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5.郷愁の赤

約一ヵ月振りの投稿です。誤字、誤用等ありましたらどうぞご指摘下さい。

 国語教師の解説を聞き流しながら、俺は先程俊喜が言っていた内容を反芻していた。

「多分俺一人じゃ今回の事件は解決出来ねえと思うんだ。誰彼構わず頼っちゃあ祐司も危ないしな、信頼できるお前に協力出来ればお願いしたいと思ってる」

 正直、俺で力になれるのかと疑問に思わない訳ではない。が、信頼され、頼られているのもまた事実なのだ。やれるだけの事はやってやろうと思う。

 さて、どうしたものか。いまいち事件の全容が掴めない。誰が何の為に祐司の妹にメモリを渡したのだろうか。それとも只の偶然か。

「……………」

 こうやって考えていても埒が明かない。今日帰ったら一先ず落ち着いて、それからゆっくりこれからの行動を考えるとしよう。下手に動いても彼等に勘づかれるだけだ。無駄な動きは避けておいた方が無難だろう。

 そうと決まれば後は何をしよう。授業時間はまだ半分近く残っており、することもない。

 そこまで考えて、そういえば登校時に集中する決意を改めたばかりであったのを思い出した。思い出したのはどこかで変わろうとしている自分が居るからなのか。取り敢えず俺は先生の解説を聞くことにした。ふと後ろを向けば早花が少し嬉しそうにしていた。




 終業の鐘が鳴り、一日の日課が終わりを告げる。本日の授業はこれで終了。部活には入っていないから、これで後は自由だ。と言っても、俺も早花も特に用事など無いから基本真っ直ぐ帰るだけである。正人は空手部の稽古があるし、俊喜はどこかへ情報収集に出かけた。早花も女子の友達と別れたようだし、さて、もう帰るとしよう。

「早花、帰ろう」

「うん、行こうか」

 早花を伴って俺は廊下へと出る。校舎内は授業から解放された生徒達で、俄かに活気に満ちていた。

「それにしてもどうしたもんかなー…」

 何気なく漏らした一言に、早花が反応を返す。

「警察に連絡しちゃいけないってのは大変だよね…」

「そこなんだよね。俺等だけで解決するためにはどうしたらいいのかな…」

「まあ、帰ってからゆっくり考えればいいよ。私も一緒に考える」

「そうするかなー。今はよくわかんないや」

 問題の先送りは、時として間違っていない事もある。今回がおそらくそのパターンだ。解決方法が分からなければじっくり考えればいい。もちろん時間は掛け過ぎないようにしなければ元も子もないが。俺達はそれっきりその話題を打ち切って昇降口を後にした。


 それから何という事もない様な他愛もない会話で道中の暇をやり過ごし、高埜台の駅に着く。相変わらずここの駅はそこそこの人で賑わっていた。

 道行く人々を誘い込む駅前の洋菓子店のメープルシロップの香り。洒落た雰囲気を醸し出す喫茶店。商品が陳列された棚を幾つも揃えるコンビニ。それらを尻目に素通りしながら、俺達は自分達の乗る電車がやってくるホームへと向かう。電光掲示板を見ればそろそろ次の電車がやってきそうな時間だ。タイミングが良い。

 ホームに降りれば、向こうの方から電車が入ってくるのが見えた。フオーッ、と風を巻き起こして速度を落とす電車は、何となく気分を落ち着かせてくれる。家に帰る、という安心感からなのだろうか。人間にも帰巣本能が働くのかもしれない。

「そういえばさ」

 開いたドアに片足を踏み入れながら俺は早花に話を振る。

「今年の夏祭りでは八号玉とかも導入されるらしいね。去年までは五号玉ばっかりだったけど、町おこしの意味もあって予算が増えたんだって。最後の最後には三十号玉も打ち上げられる予定らしいからすごく楽しみだな」

