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悪役令嬢と占い師

作者: 柑橘眼鏡

 商店街の一角に小さいテントのような建物があった。そこには未来を予知できると評判の占い師がいた。その占い師、つまり私は転生者であった。別に前世が占い師だったわけではないし、星を読むことなんてもちろん出来ない。ただ、この世界がゲームの世界だったのだ。それ故に私は予知することができた。

 ある日、散歩をしている途中で事故に巻き込まれた私はあっけなく死亡。ブラックアウトした視界に光がさし、思わず目を開けると驚くことにそこは草原だった。前世の姿形のまま倒れていたのであった。生まれ変わったというよりは突発的にその世界に現れた存在という方が正しいだろう。誰かの体を乗っ取ったわけでもなく、主要キャラに転生したわけでもなく、ただただ自分という存在が前世からまんま引き継がれただけであった。最初は色々と覚えていたが、時が経つにつれ記憶はどんどんボヤけていく。これは危険だと思った私は今後生きていく上で役に立つであろうゲームに関する情報は紙に記載した。おかげで読み返せばなんとなく思い出すことができるし、今はまだゲームが始まってないことも理解した。妹が痛々しくも音読し悶えていた設定資料の記憶を頼りに占い業を始め、ゲーム開始前の情勢を予知し、たまに恋愛相談に乗る日々を送っていた。

 穏やかな日常を過ごしていた私だが、そろそろゲームが始まるだろうと推測していた。というのも王様の容態が良くないのだ。このゲーム、王様の病気が発覚してから始まるのでそろそろ物語は大きく動くだろう。まあ、とはいっても登場人物達は貴族や騎士に王族なので、この市街地にある庶民派占い師の元に訪れることはないだろう。

 新聞や噂などで楽しむしかなさそうだと思いながら私は今日も店を開けた。





 隠れ家的居酒屋の看板娘の恋の相談にのったり、これからの国の行く末を暇なお爺さんと話したりしていたらあっという間に閉店の時間になった。占い師と言っても相談事がメイン。本当に未来を教えるのはたまにしかない。今日も平和な一日だったと布を下ろして入り口を閉じようとしたときだった。――――場違いな女性が現れたのは。

 寂れてはいないが、かと言って洗練された上流階級御用達のエリアではないこの商店街に相応しくない豪華なドレスを身にまとった女性だった。巻き髪にした黒髪とルビーのような目で、高圧的な雰囲気をまとっている。後ろにある豪華な馬車でやってきたのだろう。彼女は音を鳴らしながら扇子を開き口元に持っていく。その洗練された動きに思わず見とれてしまった。



「今からよろしいかしら?」



 声は透き通っているが傲慢さを感じさせるものだった。なんだか聞き覚えがあるのは気のせいだろうか。



「大変申し訳ないんですが、もう営業時間は終わってて……。また明日来てくれますか?」



 貴族っぽいといえど、ここはきっちり言わなければならないので目を見ていう。すると露骨に嫌な顔をされた。



「私を誰だか知っての発言ですの? 王太子の婚約者、マリエルナ・レッドストルを知らないとは言わせませんわ。もう一度聞くけれど、今からよろしい?」



 その名前、どこかで……。マリエルナ・レッドストル……。マリエルナ……。ああ! そうだ! ゲームに登場する悪役ポジションの美人だ! 思い出した私は一人で納得した。

 なるほど、二次元をリアルにするとこうなるのか。私は初めて会ったゲームの登場人物に興奮してしまう。失礼にならない程度に見ていると、質問に答えるのを忘れてしまっていた。痺れを切らしたマリエルナは好戦的なのか煽ってきた。



「先を見通せる占い師と聞きましたが、どうやらただの噂だったみたいね。出来ないという悪評が広まるのを恐れて、私を相手にしないのだから」



 キレると思って言っているのだろうけど、生憎今の私は目の前の光景に興奮してる。立ち絵まんまだ!



