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4.後輩は先輩の背中に何を思う。

一か月以上更新しないでいた事は最早悔やんでも悔やみきれないほどの傷となっております。その傷も癒える程の時間が経っているというのに……です。

 裕司の話は次のような内容だった。


 裕司の家は父子家庭である。母親は若くして亡くなっており、父親は働きに出ている為、幼い頃から家事は自分の仕事だった。まだ幼い妹の世話もあるため学校との両立は大変だったが、それでも自分を慕ってくれる妹がいるから裕司はそこそこ幸せには暮らせていた。

 そんなある日、妹を保育園に送った後のことだった。まだ残っている皿洗いと洗濯物を済ませてしまおうと思いながら家に一旦帰り、中に入ったところで裕司は机の上に見慣れない物が置いてある事に気付いた。

 便箋。宛名も送り主の名前も何も書かれていない一通の便箋が、置いていない筈のところに置いてあったのだ。不審に思った裕司だったが、何故か異常に惹きつけられてやまない。結局、祐司はそれの封を開けてしまった。

 結論から言えば祐司はそれを開けるべきではなかった。開けなければ祐司にとってその手紙はただの不思議な便箋で終わっていたかもしれない。だが開けてしまったことで、祐司の世界はまるっきり逆転してしまったのだ。それに書かれていたものは祐司の妹の細かな行動記録だった。

 そこにはこう書かれていた。


 先日、とある幼い少女が我々の重要な情報の詰まったUSBメモリをある男から受け取った。そのUSBメモリは、我々と敵対する組織の者が我々の事務所から盗み出したものであり、無くなっては非常に困る代物である。それは巧妙に偽装されており、小さい子供にとってはとても綺麗な物に見えたのであろう。少女は嬉しそうにそのUSBメモリを受け取り、それ以降肌身離さず持ち歩いている。我々としては絶対にその情報は外部に漏らすことの出来ない重要な物であるが、物が物であるために公衆の面前で取り返すこともできない。そんな事をすれば、幼い少女から物を奪う危険人物として警察に通報されてしまい、メモリを取り返すことは余計難しくなってしまう。なのでこうして常に監視することを余儀なくされているわけであるが、この少女の御兄妹である祐司殿ならば事を穏便に済ませられるかもしれないと我々は考えた。真に身勝手な話ではあるが、出来れば7月6日に所定の場所にまで持って来てはくれないだろうか。

                                黒龍幹部会


 読み終えた祐司はまず警察に連絡しようと思った。だがすんでのところで思い留まった。彼らは自分達の行動を常に監視している。警察に電話なんてしたら直ぐに足がついてしまうだろう。

 ―――マズい事に巻き込まれてしまった…。

 そう思った祐司は残った皿洗いもそこそこに、どこからともなく注がれる視線に怯えながら学校へと登校したのだった。



 だが結局登校したはいいものの、祐司はこの悩みを誰にも打ち明けられなかった。まず打ち明けられるほどの友人がいなかったのである。それはそれで問題ではあるのだが、今回の件に関して言えば例え友人がいたとしても何の解決にも結び付かなかったであろう。相手は大人、それもよくはわからないが何かの組織らしい。所詮中学生である自分達には何も太刀打など出来はしないと、祐司が考えるのも当然の事であった。

 そんな祐司のもとにある噂が舞い込んでくる。それは人助けを行っているという上級生の噂。今までに助けてきた人は数知れず、学生には凡そ不可能だとも思われる内容の事件の解決までしてしまったという話である。真偽の程はいかにせよ、賭けてみる価値はあると祐司は思った。その噂を聞いてから直ぐに祐司は行動を起こした。まずはその上級生についての情報である。誰が、どのような内容の人助けを行っているのか、どうすれば話を聞いてもらえるかなど、普段は決して発揮しないであろうコミュニケーション能力をフルに稼働させて祐司はいろんな人に訊いて回った。妹の、延いては家族全員の命運が懸かっているのだ。ここぞとばかりに祐司は必死になって情報を集めた。そして祐司は八神俊喜の存在を突き止めたのである。

 聞いた話によれば、八神という三年の男子生徒は相当優しい人物らしい。だが一般的に優しいと言われて思い浮かべるイメージとはだいぶかけ離れているとも教えられた。それがどういう意味なのかは全く分からなかったので、祐司はまずは八神の在籍するクラスに行って、八神が誰なのかを把握しようとした。だがそれは徒労に終わった。祐司が八神のクラスに赴いた時、八神は学校にはいなかったのである。近くを通りかかったクラスメイトと思しき人物に詳細を訊ねてみると、意外な答えが返ってきた。

