1.意識して、夏
昨日に引き続いて投稿はできたものの、かなり夜遅くになってしまいました。なかなか時間がとれないものです。
前回、初めての投稿でいきなり感想を頂きました。為になるアドバイスなんかも頂いたりして嬉しくて発狂しそうです。でもこれで満足せずに色々研究して文章力とか磨いていけたらいいな、と思います。
うだるような暑さと田舎の高い湿度に眠りを妨げられ、俺は目を覚ました。時刻を確認するため、枕もとに置いてある目覚まし時計に目をくれると、針が指し示すのは午前7時。開けっ放しの窓からは、今日も朝から騒いでいる蝉の鳴き声が飛び込んでくる。起きなければならない時間まであと何分かあるので、もうしばらく布団の上で屍と化すとしよう。
そう思い再び枕に突っ伏してみたものの一度暑さを意識してしまうとまったく眠れない。昨日の夜も蒸し暑くてなかなか寝付けず、結局丑三つ時を過ぎてようやく眠りについたものだから眠くて仕方が無いというのに。
………今日も授業中に居眠り常習犯か。今学期何度目だ。もう数え切れない。悪いのは俺じゃなくて熱帯夜だ。
そう言ったら先生に「それは周りの皆も一緒だ。ボケ」と言われてしまった。
ちがう!皆と違って俺はクーラーを使っていない!地球温暖化防止に貢献してるんだ!
そう声を大にして叫びたかったが、いやはや、学校という場は教師の権力が蔓延る世界。何か言いたげだな、という担任の視線に黙殺されてしまった。どうせ俺程度の考えてることなんて先生にはお見通しなのだろう。本当はあまり長い間エアコンに当たり続けていると身体が怠くなってしまうからなのだが、それを言っても言い訳にしかならないだろうことは俺自身しっかり分かっている。言ったところで居眠りがなくなるわけではないし、居眠りをしていても困らない程度には試験で点をとっているから成績での問題はない。結局のところ何も改善などする気がないのであった。
結局、いろいろ考えているうちに起床時間になってしまったので、二度寝するのを諦めて俺はのそのそと起き上がる。
……ああ、今日のはじまりだ。こうも暑いと生きる気力というか、活力というか、精力が失われてしまうように感じる。氷河期、はやく来ないかな、と切に思う。
クローゼットの中に掛けてある半袖ワイシャツを羽織り、黒のスラックスを穿いてベルトを締め、投げ出してあった鞄を携えて俺は下のリビングに降りる。鞄の中身はどうせ空っぽなのだが、一応校則なので持っていかなくてはならない。ちなみに教科書類は全部学校に置いてある。決して授業をサボタージュする不良、という訳ではない。つい寝てしまうだけなのだ。いや、わざとじゃないんだけれども、本当に。
顔を洗って幾分暑さも紛れたことだし、さて今日の朝食をいただくとしよう。
食卓に並んだ朝食を食べながらリビングのテレビの電源をつける。今朝のニュースを確認しなくては――。特に自分の生き方に影響があるわけでもないが、それでも気になってしまうのが人の性というものだ。昔から備わる野次馬根性がそうさせるのかは分からないが、世間の情勢は押さえておきたいものである。
「…えー、次のニュースです。昨日、東京都板橋区区役所が襲撃された事件で、警視庁はこれをアジア系過激派犯罪組織〈黒龍〉によるものと断定しました。この事件には、裏の国際過激派シンジケート〈絶海艦〉も関わっているとみられており、国防の観点上、自衛隊も介入する方針を固めています。なお、警視庁は―――」
「最近、世の中が不安定なのよねぇー…」
母親が頬に手をあてながら、困ったように言う。
それについては俺も同感だ。正直、「またこいつらか」とも思ったほどだ。