 三十号玉とは打ち上げ花火に於いて一番大きい玉の事だ。開いた時の直径が600m近いので、迫力は満点である。

「えっ!凄い!三十号玉って、そのくらい大きいとなるとやっぱりいつもよりも人が結構沢山来るかもね。そうかー、三十号かー。うーん楽しみだね!すごいすごい」

 早花は興奮しながらいい反応を返す。その反応に俺は満足しつつ、再び話を続けた。

「不思議と隣町の祭りはそんなに大した規模じゃないんだよな。花火も上がらないし。だからこっちが力を入れてるのかな?」

「そういう裏もあるかもね」

 帰りの電車は朝よりも人が少なく、かなりガラガラだった。まだ高い日が車内に差していて、冷房が効いているのにも関わらず少しばかり暑いように感じられる。俺と早花は人の座っていない空いたスペースへと移動し腰を下ろした。丁度背後に日の光が当たる形になり、背中が熱く感じられた。

 座った後も、あの屋台は多めにサービスしてくれるとか、あのおじさんはぼったくりだとか、去年までの記憶を思い出しながらどこを巡ろうかなどと盛り上がる。そうしていたら、あっという間に最寄りの駅に電車は到着した。

 車内から出て相変わらずの熱気に一瞬怯みながらも、また朝と同じ展開にはなるまいとしっかりとホームへと降り立つ。ここまで暑いのなら水浴びでもしたい気分だ。

 と、そこで、そういえば朝に、近くの野原に寄ると言ったのを思い出した。あそこにはきれいな沢も流れている。朝は照れ隠しとその場凌ぎの為、咄嗟に言ったまでだったが暫く振り故に、懐かしさも手伝って、結構な勢いで行きたい欲求が出てきた。早花も行くというような旨を言っていた気がする。

「早花」

「ん?」

「朝言った野原さ、今から行こうよ」

「あ、あの沢だね?うん、私も水に浸かりたくなってきたよ。よーし行こう!」

「話が早いね」

「そっちの方が楽でいいでしょ?」

「まあね」

 伊達に十年連れ添ってない。馬が合わなければ、たとえ近所といえどもここまで長い時間一緒にいることは出来はしないのだ。

 俺達は駅を出ると家とは逆方向、山の方へと足を向けた。


 

 民家の無い、平凡な代わり映えのない畦道を俺達は通って行く。やがて道は森の中へと吸い込まれていき、辺りも若干薄暗くなっていった。

 ひんやりと涼しい森には、蝉の鳴き声が響き渡っていて、人工物の少なさから来る落ち着かなさにやや拍車を掛けていた。道の端の方に鎮座する庚申搭は日が暮れると言われようもない雰囲気を醸し出すのだが、幸いまだ日は高い。通る道すがら、手を合わせて拝んでおいた。小さい頃、日が暮れて真っ暗になってから早花とここを怯えながら帰った記憶がある。あの頃はまだ夜の闇が恐ろしく感じられたものだ。いつの間にか平気になっていたが、気付けば世界の不思議を感じなくなったのと入れ替わりだったような気がする。いつから変わってしまったのだろうか。幼い当時の純粋な恐怖というのもめっきり感じられなくなった様に思う。これを成長と呼ぶのか、はたまた純粋な感情を失ったというべきなのか。

 少しばかり哲学的な考え事をしてノスタルジーに浸っていると、急に木々の群れが開けて景色が野原へと変わった。少し先に件の沢が見える。陽の光を反射して、水面がきらきらと波打っていた。

「行こう、気持ちいいぞ!きっと」

 俺はスラックスの裾を捲りながら早花に言う。早花も靴下を脱ぎながら、笑顔で答えた。

「あはは、私が先!」

 靴下を脱ぐ手間は一緒でも、裾を捲り上げなくていい分早花の方が若干出だしが早かった。俺は一足分置いて行かれる形となる。

「あ!待て!」

 慌てながらもなんとか脱ぎ終えた靴下を置き、俺は駆け足で追い上げる。だが結局は追いつけないまま早花が先に水に触れた。

「いやったー!あはははは!」

「あーっ、負けたー!」

 久々に童心に帰ってみると、思いの外楽しく感じられる。今日は思い切り楽しんでしまおう。

 吹っ切れた俺はなりふり構わず水に飛び込んだ。水しぶきが上がる。

「ひゃっ!冷たい!」

 大量の水の飛沫が俺と早花に降り注ぐ。俺も早花も一気にびしょ濡れになった。

「やったなぁ、京くん。制服乾かなかったら明日大変だー」

「濡れちゃったもんはもう遅い。もっとびしょ濡れになろう!」

「こうなったら……、私も本気出すんだからね!」

「うわぁ、冷た」

 お互いが全力を尽くして冷たい水を相手にかけあう。子供ならともかく、俺達くらいの年齢の奴が本気になって水をかけあえば、それは最早戦争となるのであった。数分もしない内に制服の隅までびしょ濡れになってしまった。

