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第一幕‐9

 でもすぐに息苦しくなって大量の空気を吸い込む。

 朱梨がたまたま助けてくれたから良かったものの、あのときトロールというやつに襲われていたら、自分も悪意の種を植え付けられて犯罪者の仲間入りをしていたかもしれない。


 ただあまり現実感がない話なので、別にかすみが嘘をついているとは思わないけれど安易に信じられる話ではなかった。

 それに逆に襲われても死なないという言葉を聞いて、千敦は少しだけ安堵してしまった。

 

 「このトロールを倒すのが皆さん、アースガールズの役目です。そしてこの活動を私達はラグナロク部と一纏め(ひとまと)にして呼んでいます」

 「ラ、ラグナロク部?」

 「はい」

 

 穏やかに笑う染谷。

 色んな意味で言葉に詰まる千敦。

 そのまましばらく見つめ合っていたが、不意にその瞳が細まる。


 「でもくれぐれも気をつけてください。普通の人はトロールに襲われても死にませんが…………皆さんは死にます」


 冷静に告げられた言葉に部屋の中が静まり返る。 

 千敦は呼吸することを忘れていた。


 「……今日はここまでにしておきましょうか」


 染谷の温和な声がやけに部屋に大きく響いた。


 千敦は未だに呆然としていた。目の前には染谷と大きなテレビ画面。その画面は最初見たときのように、学校の至る所の様子が映し出されている。それは一定時間で画面が違う場所に切り替わるようで、次々に色んな場所が映し出される中、ある画面が千敦の視線を奪った。


 小さな画面に愛が死んだ夢を見た、あの階段の踊り場が映し出されている。

 不意にあのとき光景が千敦の脳裏に再生される。


 もしも愛は終末の聖少女達だったとして、さっきの化け物とあの階段の踊り場で戦っていたのだとしたら。何も知らない一般人の千敦が戦闘しているところに飛び込んできた、ということになる。


 後は想像でしかないが、あのとき化け物は千敦を襲おうとしていて、そのことにいち早く気づいた愛が化け物と自分の間に割り込み、その攻撃から千敦を庇って負傷して命を落とした。

 

 そう考えると色々と辻褄が合う。

 

 でもなぜ自分なんかを庇って? と不意に疑問が湧いたが、それはすぐに解決した。それは愛自身が発した言葉で分かった。愛は言った、お前のことが好きだと。

 単純に好きな人だから千敦のことを庇ってくれたのだ。

 

 千敦に向かって必死に伸ばされる手、ズボンから染み込んで伝わる生温かな血の感触、弱々しい声で自分の名前を呼ぶ愛の声、あのとき初めて千敦と下の名前を呼ばれた。


 握り締めたとき感じた柔らかな手の感触、告白し終わった後に見せた愛の満足そうな笑み、ゆっくりと閉じていく瞳、力を失い床に落ちる手。それは少しずつ熱を失っていく冷たくなっていく。千敦を庇って愛は死んだ。

 

 あのとき自分は何も言えなかった。それに愛が意識していたことにも全く気づいてなくて、そもそも千敦が安易に愛の元へ駆け寄ったりしなければ、それか愛の姿に気がつかなければきっと死なずに済んだ。

 

 関岡千敦は馬鹿で能天気で無力で鈍感な最低野郎だった。

 

 感情に任せて机が悲鳴を上げるほど強く叩くと、千敦は勢い良く椅子から立ち上がる。それから必死に声を振り絞って吐き出した。

 