国際犯罪組織。またの名をテロリスト集団。こいつらの活動が近年、激しくなってきている。これがまだ遠い外国の話だったらまだそこまで危機感は沸かなかったのかもしれない。(もちろん、外国だからといってどうでもいいという訳ではない)だが、日本国内にまでテロの手が及んでいるということが、今までほとんどなかった事例であるが故に民衆を中心に大きな不安の影を落としているのだった。今回の一件で、おそらくというより間違いなくどこかでパニックが起こるだろう。そうなったとき、暴動が起きないとも限らないわけであって。だからといってしがない学生の身分である俺に、一個人に何ができるというわけでもなくて。今はただ、そうならないように祈るしか方法はないのであった。
朝食を食べ終わった俺は、歯磨きしたあとに学校に行く準備をする。といってもハンカチとティッシュをポケットに入れて鞄を持つだけだが。
がちゃ。
靴を履いているとドアが開いて見慣れた少女が姿を現した。
「あっ京くん。お早う!」
「早花、お早う」
早花―――。瑞浪早花。15歳。女。瑞浪家のお姉ちゃん。 下に5歳の妹がいる。俺の家のお隣さんで(隣といっても30メートルは離れている)、俺と同い年で、5歳の頃からの幼なじみ。明るく、ほんわかしていて、少し抜けているところのある天然さん。家事はほとんどそつなくこなし、女子力もかなり高い。身長が俺より少しだけ低く、小柄で華奢な体格の割にはボリューム大きめな双丘の持ち主であるという、とても素晴らしい理想的な体型だ。そして可愛い。自慢の幼なじみである。
「京くんもう準備できた?」
「うん、できたよ」
「じゃあ行こうか」
俺たちの住んでいる地域は人口が少ない。だから小学校はあっても中学校がない。その為、俺たち中学生は電車で隣町の中学校まで通わなくてはならない。どうせ行くのなら二人一緒のほうがいいということで、俺たちはこうして一緒に学校に通っている。二人のほうが一人のときよりも楽しいし、安全だ。女子と一緒だとはずかしいだなんて俺は思わないし、それを見て冷やかすような奴もここらにはいない。なにより早花と一緒にいると、とても落ち着くのだ。小さい頃から毎日のように一緒に過ごしてきたから、今更距離をとっても違和感しか残らない。これも一種の依存症なのかな?なんて思ってみたりみなかったり。
俺たちの地域に住んでいる同学年の生徒は俺と早花を合わせても十五人しかいないから、中学校が合併された。俺たちにとって別にこれは嫌なことではなかった。規模の大きい学校のほうが交友関係も広がるし、なによりあまり沢山の同年代の子供たちと付き合いのなかった俺たちにはよい刺激になるからだ。狭い交友関係を改善するよい機会となった。
「じゃあ行ってきます」
そう母親に告げ、俺は家を出る。
「はい行ってらっしゃい」
家を出た俺たちは横に並んで歩き出す。ここらへんは大通りに出ない限りあまり車が走っていないから、横に並んだところで一々注意されることはない。事故の心配もそこまでないから気楽なものである。
「今日はおばさん、帰ってきてたんだね」
隣を歩く早花が話しかけてきた。
「ああ、昨日の夜にこっちに着いたみたいでね。家に帰ってきたのは真夜中だったっぽいけど」
「おじさんのほうは?」
「東京に残って仕事だよ。忙しいみたい」
「大変なんだね」
「さあ?本人たちは仕事にやりがいを感じてるみたいだし、どんなに忙しくっても二人一緒なら楽しいんだって。ひとり息子の俺のことだって、早花ちゃんがいれば安心だーって言ってたし」
「え、そう?私なんかで力になれてるのかな」
「いっつも大助かりだよ。ありがとな、本当」
俺の両親は東京に行って働いている。母親のほうは隣町にある支社のほうにも仕事があるようなのでたまに帰ってくることもあるのだが、父親のほうは完全に東京住まいだ。長期休暇に帰ってくるだけである。それでも尚こんな田舎に家を構え続けているのは、自分の生まれ育った故郷から離れたくないかららしい。実に素晴らしい地元愛である。他の理由としては、俺に引越しの悲しい思いをさせたくないから、というのもあると聞いたことがあるが、本当ならなんと優しい父親なのだろう。うちの家庭は田舎よろしくとても仲がいいので、居心地のいい雰囲気がありがたい。
