を付けたものを確認する。
暗くて良く分からない。
慌ててティッシュを探す。
ガタン、と、ペットボトルが倒れ。
端から明かりがにじんでいく。
慌てて、電気をつける。
手を付けていたのは、あろうことかフライドチキン。
倒れたのは、スプライト。
集中するあまり、周りが見えなくなってしまっていたのか。
まさか。
まさか、こんな事態になるなんて。
てらてらとした油にまみれたキーボードが、泡を立てて沈んでいく。
そう言えば、二酸化炭素には消毒作用はあったのかな。
違う、それは過酸化水素水で、どちらにしても、キーボードには致命傷を負わせるのには十分。
タオルを、タオルを投げるんだ。
画面には、ああああああああああ……
まるで代弁するかのように。
暗闇の中で、そこまでしか頭が回らなかった。
僕は、寝ていたのかもしれない。
シリコンカバーをしておけば、よかった……
お付き合いいただき、ありがとうございました。




