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「心当たりがないって?」
「はい」
「でもあなた大賀士門なんでしょ」
「それはそうですが……」
食堂で出会った美女は士門の都合など考えることなく無理やり手を引いて連れ出した。食事も終わってないし、食器の片づけも終わってない。しかし、そんなことはお構いなしだった。
「ちょっと放してください! いきなりなんなんですか。そもそも誰ですか?」
手を振りほどいた士門は立ち止まる。美女も同時に振り返った。そしてやれやれといったオーバーリアクションで士門に語り掛ける。
「明星白亜よ。覚えてないの?」
名前に聞き覚えがある。脳の奥から記憶を引き出す。幼い時、夏休み、祖母の家、金髪の少女。記憶が一致した。三歳上の従姉の名前はハクア。長期休暇の度に祖母の家で一緒に遊んでいた昔の記憶。
「白亜!? アメリカから帰ったの? ……ですか?」
「なーに敬語なんて使ってるの? 気持ち悪いからやめて。年上だからって簡単に敬語使わないで。全く日本人なのね」
「白亜だって日本人だろ」
「半分はアイルランド系アメリカ人。忘れちゃった? それに日本よりアメリカでの生活の方が長いから」
「いつ日本に戻ったんだよ?」
「先週。この大学で働く為にね。それはそうと私の研究室に来て」
白亜に導かれるまま士門は移動することとなった。
「聞きたいこといっぱいあるでしょ? 聞いてもいいよ」
「大学の先生になったの?」
「そう。見ての通り」
「でも年齢的には無理だと思うんだけど」
「アメリカには飛び級があるって知ってる? 二年前の私が二十歳のとき博士論文が通って無事博士号を取得したわ。その後FBIで働いていたけど希望の部署に配属されなかったから辞めたの。その後は経営コンサルタント、ライターを経てこの大学に今いるってわけ。理解できた?」
「凄い……、経歴ですね」
「また敬語。虫唾が走るからやめて。私と士門の仲でしょ」
「う、うん。だけど白亜ほど輝かしい人生を歩んできた訳でもないし対等じゃないよ」
「士門。人間て基本的に対等なの。仙人とか聖人にならない限りね。それにパパから聞いたよ。士門あと少しで日本一難しい帝国大学に合格しそうだったってね」
「結局合格してないから意味ないよ。結局妥協してその人に見合った人生を送るしかないんだ」
「ネガティブだねー。生き方なんてそれこそ無限にあるのよ。悩みがあるならお姉さんが聞いてあげる」
「たぶん白亜に俺の悩みなんて理解できないよ」
「そうかなー。まあこの話は置いといて、到着。私の研究室」
気づけば二人は人文学部棟の四階の端まで移動していた。『416 明星白亜 講師』のルームプレートが掲げられている。
「Welcome to my office.」
白亜の流暢な英語で招き入れられた士門は研究室の中に入る。独特な香草のような香りで満たされたその空間は教会の様な神聖ささえ感じてしまう。部屋はアンティーク調で統一され両端に大きな本棚。真ん中にデスクがあり、年季の入った地球儀も置いてある。そしてなぜか部屋の四隅にビデオカメラが設置されている。
「研究室ってどこもこんな感じなのか?」
「それは研究者の趣味に左右されるんじゃないかな」
「そうなんだ。ところで白亜は何の研究をしているの?」
「よくぞ聞いてくれた少年。私の専門は表向きには考古学。実態は世の中のあらゆる不思議を解き明かすこと!」
書斎机に座りながら腕を組んで白亜は誇らしげに答えた。
「つまりどういうこと? 研究者って分かってないことを解き明かす職業だよね? その答えだと全ての研究者に当てはまると思うけど」
「我が従弟ながら察しが悪いわね。世の中の不思議と言えば、UFO、心霊、超能力、古代文明、クリプティッド、んーと日本語的にはUMAのことね。つまり超常現象のことに決まってるじゃない」
「本気で言ってんの? そんなの科学的じゃないし、どうやって研究費予算申請するんだよ」
「だから言ってるじゃん。表向きは考古学。そして科学的じゃないから研究しない。それこそ間違ってるんじゃないの? 科学は一つの解釈方法でしかない。論理立てて解釈すればオカルトだって立派な学術になる」
「確かに面白そうではある。だけど世間は認めないだろ」
「世間なんて関係ない。私がやりたいことをやる。それができる環境がここにはある。だからこんな三流大学の講師を引き受けたの。パパに無茶言ってね」
「本気みたいだね。応援はするけど世間の風当たりは決して優しくないと思うよ」
「トルネードくらいの風当たりでも問題ない。風なら回避すれば済むこと。それにさっきから他人事のように話を進めているけど士門も関係あるのだけど。今日から士門は私のアシスタントになるのよ。パパから聞いてない?」