「でも迷惑掛けてないかな。小さい頃ならまだしも大きくなった今でもお世話になってるっていうのはさすがにちょっと申し訳ないような気が……」
俺がそう言うと早花はなにやら大慌てで、
「そそそそ、そんなことないよっ!京くんがいてくれてるおかげでいつも賑やかで楽しく出来てるんだから!それにお爺ちゃんだって早花と同じくらいの歳の子がそばにいるのは早花にとってもいいことだって言ってくれてるし。さ、さらに言うと京くんが近くにいるってことは私にとっては一種のご褒美にも近いもので、出来ればこのまま大人になってもいつも一緒にいられたら………って危ない危ない…」
「え?なに?」
最後の方が、なんと言っていたのかうまく聞き取れなかった。超絶鈍感難聴主人公なんてよく聞くけれど、本当にあったのかと軽くショックを受けてしまう。もっとも、今回の場合は早花の声が極端に小さくなっていったのだから、それに当てはまるのかは分からないが…。
「な、なんでもない」
「えぇ?絶対なんか言ったよな。なんだよ、なに言ったんだよ?」
「なんにも言ってなーいーっ!」
顔を真っ赤に染めながら言い張る早花はなにかとても焦っているようだったが、残念ながらなにを言っているのかまでは聞き取れなかった。…気になるなぁ。
家から駅までは徒歩十分といったところだ。が、駅とはいっても無人駅で改札口が二つほどあるだけである。隣町まで行けば駅もそこそこ広くて、街にも大抵の店があるというのに、この発展度合いの違いがこうも近くの町の間で起こるというのはまあ田舎ならではというか、よくあることだ。
もう既に駅までの道程はほとんど来てしまっていて、小さな店がいくつかあるだけの商店街に差し掛かっている。この商店街の一番向こうに駅があるわけだ。駅より向こうは畑とか森とかで埋め尽くされていてあまり民家も無い。だだっ広い野原や小さな山があったりするだけだが、その山の中に小さな神社があって、毎年そこで行われる夏祭りはこの近辺の住民の数少ないお楽しみイベントとなっている。今年ももうそろそろ夏祭りの時期だ。例年同様、また沢山の屋台が出るのであろう。小さな行政区域主催の祭りにしては珍しく花火も上がるので、わざわざ隣町からやってくる人もいるほどだ。今年の祭りも楽しみである。
「でもなんでこんなに日本人って祭り好きなんだろう?」
「え、どうしたの、いきなり。祭り?……あ、そういえば今年ももうそろそろだったね、夏祭り」
「うん。今年も隣町から人が沢山来るのかな」
「そうだね。沢山来ると、ここらへんももうちょっと賑やかになるかもね」
「そうなるといいけど」
「今年も一緒に行こうね。京くん」
「うん。今年は中学の友達も誘って皆で一緒に行こうな」
「あ、そう……皆で」
「ん?どうかした?」
「いや、別に。なんでもないよ……」
「そう?」
早花はなにやらちょっと沈んだ様子であった。
乙女心がわからない者がここにいるらしい。誰だろうね。
駅に着いて改札を通り、ホームに立つ。ホームから見える野原は今日も青々としていて、真夏の朝日を反射している。風になびく雑草が心地よい音を立てる。のどかだなぁ。昔はよくそこで日が暮れるまで遊びまくったものである。
「懐かしいね」
「え?」
「京くんも思い出してたんでしょ?昔のこと」
「ああ、そうだけど。よくわかったね」
「そんな顔してたから」
「か、顔?そんなわかりやすいかな、俺」
「いや、そういうわけでもないけど」
「じゃあ何で?」
「昔から見てたから。ずっとそばで」
ドキリ、と。そのあどけない笑顔に不覚にも胸がときめいてしまう。なんなのだろう、いつもの俺と少し違う。少し速めの鼓動を打ち始めた心臓を紛らわすため、やや強引に話を変える。
「そ、そうだ。今日の帰り道にそこの野原行かない?昔よく遊んでたじゃん。あそこきれいな川あるし、今日も暑いから涼しいと思うよ、きっと」