「っ、さらなる悲劇を……呼び覚ませっ」

 そう叫びながら早花が身構える。早花がこんな台詞を口にするのも珍しいので、俺も便乗して決め台詞を唱えた。

「清流の如く、敵を躱すのみッ」

 そうして俺も身構えたは良かったものの、いざ一歩踏み出した途端片足を水の流れに取られ、思いっ切りバランスを崩す。

「あっ……」

 前のめりになって倒れてゆく俺を支えようと手を伸ばす早花。けれど、思ったより距離が離れてはおらず、目測を誤ってその手は空を切る。結果、体勢を保てなかった俺の目の前に早花が来る形となって……。

 バシャーーン!

 盛大な水音を立てて俺と早花は倒れこんだ。下半身が思いっ切り水に浸かる。視界は真っ白で、何も見えない。何となく柔らかい感触が顔全体を包み込んでいる。

 と、そこまで思ってから俺はこの感触の正体に気付き、慌てて上半身を起こす。

 やはり目の前には、頬を若干赤く染めた早花の顔があった。超近距離で目が合い、お互いに動作が止まる。早花の長めの睫毛は綺麗な瞳を際立たせており、白い肌にはほんのり上気した桜色が浮かんでいて早花の感情の昂りを如実に表していた。近くで見るとやっぱり早花は可愛くて、俺は暫く見惚れてしまう。やがて視線に耐えきれなくなったのか、早花が小さく身じろぎして一言、声を上げた。

「あ、あの、京くん」

「……あ、ああ!ごめん。今退く!」

 最近、気付けば早花を目で追っていたりはするのだが、ここまでじっくり見つめるという事はなかなかない。一体どうしたというのだろう。

 起き上がったはいいものの、二人の間には気恥ずかしい空気が漂っていた。朝の電車の中とは違う、もっと独特で甘酸っぱい感じの空気だ。

 流れる沢の水の中で、俺達は暫くの間無言で座っていた。やがて日が傾き、空が夕焼けに赤く染まる。ヒグラシが鳴き始めたところで、俺達はようやく声を発した。

「……空、きれいだな」

「うん、真っ赤。……今の私達みたい」

「今の俺達、か。あは、確かにそうかも」

「なんか恥ずかしい」

「俺だって」

「京くんがじっと見詰めてくるからじゃない」

「……それは、その、……なんとなくだよ」

「なんとなくじっと見詰めるものなの?」

「べ、別にいいじゃないか」

「ふふ、変なの」

 まるで昼間に聞いた事件なんて、この世に存在しないんじゃないかというくらい穏やかな時間。周りには俺達以外誰もいない二人だけの世界。幼い頃からの思い出の詰まった場所で、俺達は暫し暗い事件の事を忘れ、幸せなひと時を過ごす。水の流れる音と、ヒグラシの鳴き声が辺り一帯を支配している。今ここには俺達しかいない。

 隣に目をやれば、早花は遠くの空を見詰めていた。夕日に照らされた真っ赤な頬は心なしかやや朱色に染まっているように見える。俺にとって都合の良い幻想かもしれないその事実に、しかし俺はどうしようもなく惹きつけられて止まなかった。


 流石に猛烈な日光の降り注ぐ夏といえども、夕方になってくるとその勢いも減らしてくる。それに加えてずっと冷たい流水の中に浸かっていたので、気付けば俺達の体はだいぶ冷えていた。

