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生誕

時間が流れ「こちらへどうぞ」とマイカに案内された先には、何千人も入りそうな巨大な空間が広がっていた。一面に壁画が描かれ石像が立ち並ぶ。

それらの細工の細かさには息が詰まりそうだ。


ガクが目覚めた部屋の、何倍もの大きさを誇る円形のステンドグラスが散りばめられ、入り込む日差しは聖堂に更なる神聖さを演出する。

過ぎ去った時代の重圧が肌をヒリヒリさせ、見るものを魅了し屈服させた。


ガクが試しに手を叩いてみると、音は壁に反響し幾重にも重なり合い余韻を残す。

信者が礼拝の際に座るのだろうか、多くの椅子がズラッとバランス良く整列している。



聖堂の最も奥には、『巨大な龍の石像』が己の権力を誇示せんかの如く祀られているのが見える。


・・・ガクは、その石像のスケール感に増して、形の異様さに衝撃を受けた。


大きな胴体は人間の何十倍もあろうかと感じる重量感に満ち溢れる。

両翼は全てを包み込むかの様相で広々と伸び広げられ、一本の太い首を中心として、全部で9つの首が生えていた。

そして何よりも、その禍々しさを増長させているのは、それぞれの顔に付随している3つの口だろう。


(あれが・・・神様・・・?)


ひとえに神と括ろうとも、ガクにはそれが神聖なものには到底思えない。

言うなれば、勇者が倒すべき悪の象徴と言った所か。


美しさなどどこにもなく、悪意、虚無、絶望がこちらを闇に引きずり込む『落ちていく魅力』に恐怖を感じた。


マイカの後ろについて聖堂の奥まで通路を進む。カッカッカと二人の歩く音が部屋に反射し重なり合う。


巨大な龍の石像に近づくと、その龍の前には9つの人を象った石像が鎮座していた。


ある石像は、頭に王冠を載せ右腕を振り上げている。

右に目を移すと、上半身に鎧を纏いながら何故か下半身には何も身に付けず裸体を露わにする石像が佇む。

はたまたピエロの格好をし、パンに齧り付く部分が象られた石像まである。


「あの巨大な龍がマイカたちの神なのか」

「そうです。私たちは主神を『九龍(クーロン)』と呼んでいます」

「あの姿形に言われはあるのかな」

「九龍の首は人間が持ちうる『9つの性格と大罪』を表していると伝えられています。そして――」


マイカの説明を遮るようにしゃがれた男の声が割り込んでくる。


「――ふぉっふぉっふぉ、その全てを併せ持ち、人や世界を見通す18個の大きな目と耳。そして、時には人に悟りを伝え、試練を与え、罪人を断罪する為の27個の口が付いていると信じられているのじゃよ」



男は九龍像の横の暗闇より、ガクの方へゆっくりと歩んでくる。


マイカは男を視認すると、その身を落とし、頭を垂れる。


白く長い髭と髪。

マイカと同じように白を基調とした服を纏い、頭の上の金色帽子は五角形の奇妙な形をしていて威厳を示すかの如く九龍の装飾が踊っていた。


どこか、童話に登場する魔法使いを思わせる風貌をした老人。


マクスウェル32世。

長きに渡り電界の迷える子羊を救い続けている九龍教の現教皇。

深く顔に刻まれた皺が顔に影を落とし、老人が歩んできた人生の深みを説明する。


「マイカ、今はよいのじゃ。顔を上げなさい」


マイカはハイと返事をして体制を戻す。


「初めまして・・・じゃな。ようこそいらっしゃった我らが『電界』へ」


目を少し細めながら、眩しいものを眺めるように老人は少年を見つめる。

ガクは、マクスウェルの空気感に圧倒されながら負けじと問をぶつけた。


「ところで、じいさん何で俺はここにいるんだ」


老人は悪戯な笑みを浮かべる。


「ふぉふぉっふぉ!それはおぬしに分かるわけがないじゃろうて。なぜならおぬしはわしに『召喚』されたのでな。その状況が瞬時に理解できたなら立派なものじゃよ。それは不可能に最も近くはあるがのう」


「召喚・・・俺が召喚・・・目的もなく召喚される事もないだろ。何をすればいいんだ!」


「おぬしには世界を、この『電界』を救って貰おうかのう」


「俺が世界を・・・救うだと?」


マクスウェルはガクの質問には答えようとせずに、傍らに佇むマイカに目配せをし、確認する様に重々しく頷く。


「時は満ちた。今こそ、最後の儀式じゃ。福音をおぬしに与えたもう」


そうマクスウェルが告げ天高く右手を上げると、待っていたかの如くパイプオルガンの音色が急に部屋に鳴り響く。


どこから出てきたのだろうか、一斉に黒い布を被った人々が周りを取り囲む。

逃げ道は、もはや遠くに消え去っていった。


(身体が・・・動かない・・・)

ガクの身体は、一瞬のうちに蝋人形に変貌したと思える程に身動きの自由が奪われた。


狼狽えるガクを尻目に、


歌が始まる。


物語が始まる。


マクスウェルはガクの前に歩み寄り、


その手を・・・彼の胸に差し込んだ。


ズブズブっという不快感がガクの身体を貫く。


皮膚や肉、骨さえも、もはやその意味を成さず老人の手を受け入れる。


「なに、そう力を入れるでない。男の子じゃろ、我慢するのじゃ」


痛みはない。

だが体の中を他の生物がザワザワと動く初めての感触にガクは息さえすることができなかった。


吐き気が胸から湧き上がり、吐瀉物と共に排出される。


(―――なんだよ、これ・・・)


ある一点でマクスウェルの手は止まる。


祈りの歌は更なる高なりを迎え。

世界は終焉を、そして新たな道が開かれる。


老人の手に力が込められると


ガクの『心臓』は音もなく



―――静かに、潰された感触だけ胸に残して。




―――――――○――――――○――――――○―――――


本日も聖都は晴天が続いている。

空は青ペンキで染め上げられ、いたずらっ子が描いたような入道雲が遠くに広がっていた。

ガクが多くの手提げ袋を抱えた手で日光を遮ると顔に濃い影を作り出し、夏の訪れ感じさせる陽気であった。


「―――ク、ガク!さっきから呼んでいるじゃないですか!」

「あ、ああごめんマイカ・・・なんか急に暑さで頭がぼーっとして」

「今日は、先週から私が楽しみにしていたお買い物に付き合ってもらう日なのですから!次は、商店街の外れの古着屋さんに行くのです。この程度の暑さで音を上げるようでは修行が足りません!」


マイカはプリプリと頭から煙を出しながら、我先にと商店街の人ごみの中をすり抜け歩いて行ってしまう。


(姫様はご乱心ってか・・・いや、厳密に言えば修道女だが)


一週間前、この世界に召喚された時の事を思えばマイカは別人の様に自分に心を許してくれている。

当たり前の関係性に安心感を抱きながら、ガクは彼女の背中を両手一杯の荷物と共に追いかけた。


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