2.朋あり、曲がり角より来る。
今日はそこまで遅くはならなかったのでひと安心です。
文章の方ももう少し練れたらいいのですが……。
あれから次の駅で降りて反対車線の電車に乗り、高埜台の駅に着いたときにはまだ八時過ぎだった。学校の始業時刻が八時三十分なので、間に合うことはできそうだ。
今、俺と早花は駅から少し学校方面へ行ったところにある、この街に住む生徒達が利用する通学路に差し掛かっていた。先ほどは電車の中で今までに無いほど居心地の悪い時間を過ごした俺たちだったが、今は何とか持ち直して普段通りに振舞えている。
「次からは気をつけよう……」
「うん……私も気をつける……」
とはいえやはりダメージも大きかった。まあ、あれだけ恥ずかしい思いをしたのだから無理も無いように思う……。電車の中で周囲の視線に耐え続ける。強烈過ぎて何か新しいものに目覚めてしまいそうだった。
周囲にはまだかなりの数の生徒達が登校している。どうやら俺らは決して遅かった方ではなかったらしい。この人数を見るとむしろ普通のようだ。駅から学校まで約十五分といったところ。今はその半分ぐらいまで来ている。全然遅れることなく間に合いそうだ。
周囲の生徒たちの会話で、通学路は今日も朝から賑やかだった。
「今日も暑くなりそうだねぇー」
こんな朝から全力で日本列島を焼き尽くさんと強烈な日差しを送り続ける太陽に辟易でもしたのか、早花が歩きながら愚痴をこぼす。今年の夏は例年に比べてちょっとだけ暑いようだ。蝉やカブトムシなどでも暑さを感じるのだろうか。心なしか、ややいつもより蝉の鳴き声に元気がないような気がする。まあ、騒がしいことに変わりはないのだけれど。
話は変わるが、俺の家は両親が不在のことが多く家には俺ひとりということがよくある。そのため、朝食や夕飯などは小さいころからよく瑞浪家でお世話になっているのだ。今でこそ早花の両親はいないけれど、昔はとても良くしてくれたものである。何かの事件に巻き込まれて亡くなった、とは聞いているが詳しいことは俺もよく知らない。早花は何か少しだけ知っているらしいが、それも早花の爺ちゃんに聞いただけの事らしい。その爺ちゃんも、俺たちにはあまり話したがらない。ならばあえて聞くことはしまい。決して楽しい話ではないのだから。
昨日の夕飯も早花の家でいただいた。いただいた、と言ってももうそんな他人行儀な表現を使うような間柄じゃあない。爺ちゃんにも敬語なんか使わないし、合い鍵だって持っている。家に入るのだって別に断りを入れなくても構わない。ほとんど家族同然のように生活している。早花には昔のとある事件のこともあって、感謝してもしきれないほどのありがたみを感じているわけだが、当の本人はあまりそのようなことは気にしないらしい。なんとまあ、完成された人でいらっしゃるのでしょう。惚れちまうぜ!
……………………。
なぜかは分からないが、心臓が少し怪しげな鼓動をうち始めたところでとりあえず思考を別の物事に逸らそうと試みる。そういえば今日はいつもよりも多く鳥が飛んでいるなぁ。なんとなくだが南の方角へ向かう鳥の数が多い気がする。
「京くん?」
「え!は、はいっ、何?」
「いやぁ、なんかちょっと頬が赤かったからどうしたのかなーって」
「な、んでもないと思う、よ?」
「なんで疑問形なの」
くすっ、と小さく笑い早花は言う。俺が何を考えていたのかなんてお見通しなのだろうか。
だんだんと並んでいた店が少なくなっていき住宅が目立つようになった頃、右の曲がり角からクラスで仲のいい八神俊喜と竹林正人が出てきた。まだこちらには気付いてないようなので、こちらから声をかけるとしよう。
「やっ!お二人ともっ。今日もいい天気すぎるねえ!」
やや大きめの声に二人ともすぐ俺と気付いたようで、即座に反応を返してくる。
「よう京太、今日も朝からテンション高ぇなあ」
「きっと嫁さんと一緒だから機嫌がいいんじゃないかなぁ」
「なるほど、そうか!そうに違いない!」
「あははは」
こいつらは俺をからかって心底楽しいに違いない。少しはからかわれる側の身にもなれ、と思う。なにせ隣に〝お嫁さん〟と言われた早花がいるのだから。あとで気まずくなったらどうしてくれるというのだろう。俺はただ挨拶をしただけだというのにまったく、朝からテンション高いのはどっちだと言いたくなる。
「京くんもだよ」
横から正論を言ってくる早花は苦笑している。先ほどの正人の〝お嫁さん〟発言のせいで気恥ずかしくてまともに顔も見ることができない。