「あなた、私の話を聞いていますの?」



 興奮していたせいでまた無視してしまった。いけないいけない。流石に可哀想だから少し情報を教えてあげるか。キレそうだけど。



「今度の誕生日会に殿下はいらっしゃらないですよ」


「はあ?」


「執務で忙しくて来れないんですよ。代わりにルビーを用いたヘアアクセサリーが贈られます」



 体調の悪い王様の代わりに王太子のエドガーが執務をこなしているのだが、なんとマリエルナの誕生日とヒロインであるデイジーの男爵家への養子の手続きが被ってしまうのだ。貴族関連の手続きにエドガーは必須。エドガーはマリエルナに出られない詫びの気持ちを込めたルビーのヘアアクセサリーを贈る。しかしながら、マリエルナの不満は満たされず、来られなくなった原因を作ったデイジーに辛く当たるというのがゲームの出だしだった。



「何をふざけたことを! そんなことあり得ませんわ。馬鹿馬鹿しい」



 やっぱりキレたマリエルナは馬車に乗り込むとすぐに去ってしまった。美人が怒ると怖いっていうのは本当だった。いやー、怖かった。

 実際のところ、ゲームと同じ展開になるか分からないので外れる可能性は十分ある。まあ、当たったら当たったでゲームと同じだと喜べばいいし、外れたら外れたで知らない展開に喜べばいい。そんな気楽な気持ちだった。





 それから数日後、今度は営業時間終了ギリギリに馬車がやってくる音が響いた。あまりの音に思わず外へと出るとそこにはマリエルナがいた。少しやつれているところを見るに、シナリオ通り進んだみたいだ。



「あの、中にはいります?」



突っ立っていては交通の邪魔だし、何より怖い。優しく声をかけると、俯かせたまま小さく返事が返ってきたので私は彼女を店内に案内した。

 ゲームではいつも不機嫌で強気な彼女がこんなに弱っている。なんだかんだでマリエルナも年頃の女の子なんだろう。

 テント内にある椅子は木で出来た粗末な椅子だけれどそれしかないので座ってもらう。文句を言われると思ったら何も言われなかったので拍子抜けした。

 飾りとして置いている水晶を乗せたテーブルを挟んで向かい合って座るとマリエルナがいきなり泣き叫び始めた。



「どうして、どうして、私の誕生日会にきてくださらないのよおおおおお!」



 美人が台無しだ。



「お、落ち着いて!」


「落ち着いていられるわけがないわ! ま、毎年、誕生日会だけは何があっても来てくれて、踊ってくれたのに。なんであんな平民の女、デイジーにエドガー様を盗られなきゃいけないのよ……」


「そ、そうですね。そうです。あなたの気持ちは良く分かります。仕事をしている殿下はかっこいいですが、それとこれとは別問題ですもんね」


 分かっていることをアピールするために大きく頷く。


「そうなの! 仕事をしているエドガー様はとっても素敵なのよ! それでも、やっぱり誕生日には会いに来てほしかったわ。婚約者に来てもらえないだなんて恥ずかしかったし……」


「少しぐらい顔を出して欲しかったですよね」


「その通りよ。あなた、話がわかるわね。そんなあなたにお願いがあってきたの。お金なら出すわ。私とエドガー様の未来をしりたいの」



 思わず私は固まった。殿下との未来どころか、嫉妬に身を任せたあなたは反逆罪で死刑という未来が待っていますだなんて言えるわけがない。とりあえず、結ばれないとだけ伝えるか。



「その、言いにくいのですが」



 一旦区切って相手の表情を伺う。マリエルナは覚悟を決めていたのか表情は変わらなかった。



「いいわ、言ってちょうだい」



 今のマリエルナはまだ嫉妬にそこまで狂ってないようだし、言っても殺されはしないだろう。とはいえ、重い内容ではあるので告げるのが辛い。少し視線をそらしてしまった。



「お二人は結ばれません」



 妹がハマっていたこのゲームはいわゆる乙女ゲーというもので、選択肢によってはエドガーとデイジーが結ばれない場合もある。しかしながら、嫉妬に狂ったマリエルナは攻略相手が違っていたとしてもデイジーを妨害し反逆罪で死ぬ。普通の乙女ゲームと違ってすっきりするところが良いとは妹談だ。すっきりするというのは、妨害ばかりしてきたライバルキャラが痛い目にあうからなのは言うまでもない。痛い目どころか死んでいるが。

 私の発言に心底驚いたのかマリエルナは呆然としている。仕方がないので話を続けよう。



「ここからは冷静に聞いてください。あなたはデイジー嬢に対し日々嫌がらせをします。その嫌がらせが発展し、ある大きな事件が起きます。それによって殿下に見放され、婚約破棄となります」