「ああ、八神君なら今頃、この前の連続ひったくり犯の犯人逮捕に協力していると思うよ。彼、警察に表彰されたこともあるくらいだしね。凄いよねえ、同じ中学生なのに。………話はそれだけかい?じゃあ俺は失礼するよ」

 それだけ話して行ってしまった先輩の背中を見ながら、祐司は暫し呆然としていた。全く訝しむ様子もなく、ごく自然に話していたからおそらくあの先輩の言っていた事は本当だろう。――――どうやら予想以上に凄い人物だったらしい。祐司は未だ影も掴めない謎の人物に、僅かな希望の光を見出していた。


 その日の授業が終わり、下校の時間となると祐司は一目散に妹の幼稚園まで直行した。

 妹は無事だろうか。

 幼稚園にたどり着いた祐司を待っていたのは元気な笑顔だった。その笑顔にホッとしながらも、祐司は気を抜くことが出来なかった。気を抜かなくとも何もできない事には変わらないのだが、せめて人通りの多い道を選んで帰ることにしよう。祐司はそう考え、妹の手を引きながら幼稚園を出た。決して妹に動揺を悟られないよう、努めて笑顔でいることにする。それでも周囲に気を配りながら、祐司は妹に向かって話しかけた。

「ことみ、今日も楽しく過ごせた?」

 幼い妹は、兄の優しい笑顔に顔をほころばせると大きくにっこりと言う。

「うん!おにぃ、聞いて!今日もみえちゃんとくまのぬいぐるみでかいじゅうごっこしたの!みえちゃんのくまは口からてぽどんが出てくるんだけど、ことみのくまはあいしーびーえむなんだよ!どっちもすごく強くて、力を合わせて地球をせいふくするの!」

「へ、へえ。凄く強そうな熊さんだね」

 幼女らしからぬ物騒な遊びではあるが当の本人達は大して深くは理解していまい。引き攣りそうな頬を歪まないように抑えながら、祐司は笑って誤魔化した。

「ほかにも今日の給食にからあげが出てきたの!おいしそうだったからみえちゃんの分もたべちゃった!」

「大丈夫なのか……みえちゃん……」

 妹の友達が少々心配になってきた祐司だったが、続く妹の言葉で安心することが出来た。

「その代わりさばの味噌煮あげたからいいの。みえちゃんからあげ好きじゃないんだって。さばあげたらすごく喜んでたよ!」

 唐揚げが好きではない子供とは珍しい。それに鯖の味噌煮が好物とは、みえちゃんという少女は相当渋い人物かもしれない。なんとなく将来、一角の人物に成長していそうである。

 隣で鼻歌を歌いながら楽しげに歩く妹の手を引きながら、祐司は覚悟を決めて少し緊張を孕んだ声で訊ねた。

「なあ、ことみ。その……少し前に誰か大人の人からいいものを貰わなかったかな?」

 その緊張した様子には気付かない様子で、妹は元気に答える。

「うん、もらったよ!きれいな宝石!」

 それを聞いた祐司は一瞬思わず手に力が入ってしまい、結果、妹の手を強く握りしめる。

「おにぃ、どうしたの?」

「あ、いや。何でもないよ。……そ、それでその宝石は今も持っているの?」

 今まさに、妹の口から発せられようとしているそのメモリの在処に、祐司の体は自然と緊張してゆく。

「うん、持ってる!…でも無くさないように奥にしまってあるから見せらんないの」

 だがしかし、その予想外の返事に祐司は一瞬戸惑ってしまった。

「え…、と、どうしても見せてもらえないのかな?凄く見たいんだ」

 見せてもらえないのでは困る。何とかして妹を傷つけないよう、事を治めたいのだ。

「んー…、おにぃ、誰にも言わない?」

「うん。言わないよ、絶対。だから安心して教えて欲しいんだ」

「約束だよ」

「うん、約束だ」

 約束、という言葉を口にしながら、祐司は罪悪感を覚えた。悪いのは明らかに自分ではない。けれど妹を危険に晒してしまっているのだから、兄としての責任もあるのだ。こんな風に妹に嘘をつかなければならない状況を許してしまっている自分の非力さを、祐司は心の中で妹に詫びた。

「ちょっとまっててね」

そう言って妹は鞄を下ろし、ごそごそと中を探り出した。

「………………」

 固唾を飲み、周囲に気を配りながら祐司はその動作を見守る。やがて妹は振り向き言った。

「あった!ほら見て、綺麗!」

「僕にも触らせてくれるかな?」

「いいよー」

「ありがとうね」

 そう断りを入れて、祐司はそのメモリを受け取った。

「うわっ…」

 手に取ってみて、祐司は驚いた。今、自分が持っているのはまるで紅いルビー。恐るべき完成度の高さだ。正直、自分でもメモリである事を知らなければ区別など付かなかったかもしれない。これなら子供が喜んで受け取ってしまうだろう。ここまで作りこんで子供を巻き込むなんて、これを作らせた奴は相当の悪人だ。やはり彼等の言う事には従っておいた方がよい。――――従わなければ何をされるか分からない。裕司は戦慄した。