「…うおっ、寒」

 ぶるる、と体が震え、俺はザバァと水音を立てて立ち上がった。少しはしゃぎ過ぎたかもしれない。

「思ったより冷えちゃったね。帰ったらお風呂沸かそっか」

 早花の魅力的な提案に、俺は即座に反応した。

「お風呂!いいねぇ、あったまる」

 朝に母親が帰ってきてはいたが、多分もう仕事に出掛けているだろう。家にはおそらく誰もいない。今日は瑞浪家で夕食や風呂を戴く事になりそうだ。

「そろそろ帰ろっか」

 そう言いながら、早花も立ち上がる。俺は靴や鞄の元へ歩きながら「そうだな」と答えた。別に長居しようと思っているわけでもない。

「服が張り付いて気持ち悪い」

 靴を履きながら早花はそう言う。水を多く含んだ制服は、早花の体にぴっちりと張り付いて、体の線を際立たせていた。見事な肢体だ。

「…あんまりジロジロと見られると恥ずかしい…」

 両手で自分の体を抱きながら、身を縮こませて早花はそう言う。

「何を今更」

 俺は視線を体から顔に移しながらそう言った。

「そ、そりゃそうなんだけどさ、改めて見られると…恥ずかしいんだよう」

 顔を赤らめながらそう言う早花は、見ていてとても面白かった。


 野原を後にした俺達は、帰り道の半ばまで辿り着いていた。駅はもう通り越して、田んぼの中を突っ切る道を歩いている。歩道と車道の境界線はなく、車線も太めのがひとつだけの道だった。

「だいぶ暗くなってきちゃったな」

 日はほとんど沈み、微かに遠くの空を赤く照らしているだけである。空は深い群青色に包まれていた。

「早く帰ってご飯作んなきゃ」

 そう言いながらも早花は歩く速度を上げはしなかった。

「今日の晩ご飯何?」

 俺は適当に話を振る。

「んー、暑いから冷しゃぶ」

「あっさりしてていいな」

「京くんあっさりしたの結構好きだもんね。暑いから皆もちょうどいいんじゃないかな」

「じいちゃんとか喜びそう」

「作る側にとっては嬉しい限りだよ」

 早花の作る食事は美味い。これははっきりと断言出来る。ほかの皆もそう言うだろう。そんな美味しい食事をほぼ毎日食べることが出来て俺は幸せである。


 なだらかな坂を登ると、そこに早花の家が建っている。その道を挟んだすぐ左に俺の家はあった。目をやるも、やはり明かりはついてはいなかった。今日も早花の家で食事を摂るは確定のようだ。

「荷物は置いてから来る?」

「そうするよ」

「じゃあ後でね」

「出来たら呼んでよ」

「うん」

 そう言って俺達は一旦別れ、それぞれの家に帰る。ドアの鍵を開けて、暗い家の中に俺は入っていった。

 とりあえず中に入った俺はリビングの電気を灯け、洗面所で手洗いうがいを済ませる。そして台所へと移動し、冷蔵庫から麦茶を取り出して喉を潤した。

「ふうー」

 まずは生乾きの制服を脱がなければ。俺はとりあえず着ていたものを全て脱ぎ、着替えるため自室へと向かった。


 着替え終えた俺はそのままベッドへと腰掛ける。そのまま背中を倒して、ベッドに腰掛けたまま寝転がった。眩しい電気の光を遮るために手を額の上に乗っける。さて…、どうしたものか。

 俺は昼の事を思い出していた。まずは明日、実際に裕司に会ってみなければ話は進まないだろう。会って話を聞いて、その上でどうするか。それを考えなければならない。…頭が痛くなってくる話だ。

 俺はしばらく思考を巡らせているうちに、段々と意識が微睡みの中に落ちてゆくのを感じた。





「…京くん、起きて」

 誰かの声が聞こえる。

「京くん、起きてってば」

 自分を呼んでいる…。少しずつ意識が覚醒してくる。

「京くーん」

 体をゆすられている。流石にこれで目が覚めた。

「んあ」

「あ、起きた」

 なんとも間抜けな声を上げてしまう。傍には早花が立っていた。

「早花?どうしたの」

「ご飯出来たよ」

 にっこりしながら早花が言った。

「あ、悪い。わざわざ起こしに来てくれたのか」

「だっていくら待っても返信来ないんだもん。寝ちゃってるんだろうなーって思って」

 スマホを確認すると、確かに未読の通知が届いていた。

「ご飯食べよ」

 早花が言った。

「うん、行く」

 俺はベッドから立ち上がる。まだ少し眠気の覚めきらない頭を掻きながら、俺は早花と共に階段を降りて、瑞浪家へと向かった。外に出ると、空はいつの間にか満天の星空へと変わっていた。

ようやくアクション展開に踏み込める土台が完成して参りました。タイトル詐欺などは決して致しませんので、末永くお付き合い下さい。

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