「そ、そんな……」


「ただ、これはあなたが嫉妬に狂った場合です。デイジー嬢に嫌がらせをしなければいいのです」



 そういうとマリエルナは露骨に嫌な顔をした。どんだけ嫌がらせしたいんだ。



「で、でも、私の誕生日会を邪魔して良いような方ではありませんわ。それにこの間見かけましたけど、品の無い立ち居振舞いで……」


「それを指摘するのは構いませんが、悪意のある言い方をすればするほど殿下との距離は開きます。殿下は国を率いる立場の方。そのような方が嘲笑を好まれるとでも?」


「うっ……」


「あなた自身が聡明なのを殿下はご存知です。デイジー嬢に対し、親切にすればもしかしたら未来は変わるかもしれません」



 似たようなことをエドガー本人が終盤で言っていたから間違いないだろう。それに見たところ、確かに高飛車かもしれないが悪い人では無さそうだ。



「そ、そうよね。エドガー様の婚約者、つまり未来の王妃。その地位になる人間がつまらないことをしてはいけないわ」


「その意気です。諦めないで」


「ええ! 私、今一度自分を省みることにするわ。ありがとう。なんだか爽やかな気持ちだわ」



 そういう彼女の笑顔はあまりにも素敵で、思わず見とれてしまった。彼女はそんなことにも気づかずに金を置いてテントから出ていってしまう。美人が笑うと凄い破壊力があることもよくわかった。これなら大丈夫だろう。もしかしたらまだ見ぬ展開になるかもしれない。にこにこしていた私は目の前にある金の多さに更に笑みを増した。





 意外にも次の来店は早かった。ぼろぼろの椅子から少しまともなものに進化した椅子に腰掛けながらマリエルナは愚痴り始めた。



「あの女、エドガー様と近づきすぎだわ。腹立たしくて仕方がないの」



 マリエルナはおもむろに白いハンカチを取り出して噛み始めた。令嬢としてどうなんだ。



「まさか嫌がらせとかは……」



 私の発言に気を悪くしたのか、凄い顔でこちらを睨みつけた。怖いからやめてください。



「するわけないわ! 馬鹿にしないでちょうだい。今は正常よ。確かにあの日の乱れようは次期王妃に相応しくなかったわ。私も反省しているの」


「そうでしたか」


「とにかく、あの女に嫌がらせをしないのは我慢できるけれど、これではエドガー様に一番近い女性があの女になってしまう。それは避けたいの。だからエドガー様に好かれるためのアドバイスをしなさい」



 なんて上から目線な依頼なんだ。努力しているとはいえ、可愛げが一切ない。これじゃ、デイジーに負ける日も遠くはない。



「まずはその態度を改めたらどうですか。貴族だからと驕っている様子を殿下に見せたいですか?」


「うっ」


「嫌ならやめましょうよ。で、殿下に好かれたいということですが、殿下が何を好まれるかご存知ですか?」


「……知らないわ」



 深い溜め息が溢れた。なんてことだろう。そりゃ相手の好みにあわせた選択肢を繰り広げるデイジーに盗られるわけだ。



「だ、だって、私はありのままのエドガー様が好きよ? ならエドガー様も同じように……」


「殿下はあなたと同じくらい好意を抱いているんですか?」


「…………」


「殿下にとってあなたはただの結婚相手です。場合によっては前にうざったいがつくかもしれません。そんな状況なのにどうして強気でいられるんですか!」


「す、好きな人に本来の自分を好きになってもらいたくて何が悪いのよ!」



 乙女か! この悪役の思想は想像以上に乙女だった!



「気持ちは分かります。でも考えてください。あなたにも好きなドレスの色とか形があるでしょう? それを着て殿下に会うのと殿下の好きなドレスを着て会うのとどっちが良いかなんてあなたなら分かるはずです」


「……エドガー様の好きな方」


「はい、そうです! 大丈夫です。あなたの良さを変える必要はありません。ただ少しだけ殿下の好みに変えるだけです」



 そういうとマリエルナはハッとした顔をした。大変身するつもりだったのか。



「殿下は花を好まれていますので、髪飾りに生花を使うとよいでしょう」



 ゲームの攻略本に書いてあったので間違いないはず。呆気にとられていたマリエルナも我に帰ったのか真剣に聞いていた。



「お好きな花とかあるのかしら」


「薔薇が好きなようですよ。母君からプレゼントされたことのある白の薔薇が特にお好きだとか」



 そういうとあからさまにマリエルナは顔を曇らせた。ルビーの瞳が悲しげに揺れる。あー、確かに、深紅の薔薇ならこれ以上ないほどマリエルナに似合っていただろう。悲しくなっても仕方ないか。想像以上に乙女みたいだし。



