転生その5
ある肌寒い夜に、僕は仕事の帰りに行きつけの居酒屋に立ち寄ってお酒を飲んで帰るつもりだった。
居酒屋に着き居酒屋の暖簾を潜ろうとした時、ふと僕は居酒屋の横の路地を見た。
路地の奥には人影が見えた。 そこには一人の老人が座っていた。老人は薄汚れた服を着て、無精髭を生やして顔は汚れて痩せている。
ふと老人と眼があった。老人は僕と眼があった事に気付くと、サッと眼を反らしてしまう。そして俯いてしまった。
僕は何故か老人をほっとけなかった。そしてゆっくり老人に近づき声を掛けた。
「あの・・・もし良ければ僕と一緒に御飯を食べませんか? 今から僕そこの居酒屋で飲んで帰るつもりだったんです。 何か一人では味気無く寂しかったので、良ければどうですか?」
「でも、私はお金が・・・」
「心配要りませんよ。僕が声掛けたんですから、僕が奢りますので。さぁ行きましょう」
老人は僕の誘いに乗り、二人で居酒屋に入った。
店の奥にあるテーブルに座り、店員を呼んで注文をする。
やがて料理が届き
「さぁ遠慮せず食べましょう。それでは頂きます!」
声掛けと共に僕達は料理を食べ始める。老人は涙を浮かべて料理を食べていた。
何か凄く嬉しい。偽善じゃなく、本当に一人は寂しかったから。喜んで食べてくれる人が目の前にいる。それが凄く嬉しくて楽しかった。
お酒も進んでほろ酔いになった頃
「お兄さん、本当にありがとう。とても嬉しくて楽しかった。お兄さん、もし良ければ私で良ければ話してみないか?辛いことがあったのじゃ無いのかい?」
「えっ、何故・・・」
「お兄さん食べながら泣いていたんだよ。だから」
頬に手をやると、涙が流れていた。 あれ?おかしいな? 泣く場面じゃ無い筈・・・。とても嬉しい筈なのに・・・。 ああ。僕は本当は辛かったんだ。今までこんなに楽しかった事はなかったから。目の前に喜んでくれる人がいる。楽しそうに話をしてくれる人がいる。 今までそんな経験をした事がなかったから。
僕はテーブルに顔を付けて泣き出してしまった。
老人は柔らかな笑顔で僕を見ている。
僕が泣き止んだ頃
「お兄さん、話してくれるかい?」
老人の声に促され僕は今までの出来事を語り始めた。 両親が幼い頃に死んでしまった事。それから僕は親戚の家をたらい回しにされた事。社会に出てから友達も出来ず一人で生きてきた事。生まれてこのかた彼女が出来なかった事。(これは余計だったかな?)
老人は僕の話を何も言わず聞いてくれていた。
そして
「辛かったねお兄さん。ありがとう話してくれて。私は御礼をしなければならない。こんな身なりの私に声を掛けてくれた。一緒に食事迄してくれた。嫌がらず優しく接してくれた。 私はとても嬉しかった。 ・・・お兄さん、今から私が言う事を信じて欲しい。信じてくれるかい?」
僕は頷く。
「お兄さん・・・今の状況を打開したいかい? 幸せになりたいかい? すべてを捨ててでも」
頷く。
「分かった。もう悲しむ事は無いんだよ。お兄さんの望みはきっと叶う。近い内に」
老人はそう言って微笑む。
僕も老人に微笑み返した。
「ありがとうお爺さん。お爺さんの言葉を信じます。僕こそありがとうございました。話を聞いてもらえて本当に良かった。お陰で気持ちが楽になりました。明日からも頑張れます。しっかり御礼頂きました」
老人は微笑むと僕の額に指を置き・・・離した。
?何だったのかな? まぁ良いか。暖かい指だったし、何だか安心出来たから。
居酒屋を後にした僕達は先の道で別れた。僕は去っていく老人の後ろ姿を見守っていた。老人が見えなくなるまで。
家に着くと、数少ない僕の家具の一つのベッドに体を投げ出す。そのまま額に指の余韻を残したまま眠りに着いた。
そして目が覚めると僕はあの真っ白な空間に居た。