「ははは、照れてやんの」
「お、おのれええぇぇ、正人ォォ!」
俺は正人の襟と袖ををつかみ、体ごと一回転させる。
「う、おおおおあああッ…………………っと。危ないじゃないかあー」
だがここで素直にやられはしないのがこいつらだ。一回転しつつも無難に着地をきめた正人がニヤリと笑みを浮かべる。
「なッ!…やりおる…」
「くっくっくっくっ…………この程度の攻撃でこの僕を破れるとでも思ったか!」
ついうっかり忘れていたがこいつ、竹林正人は昨年度の空手道地方大会では3位の強者だった。それほどがっしりしているわけでもない、普通の中学3年生くらいの体格なものだから、雰囲気からなかなか強さを感じることがないのである。
「あまいッ、あまいぜええェ!」
そしてその正人と互角に渡り合ってしまうのが、その横にいる八神俊喜という男である。なにか武道を習っていたわけでもない、ごく普通の(馬鹿な)中学生なのだが、その恵まれた体格と類稀なる運動神経によって、地方内3位に並ぶ実力を持っている。なにかしら武道でも始めればすぐにでも全国大会に出られるだろうに、本人曰くそういうことにかけられる時間がないらしい。人伝てによく人助けをしていると聞く。実際に助けている様子を見たことはないからどのような事をしているのかはよくはわからないが、まあ何気に心の優しい俊喜なので、そういうことをしているらしいと聞かされても違和感はない。それもこいつの人徳なんだろうな、と思う。ただ仲間内では非常にはっちゃけるのであまり想像はつかないが!
「観念するがいい…………テヤッ!」
「ふははははははははははッ!」
鞄を放り投げて身軽になった二人が襲い掛かってくる。
「ふっ……、俺だってこんなものじゃあないぜ!」
正人と俊喜の猛攻に屈することをよしとせず、俺も反撃に出る。
「……でもそんな二人の相手をしてもまったく引けを取らない京くんのほうが実はすごいことに、本人は気づいてないのかなあー…」
早花の小さなつぶやきに、戯れに夢中な俺が気づくことはなかった。
しばらく組手のようなものをやっているうちに、気づけば周りには人だかりが出来ていて俺たちは注目の的となっていた。ううーん、まずい。このままでは先程の電車の二の舞だ。なんとかせねば。
「あー、えっと、これはけんかじゃあありません。不審に思われた方はご安心ください。……その、どうも」
俺がそう言うと周りは、おおおおー、という風にざわめきで包まれた。別に登校中にストリートファイティングを始めた(ように周りからは見えたであろう)俺たちを訝しんで、または蔑む目的で集まっていたわけではないらしい。ただの興味本位だったようだ。先程までの演舞(?)がよかったのだろうか。……だが如何せん恥ずかしい。三人でお辞儀をしていると、早花がつぶやくように一言。
「何やってんの……」
今朝の電車での一件から何も学ばないアホがここにいた。
「早花……こんないくら恥ずかしい思いをしても一向に学ぶことの出来ない惨めな俺を嗤ってくれ……」
意気消沈しながら俺は早花にそう言う。それに対し、早花は優しく言った。
「私は笑わないよ。京くんは自分だけじゃなくて二人も楽しませようとやってたんだからね。まあちょっとやり過ぎな気もするけどね…。……それともなにか新しい性癖に目覚めちゃったの?」
「断じて違う。俺はそんな衆人環視の中で罵られて快感を覚えるような変態じゃない」
「……どうだか」
「うるせえ。お前は黙ってろい」
ボソ、と呟いた俊喜をすかさず制し、俺は元の会話に戻る。
「戒めたほうがいいんじゃないかと思ってね。最近、自分でもよく分かるくらいたるんでたからさ」
授業中の寝落ちといい先ほどの暴走といい、確かに最近傍目から見てもたるんでいるのは自覚済みなのであった。
「あ、自覚症状あったんだ」
「まって!地味に傷つくからそれ!自然な感じでさらりとヒドイこと言わないで!」
「あはは、冗談だよ」
「きっついなー…」
「あははは」
けれどやっぱり面と向かってバッサリ言われると、だいぶ心にズシッとくるものがある。やはりここらへんで気を引き締めておいたほうがよいのだろうか。
「まあ、テスト前ってわけでもないし今はいいよな」
きちんと授業の内容は把握しているから安心、……という問題ではないのはいわずもがなである。
文章力はそのうち上達するよう努力します。それまでお付き合い下されば自分はとても嬉しいです。