「あなたの黒い髪に白は映えますから安心してください。ドレスは侍女と相談しましょう。似合うドレスを選んでくれますよ」


「ありがとう、その、今までの私は努力が足りなかったみたいね。気づかなかったわ。また来るけど、相手してくださる?」


「もちろんです」



 ダメダメな生徒を更正させる楽しみを見出だしたので、私は心の底からそう言った。

 見送りがてらもらった代金が入った巾着はかなりの重みがあった。馬車が去ったあとに確認するとこれまた凄いお金が入っていて、また明日にでも来てくれればいいのにと思ってしまった。





 その後何度かエドガーの好みを伝授していたが、自分でリサーチするという技を身につけたのか来なくなった。もしかしたら上手くいったのかもしれない。そう思っていたが、結局、マリエルナはまた豪華な馬車に乗ってやってきた。降りてきたマリエルナは前よりかなりやつれている。何があったんだろうか。



「ど、どうぞ中へ」



 そう案内すると無言で頷きテントへ入っていった。中にある椅子がさらにグレードアップしてソファになったことに気づきもせずマリエルナは座る。そして泣き出した。慌てて私も自分の席へと腰かける。



「どうしたんですか?」



 そう聞くと涙を手で拭きながらマリエルナは語り始めた。……泣いているより笑っている方が魅力的なのに、勿体ない。



「え、エドガー様の好みを調べたりするだけでなく、あ、あの女にも、優しくしていたのよ。これでも。そ、それなのに、違う人が虐めを続けているらしくて……。別にそれはいいの。いいのよ。でもね、それを私がやったことにされて……。ひ、酷すぎるわ」



 指示通り頑張っていたらしいのに報われなかったか。それにしても罪を押し付けられても不自然じゃないほど信頼が無いのか、マリエルナって。



「えーっと、冤罪なんですよね。なら自分が他の事をしていた証拠を突きつければいいんじゃ?」



 私がそういうと、少し間を空けてからマリエルナは瞳を大きくした。



「……思い浮かばなかったわ。そうよね、違う事をしていたという証拠を用意すれば説得力が増すものね。そう、その通りだわ!」



 もしかしなくてもこの人少し抜けてるんじゃ……。



「あなたなら大丈夫ですよ。ところで殿下とはどうですか?」



 興味本意で聞いてみただけだが、殿下と言った瞬間、マリエルナは体を震わせた。……地雷を踏んだか?



「頑張ったのよ? お好きな音楽や劇の話をしたりして話が弾んだときもあったの。それでもね、エドガー様は私よりもデイジーが好きみたいよ。今回の件に関しては半信半疑みたいだけど、それでも普通なら婚約者の私の肩をもつでしょう? エドガー様は何も言わないの。嫌われてしまったのかもしれないわ」



 切なそうに言う声は傲慢さなどなく、ただただ透き通った美しさがそこにあった。こんなにも頑張っている人に愛されているのに何も思わないとかエドガーはなんて男だ。信じられない。



「それは……。なんとも言えませんね。あなたの出方を伺っているのかもしれませんが、少しぐらいフォローが欲しいですよね」


「どうすればいいのかしら。あの、答えをご存知ではないの?」


「もっと詳しく話を聞く必要があります。デイジー嬢には仲の良い他の男性がいたりしませんか?」



 攻略状況を確認しない限りには何とも言えない。逆にデイジーがさらに仲の良い男がいればエンディングはその人と迎えることになるだろう。そうなればエドガーはあく。反逆罪など侵す雰囲気はないので婚約者という立ち位置を守れるはずだ。



「そう、ですわね。大臣の長男や近衛隊の副隊長、それとマナーを教えている伯爵とも仲が良いと耳にしましたわ」



 なるほど。お忍びで傭兵活動をしている隠しキャラの大国の王子以外の全員か。



「けれども一番良く接しているのは間違いなくエドガー様よ……」


「分かりました。残念ながら、この調子だと多分、エドガー様はデイジー嬢の元に行く可能性が高いでしょう。でもご安心ください。エドガー様に嫌われてはいません。……好かれてもいないとは思いますが」