「はあ!? パパって明星叔父さんのこと? 何も聞いてないけど?」
「That's right! パパは伝えてるって言ってたんだけどなー」
「いやいやいや。全く聞いてないけど。それに無理だって、自分の勉強もあるのに」
「Don't worry.」
「なんでも英語で言えばいいってわけじゃないんだよ。全然大丈夫じゃないし」
「困ったなー。それじゃあ今からパパに確認しに行く?」
「そうする必要がありそうだな。と思ったけど学部別新入生説明会忘れてた。もう始まるじゃん!そっちに行かないと」
「慌てないで。士門は参加する必要ないの。他の用事があるから私が直接授業履修方法とか単位の話をすると教授陣に伝えておいた」
「そんなのありかよ」
「ありなの」
「俺まだこの大学に一人も友達いないんだけど。最初の説明会いなかったらマジで変な奴認定されて友達できないから」
「私がいるじゃない。それとも私だと不満なの? こんなに綺麗で、可愛くて、賢くて、何でもできるパーフェクト美少女が身近にいるっていうのに」
「自分で言うなよ。不満はもちろんないけど男友達とか彼女とか欲しいだろ、大学生なら」
「知ってた? 日本って従姉でも結婚できるのよ?」
「知ってるわ! それに俺と結婚するつもりなんてないだろ。からかってんのか」
「結婚するかは分からないけれどからかったことは素直に謝る。それはそうとパパのところに行くよ」
そう言って白亜は部屋を出た。士門もそれに続く。白亜が部屋の鍵をかけ終わるのを待って明星学院大学の理事長である白亜の父親の部屋に向かった。まだキャンパスの地形や建物の配置は把握できていない士門にとって大学構内を歩くだけで胸が高鳴った。明星学院大学の学部は五つあり各学部棟が正門から近い順に経済学部、人文学部、教育学部、法学部、外国語学部と並んでいる。理事長の部屋があるのはそのどの棟でもなく大学本部棟である。人文学部棟からは三分程で行くことができる。
白亜とアメリカで暮らしていた頃の出来事について会話しながら移動していると、意味もなくキャンパスに散らばる学生たちの視線が集まる。当然皆が見ているのは士門ではなく隣を歩く白亜である。自分に向けられていないと分かっていても士門は恥ずかしさを感じた。
「ほんと嫌になる。日本の田舎ってちょっとでも外国人っぽい外見してるとじろじろ見てくるから」
「外国人だからじゃないと思うぞ。大学には普通に留学生いるし」
「この大学で知り合った留学生もよく見られるって言ってたけどなぁ」
「そうなんだ。それだけではないと思うんだけどな」
そう言いながら本部棟に入り、三階にある理事長室に向かった。理事長室のドアをノックすると秘書が出てきた。
「パパいますか?」
「いらっしゃますよ。どうぞお入りください」
秘書は笑顔で対応してくれた。
「白亜ー! パパ寂しかったぞー。同じ敷地内なんだからもっと頻繁に来てくれよー」
「はいはい。分かったから放して。ハグが長い」
理事長は笑顔で白亜に近づいてそのままハグする。さすがアメリカ文化。違和感なく抱き合っている。
「おお、士門君も来てたのか。まずは入学おめでとう。私を始め大学は君を歓迎するよ」
「叔父さん、今回はありがとうございます」
士門に気づいた理事長が歓迎してくれた。白亜の父親である明星要は灰色のスーツを着て綺麗な髭を蓄えた見た目も声もダンディーなおじさまだ。
「パパ。士門が私のアシスタントになること聞いてないみたいなんだけど。どういうこと?」
「ああその件か。入学前にたしか士門君には軽く伝えたと思うが。給付型奨学金を出す代わりに模範的な学生として大学の手伝いをしてほしいと。それが白亜のアシスタントという訳だ」
「ちょっと待ってくださいよ。簡単な業務と聞いていたのですが結構負担大きくないですか?」
「なーに心配することはない。難しい話ではない。それに勉学の時間が取れるか心配しているのかもしれないが白亜は天才だ。この子に指導してもらえば問題なかろう」
「確かにその通りだけど」
生活費が掛かっているとなれば断れない。それにそんなに悪い条件ではないと直感的に士門は感じた。
「そういうことだからこれからよろしく。士門」
握手を求める白亜はカッコよかった。目の前の従姉についていけば大学生活はより充実した生活になるのかもしれない士門はそう確信してしまった。受験の失敗から後悔と屈辱を感じていたこの一ヶ月ようやく士門の心に光が差した気がした。この瞬間の白亜は戦死した英雄を導くワルキューレのようだった。
「ああ、こちらこそよろしく」
一瞬迷いもあったがこの選択は間違っていないと士門は思うのであった。