「うん、そうだね。寄ってみよっか」
そう言ったのを最後に、しばらく沈黙が流れる。と、そこへいきなり空気を読まない駅のアナウンスが入った。
『まもなく一番線に列車が参ります。黄色い線の内側にお下がりください』
遠くのほうに小さく電車が見える。小さな、4両編成の車体がみるみる大きくなっていき、先頭車両が突風を巻き起こしながら俺たちの前を通り過ぎる。やがて速度は緩まってゆき、電車は俺たちの前に停車した。空気の排出される音と同時にドアが開く。
「乗ろうか」
電車の中は冷房が効いていて涼しかった。暑い中を歩いてきた俺たちにはひんやりと感じられる。朝だというのに乗客の数は少なかった。
近くの席に腰を下ろして一息つく。隣町の次の駅までは十分ほどある。隣に腰掛けた早花が話しかけてきた。
「東京のほうじゃ朝の電車とか凄いらしいね」
「うん。聞いた話によると昔は埼京線ってやつなんか最凶線っていう二つ名まであったって」
「山手線とか京浜東北線も凄いのかなぁ?」
「高崎線もかなりキツイのが来る時間帯があるってねー」
「ここら辺じゃあり得ないね」
「ないね」
そう言って俺たちは笑いあう。他愛もない会話だ。こういう何気ない会話でも、早花となら何の気兼ねもなく出来る。不思議だ。それは早花も同じなんだろうか。
最近、考えてしまうのである。もし、自分の隣に座っている少女に恋人が出来たら、自分とこの少女との関係はどうなってしまうのか。今まで通りに変わらないままなのか、それとも終わりを迎えてしまうのか。考えたくもないのに考えてしまう。そしてこのことを考えているときのもやもやとした胸の痛みはなんなのだろう。わからない。まだ、俺にはわからない。ただ、一抹の不安を覚えてしまうのは確かなのだった。
「どうしたの?京くん、なんか浮かない顔してるよ?」
「え?……いや、なんでもないよ。……本当に、なんでもないから」
「………?」
しばらくして電車の速度が落ちてきた。もう駅が近い。これで早花と二人きりの時間は終わりを迎えてしまう。それは……なんか嫌だ。それは何故?わからない。俺は自分の本当の気持ちがわからないでいる。
『まもなく高埜台、高埜台。お出口は左側です』
電車が急激に速度を落とす。窓の外の景色がだんだんとゆっくりになっていく。慣性の法則に従って俺の体が早花に近づく。早花は別に嫌な素振りも見せない。でも本心は?それとも俺の事を意識していない?││まただ。何故すぐそう考える。今はそのことを考えるべきではない。だが心のどこかではこう囁く自分もいた。――――それでは逃げているだけなのではないか?本当は今すぐ訊くべきではないのか?――――と。
「京くん?どうしたの?電車停まったよ。降りようよ」
「あ、ああ」
「どうしたの?今日の京くんなんか変だよ……?」
とりあえず今の、自分でもよくわからない気持ちについて考えるのはよそう。少々ゆっくりし過ぎた。もう考えるのは止めだ。これでいいんだ。今のままで。
「なんでもないよ。さ、降りよう」
「うん」
俺たちが降りようと立ち上がったその直後。
ピコーンピコーンがしゃん
突然電車のドアが閉まった。
「っえ」
「うええええぇぇっ!」
俺が声を上げかけたのよりも早く早花が声を上げる。
「きょきょきょきょ京くんのせいだーッ!京くんがゆっくりしてるから電車閉まっちゃったよーッ!」
「えええ、俺のせい?ご、ごめん」
「今日はまだ早めに出てきたからいいけどね!今日じゃなかったら遅刻してるよー!」
「ごめん、超ごめん」
「くうぅ~…」
乗客が少ないとはいえ、仮にも電車の中だったことを思い出したのは散々騒いだずいぶん後のことだった。はっと気付いてみれば、周りの人の視線が痛かった。
実は自分、幼なじみヒロインというものが大好きな性分でございます。今後も活躍させてまいりたいと思っております。