 嫌われていたら仲良く談笑は出来ないだろうし、何よりもう婚約破棄されているだろう。また、好かれていたら虐めの件でフォローするだろうし、現状はただの婚約者という評価だろう。



「やっぱり……。私ではダメなのね。もう何もかも遅いのかしら」


「まだ決まったわけではないので、そう悲観的にならないでください。あなたの頑張りを私は知っています。ですからどうか自分を否定しないで」



 怪しい占い師である私の発言を信じ、ここまで努力してきたマリエルナは間違いなく素晴らしい人間だ。完璧ではないけれど、そこを補おうとし自分を見つめ直せる彼女がダメなら世の中一体どうなるんだ。

 私の気持ちが伝わったのか彼女ははにかんでくれた。



「…………ありがとう。そうね、前向きにならないとね。まずは疑いを晴らさないと」


「ええ、そうですよ。応援していますから」


「あなたには助けられてばかりね。それなのに毎回低い代金で申し訳ないわ。今回もそんなに多くはないのだけれど」



 そう言ってマリエルナはお金が入った巾着を台に置こうとするが、それを私は止めた。最早金などいらなかった。



「いりません。あなたがどう思っているか分かりませんが、私にとってあなたは友人です。あなたの未来を純粋に応援させてください」



 そう告げると思っていた通りの反応が返ってきた。



「で、でも申し訳ないわ。ちゃんとお代を受け取ってちょうだい」


「いいえ、いりません。それよりも良い報告を聞かせてください。それとも、あなたにとって私は友人ではないんですか?」



 マリエルナは私の問いかけに狼狽えると必死に首を横に振った。



「お願いですからマリエルナ、良い報告を聞かせてください。あなたの笑顔が見たいんです」



 そう言って私は巾着を持ったままの手に自分の手を添える。今度は一生懸命首を縦に振っていた。





 それから暫くマリエルナが来ない日々が続いた。なんだか前回よりも長く感じたが、確認するとまだまだ前回の方が長かった。相変わらず、恋の話と政治の話ばかりで刺激的なことは起きず、平和な日々を過ごしていた。そんなある日、いつも通り新聞を眺めていると恐ろしい一文を目にした。『エドガー王太子、マリエルナ公爵令嬢と婚約破棄』という見出しだった。読んでみた限り、マリエルナは死ななさそうだった。ホッと一安心したのもつかの間、外から馬車が止まる音が聞こえた。慌てて外に飛び出てみるとそこにはスッキリしたと言わんばかりの表情を浮かべたマリエルナがいた。五体満足で、傷もついていない。よかった。



「し、新聞読みましたよ。……生きててよかった」


「死ぬわけないわよ。ふふ、心配してくれたのかしら?」


「し、し、心配するに決まっているでしょう! 何かあったらと思うと……!」


「落ちついてちょうだい。私はご覧の通り傷ひとつなくてよ? 新聞読んだなら知っているとは思うけれど、私、婚約を破棄することにしたの。話は長くなるわ。都合が悪くなければ中でお話ししたいのだけれど、よろしいかしら?」


「も、もちろんです」



 さっきから吃りまくりだが気にしてはいられなかった。そんなことよりマリエルナの話の続きだ。すぐさまテントへと案内をする。マリエルナは優雅にソファへ腰かけ、私は自分の席に座った。

 あの素敵な笑みを浮かべながらマリエルナは語り始めた。



「あれから冷静に考えたの、私の将来について。以前の私にとって殿下は素敵な王子さまだったわ。かっこ良くて誰にも渡したくない、そんな人だった。でもね、あなたと話していくうちに気がついたの。偽ってでも一緒にいたい人じゃない。もっと正確に言うなら偽ってでも付き合うべきレベルの人じゃないって」



 殿下の凄い言われように私はただ頷くしか出来なかった。



「だって考えてもみなさいよ。婚約者の私が証拠もなしに責められているのをただ見ているだけよ? 普通の人が証拠も無しに責められているのを傍観するだけでも辛いのに、責められているのが自分の婚約者。それなのにあの人は何も言わなかった。人として最低だと思ったわ。だから潔白の証拠を集めながら、婚約者がいる人間としては相応しくない殿下の行動の証拠も集めたの。綺麗に婚約を破棄したかったから」