 

 それから家に帰り着くまでの間、祐司は一言も話さなかった。否、話す余裕など無かった。途中、妹には不審がられはしたが、そんな事も気にならなかった。唯々、迫りくる恐怖と緊張で押し潰されない様、自我を保つ事に専念する外なかった。家に着いても、妹の世話をした後は自分の部屋に閉篭もって、これからどうするかについて悩んだ。

彼等はどこからか自分達を監視している。家の中や、外の通りでも恐らく監視は続いている。彼等の監視から逃れるにはある程度の距離を持たなければならない。それは家や電車、街中などでは無理な事だ。だが不審者が入っては来られないような施設ならどうか。それも監視の目を逃れる、ある程度の広さを持った施設だ。―――それはすなわち学校。

 ―――学校で誰かに相談するしかない……。相談するなら……八神。

 一晩中悩み続けて、祐司が出した結論はそれだった。




       *



 カラーン、という音が静まり返った店内に響き渡る。扉に取り付けられたベルから発せられたその音が示すのは客の来店。店に他の客が入ってきた。場の雰囲気が変わる。

「お待たせしました。ご注文の品でございます」

 丁度いいタイミングで、店員が注文の品を運んできた。

「あ、どうもありがとうございます」

「ふう……」

 俊喜はほっと一息つく。かなり重い内容だった。今言われた事を思い返してみても、そう簡単に解決はしなさそうに思える。今まで請け負ってきた中で一番の難所かもしれない。こんな事件を果たして解決出来るのか。打ち明けて貰った以上、引き受けないわけにはいかないだろう。

 しかしそれとは別に、俊喜は一つ気になって祐司に質問をした。

「なあ祐司。お前さっきの話では昨晩必死になって考えた結果、学校で俺と話をするつもりだったんだろう?なんで街中で話しかけてきたんだ?」

 それに対し、祐司はやや逡巡した後、こう答えた。

「……ちょっと言いにくいんですが…最初は学校で話しかけようかと思ってたんですけどね。先輩が人助けでもう学校に残っていないって言われたので仕方なく街を捜索してたんです。これ以上先延ばしに出来なかったってのもあるんですけど、街中で先輩に話しかけても多分この話をしてるとは彼等にも気付かれないだろうと思いまして、それでさっき声を掛けたというわけです」

「成程な、そういう裏があったわけか。いやー、すまん」

「いえ…。こうして相談に乗って頂けてるのに他に言う事なんてありませんよ!」

「そうか、ならいいんだ。……それともうこの話は止めだ。店の客が俺らだけじゃ無くなった。もしかしたら気付かれるかもしれない」

「あ…、そうですね。すいません。気付けなくて」

「いや、大丈夫だ。……それと任せとけ。全力でなんとかするからな」

「ありがとうございます!」

 なぜ人の為にそこまでしてくれるのだろう。力強く言う俊喜に、疑問に思った祐司は訊ねてみる。

「先輩は何故……、そこまでしてくれるんですか」

 それを聞いた俊喜は、ふと遠い目をして言った。

「昔な、困っていた時に名前も知らない人に助けてもらった事があるんだよ。その人はなんの見返りも求めず、ただ俺を助ける為だけに力を尽くしてくれたんだ。それで俺は思ったんだ。自分が助けてもらったから、次は自分が助けるんだって。助けてくれた本人には何も返せないけれど、俺が誰かを助けたら、その助けられた人もきっと誰かを助ける。そうやってどんどん伝わって行けば俺を助けてくれた人も本望なんじゃないかな、と思ってな。だからそれ以来俺は困っている人を助けるようにしてる。お前を助けようとするのもその一環って訳だ。俺は人を助けてその代償に何かを求めたりはしないけど、敢えて求めるとしたら助けた奴にもまた誰かを助けていって欲しいって事かな。だからお前も俺がうまく助けてやれたら誰かを助けてやるんだぞ?…ってまだどうなるかは分かんねえけどな…」

 言い終わるが早いか、祐司は目を潤ませて感極まった表情で言った。

「っ先輩!も、もしうまくいかなくても僕は先輩にずっと着いていきます!人助けもめっちゃしますよぉ!」

「お、おお!そうか、そうか」

この人に相談して良かった、と祐司は心の底からそう思った。


もう少しペースを上げて執筆できたらいいですね。感想等下されば私、喜びます。

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