訪問者
いつ、やって来るか分からない訪問者。こんな訪問者が来たらどうします?
ピンポーン
青木は呼鈴の音に昼寝を邪魔された。
(うわぁ、誰だよ)
狭く古い1Kのアパートにインターホンは設置されていない。玄関先で訪問者と会話をするしかない。
青木は壁の時計に目をやる。小一時間は昼寝をしたようだ。
「はい、はーい、今行きます!」
ほんの数メートル先の玄関まで、大股で移動した。
「はい、どちら様で?」
『こんにちは、NK放送の視聴契約をお願いにあがりました、田所と申します』
ドアの向こう側から、野太く凄みのある声がした。青木は、直感的に苦手なタイプだと分かった。
「そういうのいいんで…」
『いやぁダメですよ。テレビは見てるでしょ?義務なんですよ』
青木は驚き、困惑した。この田所という男の口調にだ。このままドアを開けずに退散願いたいところだ。
『とにかく話を聞いて下さいよ。ドア開けて』
「あ、はい」
青木は反射的にドアを開けた。
『あ、どうもどうも、こんにちは。田所です。青木さん、視聴契約は義務だからねぇ。パッパッと終わらせちゃいましょ』
田所は青木の返答を待たずに、さっさと書類を取り出した。余白でボールペンを試し書きし、青木に差し出した。
『名前とハンコだけでいいからさぁ』
「あ、いや、今までも契約なんかしなかったし…このままでいいかなって…」
今までも適当に断ってれば、それで済んでいた。数分、この嫌な男と話しをすればいいんだ。
『あれ?お断り?あらぁー、あんまりおすすめしないよぉ。NKのデータの方にさ、青木さん視聴契約拒否って入れちゃうからさぁ』
「はい?だと、どうなるんですか?」
『NKのデータに青木さんは未契約ってなってんだけどね、そこが契約拒否ってなっちゃうと、マジのNKの奴が来てめんどくさいよ。拒否って入力しちゃう?』
田所は持っていた、ハンディ端末を青木に見せながら意地悪そうに言った。
「あ、今までも…まぁこんな感じでなんとかなってたから、いいかなって…」
『それさぁ、今までに契約取りに来てた奴が甘かったのよ。ま、保留扱いにしてあったんだよね。俺、ガチでデータ入れちゃう奴だからさ。契約拒否でいいのね?』
「……」
青木は言葉に詰まった。田所の強引さには腹が立つが、払うのが義務であろう認識は、そこそこある。
『あー面倒くさいなぁ。2枚?ん?3枚か?』
田所は鞄の中から、何か紙を取り出した。
「はい?何ですか?」
『青木さんは飲まない派?』
田所が出したのは2枚のビール券だ。まさかの出来事だか、瞬時に察しは付く。
『支払いの細かい事は、NKの方から郵送されてくる奴に書いてあるからさぁ。とりあえず、サービスで3枚ね』
「あ、いや、受け取れないですよ…」
『っんだよ。じゃ4枚でいいだろ?これ以上粘るなら契約拒否って入れるぞ』
青木には、この田所という男に、これ以上関わる勇気は無い。書類に記入して、印鑑を押した。
『ありがとうございます。青木さんみたいに、素直に契約してくれると、こっちも助かるよ』
田所は記入した契約書の控えと、ビール券を青木に渡した。これですべて終わる筈だった。
『青木さんさぁ、新聞は?半年でいいから。ドームの巨人戦エキサイトシートをペアでどうだ!』
この日青木は、NK視聴契約、毎朝新聞半年契約、森川牛乳2本×1年、宗教季刊誌春〜冬号、浄水器+取り替えフィルター5年分の契約を田所と交わした。
今、青木のもとには、ビール券、野球のチケットの他に、使い切れ無い程の洗剤がある。
訪問販売あっぱれ。