「す、凄い展開ですね」



 私の感想に気を良くしたのかマリエルナは得意気な顔をして笑った。



「ふふふ、これからでしてよ、凄いのは。その後、お披露目する良い機会が無いかと思って待っていたら、向こうから提案してくださったの。なんと王宮で行われた殿下の誕生日会。観客も多くて、とにかく私は嬉しくなってしまったわ。で、殿下に苛めがこれ以上続くなら婚約破棄を考えると言われて……」



 ああ、ゲームではこの台詞でマリエルナが発狂するんだっけ。



「そこで私は自分の身の潔白を証明して、見事殿下から謝罪をいただけたの。それでも後味が悪かったから真の犯人の証拠を渡してあげたわ。まあ、それが驚くべきことに王妃様で」


「ええ、王妃様が!?」


「邪魔な私とデイジーを一緒に消したかったみたい。王妃様のご実家は領地で起きた大火事以降苦しいらしく、それを救済するためにご自身の姪をあてがいたかったらしいわ。まあ、そんなことはもういいの。それよりその後よ。殿下としてはここで私を婚約者から降ろせると考えていたみたいだけど当てが外れたせいでオロオロしだしたの。面白くて私はそれを一通り楽しんだ後、婚約破棄がしたいと告げたわ。内心喜んでいるくせに、身勝手な行動が許されると思うのかと殿下に言われて……。身勝手な行動はどちらかしら? と言いながら証言を読み上げていくと殿下ったら顔を赤くして会場を去ってしまわれたわ。残されていた陛下から謝罪と婚約破棄の許可をいただけたから問題なかったんですけれどね。そういうわけで私は今自由なの」


「え、えっと、殿下のその後は?」


「知らないわ。興味なくて。ただあんな内容が皆の前で晒されたわけだから、デイジーと結ばれるしかないと思うの。それでいいんじゃないかしら。どうでもいいし。それよりね、私は今、ようやく自由になったの。それが嬉しくて」


「そ、そうでしたか。おめでとうございます。自由は素晴らしいですからね」


「ありがとう。あなたの言うとおり、自由は素晴らしいわ。それでね、話は変わるけど、私はあなたの好みを知りたいの」



 藪から棒な発言に返事をどうしたらいいかと悩んでいるとマリエルナは続け始めた。



「私ね、あなたの好みならあわせられるわ」



 そ、それってまさか……。



「マリエルナ、何を……」


「私のことを真剣に考えてくれた人、ありのままの私を受け止めてくれた人。それが当てはまった男性は――――あなたよ、占い師さん」



 笑顔で何を言うんだ、この人は!

 驚いた私は席を勢い良く立って後ずさる。



「いやいや、少し落ち着きましょうよ! 身分が違いすぎますから!」


「あなた、鍛えればそれなりになりそうだから大丈夫よ。それに私が公爵家を継ぐだけだから、あなたはサポートするだけでいいの。王家も今回の件で協力的なはずだわ」



 そう言いながらマリエルナも席を立ち、私に近づいてくる。おろおろしながら後ろ歩きをしているとなんと壁にぶつかってしまった。もはや逃げ道はない。そんな私の状況に気を良くしたのか、マリエルナは可愛らしく微笑みながらゆっくりと一歩一歩確かめるように足を進める。



「私ったら、あなたの名前を知らないわ。教えてくださらないの?」


「し、しがない私の名前なんて……」


「ねぇ、占い師さん。――――教えて?」



 そういう彼女は、私が見惚れた笑顔に甘さが追加された表情を浮かべていて……。



 私は気がついたら名乗っていた。







 その後、押しの強い公爵令嬢が気持ちを自覚した占い師と結婚したことで社交界は揺れるも、殿下の新しい婚約者が大国の王子のところへ行ったというスキャンダルによって上書きされ、二人は平穏に暮らせるようになった。


 ……なんてことをエセ占い師の私は予知できるわけがなかった。


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― 新着の感想 ―
最後の展開まで女性だと思っていて百合展開!とニヤニヤしてたらびっくり男性で、確かに女性とは一文字も出てませんでしたね。一人称に踊らされました。面白かったです。
[一言] すごい良かった 悪役令嬢系でトップレベルに好き
[良い点] 思い込んでいた事が覆されてびっくりだったけど とてもおもしろかったです!
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