 「部長は死んだんですか?」

 「…………はい。宮島愛さんも終末の聖少女(アースガールズ)でしたから」

 「それじゃ……さっき俺が見たことは全て現実に起きたことだったんですか?」

 「そうです。ただ先程部活で会ったと思いますが、彼女は今現在生きています」


 染谷の言う通り千敦は部活で愛に会っている。

 どう見たってあれは愛だったし、普通に2本足で立って喋っていた。

 でも千敦の目の前で愛が死んだのもまた現実だと言う。


 もう何が夢で何が現実なのか分らなかった。

 不意に熱い何かが胸に込み上げてきて、それを吐き出さずにはいられなかった。


 「あれは部長じゃないんですか? それともあの部長は染谷先生達が作り出した偽者ですか? そうじゃなければこれは全部夢で、さっき化け物に襲われたのも含めて悪い夢で、朝起きたら俺はベッドの下に転がり落ちてて、学校に行ったら部長もみんなもちゃんいといて、全部いつも通りで…………それから、それから――」

 「千敦! もういいよ!!」


 突然祐美が抱きついてきたため言葉が遮られた。

 千敦はふと昔のことを思い出した。昔といっても小学校低学年頃の話だが、千敦は幼さ故に高ぶる感情を抑えることができず、そのせいで色々といざこざが絶えなかった。


 けれど祐美が一緒にいるときは、いつもこうして千敦を抱きしめて止めてくれた。そのお陰で殴り合いにならずに済んだことが何回かある。

 

 「落ち着け、関岡」


 突然凜とした莉穂の声が部屋に響き渡り、千敦はようやく我に返った。

 一気に喋ったせいか少しだけ息が上がっている。


 莉穂は小さく溜め息を吐いた後で、お前が会った愛は本物だよ。と諭すような優しい口調で言ってくれた。その言葉に千敦は多少落ち着きを取り戻す。


 すると察したのかゆっくりと祐美が体を離し、元いた自分の席へと戻っていく。

 だが未だに心配そうな顔でこちらを見つめている。


 「部長は、ちゃんと生きてるんですよね?」

 「あぁ。愛は間違いなく生きているし本物だ。私達アースガールズは戦って死んだも、一度だけ生き返ることができる。どういう理屈でそうなるのかは明らかにされてないがな」

 「はぁ、良かったぁ……」


 無意識のうちに千敦の口から安堵の溜め息を漏れる。


 「ただ……日常生活の記憶はあるが、戦いに関する記憶は全て失ってしまうらしい。そして生き返ると死ぬ前に得た感情は全てフォーマットされてしまう」


 莉穂の言葉がいまいち理解できなくて、千敦は顔を顰めながらどういうことですか? と質問した。すると莉穂は一瞬辛そうに顔を歪めたが、すぐにいつもの冷静な副部長の顔に戻ると会話を続けた。


 「分りやすく言うと仮に愛に恋人がいたとして、その恋人と過ごした記憶はあるけれど、好きという感情は消えている、ということだ」

 「なっ!」


 衝撃の事実に千敦は言葉を失った。

 でも思い返してみると、先程部活で会ったときの愛はいつもと感じが違っていた。なんというか他人行儀な態度だった。


 それも感情がフォーマットされていて、知り合い程度の感情しかないのであれば納得がいく。


 「感情がフォーマットされるといっても、愛は私のことを友達だと認識している」

 「そんな……」

 「でもいいんだ。一度死ぬとは力を失い、戦いに参加しなくてもよくなる。愛はもう戦わずに済む」

 

 莉穂は少しだけ笑みを見せる。千敦にはそのことが信じられなかった。

 莉穂には失礼だが、この事実を普通に受け入れ、なお且つ納得できてしまうなんてどうかしてる、とさえ思ってしまった。

 

 「そんな! いくら記憶があっても感情がないなら意味がないじゃないですか!」

 「確かに記憶だけの関係はひどく曖昧で不安定だ。感情が上書きされてしまえば、私と愛の関係はすぐに変わってしまうだろう」

 

 莉穂は自分と愛のことなのに淡々と語る。まるで他人事のように。

 

 「なんでそんな風に普通に言えるんですか? だってこれじゃ、部長は生きてても別人じゃないですか! 副部長はそれでもいいですか?」

 

 かなりの暴言だった。それは千敦自身も自覚している。

 でも言わずにはいられなかった。感情を押し殺して笑みを浮かべられるような、そんな器用な人間ではなかった。

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